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46. 答えが行方不明
しおりを挟む「っはは。お前、昔っから、そーいう可愛い一面があるよなぁ」
「揶揄うなよ……」
複雑な心境を吐露する綾春に、中井は軽口を叩く。馬鹿にしているわけではない彼の態度に、綾春は少しだけ肩の力を抜いた。
昔から、誰かに告白されると、その都度真剣に考えてきた。
相手は多かれ少なかれ勇気を出して想いを伝えてくれたのだから、こちらとしても精いっぱいの誠実さで返すのが礼儀だと考えているからだ。蓋を開けてみれば、軽いノリで告白しただけ、なんて人もいたけれど、たとえそうであっても綾春からはきちんと返事をするのが誠意だと思ってきた。
蓮哉の告白は、その場のノリという雰囲気ではなかった。真剣な想いをぶつけてくれたことは、ちゃんと理解している。
むしろ、だからこそ、こんなに頭がこんがらがってる。
「相手は俺のこと、好きなんだって。でも返事はいつでもいいって言われた」
「ふーん?」
「返事とは別に、プレイは続けてもいいし、それはそれで嬉しいんだって。俺がプレイ不足のときに自分を利用してくれて構わないとも言ってた」
「そりゃまた随分と我慢強い相手だな」
ははっ、と中井が重い空気を蹴飛ばすように笑う。
綾春が落ち込んでいるときに、中井はこうしていつもと変わらぬ態度で話を聞いてくれる。Subの性質ゆえか、一度メンタルが沈み始めると浮上しづらい綾春としては、彼のそういう面にいつも助けられるのだ。
「そんで、返事もせず、会いもせず……ってうちに、そんなになってる、と」
「こんなことで仕事に支障きたしてごめん。ほんと、情けないよな……」
綾春は頭を下げながら、手のひらに熱を奪われて温くなってきたカフェラテの缶をようやく開けた。一口飲むと、甘さがじんわりと広がる。
「相手が気にしないってんなら、いったん返事は保留にしてプレイしに行けば? そいつ、気にしないって言ってるんだろ。躊躇う気持ちはわかるけど、プレイ不足で体調崩してちゃ世話ねーだろ」
「う……ほんと、ごめん……」
中井の言うことはもっともだ。
体調管理を疎かにして周りに迷惑をかけるのは、社会人として愚かで恥ずべき行為だ。それは夏に起こしたサブドロップの一件でも、十分身に染みたはずだったのに。
「そいつと最後までしたの、後悔してんの?」
「……どうだろ」
「じゃあ、好きって言われて嫌だった?」
「……たぶん、嫌じゃない」
「つーかお前、そいつに会いたいのは会いたいんだろ?」
「…………」
そう。会いたいのは会いたいのだ。
でも、なんで会いたいのかがわからない。
……自分の気持ちに自信がない。
「そいつのこと、お前も好きなんだろ?」
「……わからない」
好きだ、とは思う。
でもその『好き』の理由がわからない。
「俺より高ランクのDomなんていないから、それで気になってるだけなのかもしれない……。だってさ、今までないくらいにSubとしての欲求が満たされたんだ。でもそれってつまり、体目当てで好きになったってことだろ……。そんなの、相手にも申し訳ないし、こんな自分が気持ち悪い」
今まで恋愛してきたDomはみんな、綾春よりランクが下だった。
高くてもB。そりゃそうだ。Aランクなんて滅多にいない。
プレイで多少満たされなくても、相手のことが好きで、恋愛として満たされていれば楽しかった。もう別れてきた相手だから未練なんてないけれど、付き合っているときはプレイは関係なく、ちゃんと相手を好きだったと思う。
じゃあ蓮哉については、どうだろう——。
そう真剣に考えてみて、好きかどうかなんて気持ちに自信が持てなかった。
頻繁に会うなかで彼自身に興味が湧いたし、為人を知るうちに恋しそうになっている自分に気づいてはいた。あの日だって、揺れ動く自分の気持ちに、まずいと思ったことを覚えている。
けど、その気持ち全部が「満たしてくれるプレイをしてくれる相手だから」という理由だとしたら……? それは、なんて不純な感情なのだろう。
プレイで満たされることなんて初めてだったから好きになったのだと。そう言われても、たぶん否定できない。
「一度最後までしたのがまずかったのか、最近抑えが効かないんだ。それで会いたいって思うのは、都合よくSub欲を発散させたいからじゃないのか? Subの俺は、淫乱で変態だから……ただ、満たしてほしいだけなのかもしれない」
ランクに見合わぬ高い欲望を満たしてくれる相手だから——。
たったそれだけのことで、相手のことが気になっているのではないだろうか。
SランクのDomならば、蓮哉じゃなくても同じ気持ちになるんじゃないか。
「好きって、なんだっけ……」
呟きが、冬の冷たい空気に溶けていく。
「プレイがよかったら好きだ、なんて酷いだろ。でも結局、俺ってそういうやつなんだよ。恋愛もプレイも同じ人がいいなんて言ってさ、結局は体がよければ誰だっていいんだ。同じがいいって、きっとそういう意味だったんだ……ほんと、自分に呆れる」
恋愛もプレイもセックスも同じ人がいいっていうのは、体の相性がよければ好きになるって意味だった。プレイの相性がよかったから好きになる——自分はそういう軽薄な人間なのだ。
「だめだ……頭ん中ずっとぐるぐるしてて、気持ち悪い……しんどい……」
中井に話せば気持ちが軽くなるかとも思っていたけれど、話したからこそ自分の気持ちに目が向いてくる。
プレイの相性が良かったから、相手のことが気になっているだけなのだと。そういう浅ましい感情で相手に期待して、好きなんて嬉しい言葉をかけられていい気になっている。
甘かったはずのカフェラテの味も、なんだかわからなくなってきた。
はぁ……と三度、重く息を吐く。手のひらはまた冷たくなってきて、視界もなんだか揺らいでいる。まだ半分以上残っているカフェラテの缶が、ひどく重い気さえする。
正常な判断ができていないのは明らかだけど、そうであると認める余裕もない。自分のことを自分の言葉で傷つけていることに自覚も無いままに、綾春は落ち込んで、へこんで、沈んでいく。そうして顔色を悪くしていく綾春に、中井はコーヒーを飲みながらなんてことないトーンで言った。
「お前の相手、東雲さんだろ」
ひゅう……と、二人の間を冷たい北風が吹いていく。
「え……なんで、知って……」
「まあ何となくな。あー、辻はわかってねーと思うけど」
だからそう警戒するな、と中井は笑った。
「そんで?」
「それで……?」
「仮に、お前が体の相性がよかったから相手を好きになったとしよう。それのどこが悪いんだ? 恋愛なんて、きれいな言葉並べて、きれいな面だけを見ていくもんじゃないだろ」
中井は、綾春が落としかけたカフェラテの缶を受け取りながら言った。
「俺はNormalだから、お前らみたいにダイナミクスを持ってるやつの気持ちはわからん。わからんが、お前らも俺も同じ人だってことはわかる。つまり、恋愛の仕方も同じはずだ」
まあ仕方ってほど形式ばったものじゃないけどな、と中井は言葉を続けた。
「体から始まるお付き合い? 大いに結構。恋愛なんて、誰もがきれいな始まり方をしてるわけじゃない。けどそれから本気になって、もっと相手を知って、それで結婚するやつだってごまんといる」
「それは……そうかもしれないけれど」
中井が言っていることを否定するつもりはない。
彼の言うように、体の付き合いから始まって本気で恋して、想い合って、添い遂げる者もいるだろう。それがごまんといるかはさておき、きっかけがきっかけなので大っぴらにする人がいないだけで、いるにはいるだろう。その人たちに軽薄だとか、愛がないだとか、不埒だとかを言う資格もない。
けど……自分もそうだろうか。
中井は二次性があってもなくても同じだと言ってくれているが、実際のところ欲望を満たしてくれる高ランクDomってだけで気になっていたら、それは理性的ではなく……おおよそ人間らしくない何かで突き動かされているだけなのでは? そういう考えがずっとずっと離れない。
「たださ。お前、東雲さんと一緒にいるの、楽しかったんだろ。ちょっと前までのお前、なんか毎日いい顔してたよ。それが答えなんじゃねーの?」
体の相性がいいから好きになったわけじゃないと思うけど、と中井は言った。
「……そう、かな」
「そうだよ」
だって夏頃から楽しそうだったからな、と中井はニッと笑う。
そう言われてみると、そうなのかもしれない。そんな気がしてくるから、中井の話は不思議だ。
「プレイとか抜きで、楽しかったんだろ?」
「…………うん、たぶん」
「んじゃ、簡単だ。お前のその感情は、体云々から来るもんじゃないよ」
——歪んだ視界が少しだけ晴れるような気がした。
「とにかく、いったん考えるのやめろ。お前、もう不安症でやばくなってるから、今考えてもろくな結論出ないぞ。東雲さんとのプレイはまだちょっとってことなら、考える前に公的機関でもいいからプレイしに行くか、それか病院行くかしろ」
ぺしっと、頭を叩かれた。友人の愛のある叱咤に目の奥が熱くなる。
「でも……他の人とプレイなんて、裏切ってないかな……」
「あーはいはい。ったく……お前さ、それも答えだってわかってる? 操を立てたいなんて。お前、東雲さんのこと、フツーに好きだから安心しろ。んで、まずは病院行け。早退でいいから今すぐに」
スマートウォッチを見れば、ミーティングを中断してからそろそろ一時間が経とうとしていた。
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