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04. らしくない
しおりを挟む「——ということで、東雲さんの器はイメージにもよく合うと、ホテルのオーナーも仰っていました。シンプルでありながら、どこか目を引く、素晴らしい器ですね。私たちとしても、是非にと思っています」
「……お褒めいただきありがとうございます。嬉しいです。ですが……俺のなんかで、いいんでしょうか」
ホテルについて一通りの説明と、どの器をどのくらい注文したいかといった話を話したところで、東雲からふと本音が漏れた。綾春が向かいの席を見ると、東雲が表情の読み取れない顔で視線を落としてホテルの資料を見ていた。
視線の先には、今まで東雲が出してきた作品のうち、今回使いたいコーヒーカップとソーサーの写真が載っている。
色はダークグレーとオフホワイトの二パターン。台形なようなシルエットをしたシンプルなデザインに、ちょっとだけ遊び心のように波の模様が浮き出たオシャレなコーヒーカップだ。
「もちろんです。ですが、何か心配ごとでも?」
正直に言うと、今回の話は東雲にとって良い話だろうと綾春は考えていた。
東雲蓮哉は、この数年で活動を始めた陶芸家だ。年齢は今年で三十三歳、綾春の六つ上。
陶芸家になる前はサラリーマンをしていたらしいが、働き盛りの時期に脱サラして陶芸家へ転身したらしい。『らしい』というのは、あくまで人伝手で聞いた情報だからだ。今回、東雲を起用するにあたって綾春が事前に調べただけにすぎない。
「心配というわけではないんですが、俺は陶芸を始めてから日が浅いですし。それに趣味が高じたようなもので……」
なるほど、そういうことか。
今回の件は予想通り、東雲にしたら大きな仕事なのだろう。東雲蓮哉の器をはじめて見かけたのは都内にある創作イタリアンの店だったが、綾春が調べた限りでは小さなレストランでいくつか使われているほかは、自由が丘の雑貨店で売られているくらいだった。
個展を開くわけでもなく、大々的に陶芸家として打ち出しているわけでもない。細々と器を作り、おそらく伝手で器を卸して収入を得ているのだろうと綾春は推測していた。
そして、その予想は概ね当たりのようだ。
(謙虚というか、自信がないというか。そういう雰囲気もDomっぽくない人だよな。ほんと珍しい)
もちろん、世の中のDomというDomすべてが高圧的で偉ぶっているわけではない。だが、綾春がこれまで出会ってきたDomは——それが適正かはさておき——高圧的ではなくとも自信に満ちた人物が多かったので、東雲のようなDomは珍しかった。
まあ、ダイナミクスがなんであろうと、綾春は綾春の仕事をするだけだ。
気を取り直して綾春は、資料をじっと見つめる東雲に柔和なトーンで切り出した。
「今回、東雲さんにお願いしたいと思ったのは、私自身が東雲さんの作品を気に入ったからなんです」
なるべく穏やかに、けれど明るく芯のある声で伝える。
「私たちの仕事は店舗や空間を作るものですが、最後はお客さんにどう感じていただくかを考える商売です。先日東雲さんの器で食事をしたとき、使い手への想いが込められているような気がして、私はとても心地が良かった。その心地良さはホテルに泊まった方にも味わっていただけるかと思っています」
最後に、にこりと微笑むのも忘れない。
恵まれた容姿は使い様だ。たとえば、ビジネスマンとして距離を詰めるためのきっかけとか、経験したことのない大仕事に挑む前に足が竦んでいる男を懐柔するためとかに。
使い方次第では、同性から過度な羨望と妬みを持たれるが、綾春はそのバランスを熟知している。もう二十七年もこの顔で生きているのだ。どう表情を作れば、相手がどう思うのかは、綾春が一番よく知っていた。
「あなたの器のファンからの言葉で、心配ごとは払拭できませんか?」
この仕事に東雲の器は欠かせない。そしてなりより、今の話はすべて本心でもある。なにも考えずに東雲の器を採用しようとしているわけじゃない。東雲の器は素晴らしかった。まだ無名というのが信じられないほどに、良いものだと感じたのは嘘ではない。
彼が作った器を求めて、販売している店に足を運び、気に入ったマグカップを買ったほどだ。
すると、東雲は表情を幾分和らげて小さく息を漏らした。
「……いいえ。ありがとうございます。であれば、よろしくお願いします」
男の答えに、綾春は心の中でガッツポーズをした。無事に口説き落とせたようだ。正式には契約書を交わす必要があるが、東雲蓮哉の器を採用できるのは間違いないだろう。
今回綾春が参画している湘南のホテルには、どうしても彼の器を使いたかった。共用ラウンジでのティータイムやカクテルタイムで東雲作のコーヒーカップを使えれば、ラウンジから見える景色とホテルの雰囲気が一段と良いものになると思っていた。
ちょっとしたことかもしれないが、テーブルウェア一つで印象はがらりと変わる。綾春としては、目をつけた作品を使うことができそうで、ひとまずの達成感を得ていた。
「こちらこそありがとうございます、東雲さん。——辻、契約書は後日でいいんだよな?」
「あ、はい! 契約書は改めてお送りします。初回の発注数や注意事項なども併せてお伝えして、今後すり合わせていければと考えています。ちなみに納品スケジュールについてですが、ええっと……あれ? 久慈さん、どうでしたっけ?」
これまで綾春に説明を任せていた辻が話を引き継ぐが、肝心なところのバトンを再び渡されて、綾春はやや強めに辻を見た。
と、辻はいつもの調子で「すみませんー」と頭をかく。あとで説教だな、と綾春はため息を呑み込んだ。
仕方なくバトンを再度受け取って、あらかじめ考えていたスケジュールプランを説明していく。
「最終納品はオープンの一ヶ月までに。それまでに何度か分けて納品をしていただく予定です。オープンは来年ですから、そこまで急ぎではありません。ご安心ください。もちろん細かな調整や相談があればいつでも仰ってください。オープン後も必要に応じて納品を続けていただきます。そこらへんも含めて、進め方やスケジュールを今後詰めていければと。それで構いませんか?」
首肯する東雲に、綾春はさらに安堵した。
(よっし。順調、順調。上手くいきそうでよかった!)
今日は顔合わせと説明が主な内容だったから、これで目的は果たした。会社に帰ったら今後の段取りを練ろうと考え始めたが、ふと東雲の背後に目が奪われる。
視線の先には、いくつかの器が窓辺に並べられていた。
その視線は気付いた東雲は、背後へ振り返り「ああ……」と小さく呟いた。
「あれは、先日できたばかりの器です。見て行かれますか? あのサンルームが主な仕事場なので、よければそちらも」
東雲自身も安堵したのか、先ほどよりもいっそう穏やかな声色で席を立つ。やはりDomらしくない男だ。
綾春はその言葉に甘えて、新作だという器を見せてもらうことにした。
リビングダイニングから繋がるサンルームには、作業台やろくろ、片隅には電子釜が置かれていた。窓際には完成した器のほか、大小様々な観葉植物が天へと葉を伸ばしている。
その窓際の片隅に、綾春の目を奪った器は置かれていた。
「…………いいな、これ」
思わず言葉が漏れた。
東雲に案内されて見せてもらった新作の器は、晴れた空を思わせる青と緑が混じったようなターコイズブルーの小皿と、深い夜空を閉じ込めたような藍色の平皿だった。
どちらも、綾春が今まで調べた東雲の作品では見たことのない色とデザインだ。
「あーっと……こちらは新作ですか? 見たことのない器です。どこかへ納品するものでしょうか」
「はい。ああ、いえ……出来たばかりなので、どうしようか決めてないんです。でもそうですね、俺も出来には満足してるので、いつも通り知人の雑貨屋に置いてもらおうと思ってます」
知人の雑貨屋というのが、例の自由が丘の店のことだろう。
あの店に置くのも確かに悪くない。以前、綾春が足を運んだときは、品の良い器や小物が売られている店で客層も悪くなかった。器好きな主に出会えるはずだ。
だが……。
「……東雲さん。この器、私たちに預からせてもらえませんか?」
「えっ?」
驚く東雲に、綾春は言葉を続ける。
「とても素敵な器です。雑貨店で売られるのも悪くはないでしょう。きっとすぐにでも買い手がつくと思います。ですが、ただ売るだけではなくて……他にこの器を引き立てるような場所がある気がするんです、今回のホテルのように。良い場所を見つけるとお約束しますので、どうか、まだ表に出さないでいただけませんか?」
自分の気持ちを真摯に伝えようと丁寧に、大切に話していく。しかし、綾春はそう話す自分に驚いていた。だが、この行動は間違いではないと確信もしていた。
どうしてか、この器をただ店で売るわけにはいかないと思ったのだ。
「大丈夫です、悪いようにはしませんから!」
なんとか気持ちを伝えようと、つい声を張りながら一歩、東雲に距離を詰める。しかし自分が思ってた以上に相手に近づいてしまい、次の瞬間ハッとした。
目の前には、東雲の精悍な顔があった。
……しまった。熱くなりすぎた。
いくら東雲が物静かで紳士的な態度であっても、自分よりも高ランクであろうDomに近づくなんて迂闊だ。この至近距離で、もしうっかりグレアを浴びせられたら、どうなるかわかったものではない。
「あ、あの……すみません……っ」
取り繕おうと目を逸らして一歩下がった矢先、笑い声がした。
「ふっ、ははっ。じゃあ、久慈さんがそう仰るのなら」
意外な反応に目を向けると、東雲が表情を崩して笑っている。
(……なんだ、そんな顔もできるのか)
そう思って、ほっとして、直後なぜ自分がほっとしているのかわからず少し戸惑った。だが、そんな綾春の心を露知らず、東雲は目尻を下げながら話を続ける。
「一人で細々と作業をして、こうしてたまに新しい器を作ってみるんです。でも、売れるかどうかわからなくて、作るのを止めてしまうものもあります。これがもしどこかで日の目を見るのなら……俺としても嬉しい」
藍色の平皿を手に取り、愛おしむように見つめながら東雲は話す。その手は大きく、指が長い。無駄のない形の綺麗な手だな、と綾春はぼんやり思った。
「せっかくなので、ファンの言葉を信じてみようかと」
にこり、と告げられて、我に返った。
器に見惚れていた……いや、東雲に見惚れていたような気もするが……。
とにかく、今は仕事中だ。綾春は、ふぅと息を吐いて東雲と向き合った。
「あ……ありがとうございます! それでは、社に戻ったらこちらの器の件も含めてご連絡しますね」
自然に手を差し出していた。
相手が格上のDomであることなど、頭からはすっかり抜け落ちていた。
東雲はその手に応え、二人は握手を交わす。
大きなその手は、夏にしてはひんやりと冷たく、陶器のように滑らかな手触りだと綾春は感じた。
◇◇◇
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