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31 夏の夜のパーティー②
しおりを挟む「なにかあったのか?」
ルーファスが、お嬢様とフィオナを交互に見る。
「ダンス中にぶつかってしまいまして……。お騒がせして申し訳ありません」
お嬢様は、ぶつかられた方なのだが、ご自分が謝って、この場をおさめようとお思いになられたのか、ルーファスに向かい頭を下げた。
「そうか……。二人とも怪我は?」
「私は、しておりません」
「君は、大丈夫?」
ルーファスがそう問いかけると、フィオナはハッと顔を上げて、首を縦に振った。
「は、はい、大丈夫です。すみません」
「では、パーティーを再開しようか」
この騒ぎで止まってしまっていた音楽が、ルーファスが楽団に片手を上げて合図をしたことによって、再び流れ出す。
それぞれが元の場所へ戻ろうとした時、フィオナの位置がずれてしまった髪飾りを直してあげていたキースが、ヘラリと笑って余計な言葉を発した。
「本当に大丈夫?私がいた所からはよく見えなかったのだけれど、誰かに足を引っかけられて転ばされたとか……そういうことはない?」
その言葉に、ロイドが眉をピクリと動かして、お嬢様をチラリと横目で見た。
まさか、お嬢様がフィオナを転ばしたなどと思っていないだろうな。
フィオナは、驚いた顔をして、
「いえ、私が一人で勝手に……」
と、慌てて否定したが、ロイドの眉はひそめられたままだ。
き、貴様ら……どう考えても被害者であるお嬢様を、根拠もなく疑うような真似をしおって……!もう許せぬっ!
私は、まずは余計なことを言い出したキースから噛みついてやろうと、奴の足元へと走った。
「そう……。とにかく、美しい貴女に怪我がなくて良かった。よろしければ、次はこの私と踊って頂けませんか?」
キースが、フィオナの手を取り、ウィンクしながらその甲にキスを贈る。
のん気に口説いているんじゃない!
私の鋭い牙が、キースの足首に迫った時、フィオナがバッとキースの手を振り払って、よろめきながら、自分の顔を両手で覆った。
んっ?
キースの前にフラッと出て来たフィオナに邪魔されて、噛みつき攻撃を実行出来なかった私は、俯き顔を覆っているフィオナを見上げる。
その手の隙間から、ピョンッと白い髭が飛び出して来た。
なっ……!?まさか、猫化か!?
キースは、様子のおかしいフィオナを心配したのか、
「どうしたの?」
と、その顔を覗き込もうとする。
キースの後ろで所在なさげにしていたジェイミーも、フィオナの元へと気遣わしげに近寄って来る。
「…………っ!ニャンでもありません!私、ちょっと風に当たって来ます……!」
フィオナは、テラスへ向かいダッと駆け出した。
私を拾い上げて、その腕に抱えて。
おいこらヒロイン……なぜ、私を連れて行く!?
テラスへ飛び出るフィオナの腕の中で、ジタバタと手足をばたつかせながら、お嬢様の方を振り返る。フィオナの突然の行動に唖然としていたお嬢様は、慌てて後を追いかけて来た。ついでに、サディアスもお嬢様の後ろをついて来る。
フィオナは、テラスから庭へと走り出て、生垣の奥へ飛び込んだ。そして、やっと私を腕から解放した。
蹲ったフィオナの体が、みるみる縮んで行き、フサフサと全身に毛が生えて来て、あとにはドレスに包まれた三毛猫が残った。
「……ンニャ」
ドレスの中から、肩を落として三毛猫が這い出て来る。
「フニャニャニャ……」
そんな泣きそうな目で、縋るようにこちらを見られても……。私も困るのだが。
大体、貴様は私のことを怖がって、苦手としていたはずだろう。なぜ私を頼る。
確かに、パーティーにはフランは来ていなかったし、あのリィヒデンとかいう教師も随分離れた所で酒を飲んでいたし、他に手近に頼れる相手がいなかったのかもしれないが……。しかし、一人でいるのが不安で、たまたま足元にいた私に、咄嗟に手を伸ばしてしまったのだとしても、私の意思を無視して無理矢理拉致するのはどうかと思うぞ。
尻尾でペシペシと地面を叩きながら、フィオナを説教するように睨むと、三毛猫は身を縮こませて項垂れた。
「ニャー……」
ごめんで済んだら、警邏兵は要らないのだ。今後は、私を巻き込まないように。
フンッと鼻を鳴らして、生垣の下をくぐり、名前を呼びながら私を探して、こちらへと向かって来てくださっていたお嬢様の前へと進み出る。
「クイン!良かった、そこにいたのね」
お嬢様が、優しく腕に抱き上げてくださる。
「フィオナ様は、どちらへ?」
「ニャー」
フィオナが、私の後を追うように、生垣の下から出て来た。
おい、私を頼るなと言ったであろう。ついて来るのではない。
三毛猫が、心細げにウルウルと瞳を潤ませながら、お嬢様の腕の中の私を見上げて来る。
さあ、お嬢様。パーティーに戻りましょう!ダンスや食事を、一緒に存分に楽しみましょう。
私は、三毛猫から目を逸らし、お嬢様のお顔をにこやかに見つめる。
「ニャーッ!」
三毛猫がなにかを訴えるように鳴いているが、知ったことではない。お嬢様について来たサディアスが、三毛猫を訝しげに思いきり凝視しているが、それも知ったことではない。
サディアスの奴も、あれなる毛むくじゃらのドラ猫も、気にせずに早く参りましょう、お嬢様。
だが、お嬢様は、サディアスが三毛猫をガン見していることに気がついて、首を傾げられた。
「サディアス。貴方、猫が好きだったの?」
「いいえ……」
お嬢様の問いかけに首を横に振り、サディアスはやっと三毛猫から目を離して顔を上げた。
お嬢様は、私を撫でながら辺りを見回す。
「それにしても……フィオナ様は、どうされたのでしょうね」
「さあ……急に気分でも悪くなったのでは?」
「それなら、大広間を飛び出して行くこともないと思うけれど……。控えの間へ行き、治療魔道士を呼んで貰った方が良いでしょうし」
「では……逢い引きかもしれませんね」
「まあ!ふふっ、まさか」
サディアスの、冗談なんだかなんなのかよくわからない言葉に、お嬢様は笑みをこぼす。
「そうだとしたら、お相手はクインとでも言うつもり?」
「その可能性が高いでしょうね。大広間から、大変情熱的に連れ出されていましたし」
こら魔王。ぞっとしない戯れ言をぬかすな。
「フィオナ様が心配ですが、リンサイス様が探されているようですし、とりあえず私達は戻りましょうか」
お嬢様がおっしゃられた通り、少し離れた所をジェイミーがウロウロと歩きながら、フィオナを探している。
フィオナの捜索をジェイミーに任せ、お嬢様とサディアスはテラスから大広間へと向かう。
「フニャンニャッ!」
こぉら、ヒロイン。なぜついて来ている。ジェイミーの所へでも行きなさい。
「ニャーオ!」
お嬢様が大広間へと入る直前、フィオナは置いて行くなとでも言うように、ピョンッと驚くべき跳躍を見せ、お嬢様の腕の中の私の横へ飛び乗って来た。
「きゃっ!」
わっ!?なにをしている貴様!
フィオナは、ふてぶてしくもそこに居座り、頑としてどかない構えを見せる。
おりろ無礼者!
私は、フィオナを押し出そうと体をずらす。
「ニャーゴッ、ニャニャッ」
フィオナをお嬢様の腕の端に追いやり、あともうちょっとで下へ落とせるという所で、サディアスがフィオナの首根っこを掴んで、ヒョイッと持ち上げた。
「どうしますか、これ。庭へ捨てて来ましょうか」
グッジョブ、魔王。放り出して来てくれ給え。
そこへ、お嬢様のご友人達が連れ立って寄って来た。
「エミリア様、大丈夫でしたか?」
「はい、クインは無事見つかりましたが……。フィオナ様は、どちらかへ行かれてしまったようで、お姿が見当たりませんでしたわ」
「まあ、一体どうされたのでしょうね。突然のことで驚きましたわ。クイン様も、びっくりされて怯えておられなければ良いのですけれど……」
ティナ嬢が、心配そうに私を覗き込んで来る。私は、元気なことを伝えようと、軽く尻尾を振った。
「あら、お元気そうですわ。良かった。ところで……サディアス様、そちらの猫ちゃんはどうされたのですか?」
サディアスの手の中のフィオナを、ティナ嬢が興味深げに見つめる。
「庭からついて来てしまったようで。今、捨てに行こうかと……」
「まあ、野良猫でしょうか?とっても可愛いわ」
ティナ嬢は目を細めて、サディアスの手からフィオナを奪い、自分の腕に抱きかかえて優しく撫で出す。
「人馴れしているようですし、毛並みもとても良いので、もしかしたら飼い猫かもしれませんよ」
マリッサ嬢も興味を持ったようで、フィオナの顎をこしょこしょと撫でている。
「迷い猫かもしれませんね。魚とか食べるかな」
マリッサ嬢の婚約者のダンが、料理が並べられている机の方へ、いそいそと魚を取りに行った。
ご令嬢達が集まって来て、可愛いー!だの、懐っこい!だの、三毛猫のフィオナを撫で回し出す。
おい……ちょっと待ちなさい。なんなのだ、この騒ぎは。なぜ皆、フィオナの元へ集まる。
フィオナよりも、余程愛らしくて格好良くて、輝かしいオーラを放つ私がここにいるのに、なぜ皆、猫ばかり愛でているのだ。そんな毛むくじゃらの獣の、どこが良いと言うのだ。ドレスに毛がつくだけだぞ!
それに、フィオナよ……。貴様は、なにをぬくぬくと撫でられるのを享受して、ゴロゴロ喉を鳴らし、この状況に落ち着いてしまっているのだ!
まさか……人間の時は学園内で孤立しがちなのに、今は皆がちやほやしてくれるから、猫になるのも結構悪くないかも、とか思い始めているのではないだろうな。
今すぐに、この毛玉をここから排除せねば……。愛される学園のマスコットはこの私だけで十分であるし、パーティーの華はお嬢様だけで十分である。まるで魔物のように、人間を魅了し籠絡する野獣は、ここから叩き出して、なるべく遠くの方へ捨てて来なければいけない。
私は、ギリギリと歯を鳴らしながら、人気者気取りのヒロイン……いや、人の心を奪う泥棒猫を睨みつけた。
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