31 / 38
30 夏の夜のパーティー①
しおりを挟む「……よく考えれば、あの時は学園の使用人を呼んで、手伝って貰えば良かったのよね。でも、少し勉強になったわ。アイロンがけというのも、なかなかに大変でコツがいるものなのね」
お嬢様は、皺が綺麗に伸ばされたご自分のドレスを見て、感慨深くそうおっしゃられる。
本日のお嬢様は、光沢のある紅色のドレスに身を包み、大旦那様から贈られた大粒のダイヤモンドの首飾りを身につけられて、まるでハイビスカスの花のように、華やかで鮮麗でお美しい。
お嬢様が学園に入学した頃に雇われた、お嬢様付きの侍女のアンナは、髪型の出来栄えを確認しながら、クスクスと笑った。
「お嬢様が、アイロンがけをなさったなんて、家令のジェイムズさんが知ったら、腰を抜かしてしまわれそうですね」
「おかげで、使用人の苦労が少しはわかったわ。今度は、お皿洗いに挑戦してみようかしら」
「まあ!お嬢様は、ジェイムズさんの息の根をお止めになるおつもりですのね」
「ふふっ、ジェイムズの為にやめておくわ」
「大変賢明なご判断ですわ。ジェイムズさんは、命拾いをなさいましたね。……さあ、出来上がりましたわ」
侍女のアンナはまだ年若いが、随分手先が器用なようで、お嬢様の髪は綺麗に結い上げられて、銀細工の花の髪飾りで彩られ、その御髪の美しさをさらに引き立てている。
「ありがとう、アンナ」
「とてもお美しいですわ、お嬢様。今夜のパーティーの主役は、間違いなくお嬢様ですわね」
うむ。アンナの言う通り、それは間違いないであろう。
魔法学園は、もうすぐ長期の休みに入る。
お嬢様は、休み前の試験も無事好成績をおさめられて、今夜は終業式代わりに学園で開かれるパーティーに出席されるご予定だ。
エスコートするのは、残念なことにやはりルーファスである。
まるで燦々と輝く夏の太陽のように、目が眩むほどにお美しいお嬢様を、舞踏会でエスコート出来るなど、あやつは前世でどれほどの徳を積んだのだろうか。
しかし、お嬢様を迎えに来たルーファスは、
「綺麗だね。君は赤い色の物をよく身につけているけれど、赤が好きなのかな?」
と、のたまった。
おい、跪いて賛辞の言葉をもっと寄越さんかい。貴様を、赤く染めてやろうか。
「はい、赤い色は好きです。昔から、赤い色を見ると心が躍ってしまうのです」
よっしゃ。お嬢様が、そうおっしゃるのでしたら、私は必ずやルーファスを、奴の血で真っ赤に染め上げて見せましょう。それまで、今しばらくお待ちくださいませ!
お嬢様は、ルーファスの馬車に乗り、学園へと赴く。
夜の学園は、橙色の灯りであちこちライトアップされて、美しく荘厳な雰囲気を漂わせている。だが、ほんの少し不気味でもある。
華やかな装いの生徒達が、次々と馬車から降り立ち、吸い込まれるように建物の中へ入って行く。
お嬢様の腕に抱かれて、私も玄関ホールへと入る。
ふむ……やはり、夜の学校は、昼間見るのとは違う趣があるな。灯りの影から、ボウッと幽霊でも浮かび出てきそうで、ちょっと怖……いや、勇敢なる竜族であるこの私は、幽霊など恐れない。夜行性なので、夜目もバッチリ利くし、ちょっとやそっと部屋の四隅に影が出来ていようがへっちゃらである。
部屋の隅や、廊下の奥の暗い影から目を逸らして、私は前を向く。
すると、ちょうどお嬢様が大広間へ続く扉をお通りなった所だったようで、眩しいほどの豪華絢爛なダンスホールが目に飛び込んで来た。
視線を巡らせると、続き部屋のように繋がっている、もう一方のホールには、様々な料理が机の上に所狭しと並べられているのが見える。
うむうむ。デザートもたっぷりあるようだな。貴族の子女が通う学園だけあり、なかなかに豪勢な品揃えだ。むっ、あれに見えるは牡蠣ではないか。是非、後で私のお腹に迎え入れたいと思う。
私が、料理のチェックに夢中になっていると、いつの間にか学園長のスピーチが始まっていた。
やはり、私にとっては退屈な話なので、お嬢様の腕の中で首を巡らせて、今度は出席者のチェックをする。
サディアスは、勿論お嬢様の後ろに静かに控えているし、お嬢様のご友人のバーバラ嬢とティナ嬢は、二人揃ってすぐそばにいる。マリッサ嬢は、婚約者のダンと一緒に、ウキウキとした顔でダンスの時間が始まるのを待っている。
ロイドは、ルーファスの近くに立ち、長期休暇突入のパーティーだと言うのに、浮かれた様子もなく、いつも通り小難しい顔をしている。
キースは、ロイドとは対照的に、近くの令嬢にニコニコと愛想を振りまいている。あのご令嬢達が、キースの毒牙にかからなければ良いのだが……。
アイザックは、定期的に他の生徒をさり気なく見回したり、大広間やテラスへの出入り口などに目をやっている。騎士の習性で、警備体制の確認をしているのだろうか。
フランと妖精の姿は見えない。もしや、パーティーもサボったのか、あやつ……。
フィオナは、サポートキャラのジェイミーと一緒に、後ろの方の下級貴族や平民が落ち着きなく固まっている辺りに、ひっそりと佇んでいる。
今日のドレスも、生地は薄っぺらそうだが、逆にこの季節に合っているとも言える。型もそれほど古くはなく、フィオナの健康的な美しさを引き立てていなくもない。
むぅっ……ヒロインめ。気合いを入れてきおったな。
私が、出席者チェックを終えた頃に、学園長の有り難い長い話も終わったようで、広間には楽団の演奏による優美な音楽が流れ始める。
お嬢様は、大広間の隅のふかふかの椅子へ、私をそっと置く。お嬢様と私は一心同体だが、さすがにダンス中は一緒にはいられない。
ルーファスに手を引かれて、大広間の中心へと歩いて行くお嬢様をお見送りする。
私の隣では、足を怪我したらしき教師が腰かけて、給仕からシャンパンを受け取り、早速一杯やろうとしている。
よく見れば、先日会った、あの解呪に詳しい教師だ。確か、名前はリィヒデンとか言ったか。今日も、髪の毛が若干跳ねている。
向こうも、私に気がつき、
「トカゲ君も、一杯やるかい?」
と、勧めてきたが、首を横に振り断った。
今、酒などで腹を膨らませるつもりはない。牡蠣や蟹や海老などの海の幸達、そして生菓子や焼き菓子などの砂糖の幸達が、私の訪れを待っているのだ。
それに、お嬢様の音楽と美に愛された女神のような舞姿を、見逃す訳にはいかない。そこなる教師も、有り難く拝み見ると良い。酒を飲んでいる場合ではないぞ。
お嬢様は、鮮やかな紅色のドレスを揺らしながら、洗練された足さばきで、優雅に舞い踊られる。蝶が空中を舞っているような、柔らかくしなやかなダンス。お見事でございます。
まさに、パーティーの主役はお嬢様である。誰もが見惚れる麗しさ、完璧に完成された美。一緒に踊るルーファスが目障りで、かなり邪魔ではあるが……。
「完璧で、型にはまりすぎていて、色気や愛くるしさが足りないよね」
ホワッツ!?
どこのどいつだ、そんな戯言をのたまうのは!
声がした方を、ギンッと睨むと、キースが軽薄な笑顔で、一人の令嬢に飲み物を差し出していた。令嬢の方は、同意して良いものかどうか迷っているような、戸惑い気味の微笑を浮かべている。
「……なんてね」
ニコリと人好きする笑顔を作り、冗談にして誤魔化して、キースは令嬢を安心させているが……。私は、聞き逃さなかったぞ!お嬢様への侮辱の言葉を!
ゆ、許せぬ……あの軟弱男っ。
しかし、怒りに任せてキースを噛みつきに行くよりも、今は我が麗しきお嬢様の、神々すらも魅了するであろう舞姿を、一瞬たりとも見逃さぬように見つめていたい。
キースめ……あとで覚えているが良い。
お嬢様は、ルーファスと踊り終わられた後、ひと息つく間もなく、今度はサディアスの前へと行く。サディアスは恭しく手を差し出し、お嬢様は微笑んでその上に手を重ねる。
「サディアス。ダンスの練習の成果を見せる時ね」
「はい、よろしくお願いします」
根暗で、常に俯きがちな少年だったサディアスは、顔を上げて真っ直ぐ前を向き、堂々とした仕草で、お嬢様を大広間の中心へとエスコートする。
練習の為に、二人でよく踊っていたこともあり、ルーファスとの時よりも、ぴったりと息が合っているようだ。先ほどより、少しテンポの速い曲だが、足取りを乱すこともなく、跳ねるように軽やかに踊っていらっしゃる。
お嬢様は、サディアスの成長に嬉しそうに目を細め、サディアスもそれに応えて少し微笑む。
しかし、曲が佳境に差しかかった時、後ろで踊っていたペアの令嬢が、豪快にすっ転んでお嬢様にぶつかった。
あれは、ヒロインッ……!おいこら、なんてことをする!
サディアスが、よろめいたお嬢様を支えるように、その腰を抱き寄せる。こらそこ、どさくさに紛れてなにをしておる。離れなさい。
お嬢様には、お怪我はないようだ。ヒロインも、尻もちをついただけで無事なようだが、自分の失態に顔を青くしたり赤くしたりして、謝罪の言葉を発することも出来ずに、へたり込んで呆然としている。
「大丈夫ですか?」
お嬢様は、フィオナを振り返って、そう声をかけたが、フィオナの皺が出来てしまっているドレスの裾に目を移して、キッと柳眉を吊り上げた。
お、お嬢様……皺は気にしなくて良いと思います、皺は……。お嬢様がすっかり、あの皺を伸ばすにはどうすれば効率が良いか、とか考える、アイロン職人のような眼光になってしまわれた。どうしてくれるヒロイン。
お嬢様の険しい目つきを、ぶつかられて怒り心頭なのだと勘違いしたのか、フィオナと一緒に踊っていたジェイミーが、わずかに青くなりながらも、フィオナを庇うように間に立つ。
近くで踊っていたキースが寄って来て、優しげに微笑み、
「怪我はない?」
と、フィオナに手を貸して立たせた。
余計にも、ルーファスも何事かとやって来て、その後ろを、ロイドも眉根を寄せながらついて来る。
攻略対象者達に囲まれて、このままではお嬢様が四面楚歌ではないか……。わ、私がお守りせねば!
慌てて椅子から降りて、生徒達の足元を掻い潜るように、のっそのっそとお嬢様の元へと走った。
0
あなたにおすすめの小説
はじめまして、私の知らない婚約者様
有木珠乃@『ヒロ弟』コミカライズ配信中
ファンタジー
ミルドレッド・カーマイン公爵令嬢は突然、学園の食堂で話しかけられる。
見覚えのない男性。傍らには豊満な体型の女性がいる。
けれどその女性から発せられた男性の名前には、聞き覚えがあった。
ミルドレッドの婚約者であるブルーノ王子であることを。
けれどミルドレッドの反応は薄い。なぜなら彼女は……。
この世界を乙女ゲームだと知った人々による、悪役令嬢とヒロイン、魔女の入れ替え話です。
悪役令嬢を救いたかったはずなのに、どうしてこんなことに?
※他サイトにも掲載しています。
悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!
ペトラ
恋愛
ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。
戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。
前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。
悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。
他サイトに連載中の話の改訂版になります。
婚約破棄してたった今処刑した悪役令嬢が前世の幼馴染兼恋人だと気づいてしまった。
風和ふわ
恋愛
タイトル通り。連載の気分転換に執筆しました。
※なろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、pixivに投稿しています。
ヒロインだと言われましたが、人違いです!
みおな
恋愛
目が覚めたら、そこは乙女ゲームの世界でした。
って、ベタすぎなので勘弁してください。
しかも悪役令嬢にざまあされる運命のヒロインとかって、冗談じゃありません。
私はヒロインでも悪役令嬢でもありません。ですから、関わらないで下さい。
悪役令嬢の心変わり
ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。
7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。
そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス!
カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!
村娘になった悪役令嬢
枝豆@敦騎
恋愛
父が連れてきた妹を名乗る少女に出会った時、公爵令嬢スザンナは自分の前世と妹がヒロインの乙女ゲームの存在を思い出す。
ゲームの知識を得たスザンナは自分が将来妹の殺害を企てる事や自分が父の実子でない事を知り、身分を捨て母の故郷で平民として暮らすことにした。
村娘になった少女が行き倒れを拾ったり、ヒロインに連れ戻されそうになったり、悪役として利用されそうになったりしながら最後には幸せになるお話です。
※他サイトにも掲載しています。(他サイトに投稿したものと異なっている部分があります)
アルファポリスのみ後日談投稿しております。
悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます
久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。
その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。
1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。
しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか?
自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと!
自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ?
ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ!
他サイトにて別名義で掲載していた作品です。
悪役令嬢に転生しましたが、全部諦めて弟を愛でることにしました
下菊みこと
恋愛
悪役令嬢に転生したものの、知識チートとかないし回避方法も思いつかないため全部諦めて弟を愛でることにしたら…何故か教養を身につけてしまったお話。
なお理由は悪役令嬢の「脳」と「身体」のスペックが前世と違いめちゃくちゃ高いため。
超ご都合主義のハッピーエンド。
誰も不幸にならない大団円です。
少しでも楽しんでいただければ幸いです。
小説家になろう様でも投稿しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる