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25 神官見習いのお供は妖精
しおりを挟む「クイン、大人しく待っているのよ」
お嬢様は、私を椅子の上に下ろす。
私は、うんうんと頷いてお嬢様を見送った。
本日、お嬢様は乗馬の訓練をなさる予定だ。魔法学園の授業の一つではあるが、生徒全員がこの授業を取っている訳ではない。所謂、選択科目のような扱いの授業である。
この授業では、乗馬だけではなく、天馬やグリフォンなど色々な生物の乗り方を学ぶ。
だが、新入生は、まずは普通の馬の乗り方から教わることになっているので、お嬢様は凛々しい乗馬服姿にお着替えになられて、学園の敷地の片隅にある厩舎へと入って行かれた。
公爵令嬢として、様々な習い事をこなしてきたお嬢様は、普通の馬ならばもう問題なく乗ることが出来る。私を片腕に抱えたまま馬に乗り、領地の屋敷の庭園の散歩に連れて行ってくださったこともあるくらいだ。
しかし、今日乗るのは公爵家の乗り慣れた馬ではなく、学園で飼われている初めて乗る馬なので、念の為に私は留守番である。
一応、ここから馬場は見ることが出来るし、お嬢様のお言いつけ通り、大人しく訓練を見守りたい所なのだが……。
授業が始まり、しばらくの時が過ぎるのを待ってから、私はまたこっそりとその場を抜け出した。
長い距離を移動し、ようやくこの前見つけたあの場所へと辿り着く。
薔薇園のさらに奥にある、フィオナがよく一人で過ごしている、ゲームで見たあの場所である。ベンチの前に立ち、私は含み笑いする。
フィオナも、おそらく今の時間は、お嬢様とは別の選択科目を受講しているはずだ。そして、それはもうすぐ終わり、この場所へとやってくる。
なので、今のうちに……。
私はガサゴソと首元のスカーフをいじり、その中から毒薬の入った小さな包みを取り出す。
この毒薬は強力なので、ほんの少し口に含ませるだけでも十分効くはずだ。だが、粉薬なので少しは水分がなければいけない。
私は、露に濡れていて、かつ草笛にしやすそうな草を探した。
良さそうな葉を一枚千切り、ベンチの上に置くと、その上に慎重に粉を落とす。
私の前足は、こういう細かい作業にはあまり向いていない。粉をベンチにこぼしてしまいそうになりながらも、ゆっくりと時間をかけてなんとか作業は完了した。
粉は、細かな露の上に落ちると、微かにジュッと白い煙を上げて、すぐに葉に染み込んだ。これで傍目には、この葉に毒が塗ってあることなど到底わからないだろう。
葉が風で飛ばされないように、その端に小石を置いてベンチの上に留めておく。
怪しまれるだろうか……。
今は、ヒロインのステータスは全体的に低いはずなので、かしこさのステータスも低いはず!騙されて、手に取ってくれることを祈るしかない。ここでこそ、存分にそのドジっ娘っぶりを発揮して貰いたい。
私は、のそのそとベンチから下りると、隠れてフィオナが来るのを待つ為に、茂みを目指した。その途中、葉が風で飛ばされていないかを確認する為に、何気なく後ろを振り返った。
ふよふよと空中に浮かぶ黄色い半透明の物体が、視界を横切る。
ひょえっ!?
なぜここに妖精が!?……って、確かに、この前もこの辺りでこやつに遭遇したがっ!よりにもよって、今また現れるとは……!
驚きでバクバクと鳴り出す心臓を抑えながら、ジリジリと静かに後ろへ退がる。
妖精は、ベンチの辺りをしばらく飛び回った後、毒を塗った葉をヒョイと持ち上げた。
なっ!?なにをする、この虫野郎!
顎に手を当てて訝しげに葉を見た後、妖精はそれをその場から持ち去ろうとする。
待てコラ貴様!
私は、慌ててその後を追いかけた。
スイスイと、木々の間を器用に縫って飛んで行く妖精を、のっそのっそと地面を走って追って行く。
くっ……!思うがままに空が飛べるからといって、いい気になりおって!
だが、今は妖精の羽に嫉妬している場合ではない。あの葉を取り戻さなければ……!
やがて、妖精はスピードを緩めると、木陰に座っている人物の前で止まり、手に持った葉をひらひらと掲げた。
銀髪の少年が、妖精に気がついて顔を上げる。
先日会った、エルフの血を引く、神官見習いのフランだ。
「デュー、なにを拾って来たの?」
フランは、妖精から葉を受け取ると、繁々とそれを眺めた。
「ふぅん……」
葉から視線を外したフランが、チラリと私の方を見る。
うっ!気配に気づかれたか!
「この危ない葉っぱ……作ったのは君?ダメだよ、こういうことしたらー」
うぬぬっ……こやつ、あの葉に塗った毒に気づいたのか……!?まずい、まずいぞっ!
「こういう物は、僕が浄化してあげるよ。解毒薬がなくても、この浄化の魔法をかければ、ちょちょいのちょいで解毒が……出来たら良いんだけど、まだ練習中の魔法だからなぁ。でも、やってみるよ」
フランは、手の平に魔力を集めて、葉の前にかざす。
やめんか馬鹿者ぉ!私が、やっとの思いでお嬢様からくすね……いや、お借りした貴重な毒薬をー!
急いで走って、フランの手元にタックルする。
「わぁ!?」
葉を持っていた方の手に、ゴチンと私の頭が当たり、フランが葉を取り落す。
私は、頭が痛くて蹲る。目の前がチカチカする……。その間に、葉は風に運ばれてどこかへ飛んで行ってしまった。
なんてことだ……。ここまで来たのに失敗してしまった。お嬢様、申し訳ありません……。
「あーあ……まだ浄化の魔法の途中だったのに、中途半端になっちゃった。おまけに、ちょっと失敗しちゃった気がするし……。大丈夫かなぁ、あの葉っぱ。デュー、探して来てくれる?」
しかし、妖精はと言うと、兎顔をしかめて、蹲る私に対して指を突きつけて、なにやら抗議することに没頭している。キーキーやかましい小虫だ。
「デュー、もうその辺で良いよー。この竜君も、相当痛かったみたいだし。僕は、全然痛くなかったし。驚いて葉っぱは離しちゃったけど」
私の渾身の頭突きが痛くなかっただと……!くそぅ…………って、今こやつはなんて言った!?竜君だと!?
私は痛みに呻きながらも、驚いて顔を上げる。
「ねえ、君、大丈夫ー?治療魔法、かけてあげようか?」
それより貴様、私が竜だと気づいていたのか!?やはり、この誇り高き竜族特有の、溢れ出る高貴なオーラで気づかれてしまったのか!?
大いに狼狽えて、呆然とフランを見上げていると、フランが私の頭に手をかざして、呪文を唱えた。
「……はい、終わり。ちょっとは痛いの飛んで行ったかなー?」
お嬢様の薬ほどではないが、頭の痛みは少し和らいだ。さすが、現神官長並みの治療魔法の使い手……。
いや、感心している場合ではない。
私の煌めくオーラによって、竜族だと気づかれてしまったのは仕方がないとしても、玄禍竜だということまでバレてしまったら非常にまずい。しかも、敵である攻略対象者の一人に知られるというのは、余計にまずい。
なんとか、こやつの口を封じねば……。しかし、毒薬はもうないし、今の私に使える武器は少ない。
どうしたものかと考えあぐねていると、辺りに終業の合図である鐘の音が鳴り響いた。その音を聞いたフランが、パチクリとまばたきをする。
「あっ!そういえば、音楽の授業に出るの忘れてた。んー……まあ、仕方ないかぁ。今日は天気が良かったから。部屋の中にいるより、外にいたいよね」
自由すぎるだろう。授業は真面目に受けんかい。
こやつが授業をサボって、妖精と共にこんな所にいたせいで、私の綿密な計画が台無しにされてしまった。沸々と怒りが湧いてくる。せめて、一矢報いなければ気が済まない。頭突きは効かなかったが、これならばどうだ!
食らえ!玄禍竜の、岩をも噛み砕く鋭き牙を!
ガブリッと、フランの手に思いきり噛みつく。
「うん?どうしたの?なにか怒ってるの?」
ガブガブッ。
「ちゃっと痛いかなー。やめてくれる?」
フランの言葉を受け、妖精がペシペシと私の頭を叩いてきた。あっ、こやつ、先ほど私がぶつけて痛めた所を、集中攻撃してきおって!
私が、フランの手に噛みつきながら、尻尾を振り回して妖精を追い払おうと躍起になっていたら、妖精が憤慨した顔つきで、手の平に魔力を集め出した。
こやつ!魔法とは卑怯だぞ!
「デュー、落ち着いて。僕は大丈夫だから」
フランがもう片方の手で、ひょいっと私の口をこじ開けて、手を引き抜く。
うぬぬ……。やはり噛みつき攻撃も効かなかったか……。
がっくりと肩を落とす私を、妖精が指を差してせせら笑ってきた。
なんという底意地の悪い小虫だ。
私と妖精がバチバチとメンチを切り合っていると、フランがすくっと立ち上がった。
「お腹空いてきたー。帰る」
自由かっ!
本当に自由すぎるだろう!コラ待ていっ!貴様をこのまま帰す訳にはいかんのだ!
歩き出したフランを引き止めようと、そのズボンの裾に思わず噛みつく。
「ん?なに?もしかして、君もお腹が空いたの?仕方ないなぁ」
ひょいっと、フランが私の体を持ち上げて、片腕で小脇に抱えた。
なにをする!気安く私に触れるでない!ジタバタと暴れてみるが、フランは私を離さず、それどころか勝手に頭を撫でられた。
「大丈夫、きっと協会がご飯を出してくれるよー」
いや、私は教会の質素な野菜ばかりの食事になど興味はない。私は野良ではないから、食事には困っていない。よって、教会の施しも必要ない。公爵家の豪勢なディナーが、私の帰りを待っているのだ!
急に、神官見習いとしての無意味な慈悲を発揮し出したフランに、あわや野良竜として保護されてしまうかもしれないと焦った所で、救いの女神の声が聞こえてきた。
「クイン?なにしてるの」
お嬢様が、乗馬服のまま、薔薇園の中を急ぎ足でこちらに向かって来た。
「えーっと、君は……アメリアだっけ?」
「エミリアです」
麗しきお嬢様のお名前を間違えるとは、なんたる無礼な!
お嬢様は、フランの脇に抱えられている私を、首を傾げて不思議そうに見る。
「あの……ユラシンク様。クインが、なにかいたしましたでしょうか?」
ギクリ……!い、いえ、私はなにも!葉っぱに毒など塗っていませんし、勿論お嬢様の毒薬をくすねたりもしておりません。それに、私はしがないただの竜です。禍を運ぶ竜だったりはしませんよ。
思えば、フランに握られてしまった秘密が多すぎる。私が、プルプルと尻尾を震わせていると、フランは脇に抱えていた私を離して、ずいとお嬢様に差し出した。
「そうだった。この子、君の友達だったね。忘れてたよー。はい、返すね」
「え、ええ、ありがとうございます」
お嬢様は、戸惑いながらも私を受け取り、優しく腕に抱えてくださる。
「じゃあ、僕帰るから。またねー」
フランは軽く手を振って、あっさりと去って行った。
ゲーム通り、マイペースそのものの性格のようだが、ひとまずお嬢様に毒薬のことや、私が竜であることを言われずに済んだようだ……。良かった。
「……クイン、なぜあの方と一緒にいたの?」
こ、これには深い事情がですね……。
お嬢様の真っ直ぐな瞳から、私はそろりと目を逸らす。
「お散歩したかったのかしら?でも、あまり私から離れないでね。心配するわ」
ううっ、申し訳ありません、お嬢様。でも、ヒロインや攻略対象者達を無事に始末出来れば、ずっとお嬢様のおそばにいられますから。今回は失敗してしまいましたが……。
私が、体力的にも精神的にもグッタリ疲れているのを見て取り、お嬢様はそれ以上追求することはなく、労わるように背を撫でてくださりながら、来た道をお戻りになられた。
ぶつけた頭の方もまだ痛いし、散々な目に遭ってしまった。
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くっ、ヒロインめ……。なんという豪運。なにもせずに危機を回避するとは。
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妖精め……。全てはあやつのせいだ。今度会った時は、尻尾で叩き落としてくれる!
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