【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

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62. 夜の海と空 *

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 ラウンジでコーヒーを楽しんだあと、二人はヴィラに帰ってきた。

 ホテルステイを売りにしているヴィラでの滞在は、じつに快適でラグジュアリーだ。
 梅雨前の季節は、本来なら泳ぐには早い季節だけれど、ヴィラにあるプライベートプールは夏場以外は温水プールとなっていて、外気温が気にならなければ冬だって泳ぐことができる。今の時期なら、そう肌寒い季節でもないから、綾春たちは夕食までの時間をプールで泳いだり、ジャグジーに入ったり、部屋のミニバーにあるコンプリメンタリーのクラフトビールを飲んだりして、のんびりと過ごした。

 レセプション棟にラウンジはあるが、レストランは併設されていないため、夕食はルームサービスを頼んだ。高級感溢れるレストランでのディナーも悪くないが、ヴィラの中でたった二人、周囲を気にせずにディナーを楽しむのもいい。
 ワインも一本オーダーして、食事を楽しみながら二人で空けた。

「綾春」
「んー?」

 食事も終えて、空になった食器をキッチンの流し台へ移動していたときだった。
 ダイニングテーブルを拭いていると、リビングスペースの大きなソファで寛いでいる蓮哉が綾春を呼んだ。

「誘ってくれてありがとう。ホテルもいいところだし、自分の作品が誰かに使ってもらえてるって実感できたのは、すごく嬉しかったよ」
「うん。どういたしまして」

 礼を言われて、良かったと思った。
 彼はラウンジでも話をしてくれたけれど、言葉として感謝を述べられると、連れてきて良かったなと改めて思う。恋人が幸せな姿を見られるのは、この上なく幸せなことだ。

 蓮哉を好きだという想いがとめどなく溢れてくる。
 彼の真っ直ぐな双眸も、ほどよく鍛えられている体も、穏やかな性格とその中に潜む苛烈な独占欲も。「綾春」と名前を呼ぶ声も、大好きだ。好きで、好きで、たまらない。

「ねえ、蓮哉さん…………しよう?」

 そう誘えば、彼は薄く笑った。
 色気を帯びた表情に、とくとくと心臓が忙しなくなる。

「急なお誘いだなぁ」
「そうかな。むしろ今かなって思った」

 この溢れる想いを、どうか捕まえてほしい。波間に溶ける前に、一粒残らず全部。

「それに……ラウンジでのやつ、まだお仕置きしてもらってないし」
「ははっ。もしかしてずっと期待してた?」
「ん……ちょっと、だけ」

 夕食のルームサービスが届けられたあと、ヴィラを訪れるスタッフはいない。
 エントランスのドアには『Don’t Disturb』のプレートを下げておいたので、緊急時でない限り、たとえスタッフであろうと人が入ってくることはない。

 加えて言うと、ここはヴィラだ。
 隣のヴィラとの間には美しい植栽もあるし、そもそもビルディングタイプの建物内にある客室とは異なり、戸建の一棟一棟が客室になっている。プライバシー性が高いのがヴィラのいいところだろう。

 つまり、懸念すべき事項はなにもない。

「悪い子だな」

 蓮哉は、悪辣めいた笑みを浮かべた。

Comeおいで、綾春」

 甘くて重いグレアとともに放たれた、二人のプレイが始まるコマンド。
 その一瞬で腰が砕けそうになって、綾春は思わずバランスを崩しかけた。それを何とか耐えて、蓮哉に問う。

「……ベッドじゃないの?」
「まあね。ほら、おいで」

 どうやら、少なくとも今はベッドルームへ移動する気はないらしい。
 くくっと笑いながら、両手を広げてソファで待つ蓮哉に綾春は近づいていた。

 リビングスペースは大きな窓があり、その窓を開ければすぐにテラスに出られる。ロールカーテンを下げることもできるが、広がる景色が綺麗だから、陽が落ちてからも薄いカーテン一枚下げることはなかった。——まさかその選択をのちのち後悔することになるなんて、考えもしなかった。

 広げられた両手へ収まるようにして、綾春は蓮哉に近づき、抱き締め返す。
 長身の蓮哉の後頭部を見るのは、こういうときや寝ているとき。あとは、プレイやセックスでそういう体勢になったとき。

 Subの綾春としては、プレイのときはやはり彼に見下ろされるほうが好きだけれど、恋人としては彼の頭を抱えるようにして抱きつくのも、最近は悪い気はしない。
 愛おしいものを胸の中へ抱きかかえる喜びを知ってしまったのだ。

 そんなことをつらつらと考えながら愛しい男に抱きついていると、次のコマンドが耳に届く。

Strip服を脱いで。上も下も、全部な」
「…………え」

 思わず体を離して、視線の下にある蓮哉の顔を見つめた。

 ——ここで?

 そう訊ねようとして、言葉を飲み込んだ。
 黒曜石みたいな瞳が有無を言わさない光をもって、綾春を見つめている。

「綾春、聞こえたよな? 嫌ならどうするかは覚えているだろ? Strip服を脱げ

 言うことに逆らうのなら、セーフワードを言うしかないと暗に示される。
 綾春がこのくらいのことでセーフワードを使わないと知っているくせに。

(カーテン、下げておくんだった)

 なんて思いながらも、体は徐々に熱を帯び始めている。
 これから始まるプレイに、本能が期待しているのを感じた。

「……っ」

 ごくっと唾を飲み込んでから、綾春は着ているものに手をかけた。
 ラウンジから帰ってきてからはヴィラから出るつもりはなく、ルームサービスのスタッフの応対をするくらいしか人と会う予定もなかったので、いま着ているのは持ってきた部屋着だ。薄手の長袖パーカーに、中は薄手の半袖Tシャツ。下はスウェットパンツを履いている。

(バスローブじゃなかっただけ、よかった……のか?)

 いや、身に纏うのが一枚だろうが複数枚だろうが、結果は同じだ。蓮哉からのコマンドは〈Strip〉。自分を躾け、愛し、満たしてくれる唯一のDomからの甘い命令に従いたくてたまらないのだから、肌を晒す以外の選択肢はありえない。

 綾春はふぅと息を吐いて覚悟を決めてから、まずはパーカーを脱いだ。それからTシャツも続けて脱ぎ去る。露わになった胸元に視線が注がれるのを感じながら、今度はいそいそとスウェットパンツも脱いでいく。

 ここまでは、まだいい。ボクサーパンツ一枚とはいえ、本当に見えてはいけないところは隠されている。けれど、あと一枚を脱げば……一糸纏わぬ姿になる。

 綾春は、ちらりと窓のほうを見た。
 大きな窓だ。部屋の中にいても絶景を見せてくれる、開放感あふれる窓。

 今は陽も落ちて、テラスに設置された屋外照明がプールや植栽を照らしているだけだけど、ラウンジ同様にオープンエアな造りは遠くまで見晴らせる。リゾートヴィラにはもってこいだけれど、ここで……服を脱ぐのかと。

「あーや。綾春」

 催促するように名前を呼ばれ、綾春は意を決して、目を瞑りながらボクサーパンツを一気に下ろした。ふるりと飛び出た性器は、もう勃ち上がり始めていた。

「いいね。でも、ご褒美はまだだ。そのままCornerあっち向いて。壁じゃなくて、窓のほうな。そこで立って」
「あ……えっ、窓?」

 思わず、戸惑いの声が漏れた。

「そう、窓。できない? でもこれはお仕置きだから、ちゃんとやらなきゃ。最後まできちんとできたら、ご褒美をあげるよ」

 お仕置き。
 そうだ……あのラウンジで、綾春は少しだけ蓮哉の機嫌を損ねてしまった。そのお仕置きをしてもらいたかった。

 蓮哉はそのお仕置きとして、リビングスペースに面している大きな窓に向かって立ってと言っている。カーテンのかかっていない窓の前で——全裸の綾春に、恥ずかしい思いをさせるために。

「あや。やって」

 意地悪な笑みとともに、蓮哉のグレアが増す。それだけで頭はとろりと溶けた。

「でき、る……」

 微かに残る綾春の理性が僅かに躊躇いを見せたものの、本能は素直に蓮哉の言葉に従った。
 お仕置きをされたい。躾けられたい。きちんと従うことができたら、褒められたい。

 一糸纏わぬ姿のまま、窓際まで近づき、リビングを背にして立つ。窓ガラスには室内が反射して映っているから、綾春の姿ももちろん映っていた。全裸で、情欲にまみれた顔をした、自分の姿だ。

「ぁ、恥ずかし……」
「お仕置きだからな」

 照明に照らされた美しいテラスの向こうに、真っ暗な海と空が広がっている。そんな窓の前に立たされていた。

 もちろんヴィラはテラスや内部が人の目に触れないよう、周囲の立地なども設計されて造られている。なので、窓辺に全裸で立とうが、テラスに出ようが——プールもジャグジーも水着の着用を求められてはいるが——誰の目につくことはない。でも、もし万が一……そんな考えが頭によぎってしまうのは仕方がない。

「しばらくそこでStay動くな。そのまま、話をしようか」

 蓮哉はまだ、座ったままだ。
 じりじりと全身を焦がすような視線を背中に浴びながら、綾春は自然と呼吸を浅くして、じっと窓の前に立ち尽くしていた。

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