お嬢様のペットはドラゴン

ミナモト

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32 夏の夜のパーティー③

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 私はお嬢様の腕の中で、三毛猫のフィオナへ飛びかかる隙を伺っていたが、群がる人垣に邪魔をされて、なかなかそのチャンスが訪れなかった。
 やっと、人垣が少なくなってきたかと思ったら、フィオナはティナ嬢の腕の中で、ウトウトと舟を漕いでいた。
 のん気か!
 尻尾を伸ばして、その頭をはたいてやろうと思ったが、微妙に届かない。
「あら、眠ってしまったようですわね」
 お嬢様が、フィオナを見てクスリと微笑む。
 お、お嬢様……いけません!あれなる者に近づいては!毛が……そう、毛がドレスにもっさりついてしまいます!その点、私のこのツルツルの肌は、お嬢様のお召し物を汚すこともなく、完璧ですよ!
 ティナ嬢は、お嬢様のお言葉に頷いて、フィオナを起こさないように、優しく撫でた。
「はい……迷い猫のようでしたら、私が後で、学園の職員に預けに行こうと思います。野良猫だとしても、これだけ人懐っこくて可愛ければ、すぐ飼い主が見つかるでしょうし。私が飼いたい所ですが、父が動物の毛が苦手なもので……」
「ティナ様は、動物がお好きですのに、残念ですわよね」
「仕方がありませんわ。こうして、たまに動物と触れ合えるだけでも幸せなことです。今日は、ドレスにたくさん毛がついてしまったので、家に入る前に、使用人に取って貰わなければいけませんけど、ふふっ」
 ティナ嬢の父親は、動物の毛のアレルギーらしい。ふっふっふっ……やはり、毛のある動物はダメだな。お茶会などで、ティナ嬢の家へ行った時には、お父上に私のツルツル肌を、特別に撫でさせてあげても良い。
 お嬢様は、他の生徒達のようにフィオナを撫でることはなく、ティナ嬢達に断りを入れて、私を料理が並ぶ机の前へ連れて来てくださった。
 ひとまず、お嬢様があの毛玉に、お心を惑わされてはおられないようで良かった。私という、愛らしく格好良い従者がいるので、当然のことだが。
 もしも、お嬢様まで、毛玉の誘惑に負けてしまっていたら、いよいよもってヒロインを暗殺するしかなくなっていた所だが……命拾いをしたな、ヒロインよ。
 なにはともあれ、とりあえず嫌なことは忘れて、待ちわびていた食事を取るか。うわーい!牡蠣!甘味!
「あまり食べ過ぎてはダメよ、クイン」
 わかっておりますとも、お嬢様。
 私は、お嬢様のお言いつけをしっかりと守りつつ、存分に料理を堪能した。若干、お腹が重くなったが、これくらいならば食べ過ぎたことにはならないだろう。
 パーティー終了の時刻が近づいて、お嬢様の腕の中で、私が心地良い満腹感でウトウトしていた時、
「フニャー!」
 という鳴き声が響き、フィオナがティナ嬢の腕の中から飛び降りて、こちらにピョンッと飛び込んできた。
 うわっ!そういえば、食事に夢中になり、すっかりフィオナのことを忘れていたが、なんだというのだ。
「あっ、猫ちゃん!申し訳ありません、エミリア様」
 ティナ嬢が、慌ててこちらへ寄って来る。
「いえ……どうされたのですか?」
「猫ちゃんを預ける為に、学園の職員の所へ向かおうとしたのですが、急に逃げ出してしまいまして……」
「ニャア、ニャッニャッ!」
 フィオナが、助けを求めるように私を見つめて来る。だから、なぜ私を頼る……。良いではないか、飼い主を見つけて貰えば。三食昼寝つきの生活が送れるぞ。もっとも、人間に戻れば、どうだかはわからないが。
 とにかく、お嬢様はこれからラストダンスを踊りに向かわれるのだ。フィオナに構っている時間はないのだ。ほら、ルーファスがこちらに向かって来た。
「姉上、クインを預かりましょうか」
「ええ、ありがとう、サディアス。でも、貴方は誰かと踊らなくて良いの?」
「はい。ここで見ています」
 お嬢様は、サディアスに私と、ついでにフィオナも預けて、ルーファスに手を取られて、また大広間の中心へと向かわれた。
 ダンスをじっくりと拝見していたい所なのだが、隣でうるさく鳴き喚く毛むくじゃらが、極めて邪魔だ。ティナ嬢も、一旦サディアスに猫を任せて、上級生の令息と踊りに向かってしまったし。
 仕方がない……。厄介事は、さっさと片付けてしまった方が良いだろう。
 私は、サディアスにクイクイッと顎で合図をする。
 サディアスは、少し首を傾げたものの、私が尻尾で指し示した方へと歩き出した。
 大広間の片隅に置かれた椅子に、足首に包帯を巻いた男が腰かけて、赤ワインが入ったグラスをクルクルと回して、その香りを楽しんでいる。
「ニャッ!」
 フィオナは、その男を見て、サディアスの腕の中を飛び出して、男の膝の上に飛び乗った。
「わっ!なんだ!?……あれ?君は、ひょっとして……」
「ニャーニャニャッ」
 男……教師のリィヒデンは、フィオナを片腕に抱きながら立ち上がった。
「ああ、また猫になっちゃったんだね。大変だったね」
 いや、そやつは、わりと猫姿を楽しんでおったぞ。
 とりあえず、これでフィオナのことは、リィヒデンがなんとかしてくれるだろう。
 無事、フィオナという厄介事をリィヒデンに押しつけて、私はお嬢様のラストダンスを見守る。
 ラストダンスは、ファーストダンスと同じく特別なものだ。通常は、ファーストダンスを踊ったのと同じ相手と踊る。お嬢様も、現在ルーファスと、パーティーの締め括りの緩やかな曲調に身を任せ、ゆったりと踊っていらっしゃる。
 一方、サディアスのように決められた相手がいない者が、ラストダンスに誰かを誘うのは、「貴女のことを特別に思っています」と言っているようなもので、愛を告白しているのにも等しい。
 大人の世界では、「このまま貴女を家へ送って行きたい」という意味もあるらしいが……。学園でのパーティーでは、それほどではないにしろ、やはりラストダンスを踊る相手は特別である。
 サディアスが誰も誘わなかったのは、思う相手がいないから、もしくは、思う相手を誘う勇気がないから、のどちらかだろう。魔王だし攻略対象者なので、おそらく前者だろうが。
 このラストダンス……ゲームでは、その時点で好感度の高い攻略対象者が、ヒロインを誘って来るというイベントがある。
 今、フィオナは猫になっているから、当然誰にも誘われていないが、今の時点で、誰の好感度が一番高かったのか見てみたかった気もする。勿論、一年目だと、誰の好感度もそれほど高くなっておらず、誰からも誘われない場合もあるが。
 これが、卒業の年である三年目になると、ルーファスの奴が、婚約者であるお嬢様を放っておいて、ヒロインをラストダンスに誘ったりするのだ……。許せぬ。
 万が一、ルーファス暗殺のイベントが失敗してしまったら、三年目のパーティーでは、ルーファスに下剤を盛って、ラストダンス自体を踊れなくさせてやろうと思う。今、盛ってやっても良いくらいだったが……。
 こうして、麗しきお嬢様とラストダンスが踊れるという、全生物が羨む幸運を、墓に入るまで……いや、墓に入っても感謝し続けるが良い。
 他の攻略対象者達は、キース以外は、ラストダンスを踊らずに周りで歓談している。キースと踊ってしまっている、大人しそうなご令嬢が、この先泣かされないことを祈るばかりだ。
 ジェイミーは、庭でフィオナを見つけられずに、不可解そうな面持ちで帰って来て、教師にフィオナがいなくなったことを伝えて、ボンヤリとダンスを眺めている。
 特定の相手がおらず、ラストダンスに誘えなかった、または誘われなかった生徒達も、大広間の中心で眩い光を浴びて踊るお嬢様やルーファス達を、憧憬の目で見つめている。
 フィオナも、教師のリィヒデンの腕の中で、
「ニャア……」
 と、溜め息をこぼすように鳴いた。
 リィヒデンがそれに気がつき、気を使ったのか、少し体を揺らして軽いステップを踏んでいる。ダンスの雰囲気だけでも、猫化してしまったフィオナに楽しんで貰おうと思ったのだろうが……足を怪我しているはずなのに、随分軽快に踊るな、おい。
 もしかしなくても、こやつ……怪我をしているフリをして、ダンスを放棄して酒を飲んでいたな。教師の中には、ファーストダンスやラストダンス以外の時に、壁の花や壁のシミになっている生徒と踊ってあげたり、場慣れしていない新入生に話しかけたりしてあげていた者もいたというのに……。
 ダメ教師かもしれない。
 こやつにフィオナの解呪を任せて、本当に良かったのか、フランよ。
 自分の研究だけしていたいタイプの教師ならば、解呪の方は逆に真剣に調べてくれるだろうが。
 私としては、フィオナの呪いは、さらにこんがらがった物になってくれた方が有り難いので、リィヒデンがダメ教師であった方が都合が良いが……。
 フィオナは、リィヒデンのちょっとしたステップでも満足したのか、瑠璃色の目を楽しげに細めている。
 ふうむ……腕に抱かれながらのダンスでも、少しは楽しめるものなのだろうか。私も今度、お嬢様にして頂こうかな。
 そんなことを考えている内に、曲が止まり、ラストダンスが終わった。パーティーも、これにてお開きとなる。
 ティナ嬢は、ダンスから戻って来て、サディアスの腕の中に私しかいないことに、首を傾げていたが、サディアスが猫を腕に抱いたリィヒデンを指し示すと、
「あら、あの猫ちゃんは、リィヒデン先生の飼い猫でしたのね」
 と、安心したように一つ息を吐いて、お嬢様達に別れの挨拶をして、他のご友人達にも挨拶をする為に去って行った。
 お嬢様は、サディアスから私を受け取ると、ルーファスと共に帰りの馬車へと向かわれる。
 生徒達を見送っているリィヒデンの前を通り過ぎようとした時、その腕の中のフィオナが、
「ニャーオ」
 と、私に向かって、一声鳴いた。
 ふんっ……礼などいらぬわ。その内、そのフサフサの毛が、全部抜け落ちる呪いをかけてやるからな。覚悟をしておくが良い、毛玉め。
 お嬢様とルーファスは、馬車に乗り込み、一番に学園を後にする。星達が煌めく夜空の下、馬車は銀色の正門を通り抜け、徐々に学園から遠ざかって行く。
 これで、しばらくは領地に帰りゆっくり出来る。私は、肩の力を抜いて、お嬢様のお膝の上で丸くなる。
「エミリアは、休暇中はやはりハーツシェル公爵領に帰るのかい?」
「はい。ルーファス殿下は、避暑地に向かわれるのですか?」
「ああ、涼しくなって来たら、こちらに帰って来るけれど……。しばらく会えないのは、残念だな」
 ぬっ……!?すっかり気を緩めてしまっていたが、まさかルーファスの奴、ここへ来て口説き文句を!?
 私は、睡魔を追い払い、ガバリと身を起こす。
「秋に、新しく出来る養蚕所の見学に行くんだ。女性の意見も聞きたいから、君がいてくれると心強かったのだが……」
 視察かーい!また視察かっ!
 しかも、養蚕所とは……。確かに、女性は絹織物が好きだし、お嬢様もお好きだが……。しかし、まだ虫の段階の物を見るのが好きなご令嬢は、あまりいないと思う。
 一緒に、虫を見に行きませんか?と、女性をデートに誘う男がどこにいる。ここにいたわい……。
 馬鹿馬鹿しくなり、私は再び丸くなり、睡魔を出迎える準備に入った。
 残念だったな、ルーファス。お嬢様は、私と領地に帰り、夏から秋への季節の移り変わりを楽しみつつ、その味覚を堪能するのだ。
 蚕は、一人で見に行くが良い。そして、その蚕達が作った絹織物を、お嬢様にたんまり献上すると良い。貴様の役目はそれだけだ。忘れるでないぞ。
「クインは、眠たそうだね」
「そうですね。少し疲れたのかもしれません」
 不意に、お嬢様以外の手が、私の頭をそろりと撫でた気がするが、気のせいだろうか……。もしも、勝手に私に触れていたりしたら、許さんぞぉ……むにゃ……。
 いつも通り、お嬢様の手が、優しく背中を撫でてくださり始めたことに安心して、私は夢の世界へと旅立った。
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