氷の婚約指輪

桜井正宗

文字の大きさ
2 / 5

2.氷結公爵エヴァンス

しおりを挟む
 わたくしを襲おうとしていた不審な男たちは一瞬で捕まり、警備に当たっていた衛兵に取り押さえられていた。


「これでもう安心だ。えっと……」
「ライラです」

「ライラか。美しい名前だ」

「そ、そんな……お戯れを。その、わたくしもエヴァンス様と呼んでもよろしいでしょうか」
「構わないよ」


 アクアマリンのような瞳に吸い寄せられそうになる。
 思わず溜息が出てしまうほどに美しい。


「エヴァンス様は、氷結公爵様で有名ですよね」
「ああ、それかい。僕が“氷の魔法”を扱えるからだろうね。だから、そんな異名が広まったのだろうね」


 彼の表情は少し曇っていた。
 もしかしたら、事情があって氷結公爵と呼ばれるのが好きではないかもしれない。

 わたくしは空気を読み、話題を変えた。


「そういえば、さきほど料理人とおっしゃっていましたよね?」

「おぉ、そこに気づいてくれるのかい。そうなんだ、僕は今、料理が大好きでね。いつか結婚したら相手の女性を幸せにしたいんだ」


 あまりに優しい瞳を向けられ、わたくしは胸がキュンときてしまう。その子供のような純粋な眼差しは、胸の奥底がえぐられるように辛かった。

 心臓がおかしくなって、視線を合わせられなくなった。


「……そ、そうなのですか。エヴァンス様ほどの方でしたら、もう将来を約束している相手がいるのでは?」

「それがね、幼馴染の恋人がいたんだけど……取られちゃったんだよ」
「え!?」

 エヴァンス様は、肩を落とす。
 そうか、妙な淋しさは失恋が原因だったのね。わたくしと同じだ。

 いえ、比べてはいけない。

 わたくしは捨てられた身。一方的に婚約破棄され――悲惨すぎて目も当てられない状況。けれど、わたくしを救ってくれたエヴァンス様を励ましてあげたい。

 今できるお礼は、それくらいだから。


「ガーベラって言うんだけどね。宮中伯ウィリアムの元へ行くと言って、それっきりさ……」


 どこで聞き覚えのある名前が耳に入り、わたくしは頭が混乱した。

 ……まって。

 宮中伯ウィリアム?

 あの、ウィリアムなの?


「それはおかしいです。ウィリアムはわたくしの姉、デルタと……」
「な、なんだって? では、君の姉かガーベラ、どちらかが騙されている?」

「え、そんな……」

「どちらにせよ、ウィリアムという男は最低だな」
「はい、わたくしも捨てられたんです」

「なんだって!」


 驚愕するエヴァンス様は、今、わたくしが置かれている立場を理解した。改めて、わたくしは婚約破棄されたことを打ち明けた。

 真剣に聞いてくれて、ウィリアムを冷血漢と評した。


「――というわけなのです」
「そうだったのか。ライラ、君は辛い思いを。それであんな男達にも狙われて……酷い目に遭ったんだね」


 手を優しく握られて、わたくしは目頭が熱くなった。もう涙を堪えるのも辛かった。

 彼の手に零れ落ちる透明な雫。


「……エヴァンス様、わたくし」
「君の気持はよく分かる。ライラ、行く場所がないのなら僕の屋敷に来るといい」

「よろしいのですか?」

「構わないさ。君はそもそも侯爵家のご令嬢だろう。思い出したけど、あの“スナイダー家”の娘。放ってはおけないな」

「ありがとうございます、エヴァンス様」


 手を引っ張ってくださるエヴァンス様は、わたくしをお屋敷に招待してくれた。


 * * *


 クレセントムーン帝国の北。
 そこにエヴァンス様のお屋敷はあった。

 のどか辺境の地。
 自然に囲まれた緑多き庭。
 色彩豊かな花が咲き乱れる花園。

 噴水があちらこちらに点在して、静寂に包まれていた。


「ようこそ、エヴァンス家へ」
「とても綺麗なお庭ですね」
「ああ、有能な庭師がいるんだ」

「その方は、素晴らしい技術をお持ちなのですね」

「まあ、僕なんだけどね」
「え……エヴァンス様は庭師のお仕事もなされるのです?」

「うん。趣味なんだけどね。でも今は料理に夢中なんだ。さあ、こちらへおいで」


 連れられてお屋敷の中へ。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」と言われたので別れたのですが、呪われた上に子供まで出来てて一大事です!?

綾織季蝶
恋愛
「貴女じゃ彼に不釣りあいだから別れて」そう告げられたのは孤児から魔法省の自然管理科の大臣にまで上り詰めたカナリア・スタインベック。 相手はとある貴族のご令嬢。 確かに公爵の彼とは釣り合うだろう、そう諦めきった心で承諾してしまう。 別れる際に大臣も辞め、実家の誰も寄り付かない禁断の森に身を潜めたが…。 何故か呪われた上に子供まで出来てしまった事が発覚して…!?

【完結】悪役令嬢だったみたいなので婚約から回避してみた

22時完結
恋愛
春風に彩られた王国で、名門貴族ロゼリア家の娘ナタリアは、ある日見た悪夢によって人生が一変する。夢の中、彼女は「悪役令嬢」として婚約を破棄され、王国から追放される未来を目撃する。それを避けるため、彼女は最愛の王太子アレクサンダーから距離を置き、自らを守ろうとするが、彼の深い愛と執着が彼女の運命を変えていく。

婚約破棄を伝えられて居るのは帝国の皇女様ですが…国は大丈夫でしょうか【完結】

恋愛
卒業式の最中、王子が隣国皇帝陛下の娘で有る皇女に婚約破棄を突き付けると言う、前代未聞の所業が行われ阿鼻叫喚の事態に陥り、卒業式どころでは無くなる事から物語は始まる。 果たして王子の国は無事に国を維持できるのか?

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

結婚式をボイコットした王女

椿森
恋愛
請われて隣国の王太子の元に嫁ぐこととなった、王女のナルシア。 しかし、婚姻の儀の直前に王太子が不貞とも言える行動をしたためにボイコットすることにした。もちろん、婚約は解消させていただきます。 ※初投稿のため生暖か目で見てくださると幸いです※ 1/9:一応、本編完結です。今後、このお話に至るまでを書いていこうと思います。 1/17:王太子の名前を修正しました!申し訳ございませんでした···( ´ཫ`)

婚約破棄されたその後は、何も起きない日々でした

ふわふわ
恋愛
婚約破棄―― それは、多くの令嬢にとって人生を揺るがす一大事件。 けれど彼女は、泣き叫ぶことも、復讐に走ることもなかった。 「……では、私は日常に戻ります」 派手なざまぁも、劇的な逆転劇もない。 彼女が選んだのは、線を引き、基準を守り、同じ判断を繰り返すこと。 王宮では改革が進み、領地では生活が整えられていく。 誰かが声高に称えられることもなく、 誰かが悪役として裁かれることもない。 それでも―― 混乱は起きず、争いは減り、 人々は「明日も今日と同じである」ことを疑わなくなっていく。 選ばない勇気。 変えない決断。 名を残さず、英雄にならない覚悟。 これは、 婚約破棄をきっかけに 静かに日常を守り続けた一人の令嬢と、 その周囲が“当たり前”を取り戻していく物語。 派手ではない。 けれど、確かに強い。 ――それでも、日常は続く。

氷の王弟殿下から婚約破棄を突き付けられました。理由は聖女と結婚するからだそうです。

吉川一巳
恋愛
ビビは婚約者である氷の王弟イライアスが大嫌いだった。なぜなら彼は会う度にビビの化粧や服装にケチをつけてくるからだ。しかし、こんな婚約耐えられないと思っていたところ、国を揺るがす大事件が起こり、イライアスから神の国から召喚される聖女と結婚しなくてはいけなくなったから破談にしたいという申し出を受ける。内心大喜びでその話を受け入れ、そのままの勢いでビビは神官となるのだが、招かれた聖女には問題があって……。小説家になろう、カクヨムにも投稿しています。

愛しの第一王子殿下

みつまめ つぼみ
恋愛
 公爵令嬢アリシアは15歳。三年前に魔王討伐に出かけたゴルテンファル王国の第一王子クラウス一行の帰りを待ちわびていた。  そして帰ってきたクラウス王子は、仲間の訃報を口にし、それと同時に同行していた聖女との婚姻を告げる。  クラウスとの婚約を破棄されたアリシアは、言い寄ってくる第二王子マティアスの手から逃れようと、国外脱出を図るのだった。  そんなアリシアを手助けするフードを目深に被った旅の戦士エドガー。彼とアリシアの逃避行が、今始まる。

処理中です...