【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

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13. 夏真っ盛りの清澄白河

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 綾春はサブドロップを起こした翌々日の土曜日に、清澄白河まで来ていた。
 目当ては、美術館で行われているファニチャー展——世界的に有名な家具デザイナーが手掛けた作品を展示する企画展だ。
 週明けの月曜まで行われる企画展は、開催が始まった三ヶ月前に一度訪れているのだが、会期が終わる前にもう一度足を運んでおきたかった。

 有名デザイナーの足元には及ばないが、綾春も家具デザイナーの端くれだ。
 綾春がデザインするのは、美術品めいたものよりももっと多くの人の日常に寄り添えるような実用的なものばかりだけれど、それでもやはり巨匠たちの作品は胸を打つものがあった。

 サブドロップ明けで無理は良くない。それは重々承知してるけど、どうしてももう一度観ておきたかった。それに、ドロップしたこともあって早急なプレイが必要だとも思って、休日の朝から家を出たのだ。

 展示を見終えたら、今夜はSub向けのプレイ店に行くつもりだ。行かなくても体に不都合がないのなら綾春だって積極的に行きたくない。でも、この性とは一生付き合っていかなければいけない。それなのにパートナーがいないのだから、解決法は限られている。
 だから……せめて楽しい予定とセットにして少しでも気分を上げようと、同日の予定にしたのだ。

(展示が終わる前に、もう一度来られてよかった。大満足だ)

 朝十時の開館とともにチケットを購入した綾春は、それからじっくりと時間をかけて館内を回った。
 すでに一度見ている展示物を一つ一つじっくりと丁寧に見ていくと、前回では気づかなかったところに目がいったり、新たなデザインイメージが湧いたりして、それはそれは充実した時間を過ごした。

 せっかくなので常設展も少し観て回ってから美術館を出ると、お昼どきを過ぎていた。
 今朝は、家を出る前にコーヒーと、買い置きしてあったクロワッサンを一つ食べただけ。そりゃ腹も減るかと、晴天の下で両手をぐっと天へと伸ばす。

 季節はまだ夏真っ盛り。
 雲ひとつない青空が広がっている。

(いい天気だなー。このまま帰って自宅でのんびり一杯やりたいけど、まあ……そうもいかないか)

 綾春は、近くのカフェへとやって来た。
 ランチタイムを過ぎた店内は、同じように美術館目当てらしき客や、お茶をしに来たであろう近所の住民が数組いたが、煩すぎず、小洒落た内装でまとまっていた。

 綾春は自家製レモネードとボロネーゼを注文してから、スマートフォンでブラウザを立ち上げた。

(さて、と……どこの店に寄るかな……)

 この後の予定へとゆっくりと思考を傾けながら、D/S向けの支援サービスサイトへアクセスする。それは公的支援の一つで、国が発行しているIDでログインすれば利用できる、ダイナミクスに関する知識や情報を取得できるネットサービスだ。
 専門外来のある病院を調べたり、支援に関する情報を得ることができるほか、サイト上で補助金などの申請を行うこともできるので、「国もやればできるじゃん」と国民からは概ね好評だ。IDに紐づいた二次性やランク、年齢の情報に応じて、プレイを行える公的機関や法に則って営業している店を検索することもできるので、二次性保有者にとっては大変便利かつ有り難いサイトである。

 そのサイトに自分のIDを打ち込んで、綾春はさっそくSub向けにプレイを提供してくれる店のうち、性的接触がほとんどない店の検索を開始した。

(ここから家に帰る途中って考えると、東京駅周辺の店だと帰りもラクだよな。でも、あそこらへんってそういう店あるのか?)

 自宅からここに来るために、大手町駅で電車を乗り換えた。手軽さを考えると乗り換え駅周辺で……と思って、まずは丸の内周辺の地図を表示する。

 しばらくして頼んでいたドリンクとパスタが届いた。テーブル脇にスマホを置いて、パスタをフォークで巻きつつウェブ上の地図にピン留めされた店のアイコンをいくつかタップしていく。行儀は悪いけど、どうせ一人でのランチだ。

 店の名前をさっと確認したあとに、店内の写真もスワイプしてチェックしていくと、落ち着いたシックな雰囲気の内装をした店が多かった。パッと見で良さそうなところは、さらに店の細かな情報を確認していった。
 
(この店は良さそうだけど……あー、本番アリか。じゃあダメだな。こっちの店は……悪くないかも。キャストの情報が少ないのが不安だけど……)

 丸の内周辺のきれいなオフィス街にプレイできる店なんてあるのか疑問ではあったが、調べてみると数は少ないものの何軒かはあるようだ。その中で、綾春は自分の条件に合いそうな店がないか一つ一つチェックしていった。

 性的接触は、できるだけ最小限に留めたい。
 できることなら全くない店に行きたいのだが、サブドロップまでしたので、Sub欲を満たすためにはある程度の接触をしたほうが良い気はしている。
 あとは店に行くまでに、心を本能で騙して割り切れば、まずまずのプレイは可能なはずだ。

 そんな昼下がりのカフェでは口にできない悩みをぐるぐると考えていると、突如として頭上から見知った声が聞こえた。

「……久慈さん?」
「っ、あ……え……東雲さん……?」

 声のほうへ視線をやると、そこには見知った顔——東雲蓮哉が切れ長の瞳を僅かに開いて、綾春を見ていた。

「やっぱり久慈さんだ。あ、すみません、休日でしたよね。それなのにお声かけしてしまって。その、つい……」

 どうやら綾春を見止めて、つい声をかけてしまったらしく、東雲は声をかけてしまったもののどうしようかと眉を寄せていた。綾春としては声をかけられた側なので「そう戸惑われても」と思わなくもないが、ここは愛想の良い自分のほうが助け舟を出すべきだと思って、柔和な笑みを作って東雲に声をかけた。

「偶然ですね。もしよろしければご一緒にどうですか。東雲さんも遅いランチか、お茶をしにきたんでしょう?」
「ええ、まあ……。じゃあお言葉に甘えて」

 店内は空いていたが、綾春は四人掛けのテーブル席へと案内されていたこともあって、向かいの席を促す。と、東雲はほっとした表情を浮かべて、促された席へ腰を下ろした。

 そこへ店員がお冷とおしぼりを持ってきて、東雲はクラブハウスサンドとアイスコーヒーをオーダーする。綾春の見立てどおり、東雲も軽食をとりに来たらしい。
 店員が「ごゆっくりー」と笑顔で去っていってから、東雲はおしぼりで手を拭いた。

「もしかして、久慈さんも美術館にいらっしゃいました?」

 意外にも話題を振ったのは東雲のほうだった。
 葉山で会ったときには物静かで、それほどコミュニケーションに積極的なタイプではなさそうだと思っていたのだけれど存外、社交性がないわけではないらしい。

 どんな話をしようか、まさか仕事の話をオフの日にするのも気が引けるなと思っていたところだったので、綾春は東雲の話題に乗ることにした。それに「久慈さんも」と訊くからには、おそらく東雲も同じ目的だったのだろう。あるいは美術館周辺で綾春の姿を見かけたのかもしれない。以前、東雲に渡した名刺には『家具デザイナー』の肩書きも記載があるので、それを彼が覚えている可能性もある。

 美術館にいたことは隠すようなことではないので、綾春はレモネードを一口飲みながら返事をした。

「当たりです。もしかして東雲さんもですか?」
「はい。陶芸の良い刺激になればと、美術館には時折足を運ぶんです」

 ちょうど東雲が頼んでいたアイスコーヒーがやってきた。
 そのコーヒーをブラックで飲みながら、東雲は答えた。

「葉山からだと、遠くないですか?」

 美術館巡りが趣味だとして、葉山から清澄白河のある城東エリアまでは距離がある。車でも一時間半ほどかかるだろうか。

「気軽に来られる距離ではないですが、ドライブがてらです。それに実家が都内にありまして。木曜から滞在していたので行きはそれほど」
「なるほど、そうでしたか」

 木曜からというと、先日綾春がサブドロップした日からだ。
 あのときは、まだ状況が上手く飲み込めていなくて深夜どころか未明にかけてまで付き添ってくれていた東雲に礼は述べたが、葉山まで帰る術はあるのだろうかと、後々心配になったことを思い出した。
 まあ、もう三十歳もとっくに過ぎた大人だし、体格の良い男性でDomでもある東雲だから、変な心配をする必要はないとも思ってはいたのだが。

 そんなことを思い出しながらも話題があの日に触れたので、再度礼を述べておこうと思ったところで、東雲からちょうどよい質問が投げられた。

「その後、体調はどうですか?」

 少し遅れてクラブハウスサンドが届けられたので、店員を見送ったのち、綾春はパスタを巻いていたフォークを止めて、改めて頭を下げた。

「おかげさまで何とか。その節はありがとうございました」

 東雲に答えたように、体調はまずまずだ。
 金曜は午前休を取ったが、午後には職場に顔を出した。辻と中井には呆れられたが、入院するほどのサブドロップではなく、症状も軽かったので綾春としては仕事をしていたほうが気が紛れて有り難かったのだ。
 さすがに残業はやめろと中井に口を酸っぱく言われ、定時を少し過ぎたあたりで帰宅したので、夜も久しぶりにゆっくり過ごすことができた。

 だから、サブドロップした体は随分と回復してきていた。

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