【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

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24. 青山は晴天なり

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 社用のスマホを手に取って、綾春は自席を立ち上がった。と、中井が言い忘れたと口を開く。

「あーちなみに。エストレージャのオーナー、東雲さんと知人みたいだぞ?」
「へ?」
「オーナー……あ、諸星さんっていうんだけどな。諸星さんに『候補にしたい皿があるんですけど』って、東雲さんの器の写真を見せたら『あー蓮哉くんのですね』って感じでさ。諸星さんも、東雲さんの器は使ってみたかったから前向きに考えたい、って言ってたぞ」

 中井がそう言うということは「前向きに」とはいうが、実際には採用の方向で動いているということだ。

「そーいや、お前がドロップして、東雲さんに助けてもらったのってエストレージャだったか」
「そうだけど……」
「ははっ、そりゃなんとも縁があるな」

 縁か——。
 言われてみれば、ここ最近はなにかと繋がりが繋がりを呼んでいる気がする。始まりは、東雲の工房へ顔合わせに行ったところからだろうか。

 湘南のホテルに東雲のコーヒーカップを採用したいと連絡を取って葉山まで出向き、そこで彼の新作に一目惚れした。その器の世話を申し出たのち、しばらく仕事に追われるも成果を上げられず、ストレス過多なところでスペイン料理店を訪れた。その店のように居心地の良い店舗で新作を採用してやりたいなと思っていたのは、記憶に新しい。
 結局、その店で綾春はサブドロップしたわけだが、偶然にも東雲が居合わせて助けられた。そして巡り巡って、そのスペイン料理店のオーナーが新たに立ち上げる新店舗にいま、東雲の新作を採用しようとしている。
 なんとも奇妙な縁だ。

「ま、経緯はなんにせよ、お前が一目惚れした器の貰い手候補が見つかって何よりだろ。会社としても新規が一つ取れたし、いいことづくめだ」

 中井の言うとおり紆余曲折はあったが、ようやく機運が上がってきたことに違いない。

「諸星さんには、うちから東雲さんに話しするんでって言ってあるから。ま、本採用するかは詰めてからだけど、諸星さんも乗り気だし、お前も良いってんなら決まりだ。東雲さんによろしく言っておいてくれ」

 そう言って、中井は椅子から立ち上がった。辻も少し遅れて腰を上げる。まだまだ午後の就業時間は残っている。この三人で仕事をすることは多いが、それぞれ違う案件も抱えているのだ。
 打ち合わせはまたあとで、と言って、中井たちはそれぞれ自分の仕事をするべく自席や会議室へ戻って行った。

 綾春も、このあとは担当しているプロジェクト——湘南のホテルとは別の案件だ——のイメージを落とし込む作業を予定していた。けれど、それは後回しにしよう。何よりも今は東雲の新作の件だ。
 ぐっと両手を握って、気合いを入れて席を離れる。自席で東雲に連絡を取ってもいいのだが、何となく他の人に邪魔されたくなくてフロアの端にあるリフレッシュルームへと足を運んだ。

 一角にあるコーヒーマシンへポーションをセットして抽出を待つ間、綾春は手にしていたスマホを見ていた。
 手の中に収まっているのは社用のスマホだ。取引先の電話番号が入っているほか、社内用コミュニケーションツールや社外秘のドキュメントなどが入っている。東雲の連絡先ももちろん入っているのだが、綾春はホーム画面をじっと見つめて逡巡したのち、社用のスマホをチノパンのポケットにしまった。そして、その代わりに私物のスマホを取り出した。

 と、そうこうしているうちにコーヒーの抽出が終わった。カップを持って窓際のソファ席へと腰を下ろすと、窓からは青空が見えた。

 メッセージアプリを開いて、東雲のアカウントとのトーク画面を開く。
 それは、先日プレイをしたときに交換したプライベート用のIDだ。といっても、東雲から貰った名刺に載っている携帯電話の番号もプライベートのものらしいので、電話をしようがメッセージアプリで連絡をしようが同じスマホへ繋がるようだけれど。

 でも、東雲に以前渡した名刺に載せている綾春の電話番号もメールアドレスも社用スマホのものだ。対して、メッセージアプリで交わしたIDはプライベートなものである。
 器の件は仕事の話なのだから、社用のスマホで電話なりメールなりをすればいいのだけれど……綾春は迷った末に、自分のスマホを手に取ったのだ。トーク画面のメッセージ入力ウィンドウに、文字を打っていく。

(『新作の採用先、決まりそうです』……いや、違うな……。『いい案件が見つかりました』……うーん、これも違う気がする……)

 フリック入力で文字を打っては消すを繰り返す。
 それを数回繰り返して、やっと打ち終わった文字を見て、綾春は人知れず小さく笑みを浮かべた。

 ——お時間あるときに、電話してもいいですか?

 仕事のことなど一つも触れていない、短いメッセージ。
 できれば彼と話をしたかった。文字ではなく、声で伝えたかった。

 あの日以来、彼とはまだプレイをしていない。
 だから、仕事にかこつけて次のプレイを誘うつもりだった。完全な自分都合。でもそれは、東雲だって同じはずだ。

 前回、自宅まで送ってもらった別れ際に約束したのは「数週間に一度、互いの予定が会う日にプレイを」ということだった。
 だから、そろそろ連絡するのは決して不自然ではない。そう自分に言い聞かせて、綾春はトーク画面を閉じた。

 今ごろ東雲は何をしているだろうか。
 週始めの月曜午後三時過ぎ。勤め人ならまだ仕事をしている時間だが、彼はフリーの陶芸家だから陶芸をしているとは限らない。仮に陶芸をしていたとしても手を離せないことも多いだろう。

 すぐに返事がなくとも構わないと思いながら、綾春はしばしコーヒーを味わった。そういえば、東雲と会うきっかけになったのはコーヒーカップだな、なんて埒もないことを思う。そして、彼とのプレイで決めたセーフワードが〈コーヒー〉であることも。

「やっぱ使い捨てのカップだと味気ないよな」

 オフィスに置かれているコーヒーマシンはそれなりのものだし、ポーションで淹れたコーヒーは味としては普通に美味い。けれど、東雲の器を思い出していたら、無性に陶器でできたカップでコーヒーを味わいたくなってしまった。
 会社には自前のマグカップも置いているのだが、逸る気持ちゆえに席を立つときに持ってこなかったのが惜しまれる。

 と、カフェテーブルに置いておいたスマホがブーブーと振動し始めた。社用スマホはポケットの中なので、振動しているのは私用のものだ。

(もしかして……)

 何気なく見ていた景色から視線を外してスマホを見れば、画面に映し出されているのは『東雲蓮哉』の文字。コールされている画面を見るやいなや、綾春は迷わず受信ボタンをタップした。

「お世話になってます、久慈です」
『こんにちは。メッセージ見ました。いま、お時間大丈夫ですか? 俺のほうは大丈夫なんですが』

 スマホを耳にあてると、落ち着いた東雲の声が返ってくる。
 その声に心の奥がきゅっと震えるのを感じた。

「大丈夫です。そちらからお電話いただき、ありがとうございます」
『いえ、とんでもない。土を弄ってたんですが、ちょうど手が空いたところだったんです』

 どうやら東雲は器作りに励んでいたようだ。
 邪魔をしてしまったのなら悪いなと思いながらも、手が空いたところだという言葉に甘える形で綾春は話を続けた。

「そうでしたか。実はお仕事の件でご報告があるんですが……せっかくなので、お会いしてお話しできればと思って。東雲さん、今週のご予定はいかがですか?」

 電話越しで結果を伝えようとして、思い止まる。
 文字ではなく声で。そう思っていたけれど、東雲の声を聞いたら考えが変わった。

 ——できれば直接会って伝えたい。

 採用先を伝えて、もしまた不安に思うようなら励まして……そして、またあの優しげな笑顔を見たい。
 仕事に私情を挟みすぎているけれど、この想いをどうしても譲れなくて、彼の予定を訊ねてしまった。

『今週は平日でも土日でも都合つきますよ。あ、もしかして何かトラブルでもありました?』
「いえ! 悪いお話じゃないんです」

 直接会いたいという意図を悪い意味で捉えられそうになり、綾春は慌てて訂正した。良い話なのだと言ってしまいたかったが、それはぐっと堪えた。直接会って伝えたい。この目で、東雲の反応を見てみたいのだ。

「……あの、急ですがこのあとの都合はつきますか?」
『このあとですか? ええ、まあ都合はつきますが……』

 幾分戸惑いの色をのせた声に内心で怯みつつも、綾春は心のまま、勢いに任せて東雲に訊ねた。

「東雲さん、今ご自宅ですよね?」
『はい』
「では、俺に時間をください。今からそちらへ向かいますので、一時間半後くらいにお伺いしても構いませんか?」

 我ながら性急だと思った。
 だが、綾春の申し出に東雲はふふっと笑った。

『はい。では、到着は五時過ぎですかね。お待ちしてます』

 気をつけていらしてください、と電話越しで微笑む東雲に礼を言って、綾春は通話を切った。
 すぐにコーヒーを飲み干して、急いで席に戻る。パソコンで社用車の貸し出し予約をとって、自分のスケジュールに『外出』の予定を入れ、荷物をまとめてオフィスを出た。

 時刻は午後三時半。
 順調に行けば五時には葉山にある東雲の自宅兼工房に着くだろう。

 安全運転を頭に刻んでから、綾春はハンドルを握り、アクセルを踏んだ。



 ◇◇◇
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