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2.氷結公爵エヴァンス
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わたくしを襲おうとしていた不審な男たちは一瞬で捕まり、警備に当たっていた衛兵に取り押さえられていた。
「これでもう安心だ。えっと……」
「ライラです」
「ライラか。美しい名前だ」
「そ、そんな……お戯れを。その、わたくしもエヴァンス様と呼んでもよろしいでしょうか」
「構わないよ」
アクアマリンのような瞳に吸い寄せられそうになる。
思わず溜息が出てしまうほどに美しい。
「エヴァンス様は、氷結公爵様で有名ですよね」
「ああ、それかい。僕が“氷の魔法”を扱えるからだろうね。だから、そんな異名が広まったのだろうね」
彼の表情は少し曇っていた。
もしかしたら、事情があって氷結公爵と呼ばれるのが好きではないかもしれない。
わたくしは空気を読み、話題を変えた。
「そういえば、さきほど料理人とおっしゃっていましたよね?」
「おぉ、そこに気づいてくれるのかい。そうなんだ、僕は今、料理が大好きでね。いつか結婚したら相手の女性を幸せにしたいんだ」
あまりに優しい瞳を向けられ、わたくしは胸がキュンときてしまう。その子供のような純粋な眼差しは、胸の奥底が抉られるように辛かった。
心臓がおかしくなって、視線を合わせられなくなった。
「……そ、そうなのですか。エヴァンス様ほどの方でしたら、もう将来を約束している相手がいるのでは?」
「それがね、幼馴染の恋人がいたんだけど……取られちゃったんだよ」
「え!?」
エヴァンス様は、肩を落とす。
そうか、妙な淋しさは失恋が原因だったのね。わたくしと同じだ。
いえ、比べてはいけない。
わたくしは捨てられた身。一方的に婚約破棄され――悲惨すぎて目も当てられない状況。けれど、わたくしを救ってくれたエヴァンス様を励ましてあげたい。
今できるお礼は、それくらいだから。
「ガーベラって言うんだけどね。宮中伯ウィリアムの元へ行くと言って、それっきりさ……」
どこで聞き覚えのある名前が耳に入り、わたくしは頭が混乱した。
……まって。
宮中伯ウィリアム?
あの、ウィリアムなの?
「それはおかしいです。ウィリアムはわたくしの姉、デルタと……」
「な、なんだって? では、君の姉かガーベラ、どちらかが騙されている?」
「え、そんな……」
「どちらにせよ、ウィリアムという男は最低だな」
「はい、わたくしも捨てられたんです」
「なんだって!」
驚愕するエヴァンス様は、今、わたくしが置かれている立場を理解した。改めて、わたくしは婚約破棄されたことを打ち明けた。
真剣に聞いてくれて、ウィリアムを冷血漢と評した。
「――というわけなのです」
「そうだったのか。ライラ、君は辛い思いを。それであんな男達にも狙われて……酷い目に遭ったんだね」
手を優しく握られて、わたくしは目頭が熱くなった。もう涙を堪えるのも辛かった。
彼の手に零れ落ちる透明な雫。
「……エヴァンス様、わたくし」
「君の気持はよく分かる。ライラ、行く場所がないのなら僕の屋敷に来るといい」
「よろしいのですか?」
「構わないさ。君はそもそも侯爵家のご令嬢だろう。思い出したけど、あの“スナイダー家”の娘。放ってはおけないな」
「ありがとうございます、エヴァンス様」
手を引っ張ってくださるエヴァンス様は、わたくしをお屋敷に招待してくれた。
* * *
クレセントムーン帝国の北。
そこにエヴァンス様のお屋敷はあった。
のどか辺境の地。
自然に囲まれた緑多き庭。
色彩豊かな花が咲き乱れる花園。
噴水があちらこちらに点在して、静寂に包まれていた。
「ようこそ、エヴァンス家へ」
「とても綺麗なお庭ですね」
「ああ、有能な庭師がいるんだ」
「その方は、素晴らしい技術をお持ちなのですね」
「まあ、僕なんだけどね」
「え……エヴァンス様は庭師のお仕事もなされるのです?」
「うん。趣味なんだけどね。でも今は料理に夢中なんだ。さあ、こちらへおいで」
連れられてお屋敷の中へ。
「これでもう安心だ。えっと……」
「ライラです」
「ライラか。美しい名前だ」
「そ、そんな……お戯れを。その、わたくしもエヴァンス様と呼んでもよろしいでしょうか」
「構わないよ」
アクアマリンのような瞳に吸い寄せられそうになる。
思わず溜息が出てしまうほどに美しい。
「エヴァンス様は、氷結公爵様で有名ですよね」
「ああ、それかい。僕が“氷の魔法”を扱えるからだろうね。だから、そんな異名が広まったのだろうね」
彼の表情は少し曇っていた。
もしかしたら、事情があって氷結公爵と呼ばれるのが好きではないかもしれない。
わたくしは空気を読み、話題を変えた。
「そういえば、さきほど料理人とおっしゃっていましたよね?」
「おぉ、そこに気づいてくれるのかい。そうなんだ、僕は今、料理が大好きでね。いつか結婚したら相手の女性を幸せにしたいんだ」
あまりに優しい瞳を向けられ、わたくしは胸がキュンときてしまう。その子供のような純粋な眼差しは、胸の奥底が抉られるように辛かった。
心臓がおかしくなって、視線を合わせられなくなった。
「……そ、そうなのですか。エヴァンス様ほどの方でしたら、もう将来を約束している相手がいるのでは?」
「それがね、幼馴染の恋人がいたんだけど……取られちゃったんだよ」
「え!?」
エヴァンス様は、肩を落とす。
そうか、妙な淋しさは失恋が原因だったのね。わたくしと同じだ。
いえ、比べてはいけない。
わたくしは捨てられた身。一方的に婚約破棄され――悲惨すぎて目も当てられない状況。けれど、わたくしを救ってくれたエヴァンス様を励ましてあげたい。
今できるお礼は、それくらいだから。
「ガーベラって言うんだけどね。宮中伯ウィリアムの元へ行くと言って、それっきりさ……」
どこで聞き覚えのある名前が耳に入り、わたくしは頭が混乱した。
……まって。
宮中伯ウィリアム?
あの、ウィリアムなの?
「それはおかしいです。ウィリアムはわたくしの姉、デルタと……」
「な、なんだって? では、君の姉かガーベラ、どちらかが騙されている?」
「え、そんな……」
「どちらにせよ、ウィリアムという男は最低だな」
「はい、わたくしも捨てられたんです」
「なんだって!」
驚愕するエヴァンス様は、今、わたくしが置かれている立場を理解した。改めて、わたくしは婚約破棄されたことを打ち明けた。
真剣に聞いてくれて、ウィリアムを冷血漢と評した。
「――というわけなのです」
「そうだったのか。ライラ、君は辛い思いを。それであんな男達にも狙われて……酷い目に遭ったんだね」
手を優しく握られて、わたくしは目頭が熱くなった。もう涙を堪えるのも辛かった。
彼の手に零れ落ちる透明な雫。
「……エヴァンス様、わたくし」
「君の気持はよく分かる。ライラ、行く場所がないのなら僕の屋敷に来るといい」
「よろしいのですか?」
「構わないさ。君はそもそも侯爵家のご令嬢だろう。思い出したけど、あの“スナイダー家”の娘。放ってはおけないな」
「ありがとうございます、エヴァンス様」
手を引っ張ってくださるエヴァンス様は、わたくしをお屋敷に招待してくれた。
* * *
クレセントムーン帝国の北。
そこにエヴァンス様のお屋敷はあった。
のどか辺境の地。
自然に囲まれた緑多き庭。
色彩豊かな花が咲き乱れる花園。
噴水があちらこちらに点在して、静寂に包まれていた。
「ようこそ、エヴァンス家へ」
「とても綺麗なお庭ですね」
「ああ、有能な庭師がいるんだ」
「その方は、素晴らしい技術をお持ちなのですね」
「まあ、僕なんだけどね」
「え……エヴァンス様は庭師のお仕事もなされるのです?」
「うん。趣味なんだけどね。でも今は料理に夢中なんだ。さあ、こちらへおいで」
連れられてお屋敷の中へ。
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