【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

文字の大きさ
14 / 77

14. 偶然は二度ある

しおりを挟む


 そんなことを軽く説明していると、クラブハウスサンドを大きな口を開けて食べていた東雲が気遣わしげに眉を寄せた。

「でも、まだ万全じゃなさそうですよ? 目の下にうっすらと隈が残ってますし」
「本当ですか? はは……昨日でだいぶマシになったと思ったんですけどね。これで美術館をうろついてたなら、ちょっと恥ずかしいな」

 目の下の隈は今朝、鏡で見たときに気がついてはいた。綾春は曲がりなりにもデザイナーなので、そういうところは目敏いほうだ。とはいえ、パッと見ではわからない薄いものだったし、メンズ用のファンデーションで誤魔化してきたのに。
 そんな綾春の戸惑いに気づいたように、東雲は穏やかな笑顔を浮かべて言葉を返した。

「大丈夫ですよ、よく見ないと気づかない程度ですから」

 東雲も細かなところに目が行くタイプらしい。
 彼も陶芸家——言わば、器のデザイナーだ。些細な変化に目が向いてもおかしくないかもしれない。

 そんなことを考えていると、東雲は他愛のない世間話を振ってくる。

「この後もここら辺を散策するんですか? 今日は天気も良くて暑いから、体、キツくありません? ドロップ明けって大変って聞きますし」
「あはは、そんなにひ弱じゃないですよ。それに今日はもうそんなにうろうろする予定もないですし。このあと、どこか店に寄ったら帰ろうと思ってるんで」
「店?」
「プレイできるところを探そうかと……あっ、いや……まあ、はい……」

 ついうっかり口を滑らせてしまい、綾春は慌てて口を噤んだ。
 DomやSubの間では、プレイバーや店に行くことは特段恥ずかしいことでもやましいことでもないのだが、明け透けすぎるのもどうかというのはある。店によっては性的接触があるので「ヤリにいく」と言っているのに等しく思われることもあるのだ。

 最近どうにも気が緩んでいるなと思っていると、不意に僅かな威圧感が肌を撫でた。

「……え……っと、東雲さん?」
「え? あ……!」

 それはほんの数秒の出来事だった。
 けれどたしかに綾春は感じたのだ。東雲から漏れ出た、僅かなグレアを。

「す、すみませんっ、久慈さん。今の、気持ち悪くなりませんでした?」
「あーいえ。大丈夫です。もしかしなくても……今、うっかりグレア出してました、よね?」
「はい。マナー違反でしたよね、申し訳ないです……」

 どうやらそれは無意識のようだったらしく、東雲もハッとした表情で口元を押さえていた。
 そして、何かを考えるようにして「うーん」と小さく唸り、ぱちぱちと瞬きをしている。

「いえいえ。数秒でしたし、よくあることですよ。それに、この店に俺以外、Subはいないようなんで安心していいと思います」

 綾春は店に入るときに店内をサッと見渡していて、店員にも客にも、DomやSubはいないのは確認済みだ。綾春のあとに来店した客は東雲しかいないし、店員の顔ぶれも変わっていない。
 自分たちが座っているのは窓際に面したテーブル席だが、茹だるような暑さの外気はぴっちりと窓で遮断されているので、今のような短時間のグレアが外へ漏れ出るような心配もないだろう。

「俺もこのとおり平気なんで、気になさらないでください」

 幾分トーンを落とした声量で伝えれば、東雲はほっとした表情でアイスコーヒーに口をつけた。「やってしまった」という申し訳なさと同時に、なぜだか戸惑いや困惑のような雰囲気が混じっていて、綾春はそれが気になった。

 グレアをうっかり出してしまうのは、コントロールをしっかりと身につけた大人でも時折あることだ。
 感情が昂ったときや、反対に体調が思わしくないときなどに瞬間的にグレアを出してしまうことがあるらしい。先ほどの東雲も理由は定かではないが、うっかり漏れ出てしまっただけだろう。出たグレアはごく僅かなものだったし、数秒後には収まっていた。

 東雲は、Subの綾春を心配して申し訳なさそうにしているが、今のグレアで倒れるような人はそういない。
 けれど、彼はSという稀少な高ランクDomなので、グレアの扱いには人一倍気にかけているのかもしれないとも思った。

「ほんと、すみません。いや、でも……まさかな……」

 問題ないと伝えたが、それでも東雲は何度も「すみません」と頭を下げる。
 と、同時に何かを考え込んでいる様子だった。

「久慈さん、つかぬことをお訊ねするのですが……さっき俺、本当にグレア出してましたよね?」

 東雲は困惑した表情を浮かべながら訊ねた。

「え? あー、はい。でも本当に一瞬でしたし、そう謝らなくても大丈夫ですよ。こんな近距離にいた俺もこうやってピンピンしてますから」
「いや、そうじゃなくて……ああ、いや、それはそうなんですけど……」

 たかが数秒グレアを出してしまっただけで、こんなに焦るDomは珍しいなと思う。

 世の中には、高圧的で傲慢なDomがいる一方で、紳士的なDomもいる。そういう人が意図せずグレアを出してしまったら正しく頭を下げたり、近くのSubをおもんぱかるのはある話だ。先日の態度や対応からみても、彼は圧倒的に後者のDomで、傲慢さとは無縁のような人物なのは綾春も察している。
 だがそれにしても、こんなに自分がうっかりグレアを出してしまったことに過敏になっているのは、不思議だった。

 それとも、自覚がないだけで綾春がかなり顔色が悪くなっていたり、体調が悪い素振りを見せていたりしているのだろうか。
 サブドロップ明けなので、思っている以上に自分に対する認識が甘かったのかもしれないなと思っていると、東雲が不意に背筋を伸ばした。そして、意を決したように口を開く。

「久慈さん、このあと、俺に付き合いませんか?」

 東雲は、黒曜石のような瞳を真っ直ぐに向けて綾春に告げた。

「あー……えっと。それは東雲さんからプレイのお誘いを受けている、ってことであってます……か?」
「そうです。久慈さん、このあとは店に行くって言ってましたよね。それから先日はプレイ不足だとも。その相手、俺じゃダメですか?」

 決して大きな声ではなく、綾春の耳にだけ届くような声量で……けれど、はっきりとした口調で東雲は言った。

(ダメって……そりゃあ……ねぇ。俺たち、仕事の関係でしかないんだし)

 今までも綾春は、取引相手からプレイの勧誘を受けたことはある。
 DomもSubも絶対数がどうしたって少ないので、職場恋愛だけでなく、仕事上の繋がりを伝ってプレイ相手を探そうという行為は——強引でない限り——そう悪い手ではない。プレイにしても、恋愛にしても「上手くいかなかったとき」のことを考えると、そう安易に踏み込むものではないと思うけれど。
 それでも、恋愛ごとよりも単なるプレイ相手のほうが割り切れると考える人もいるので、むしろ二次性保有者界隈では、友人知人という関係から、恋人でなくともプレイパートナーになる流れはだ。

 まあ、そういう人がいるという話だ。
 綾春はよっぽど気になる相手でない限り、その手の誘いは断ってきた。恋愛ごとにせよプレイにせよ、トラブルに巻き込まれるのはごめんだからだ。

(でも……)

 なぜだろう……目の前の男からの誘いを断ろうという思考が働かない。
 先ほどのグレアにあてられたのだろうか。

「…………軽いプレイで、よければ」

 気づけば、そう返事をしていた。
 なぜかはわからない。あえていえば、ただ単純に、東雲蓮哉というDomに興味を惹かれてしまったのかもしれない。

 ——二日前に浴びた強烈なグレアを、もう一度浴びることができるのではないか。

 そんな思いが脳裏をよぎっていた。

「ありがとうございます。では食べ終わったら出ましょう。あ、ここ、俺が出しますから」

 しっとりとした声色で返されると、綾春の鼓動はどくどくと脈を打った。
 まるで覚えたての恋に翻弄されるがごとく。あるいはプレイに飢えた獣のごとく、体温が上がる。

 それから他愛のない話をしながら綾春はボロネーゼを、東雲はクラブハウスサンドを平らげて、二人で店をあとにした。
 せっかくのボロネーゼの味は、あまり覚えていない。



 ◇◇◇
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

【完結】俺だけの○○ ~愛されたがりのSubの話~

Senn
BL
俺だけに命令コマンドして欲しい 俺だけに命令して欲しい 俺の全てをあげるから 俺以外を見ないで欲しい 俺だけを愛して……… Subである俺にはすぎる願いだってことなんか分かっている、 でも、、浅ましくも欲張りな俺は何度裏切られても望んでしまうんだ 俺だけを見て、俺だけを愛してくれる存在を Subにしては独占欲強めの主人公とそんな彼をかわいいなと溺愛するスパダリの話です! Dom/Subユニバース物ですが、知らなくても読むのに問題ないです! また、本編はピクシブ百科事典の概念を引用の元、作者独自の設定も入っております。 こんな感じなのか〜くらいの緩い雰囲気で楽しんで頂けると嬉しいです…!

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

処理中です...