【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

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45. 冬の冷たい空気

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 師走と呼ばれる月になり、ご多分に漏れず綾春の仕事も忙しさを増した。

 取引相手である東雲蓮哉とも、以前よりも多く仕事のやりとりをしている。といっても、連絡相手は綾春だけではないのだけれど。それでも、湘南のホテルに使うコーヒーカップの作製進捗を確かめるためにメールを送ったり、写真を送ってもらったりしながら、日々は過ぎていく。
 また、中目黒にオープンする予定のスペインバルのほうも、中井を軸にして軌道に乗りつつあり、今はその件について中井やプロジェクトメンバー数人とともにミーティングスペースで打ち合わせ中だった。

 机の上に広げられた資料には、内装に検討しているクロスや塗料のサンプルや、家具のデザインラフ、照明のサンプル写真などが広げられている。
 それらを見ながら綾春は、仕事中にもかかわらず、ぼんやりと別のことを考えていた。朝から頭痛と目眩がひどくて、なかなか仕事に集中できていないのもあった。

(……蓮哉さん、どうしてるだろう)

 あの日から——蓮哉と性交を伴うプレイをしてしまってから、一ヶ月が経っていた。……あれ以来、彼とはプライベートで会っていない。

 会いたくないわけではないのだ。
 プライベートのIDを交換したメッセージアプリでは、欲求不満からくる症状が出る前に軽いプレイをするのはどうですかといった誘いが来たし、めっきり寒くなりましたねなんてメッセージが来たので無難な返事を返しもした。プレイ抜きで食事をするのはどうかと言われたこともある。
 けれど、あいにく二人の予定がなかなか合わず、直接会う機会に恵まれていないだけ。そのため、次のプレイの予定は、未定のままだ。

(次……いつ、会おう……頭痛いし、気持ち悪いし、薬も増えてるし……。もうそろそろ、プレイしないと本気でやばいよな……。でも……)

 予定が合わないというのは、半分嘘だ。
 会いたくないわけではないのに、なぜだか避けている。避けているというか、どんな顔をして会えばいいのかわからずに、ずっと迷い続けている。
 そうして迷い、躊躇っているうちに、ひと月が経ってしまっていた。

「——おーい、綾春。聞いてるか?」
「えっ? あ、うわっ! ……いっ、たたた」

 綾春に声をかけたのは中井だ。
 しかし、心ここに在らずだった綾春は彼の声に驚いて、その拍子に椅子ごと後ろへ転がり倒れた。かろうじて頭は打たずに済んだが、盛大に打ちつけた背中が痛い。

「お前、なにぼーっとしてんだよ」
「あー、ははは……ごめん」

 らしくないですね、と他の面子にも言われて、はぁとため息をつく。
 言われたとおり、心身の不調を仕事に持ち込んで、こんなしょうもないドジをするなんて綾春らしくなかった。

 プレイ不足で不調のときも、サブドロップ明けのときも、きびきびと仕事をこなしていくのが社内での久慈綾春の印象だ。それはSubだからと舐められたくないと、必死に努力して何年もかけて築き上げたものでもある。
 今までだって、仕事で知り合ったDomに言い寄られたり不快な戯れを受けたりするような私情のもつれがあったとしても、表面上は穏やかな態度で対応してきた。業務に支障をきたしたことはない。それなのに……。

 いつになく、綾春はその不調を隠せずにいた。

 もうここ何日も、頭痛と吐き気が続いている。
 いつもより強い抑制剤を飲んで、抗不安薬も飲んだのに、仕事中に集中を欠くなんて自分でも嫌になるほどの失態だった。週も半ばの水曜日なのにこの調子じゃ、今週残りの勤務が思いやられる。
 はぁ……と重いため息をついてしまうのも、仕方のないことだった。

「ミーティングはいったん休憩にしよう。再開は一時間後に。——綾春、お前ちょっと付き合え」

 その場を進行していた中井が仕切り直しを提示した。自分のせいでミーティングが止まってしまった罪悪感に指先を震わせながらも、綾春は中井に連れられて、執務室をあとにした。





 コート掛けにかかっていた自分と綾春のアウターを手に、中井がやってきたのは会社から徒歩数分の距離にある小さな公園。
 綾春をベンチに座らせてコートを投げ渡すと、公園入り口にある自販機で飲み物を二つ買って戻ってきた。

 冬の北風で冷えぬうちにとコートを羽織ると、ホットのカフェラテを手渡される。中井が自分用に買った微糖のコーヒーも、手渡されたカフェラテも、CMでよく見かけるポピュラーなものだった。

「お前、ここ最近また体調悪くしてるだろ。目の下の隈、すごいぞ」

 目の下の隈は、体調不良だけでなく、Sub特有の不安症からくるものだ。前回のプレイから一ヶ月が経ち、欲求不満も体調不良として症状が表れ始める頃。さらに今回はプライベートの悩みを抱えていて、状況としてはかなり悪い。
 顔色の悪さは自分でもわかっていて、朝起きたときにホットタオルで顔を温めたり、マッサージをしたりしているのだけれど、まったく効果がない。中井にあっさりバレているのだから、メンズファンデも意味なしだ。
 それにここ数日は中井だけでなく、他の同僚にも体調を気遣われていた。

「夏くらいから結構調子良さそうだったから、ほっとしてたんだけどな。……どうした? なんかあったか?」

 同じようにしてコートを羽織り、ベンチに腰掛けた中井が問う。それに綾春は、苦笑しながら答えた。

「その……プレイ相手がいたんだけど、さ」
「へえ。お前が相手を作るなんて何年振りだ?」

 三年かな、と答えると、中井は缶コーヒーのプルトップをカコッと開けた。
 一方の綾春は、カフェラテの缶を両手で包み込むようにして持つだけ。冬の風に冷めたくなった手を、ホットの缶が温めてくれていた。

「でも、軽くプレイをする程度の間柄で、恋人とかそういうんじゃないんだ」

 プレイ相手ではあったけど、恋人ではない。
 二次性を持たない人には誤解されがちだが、必ずしもプレイ相手=恋人ではないDomやSubもいる。わざわざ言う必要もないのだけれど、綾春は恋人ではないことを伝える言葉を足した。

「ふーん? まあ、恋人にせよパートナーにせよ、いい人が見つかったんなら良かったじゃないか」
「そう、なんだ……けど……」

 実のところ、綾春の恋愛遍歴とプレイパートナー遍歴については、中井も詳しい。中井はNormalだけれど、Subへの理解があって、何かと上手くいかない綾春のことをずっと心配してくれているのだ。
 浮気性だ遊び人だと言われて落ち込む綾春を「そうじゃないのにな」といつも励ましてくれるのも、中井だった。

「そいつと、なんかあったってわけね」

 察しの良い先輩兼友人は、お見通しとばかりに言った。

 この手の相談をできる相手は他にいない。
 Subの友人もいるにはいるが、同じ性だからと言って悩みに理解を示してくれるとは限らない。意外にも同性のほうが辛辣というのは男女の性であっても二次性であっても同じだ。

 綾春はかなり……だいぶ迷ったが、このままでは仕事に支障をきたすことを考えて、これまであったことと一緒に、自分のモヤモヤを中井に吐き出すことにした。

 ある男と夏頃に知り合って、プレイする間柄になったこと。それは相手の都合による提案から始まって、それに付き合う形でプレイを承諾したこと。数週間に一度、性行為を伴わないプレイをしてきたこと。そのおかげで、ずっと調子が良かったこと。けれど三週間前に、合意の上で体の関係を持ってしまったこと。その相手から好きだと言われたこと。そしてそれ以来、なんとなく会えずにいること。

 相手が陶芸家・東雲蓮哉であることと、グレア不全症のこと以外は、ほとんど隠さずに中井に打ち明けた。

「……その人とは、そういう関係になるつもりなかったのに、つい盛り上がっちゃったというか。自分のSub欲を満たしたいって誘惑に負けたというか」
「でもそれ、もとは相手からの誘いだろ?」
「うん、まあ……」

 性的接触を含めたプレイの提案をしたのは蓮哉だ。けれど本番行為まで許可したのは綾春でもある。
 どちらが最後まで望んだのかと問われれば、どちらからも、と言える。

「けど、そういうことして……告白までされて……、どういう顔して会えばいいかわかんなくなった……」

 メッセージはたまに送られてくるのに返している。
 おはよう、おやすみのやりとりを毎日するほどではないけれど、「今週末は空いてる?」「ごめん、その日は予定が……」という流れから、季節の話、映画の話、ちょっとした日々の出来事といった他愛のないメッセージを数日おきくらいにぽつぽつ送りあって一週間が過ぎていく。
 アプリのトーク画面の中でなら、なんとか言葉を交わせているけれど、いざ会おうと思うと、いろいろな考えが頭をよぎって、臆病な自分から『待った』がかかるのだ。


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