【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

文字の大きさ
21 / 77

21. 逃がしたくない

しおりを挟む


 蓮哉がコーヒーとハーブティーを持ってボックス席に戻ってきたとき、久慈はまだ心ここにあらずといった様子でぼんやりと宙を見ていた。その姿が二十七歳だという年齢よりも幼く見えて、どうしようもないほど庇護欲を掻き立てられる。

(可愛いな、久慈さん……。もっと虐めて、はしたない顔をさせて、ぐちゃぐちゃにしたい。甘やかして、蕩けさせたい)

 あの夜。サブドロップして眠る久慈相手に考えていたことと、まったく同じことを今日のプレイで感じた。

 ——久慈綾春というSubを自分の支配下に置きたい。

 それは、今まで生きてきた中でもっとも強い支配欲であり、ここ数年で忘れかけていたDomらしい欲望だった。

「はい、どうぞ。ハーブティーです。熱いので気をつけて」
「あ……はい、ありがとうございます」

 言葉がきちんと届いているのか心配になるくらい、いまだ蕩けかけている瞳。
 色素の薄いヘーゼルカラーの瞳は、あの日見たときと同じように……いや、それ以上にきれいだ。

 久慈がきちんとカップを受け取ったのを見届けてから、蓮哉はそれを手放した。「熱いので」と声をかけたが実際は適温で淹れられているはずだから、急いで口をつけても火傷することはないだろう。しかし、万が一手が滑ったら危ない。きれいなSubを自分の手以外で傷つけたくはなかった。

 彼がハーブティーを一口飲んだところで、隣に座って話しかけた。
 まだ少し、プレイ後のアフターケアをしたほうがよさそうだ。

「まだ、ぼんやりしてますね。体調が悪いとかはあります?」
「それは大丈夫です」
「よかった。プレイ、ありがとうございました。久慈さん、上手に従ってくれましたね。好きなものも取ってこれたし、可愛いところも見せてくれて。俺も満たされました」

 久慈に投げかけた言葉に噓偽りはない。
 プレイ中の彼は従順で、可愛かった。こちらの本能をどんどん刺激してくるから、セーブするのに苦慮したほどだ。

 彼相手ならグレアが出せるのではないかとプレイに誘ったので、軽いプレイができれば御の字だと思っていた。リハビリで行われる〈Come来て〉や〈Sit座って〉が使えれば嬉しい。そう思っていたのだ。
 けれど、ソファに座って彼をコマンドで呼び寄せた瞬間、その考えは吹き飛んだ。

 自分のコマンドに従い、自分の元へやってくるSubがいる。自分だけに目を向けるSubがいる。美しい双眸が自分だけに向けられている悦びに全身が震えた。

(ここがキヨのプレイバーでよかった)

 呼び寄せただけで、彼の小さな頭に喰らいついて丸呑みしてしまいたいほどの衝動が沸き上がり、そのまま押し倒したいという劣情が膨れ上がった。
 それをなんとか理性で止めて、今いるところは友人・晴海清貴が経営するプレイバーだと思い出したからよかったものの、そうでなければ近づいてきた久慈に一体何をしていたことか。

 もちろん、NG行為を無理やりするつもりは一切なかった。
 そんな卑劣なDomに成り下がるつもりは、さらさらない。それは自分が一番忌避しているものだ。

 だが、続けて命じたSitのコマンドで彼を座らせたときには「ギリギリまで攻めてみよう」という感情に天秤が振れていた。きらきらと澄んだ瞳を持つ彼の顔をぐずぐずに蕩けさせてみたかった。
 だけど、蓮哉がそう思うのも仕方がない。「酷いこと」という蓮哉の言葉にピクリと体を震わせるのだから、久慈だって人が悪い。あんないかにも期待してますって反応と物欲しそうな顔をされたら、くらりと来ないDomはいないだろう。

 それからは理性との戦いだった。
 ギリギリを攻めたい一方で、久慈の嫌がることは絶対にしたくない。
 だから慎重に、真剣に久慈と向き合い、彼がどこまで自分に委ねてくれるのかを見極めながらプレイを続けた。

(俺のグレアにまだ耐えられそうだったよな。でも、気持ちいいのには弱そうだった。そういうの、たまんないな)

 SランクのDomである蓮哉のグレアは、ともすれば凶器となるものだ。
 それは、かつての自分が犯したによって重々承知している。

「久慈さんは、グレアとコマンドに弱いほうなんですかね? まだ蕩けてて、可愛いです」

 アフターケアを兼ねながら、まだとろんとした表情の久慈に問いかける。
 すると彼は「はぁ……」と、熱っぽいため息を混ぜながらも、蓮哉のグレアがすごすぎるのだと答えた。そう言われると、蓮哉は何とも言えない気持ちになった。

 自分のグレアとコマンドで蕩けきっているSubに対する独占欲と、それと相反して自分のDom性への危機感。ぼんやりと、危なっかしい様子の久慈を見ていると、これを自分が与えたのだという優越感と、自身の力に対する恐怖が綯い交ぜになっていく。

 ただそれでも、ぽわぽわとした表情でハーブティーを飲む久慈からは目が離せない。
 サブスペースほどの心地には至っていないようだが、このまま帰すのはまずい。もうしばらくは話をしながら、彼が抜け出すのを待つべきだ。それに——この状態の久慈を放っておきたくなかった。
 まだ手元に置いておきたい。こんな可愛いSubを他人に見せたくない。晒したくない。

(仕事で来たときは、かなりしっかりした人に見えたけれど……本当に可愛い人だな……)

 コーヒーの苦みで頭を働かせながら、ぽわぽわしている久慈を観察する。
 すらっとした体は細身だが、痩せすぎというわけではない。それは先ほどのプレイでリボンを巻きつけていたときにもわかった。
 モデルのような長い手足に、きれいな顔。髪も瞳も淡い色合いだから、染めていたりカラーコンタクトを入れているのかとも思ったが、髪の根元から美しい色合いが続いていたのでおそらく地毛だ。コンタクトは入れているかもしれないが、瞳のほうも色は自前だろう。
 なにより、容姿もさることながら、Subとしての色香がすごい。

 彼を目の前にした自分は、餌を前にして涎を垂らし続けている肉食獣と変わらないであろう。そんなことを自覚しながらも、美しくもかっこいいSubを愛でずにはいられなかった。

「東雲さんとのプレイでサブスペースに入ったら、とんでもないことになりそうですね。恐ろしいくらいです」

 そう言って小さく笑ってみせるのも、なんとも好ましかった。
 サブスペースに入ったら? そんな妄想をDomに話すなんて……期待を寄せていると思われることくらい、わからないのだろうか。

(はぁ、まったく。そんなこと言って……無自覚っぽいんだよな、この人。俺を悦ばせて殺す気か……)

 心の中で悪態をつかずにはいられないほど、蓮哉は久慈に魅了されている。
 あの日……雨の降るエストレージャでの出会いから、自分が久慈にあらぬ気持ちを寄せている自覚はある。

 相手はランク下のSubだから。
 大切な仕事の取引先だから。
 自分はグレアを出せぬ欠陥Domだから。

 考えるべきことはいくつもあるのに、そんなことは後回しだと本能が理性を殴り飛ばす音が頭の中で聞こえた。

「久慈さん」

 本能で呼んだ彼の名前。

「——また俺と、プレイしませんか?」

 その提案は自然と口から出てきた。
 今、久慈を誘わないといけないと思った。他のDomに取られたくなかった。誰かの手に渡る前に囲って、何がなんでも手に入れろと本能が叫んだ。

 百パーセントの保証はないが、久慈相手ならグレアが出せる。プレイもできる。しかも久慈が自分のコマンドに従い、命じたことを忠実にこなす姿を見て、体が震えそうなほど満たされた。それほどまでに、久慈は魅力的だ。

 だったら、迷うことはない。手に入れればいい。
 第一、食べてくれと言わんばかりに無防備な姿をさらす自分の獲物を手放すDomなんて、世界中探してもいないだろう。自分の中のDomとしての本能が、目の前のSubを逃がすなと叫びを上げ続いている。
 その声を止めることなど、もはや考えていなかった。

 ぽかんとした表情で目を丸くする久慈は「東雲さんと?」なんて、わかりきった質問を返した。

「はい。お嫌でなければ、検討していただけませんか。今日みたく軽いプレイの相手として」
「それは……」

 軽いプレイの相手として——。

 そんなこと、微塵も考えていないのに。
 もっと虐めて、嬲って、悦がらせて、隅々までぐちゃぐちゃのドロドロにしてから、自分がいなければダメだと植えつけて、それ以上に甘やかしたい。頭のてっぺんからつま先まで、体だけでなく心ごと自分に溺れさせたい。

 けれど、本心を口にすれば拒否されるのは目に見えている。
 どうやら彼が、パートナーとする相手選びにかなり慎重を期するタイプなのは、会話の端々から伝わってきていた。パートナーはいるかと不安そうに訊ねるときも、嫉妬や浮気の心配を口にしていたときも、瞳の奥は不安そうな色と一線を引こうか迷う色が揺れていた。そして、それは——今も。

(でも……、逃がしたくない)

 やっと見つけた希望のような相手。
 いや、そんな綺麗なものじゃない。ただ単に飢えた獣のごとく彼を手中に収めたいだけだ。でも、それはある意味では、最もDomらしい欲求と言える。

 ならば彼を絡めとるために、甘い言葉を吐いて、上辺を飾る言葉をかけて、真摯な態度で接して。人畜無害で紳士なDomという皮の中に、望まれるだけの支配力をちらつかせて。きみを満足させられるDomなのだと信じさせれば……きっと、彼は落ちる。

 久慈がプレイ不足なことは知っている。
 そして、高ランクゆえか性分ゆえか、他のDomとのプレイでも満たされきれずに、欲求不満な体が疼いていることは、さっきのプレイで十分に伝わってきているのだから。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

家事代行サービスにdomの溺愛は必要ありません!

灯璃
BL
家事代行サービスで働く鏑木(かぶらぎ) 慧(けい)はある日、高級マンションの一室に仕事に向かった。だが、住人の男性は入る事すら拒否し、何故かなかなか中に入れてくれない。 何度かの押し問答の後、なんとか慧は中に入れてもらえる事になった。だが、男性からは冷たくオレの部屋には入るなと言われてしまう。 仕方ないと気にせず仕事をし、気が重いまま次の日も訪れると、昨日とは打って変わって男性、秋水(しゅうすい) 龍士郎(りゅうしろう)は慧の料理を褒めた。 思ったより悪い人ではないのかもと慧が思った時、彼がdom、支配する側の人間だという事に気づいてしまう。subである慧は彼と一定の距離を置こうとするがーー。 みたいな、ゆるいdom/subユニバース。ふんわり過ぎてdom/subユニバースにする必要あったのかとか疑問に思ってはいけない。 ※完結しました!ありがとうございました!

ただ愛されたいと願う

藤雪たすく
BL
自分の居場所を求めながら、劣等感に苛まれているオメガの清末 海里。 やっと側にいたいと思える人を見つけたけれど、その人は……

親友が虎視眈々と僕を囲い込む準備をしていた

こたま
BL
西井朔空(さく)は24歳。IT企業で社会人生活を送っていた。朔空には、高校時代の親友で今も交流のある鹿島絢斗(あやと)がいる。大学時代に起業して財を成したイケメンである。賃貸マンションの配管故障のため部屋が水浸しになり使えなくなった日、絢斗に助けを求めると…美形×平凡と思っている美人の社会人ハッピーエンドBLです。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

番を拒み続けるΩと、執着を隠しきれないαが同じ学園で再会したら逃げ場がなくなった話 ――優等生αの過保護な束縛は恋か支配か

雪兎
BL
第二性が存在する世界。 Ωであることを隠し、平穏な学園生活を送ろうと決めていた転校生・湊。 しかし入学初日、彼の前に現れたのは―― 幼い頃に「番になろう」と言ってきた幼馴染のα・蓮だった。 成績優秀、容姿端麗、生徒から絶大な信頼を集める完璧なα。 だが湊だけが知っている。 彼が異常なほど執着深いことを。 「大丈夫、全部管理してあげる」 「君が困らないようにしてるだけだよ」 座席、時間割、交友関係、体調管理。 いつの間にか整えられていく環境。 逃げ場のない距離。 番を拒みたいΩと、手放す気のないα。 これは保護か、それとも束縛か。 閉じた学園の中で、二人の関係は静かに歪み始める――。

大学一軍イケメンにいちご狩りに誘われた陰キャの俺、なぜかいちごじゃなくて俺が喰われたんだが(?)

子犬一 はぁて
BL
大学一軍イケメン×大学九軍陰キャ 喰われるなんて聞いてないんだが(?) 俺はただ、 いちご狩りに誘われただけだが。 なのに── 誘ってきた大学一軍イケメンの海皇(21)に なぜか俺が捕まって食われる展開に? ちょっと待てい。 意味がわからないんだが! いちご狩りから始まる ケンカップルいちゃらぶBL ※大人描写のある話はタイトルに『※』あり

【完結】俺だけの○○ ~愛されたがりのSubの話~

Senn
BL
俺だけに命令コマンドして欲しい 俺だけに命令して欲しい 俺の全てをあげるから 俺以外を見ないで欲しい 俺だけを愛して……… Subである俺にはすぎる願いだってことなんか分かっている、 でも、、浅ましくも欲張りな俺は何度裏切られても望んでしまうんだ 俺だけを見て、俺だけを愛してくれる存在を Subにしては独占欲強めの主人公とそんな彼をかわいいなと溺愛するスパダリの話です! Dom/Subユニバース物ですが、知らなくても読むのに問題ないです! また、本編はピクシブ百科事典の概念を引用の元、作者独自の設定も入っております。 こんな感じなのか〜くらいの緩い雰囲気で楽しんで頂けると嬉しいです…!

処理中です...