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24 半神族の子孫
しおりを挟む私は、抜き足差し足忍び足で、慎重に茂みの中を進む。
前方に、やっとフィオナ・ラセンディアの姿が見えてきた。
クックックッ……ついに見つけたぞ、ヒロイン。
ここは、学園の裏庭。
白薔薇の花壇を通り過ぎ、茂みが深く目立たない奥まった所に、ポツンと木のベンチが一つ置かれている。一人でそこに座り、フィオナは草笛を吹いていた。
この場所を探し当てることが出来たのは、偶然だった。お嬢様の腕に抱かれて廊下を歩いている時、何気なく窓から裏庭を眺めていたら、金茶色の髪の女子生徒が薔薇園に入って行くのが見えた。
もしや……と、頭をよぎるものがあった。それは、ゲームのスチルだ。
ゲーム序盤、まだ学園に馴染めていないヒロインは、裏庭で一人で過ごしていることが多かった。まあ、一人とは言っても、そこで攻略対象者と出会うイベントなどが起きるのだが……。
確か、その場所の背景CGは、茂みや木々に囲まれた場所にベンチが一つ置かれているものだったはず。さすがに、それ以上細かい所までは覚えていないが、もしもフィオナが向かって行った方向に、その場所があるのならば、絶好の暗殺……もとい半殺チャンスである。
この機を逃す訳にはいかない。
幸運なことに、ちょうどその日の午後のお嬢様の授業は、裏庭の修練場で行われるものであった。
お嬢様が授業を受けている間、私は近くのベンチに座し、授業の終わりを待つことになった。
私は、お嬢様が授業に集中している隙を見計らい、修練場をこっそり抜け出した。
上手く抜け出すことは出来たが、裏庭は広い。
薔薇園がある方向はなんとなくわかっていたが、辿り着くまでには苦労した。途中、学園の庭師に見つかりそうになったり、野良猫とのバトルが勃発しそうになったこともあり、なかなかに大変な道のりであった。
だが、私は無事、薔薇園に到達し、その奥にゲームの背景CGとよく似た場所を見つけることが出来た。
しかし、探し当てるのに大分時間を使ってしまった為、先ほどすでに終業の鐘は鳴り終わってしまっている。おかげで、授業を終えたフィオナが、ここに直行して来てくれていたことは良いのだが、お嬢様もその内ここへ来るだろう。
なぜならば、私の首に巻かれたスカーフを留めているリングには、位置を探知出来る魔法がかけられている。お嬢様は、私がいないことに気がついたら、きっと心配して探知魔法を使い、私を探しに来られるだろう。
だから、私に残された時間は少ない。
まあ、今日はこの場所を見つけられたことだけでも良しとしよう……。今度来る時は、フィオナよりも先に来て、毒を飲ませる仕掛けをなにか作っておけば良い。
フィオナが草笛を吹くのが好きならば、草に毒を塗って、それを彼女が手に取りやすい場所に置いておくというのも良い手かもしれない。
お嬢様がここへ着いてしまう前に、私はまた抜き足差し足忍び足で来た道を戻る。
茂みを抜け出た所で、茶色い塊と出会った。
き、貴様は、さっき私を威嚇してきたドラ猫っ!
フーッと懲りずにまたもや威嚇してきたので、こちらもギラリと白い牙を剥いて威嚇し返す。
勿論、誇り高き竜族であるこの私が、猫になど負ける訳がない。猫は怯えたように後ずさった。
フッフッフッ……どちらがこの庭園のボスか、教えてやろう。
ここだというタイミングで、執事のマーティン相手に練習した急突進を、猫に仕掛ける。驚いた猫は、俊敏な動作で身を翻して逃げて行った。
ハッハッハッ!完全なる勝利!お嬢様にも、是非我が勇姿を見て頂きたかった。
私が踏ん反り返っていると、目の前を半透明の黄色い物体が横切った。
それは、変わった黄色の服を着た、兎のような顔つきの小人だった。
小人は、私に向かって、チッチッチッと人差し指を振る。まるで、猫との戦いに勝ち悦に入っている私を、そんなことで喜ぶんじゃないと注意しているように見える。もしくは、猫をイジメるんじゃない、とでも言いたいのか……?
私は、ムッとして小人を睨む。そやつは、呆れたように溜め息をこぼす仕草をすると、ふよふよと空中を漂い去って行こうとする。
なにか言いたいことがあるのなら言わんかいっ!
地上を這う私をからかうかのように、ゆっくりとしたスピードで飛ぶ小人を追いかけていると、
「クイン!」
と、遠くから声がかけられ、そちらを振り向くと、お嬢様とサディアスが、こちらに早足で近づいて来るのが木立の間から見えた。
小人を追いかけるのをやめて、私もお嬢様の元へと向かう。
「こんな所まで来てたのね。ダメでしょう、勝手に離れたら」
お嬢様は、安心したようにホッと息を吐いて、私を優しく腕に抱き上げる。
お嬢様の腕に抱かれて、体の力を抜いたことで、私は自分が思っていた以上に疲れていたことを実感した。今日は、少し動きすぎたかもしれない。
私が、お嬢様の腕にグデッと体を預けていると、目の前をまた小人がふわふわと通り過ぎる。
「姉上、あれは……」
サディアスが、小人を指差す。
「どうかしたの?」
お嬢様は、指差された辺りをチラリと見たが、不思議そうにサディアスに目を戻す。
「……いえ、なんでもありません」
サディアスは、小人から視線を外して、何事もなかったかのようにお嬢様に向き直る。
ふむ……。どうやら、サディアスには妖精が見えているらしい。
そう、あの兎顔の半透明の小人は妖精だ。竜族の私には薄っすらと見えているが、人間で見ることが出来る者は少ないらしい。サディアスが妖精を見ることが出来る理由は、言うまでもなく魔王であるからだろう。
妖精の関心は、私からサディアスに移ったらしく、訝しげな顔でサディアスの周りを飛び回っている。
サディアスは見えているだろうに、妖精を完全に無視している。
見えていない人間に、妖精が見えたと言った所で、信じて貰えない可能性もあるので、お嬢様の手前、見えないフリをするつもりなのだろう。
お嬢様が帰ろうと後ろを向いた隙に、サディアスはしっしっと寄って来た虫を払うかのように、妖精を手で追い払っている。
さすが、魔王。普通の人間ならば、妖精が見えたら感激しそうなものだが、メルヘンの世界への興味は一欠片もないらしい。最早、鬱陶しい小蝿扱いである。
妖精が慌ててサディアスから離れ、少し距離を取り、腰に手を当てて不満顔でサディアスを睨みつけていると、近くの茂みがガサゴソと揺れた。
「……デュー、もうそろそろ帰るよー」
長い銀髪を後ろで一つに纏めた、中性的な顔つきの少年が、茂みの奥から現れた。
琥珀色と菫色という、左右で色の違う瞳も印象的だが、それよりなにより目を引くのは、長く尖った耳だ。
サディアスの耳も尖り気味だが、それよりも大分長い耳である。勿論、この銀髪の少年は、魔王でも魔族でもない。半神族のエルフの血が混ざっている為、この耳なのだ。
フラン・ユラシンク。ゲームの攻略対象者の一人である。
妖精が、スーッとフランに向かい飛んで行き、長い耳の近くで止まり、なにやら耳打ちしている。
「……ふーん、そっかぁ。それは、不思議だね」
妖精からなにか聞いたらしきフランは、私とサディアスを交互に見る。
妖精が見えないお嬢様からしたら、フランは独り言を呟いているようにしか見えないと思うが、お嬢様は一瞬不審そうな目でフランを見たものの、すぐにそれを消して前に進み出た。
「フラン・ユラシンク様ですね。私は、エミリア・ハーツシェルと申します。以後、お見知りおきくださいませ」
「ハーツシェル?聞いたことある気がする……。あっ、もしかして、ルーファス殿下の婚約者の?」
「はい」
「やっぱり、そうかー。よろしくねー」
フランの挨拶はかなり適当なものだったが、お嬢様が苛立つ様子はない。
それもそのはず。このフラン・ユラシンクは貴族ではなく、教会に所属している人間である。
神官であろうとも貴族に対する礼儀は必要とされるが、フランの場合はエルフの血を引いていることもあり、教会の秘蔵っ子としてとても大切に扱われている。
あまり教会の外に出ることもないので、教会はよく学園に入学させたものだなと思う。箱入りもいいとこな為、世間知らずでどこか浮世離れしており、王侯貴族に対してこのような態度をとることがなんとなく許されている。
現神官長の孫であることも相まって、大分特別扱いされているようだ。
フランはボンヤリと、お嬢様からサディアスへと視線を移す。
「君は……」
「サディアス・ハーツシェルです。よろしくお願いいたします」
「うーん……良くないなー」
「私がなにか……?」
フランは、サディアスを見てしきりに首を捻っている。
おや……もしかして、エルフの勘の鋭さで、サディアスの正体に気がつきでもしたのだろうか。
「魔力が、おかしなことになってるよね。ごちゃごちゃーっとしてる」
「…………」
サディアスは、ピクリと眉を動かしてフランを見つめる。だが、フランはくるりと体の向きを変えて、
「まあ、いっかー。それより、僕、帰らないといけないんだった」
と、妖精を連れてスタスタと歩き出した。
「じゃあねー」
大分離れてから、思い出したかのように、こちらにヒラヒラと手を振って来た。
お嬢様とサディアスは、呆気にとられてフランの後ろ姿を見送っていたが、
「……私達も、帰りましょうか」
と、気を取り直して歩き出した。
「変わった方ですね」
「ええ、噂には聞いていたけれど……。でも、あの年齢にして、治療魔法の腕前は神官長様に匹敵するほどらしいわ」
お嬢様のお言葉に、私も一つ頷く。ゲームでも、そういう設定があった。
教会屈指の治療魔法の使い手であるフランは、魔王討伐においてヒロインの心強い味方となる。他の攻略対象者のイベントでも、ちょこちょこと良い活躍をしてくれるので、ヒロインにとっては便利なキャラだ。
お嬢様の処刑には、大して関わっていなかったはずだ。断罪のイベントの最中も、ほぼボーッと突っ立っているだけだった。だから、ルーファスやロイドとは違い、さほど用心の必要はないだろうが……。
しかし、神官見習いで、エルフの血を引いているのならば、お嬢様の潔白に気づき、教会を通じて無実を訴えて欲しかった。それをしなかった時点で、やはりフランも許すことは出来ない相手だ。
抹殺まではしないものの、あの態度の悪い妖精共々お嬢様には近づけさせない。
ちょっと空が飛べるからと言って、良い気になりおって、あの妖精め。私とて、翼さえ生えていれば、あんなのよりももっとずっと速く飛べるのだ。
くっ……全然羨ましくなんかないんだからなっ!
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