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03. 高ランクのDom
しおりを挟む(はぁー……落ち着け俺。大丈夫、用心すればいいだけだ。ここには辻もいるんだから)
いかに平然を装おうとも、綾春が動揺するのも無理からぬことだ。
Subはその性質上、どうしてもDomに対しては弱い。そこには支配と服従の関係があるからだ。さらに『ランク』とあるように、基本的には高位のランクを持つDomほど相手を支配し服従させる力が強く、低いほど弱いとされている。ランクがすべてではないのだが、そういう傾向があるのだ。
つまり、目の前の男は綾春を容易に従わせる力を有している可能性が高い。
とはいえ、ビジネスシーンを含め公共の場で、相手の同意なくコマンドを使うことはマナー違反とされている。場合によっては犯罪とも見做される。そのため、ここで今すぐどうこうなるわけではないだろうけど。
それでも、ランク差がある以上、用心するに越したことはない。もし男にコマンドを使われたら綾春の本能が従ってしまう可能性はゼロではないのだ。
万が一があれば、隣にはNormalの辻がいる。彼は綾春がSubであることを知っているし、彼は口ではああいう軽いノリの男だが、二次性をバカにするタイプではない。いざとなれば頼りになる人物だ。
けれど、後輩の前で情けない姿を晒したくはない。
格上のDomにどこまで抗えるかは不明だが、気を引き締めておこう。
と、僅か数秒ではあったが一瞬怯んでしまった綾春は、気を取り直して軽く頭を下げた。
「……っ、と、はじめまして。お時間いただきありがとうございます」
「いえいえ。こちらこそ遠くまでわざわざすみません。どうぞ中へ」
こちらの警戒を知ってか知らずか、静かな物言いで男は、綾春と辻に中へ入るよう促した。
通されたのは一般的な一軒家にしてはやや広い玄関ホール。あらかじめ来客用に出されてたであろうスリッパを勧められた綾春は、人の良い笑みを浮かべてお礼を述べると靴を脱いだ。
ホールから先へ廊下が続いている。家の中は訪ねてきた自分たちと迎えてくれた男以外はいないのか、とても静かだ。まるでこの家の中だけ、時が止まっているかのような印象すら受けた。
案内する男のあとを追って進むと、広いリビングダイニングに出た。
「普通の家ですみません。自宅も兼ねているので……。あちらが工房ですが、まずはお話をということであれば、こちらで伺います」
お掛けください、と勧められたダイニングテーブルは、年代物だが良いデザインをしている。綾春はテーブルのデザインをじっくりと眺めたい衝動をぐっと堪えて答えた。
「では、まずはお話を。改めてになりますが、私はタキデザインでプロダクトサブチーフを務めております久慈と申します。本日はお時間いただき、ありがとうございます」
綾春は慣れた手つきで名刺を取り出し、目の前の男に差し出した。目配せをして、続けて辻にも名刺を差し出させる。
「営業部の辻です。よろしくお願いします」
「ご丁寧にありがとうございます。東雲です。よろしくお願いします」
家主であるDomの男——東雲蓮哉は、丁寧に差し出された名刺を受け取り、自分の名刺を渡してくれた。
名刺といっても東雲のものは、名前と工房を兼ねた自宅の住所、それに連絡先の電話番号とメールアドレスが書いてある程度だ。社名も肩書きもなければ、職業すらもわからないようなものだった。それでもシンプルなデザインから、東雲のセンスの良さが垣間見えた。
初対面でのビジネス定型文である名刺の交換を終えて、綾春はダイニングテーブルを挟んで東雲の正面に座った。失礼にならないようにと柔和な笑顔で挨拶をしていたが、東雲蓮哉と名乗った男に内心驚いていた。
勝手なイメージだが、事前に調べていた情報から、もっと気難しくて頑固な人物なのではと思っていたのだ。
それがどうだろう。実際に目の前にいる東雲は、人懐っこい印象はないにしても、随分と女性にモテそうな人物だ。綾春よりも高い身長はもとより、逞しい体つきは陶芸家というよりスポーツをやっていると言われたほうがしっくりくる。さらに、自分とは系統が異なるが、多くの人が褒めるであろう整った顔をしていた。
(イケメン陶芸家とはね。メディアに出たら、作品が飛ぶように売れるだろうに。——にしても、Domっぽくない男だなぁ)
余計な世話ではあるが、そう思わずにはいられないほど、東雲は見目の良い男であった。そしてDomであることは間違いないが、高圧的な雰囲気のない物静かで穏やかそうな男だった。
Domの人間はその本能的欲求のせいか、あるいはそこから勘違いで生まれる認識のせいか、高圧的な態度になりやすい者が一定数いる。まして高ランクであればあるほど——まったくの偏見ではあるけれど——そういった態度になりやすい気がするのだ。
しかし、東雲からはそういった雰囲気を一切感じなかった。それどころか、ある種の諦観のような空気を纏っていて、じっと静かにそこにいるだけという印象の男だった。
ただ……その黒い瞳の奥に寂しい色が見えたのは、綾春の気のせいだろうか。
(……物静かすぎていっそ怖いくらいだけど、威圧的でない分、かなりマシだ。大人しい性格の人なら、安心して話ができそうだし)
時折、こうして商談や取引、打ち合わせの場でDomに出くわすことがある。そしてごく稀に高圧的かつ無作法なDomがいて、綾春がSubだと見抜くと戯れにGlareと呼ばれる、Domだけが放つことができるオーラを出して怯えさせたり、コマンドで従わせようとしたりするのだ。
グレアやコマンドを使って契約や売買を強要することは法で固く禁じられている。だが、そういうやつは大抵「冗談だから」といってTPOも弁えずに自分の性を振りかざす。
綾春は、そういうやつが大嫌いだった。
そんなSub相手に下劣な戯れをするDomに、Subの綾春がどう対応しているのかという話だが、じつに簡単なことだ。
高ランクのSubである綾春は、相手を意識して注意をはらっていれば、ほとんどのDomのグレアやコマンドを蹴散らすことができる。そして綾春と同程度の高ランクDomなど、そうそういない。
なので、変な戯れをされても、大半は笑って受け流すようにしている。
それでも戯れをやめず、悪質であれば相手先の上層部に苦言を呈したり、D/Sセンターに通報したりもする。
D/Sセンターは国の機関で、国内に住む二次性保有者の情報を管理したり、支援を行うところだ。二次性に関するトラブルの相談窓口にもなっていて、悪質だと見做されればセンターから注意がいったり、場合によっては加害者の監視や被害者の保護をしてくれたりする。
そんな具合で、トラブルが起きてもそれなりに対処する術はあるのだが、だからといって同意のないコマンドやグレアは気持ちのいいものではない。蹴散らして受け流せるだけであって、好き勝手にされるのは腹も立つ。体に影響が出ることもある。
なので、Domが『おふざけ』をしないでいてくれるに越したことはない。
東雲の様子を見るに、彼は稀にいる頭の悪いDomとは違って、分別のある人物のようだ。それゆえに綾春は、いったんの安堵をしていた。
「早速なのですが、今回のご依頼について説明いたします。こちらが資料でして——メールにも添付させていただいたものですが、来年初夏にオープルするホテルで、東雲さんの作品を使わせていただきたいと考えております」
綾春は愛用しているレザーのトートバッグから資料を取り出した。
テーブルの上に広げた資料には、ホテルの外装と内装イメージが印刷されている。湘南の海に面した場所に建設中のホテルは、六棟のヴィラからなる小さなホテルで、レセプション棟があるほかは共有施設はなく、各ヴィラでホテルステイを満喫するのを売りとする予定だ。
(さーて、仕事だ。東雲さんから良い返事を貰わないとな)
陶芸家・東雲蓮哉のもとを訪れたのは、大切な仕事のためだ。
綾春と後輩の辻は株式会社タキデザインの社員で、綾春はインテリアデザイナー兼家具デザイナーとして、辻は営業担当として働いている。タキデザインはオフィスや店舗の内装デザインや、インテリアのコーディネート、時にはオリジナルの家具を造り、その空間を仕立てていくデザイン会社だ。
その二人が属するプロジェクトチームで現在扱っているのが、資料に載っている小さなホテルの内装デザインだった。このプロジェクトでは内装だけでなく、家具や備品のコーディネートも請け負っており、いわば空間のプロデュースを任されている。
そのタキデザインがホテルで使用する器に東雲の作品を使いたいと連絡を取ったのは、今年の梅雨が終わる頃。もっとも全ての器を東雲のもので賄うわけではなく、採用する器のうちの一つに彼の作品を、というものだが。
連絡をした翌日には、東雲から前向きな返事を貰ったが、具体的なことは会って話したいと伝えていたため、こうして青山のオフィスから東雲の工房がある葉山まで訪ねたのである。
(今日の仕事は、Dom相手でも順調に進みそうだな)
内心でそう思いつつ、綾春は依頼内容について滔々と説明を進めていった。
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