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22. 欲望は胸の奥
しおりを挟む「俺とのプレイは気持ちよくなれませんでした?」
視線を絡めて問う。
その意地悪な問いかけに言葉を詰まらせる久慈の気持ちを引きずり出すように、自分は良かったと言葉を重ねた。気持ちが良かったのは自分だけではなかったと暗に言えば、ヘーゼルの瞳が揺らめいた。
「久慈さん?」
ほんの少しだけ甘さを混ぜて、名前を呼ぶ。
蓮哉は『答えて』とも『話して』とも命じることはしない。グレアも出さない。けれど、彼を絡めとるように射抜くような視線で久慈を見つめ続ける。それだけで、きっと彼は答えてくれる。
そういう確信をもって彼を見ていれば、おずおずとしながらも久慈は口を開いた。
「違くは、ない、ですけど……」
顔を赤くしながら、久慈は蓮哉の問いに答えた。
(もう一押し、か……)
プレイが気持ち良かったのなら、断られる理由はさらに減る。
戸惑い、躊躇う様子から見るに、久慈の心の中の天秤はグラグラと揺れているようだ。
(押してダメなら、引いてみるか……まあそれに、DomとSubなんだから、腹のうちは見せておかなきゃな)
何がなんでも久慈を手に入れたいという気持ちはあるが、彼に信頼されたいという気持ちも本物だ。虐めたい、躾けたい、甘やかしたいというDomらしい欲望の一つに『相手からの信頼がほしい』というのがあるが、その欲望を今ほど強く感じたことはない。
蓮哉は久慈に信頼されたい。心ごと預けてもらいたい。今でなくとも、いつか必ずそうしてみせる。
「やっぱり、プレイの提案をするからには、誠実でいないとですよね」
「……?」
自分本位な欲望を叶えるためではあるけれど、今の発言は蓮哉の本心ではあった。もっともらしい理由をでっち上げるつもりはない。
誠実に、正面から向き合うだけだ。
「久慈さん……じつは俺、こんなにグレア出せたのは久しぶりなんです」
そこまで言葉を紡いで、いや、そうじゃないだろうと思い改めた。
「信じてもらえないかもしれないですけど、本当です。グレア不全症っていうんですけど」
「え……?」
鳩が豆鉄砲を食ったような、見事なまでの驚きの表情。
久慈が驚くのも無理はない。信じられないのもそうだろう。
つい数十分前までグレアを出してプレイをしていた蓮哉が「グレア不全症だ」なんて言って、素直に信じる人はいない。蓮哉自身だって、久慈相手にグレアを出せたことに驚いているくらいなのだ。
え? 本当に? 冗談ではなく? と混乱する久慈も可愛いなと思いながらも、とにかく真摯に答え続けるしかないと言葉を継いだ。すべては近い未来の、久慈のすべてを手に入れるためだ。
そのためには、まずはこちらの中身を見せるべきだ。
グレア不全症を患っていること。久慈相手ならなぜかグレアを出すことができるらしいこと。久しぶりの、リハビリではないプレイは気持ちが良いこと。それらをきちんと伝えていくなかで、藁にも縋る気持ちであると想いの強さを匂わせた。
「で、でも……そんな突然……」
まだ信じられないという様子の久慈に、蓮哉は懇願するように言った。
「人助けと言いますか……治療に手を貸すと思って、また俺とプレイしてくれませんか? 久慈さんが付き合っていただける間だけでもいいんで……!」
蓮哉は、深々と頭を下げた。
信じてほしいという気持ちと、逃がすものかという気持ちが蓮哉をそうさせた。
一方の久慈はと言えば、答えに迷っているのだろう。「あー、えっと……」とか「でも……」とか、何度か言葉を紡ごうとしては小さくなってしまう声を飲み込んでいる。
(本当に嫌で断りたいのなら、もう答えているよな。なら……ちょっと汚いやり口なのは百も承知だ。これできっと、この人は……頷いてくれる)
久慈の退路を少しずつ断つようなやり方は、あまり褒められたものではない。そんなことはわかっているが、蓮哉としてはそうまでしてでもこの機会を逃したくない。逃すわけにはいかない。
目の前の久慈を手に入れるチャンスは、今ここでしかないのだ。
蓮哉は顔を上げて、申し訳ないという気持ちで眉を下げながら、困惑している久慈と目を合わせた。
「やっぱり、こんなこと言われると困りますよね。俺の都合に久慈さんを利用しようだなんて……」
「えっ。いや……利用だなんて、そんな……」
目を伏せて、殊勝な態度を見せる。すると久慈は明らかに動揺を見せた。
蓮哉の態度は確信犯だ。それにまごつく久慈に、内心で謝罪しながらも、追い込むように言葉を続けた。
「いえ、いいんです。いかに利己的な考えかっていうのは重々承知してるんです。グレアが出せる……特別な相手だからリハビリ相手としてプレイに付き合ってくれ、だなんて、図々しいですよね」
久慈が困惑する気配がする。
気に入ったSubが困っている姿は、嗜虐心をより掻き立てられて非常に危ない。プレイは終わったというのに、またグレアとコマンドで従わせたいと思ってしまう。
だが、ここで対応を間違ってはいけない。プレイできずに藁をも縋る思いでお願いしている哀れなDomでなければ、久慈は差し出そうとしている手を引っ込めてしまう。
ひどく利己的な考えだ。
リハビリ相手という言葉で同情心を煽って、どうにかして彼のイエスを貰おうとしている。そして、いつか、遠くない未来で——彼を絡めとろうとしている。この想いに気取られてはいけない。
じっと、久慈の回答を待つ。
蓮哉は久慈を利用しようとしているのだとこちらから妥協点を提示して、彼が頷く瞬間を、今か今かと期待しながら。
「…………その……今日みたく、軽いプレイでよければ」
——きた。
久慈は優しい人だろうから、必ず手を差し伸べてくれると思った。
初めて彼と顔合わせをした場で、請け負う仕事に対する不安を口にしたら、真摯な眼差しとともに勇気の出る言葉をかけてくれた人だ。無論、蓮哉と取り引きを成功させることが彼の仕事だから世辞を並べているのもあるだろうけど、それでも本心で話してくれていることは伝わった。
そんな彼だから、心地良いプレイをしてくれるDomが困っていれば、きっと必ずこの手を掴んでくれると思った。そこに自身の、おそらく慢性的なプレイ不足……Sub欲への満たされ不足が解消できる機会が加わって、彼の中での『言い訳』が立てば、恐る恐るながらも踏み込んできてくれるだろうと思っていた。
蓮哉の策略の第一歩は、見事に成功したのだ。
「……いいんですか?」
思わずガッツポーズをしそうになるのをグッと堪えて、念のために確認を取る。まじまじと久慈を見るのを止められなかった。
「いいも何も……。誘ったのは東雲さんですよ」
くしゃりと困ったような顔で久慈は言葉を返す。
「治療のお手伝いということなら、まあ力になれるかなと思っただけです」
「はい」
「だから……パートナーではなく、人助け、です」
その言い訳じみた言い方が、なんともいじらしい。
久慈は『人助け』という理由をもって、彼の不安や不都合に蓋をすることにしたようだ。
「それで十分です。久慈さんは、優しいですね」
蓮哉としては、それで今は十分だ。
まずは彼と、ビジネスの取引相手という関係だけでなく、DomとSubという関係を作る。正式なパートナーでなくてもいい。どんな理由であっても『プレイをする相手である』という関係が築ければ、今後の第一歩になる。
久慈は「リハビリ相手として」としきりに強調した。互いにいい人ができたらそれまでとも。無論、蓮哉は今のままで終わらせるつもりなどない。
(いい人、ね……)
蓮哉はもう確信している。——この出会いは一生ものだと。
運命なんてロマンチックな言葉で言い表すよりも、深く昏く重いもの。
(絶対、自分のものにする)
久慈と話す間にも、蓮哉はこれからどう目の前の獲物を落とすか考えていた。
時折意地悪な言い回しをしてやると、そわそわとした素振りを見せるのだから、本当にこの人はたちが悪い。
それでも理性で制御しながらも、湧き上がり続ける欲望を満たすため、彼相手に可愛げの範囲での些細な意地悪がやめられない。
蓮哉のグレアは怖いくらいだと。でも、それがいいと言う。
どんなことでも従いそうだと笑えば、恥ずかしそうに目を伏せる。
何でもしてほしいように見える。それに否定の言葉はない。
そして、もっとプレイがしたかったと、しどろもどろながらも頷く。
お試しのプレイは終わりだ。
けれど、彼との関係はこれから始まる。
「続きは、また今度で……」
「はい。ありがとうございます、久慈さん。お手伝い、楽しみにしてますね」
続きを自ら求めてくれる発言に心を打ち震わせながら、蓮哉は久慈を見つめていた。
間接照明に照らさせた彼のきれいな顔を笑わせたくて泣かせたい。そんな欲望を奥底に潜めながら見つめる先の久慈は、とても可愛かった。
◇◇◇
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