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35. 麻布の長い長い夜
しおりを挟む男性二人で食べるには、少し物足りない食事を終えて、綾春と東雲は麻布のプレイバーへやってきた。東雲の友人・晴海清貴が経営するシックで落ち着いた雰囲気のプレイバーだ。
「いらっしゃいませ。……って蓮哉か。久慈さんも、こんばんは」
「こんばんは、晴海さん」
このバーには、はじめて東雲とプレイをした日以降にも数度来たことがある。
東雲とのプレイは、二回目こそ葉山にある彼の自宅でしてしまったが、それを除いてはプレイバーの一角を使って行っていた。
互いの家で行うのが便利なことはわかっているが、プライベートな場所でプレイをすればするほど嵌りそうで怖かった。だから、綾春のほうからプレイバーでの実施をお願いしていた。
そのお願いを東雲も快く聞いてくれて、本番行為を禁止しているプレイバーに行って、軽く話をしたのちにプレイをするというのが二人のいつもの流れになっている。
「もう一杯飲んでからプレイにしましょう。ここのバーテンが作るカクテル、美味しいですし」
カウンターチェアに座りながら、東雲の提案に頷く。
綾春はホーセズ・ネック、東雲はロブ・ロイを頼むと晴海とは別のスタッフで、バーテンダーである千景がカクテルの準備を始める。その間、晴海がチャームとして小さなチョコとナッツの小皿を用意しながら、二人に世間話を振ってきた。
「久慈さんも蓮哉も久しぶりだけど、こっちで仕事?」
「いや。どっちも休日で、さっきまで六本木で映画を観てた」
晴海と話す東雲の横顔をちらりと見ながら、綾春はぼんやりと二人の会話を聞いていた。
「もしかして『ミスターシャドウ』の新作?」
「そう、それ。キヨも好きだったか?」
「ファンってほどじゃないけど、まあ前作は見てるくらいには」
晴海のいう『ミスターシャドウ』というのが、今日綾春たちが見た映画のシリーズ名だ。主役であるサイラスの異名がミスターシャドウだから、そこからシリーズ名がついている。
「じゃ、ネタバレは避けておく」
「そりゃ有り難い」
東雲は晴海のことをキヨと呼ぶ。綾春の前では「晴海」と言うけれど、やはり彼の前ではいつもの呼び名、友人同士の口調で話すので、その姿はなんだか新鮮だ。気ごころが知れている友人同士なのだなぁとわかり、自分には見せない東雲の一面を見るのは悪くない気がした。
(物静かで無愛想なのかなって思ってたけど、じつは全然違うんだよな。よく話すし、笑うし……気配りもできる、いい人で……)
六本木のステーキハウスを出てからというもの、心臓がやたら忙しない。数週間に一度は見ている東雲のことが、気になって仕方がなかった。
そんな気持ちをなんとか押し留めて、二人の他愛のない話を聞いているとカクテルができ、千景が持ってきてくれた。
綾春が頼んだホーセズ・ネックは、コリンズグラスに入ったブランデーとジンジャーエールのカクテルだ。螺旋状に剥かれたレモンの皮がグラスに沿って飾られているのが特徴で、味も香りも爽やかな一品である。
一方、東雲の前にはロブ・ロイが置かれている。カクテルの女王と言われるマンハッタンのウイスキー版といったところで、カクテルグラスに透明な赤褐色の液体に、ピンに刺さったチェリーが綺麗なカクテルだ。
「そうだキヨ。あそこ、空けておいてくれるか?」
「ん? ああ……なるほど。了解」
綾春にはわからない何かの依頼をする東雲を横目に、しばしカクテルを味わう。東雲もグラスに口をつけると、そう言えばと綾春に話を振った。
「俺の話をしたからってわけじゃないんですけど、俺も久慈さんに質問していいですか?」
なんだろうと小首を傾げつつ「どうぞ」と答えれば、東雲は少し躊躇う素振りを見せたのちに綾春に訊ねた。
「久慈さんはどうしてパートナーを作らないんですか? 何か理由でも?」
「あー……ええっと……」
——パートナー。
それは恋人とプレイ相手、どちらのことを指しているのだろう。いや、おそらくどちらの意味も含んでいる。だからこそ、その質問にどう答えるべきか悩んだ。
すると東雲が、綾春の口を滑らかにさせるためか言葉を続ける。
「前も言いましたけど、久慈さんってモテますよね? 誤解を恐れずに言うと、パートナーというか恋人というか、そういうのには事欠かない側の人間だろうなと」
「ええ、まあ……それなりに好意は寄せられやすい、ですかね」
自惚れが強いと思われるかもしれないが、「モテない」と返せばそれはそれで厭味になることは経験上知っている。
実際に、恋人にしろプレイパートナーにしろ、付き合ってほしいと言われることは多い。そう言われずとも、今日彼と待ち合わせをしていたときのように異性から好意的な目を向けられることは珍しくないし、自覚だってしている。
でも、東雲の質問に肯定で返せば「ですよね」と頷かれて、それはなんとなく気まずい気持ちになった。その気まずさを消し去りたくて、カクテルを煽る。
ちりちりとした炭酸の刺激のあとから、ほんのり甘いブランデーの味が広がり胃へと落ちていく。ざわめく心がすっと落ち着く気がした。
「たしか、ランクに見合う人がいない、でしたっけ。まあそれは事実なんでしょうけど。でも、なんというか……久慈さんを見ていると、それだけで相手を作らないってわけじゃなさそうだなぁって思いまして」
探るような……それでいて、確証があるような視線を送られた。
出会って数ヶ月なのに、東雲は自分のことをよく見ているようだ。
やはり軽くとはいえ、プレイをしているからだろうか。
「……俺も話さないと、フェアじゃないですよね」
綾春はカクテルをさらに一口飲んでから、そっと息を吐いた。
コリンズグラスについた水滴が、落ち着いた色合いの間接照明をきらりと反射している。レモンの爽やかな香りが、綾春を後押しするかのようにほんのりと香っていた。
東雲さんみたいに重い話じゃないですよ、と断ってから綾春は複雑な胸のうちを明かすことにした。
「……俺、恋愛や性的指向としては男女どっちもいけるんですけど、相手はDomがいいんです。理由はすごく単純で……恋とプレイとセックス、全部同じ人としたいんですよね」
明け透けな回答だが、プレイバーなら許される会話だ。
どこまで心のうちを明かすべきかと悩んだが、東雲があれだけの話をしてくれたのだから、綾春も同じ分だけ彼に自分のことを知ってもらいたい気持ちが強かった。
先に綾春を信じて、心の奥底にあった闇を打ち明けてくれたDomだからこそ、きちんと信頼で応えたい。東雲なら、綾春の想いを嗤わず、蔑まず、揶揄わずに聞いてくれるだろう。
そう考えた末の答えだった。
「いまどき恋愛とプレイは別って人も珍しくないですし、結婚相手とは別にプレイパートナーを持つこともよくある話じゃないですか。だから若い頃は俺も、『恋愛は恋愛、プレイはプレイ』って考えて、普通に恋もしてきました。だからNormalの恋人と付き合ってるときに、プレイの相手としてDomのパートナーを作ったこともあります。でも、だいだいいつもトラブルになっちゃって」
若い頃……それこそ十代や二十歳そこそこのときは、相手の性は気にせずに好きになった相手と仲良くなって、お互い想い合えれば恋人に、ということはあった。告白されることが多かったが、自分から想いを伝えたこともある。
だから、相手がNormalということは何度かあった。さすがに何か本能的な部分が作用したのか、Subを好きになることはなかったけれど、好きな相手がNormalなのは致し方ないことだと思っていた。
フェロモンで惹かれあいやすくても、人として好意を寄せる相手はDomだけとは限らない。なにせDomもSubも数が少ないのだ。Normalと二次性を持つ者との恋愛なんて、世の中ありふれている。
——ありふれてはいるのだが、それが綾春に合うとは限らないだけのこと。
「自分で言うのもなんですけど俺、こんな見た目じゃないですか。気が多そうに見えるとか、いろいろ誤解を生みやすい容姿と言うか……。そう見えないよう言動に気をつけても、Domと浮気してるって疑われたり、必要以上に嫉妬されたりが多かったんですよね。恋人がいるときはプレイパートナーと肉体関係を結んだことはないんですけど、セフレと同一視されることも多々あって」
Normalから見れば、プレイパートナーもセックスフレンドも同じように見えるのだろう。
綾春の性はSubなのでその気持ちを完全に理解するのは難しいけれど、恋人が別の人と特別な距離感になっていたら嫉妬してしまうのは当然だと……そう言われれば、確かにそうだとは思う。
「恋人のことを大切にしたくて、それじゃあパートナーがいなきゃいいだろ、誤解させなきゃいいだろって、プレイ自体を我慢したこともあります。でもそれだと今度は、Subとしての俺の心と体が保たなくて、こっちがまいっちゃう。どっちに転んでも上手くいかないんです」
綾春は、グラスの中の氷がゆっくり溶けていくのをぼんやり見ていた。
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