【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

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63. 欲しかったもの *

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 あのとき、蓮哉の機嫌を損ねることになったきっかけは、本当に些細なことだ。
 女性スタッフに微笑みかけたとか、そういう類いの。

「あのラウンジのスタッフ、綾春のこと見てたよな」
「……そう、かな」
「気づかなかった? カウンターへ戻ったあともチラチラ見てた」
「客相手に親切にしたり気を配るのは、スタッフとしては普通だって……。それに彼女が見てるのは、俺だけじゃなかったし」
「ふーん? どうかなぁ」

 蓮哉が話し始めたのは、やはりティータイムに訪れたラウンジでのこと。
 オーダーを取りに来てくれた女性スタッフに微笑みかけたのが、蓮哉の気に障ったらしい。気に障ったというか、平たく言えば嫉妬だ。
 彼もあのとき「俺以外に笑顔を向けた」と、不機嫌な視線を寄越した。

「……もしかしたら彼女、きみに気があるのかもしれないな」
「そんなこと——」
「ない? でも、綾春が笑顔を向けたら、みんな、きみを好きになるよ。綾春はルックスもスタイルも性格もいいからな。彼女だって、ああやって微笑まれたら勘違いするんじゃないか?」
「っ……。そう、だとしても、俺は、蓮哉さんだけだから……」

 仮に、だ。
 蓮哉の言うように、ラウンジの彼女が綾春に気があるとしよう。だとして、綾春があの女性に靡くことなど万が一にもない。そもそも彼女はおそらくNormalだ。一般的に見て可愛らしい雰囲気の人ではあったが、特に綾春のタイプというわけでもない。

 それにもし、彼女がDomで、好みのタイプだったとしても、綾春には蓮哉がいる。自分が愛しているのは蓮哉であって、他にいない。

 そういう話は、過去にも何度かした。
 なのに、蓮哉は嫉妬をする。嫉妬して、拗ねた態度をする。

「俺が嫉妬したのが嬉しかった?」
「う……うん」
「どうして?」
「だ、だって……蓮哉さんが俺のこと、すごく好きでいてくれるって思えて、嬉しかった」

 そうなのだ。この手のやりとりは今までも何度かしているのだけれど、綾春は決して面倒だとも鬱陶しいとも思ったことはない。むしろ、嫉妬されるたびに嬉しくなってしまう。
 綾春が誰かに優しくしたり、親切にしたり、人当たりよく接していると、蓮哉が面白くないといった表情で見てきたり、複雑だとか何とか言ったり、わざとらしく小さなため息をついたりする。それは綾春のことを心の底から愛してくれている証のようで、悪い気はしない。……いや、相当に幸福を感じる。

 蓮哉だっていい歳をした大人なので、さすがに二人で外に出るたびに拗ねた態度をとるわけではない。彼はふと、思い出したかのようにそういう行動をとるのだ。
 その『たまに』をされるのが、綾春は好きで仕方がなかった。愛情をたっぷりと感じられるし、そのあとに必ず行われるお仕置きにだって期待してしまうから。

 蓮哉が時折、わざと不機嫌な振る舞いをして、それを綾春が喜んでいる。
 これは——そういう二人の、不埒な遊びだ。
 そして、蓮哉が綾春の心までをも支配していると知らしめるための儀式だ。
 この不毛で不埒なやりとりをわかりあうのも、分かち合うのも、二人だけ。二人だけのプレイ。二人だけの愛情の確認行為。

「嫉妬させたくて、あんな笑顔向けたんじゃないのか?」
「ち、違うって! あんなの、外向けのただの笑顔だって蓮哉さんも知ってるだろ……。それに、店の人へのあたりがキツいやつなんて、ろくでもないよ。俺がそんなやつだったら、蓮哉さんも嫌だと思う……」
「まあ、そうだな。礼儀正しくて明るい綾春が、俺も好きだよ」

 くつくつと笑う声が背後でする。
 彼は、綾春が必死で弁明しているのを愉しんでいるのだ。

「それから、『今はもう』って言ってたけど、過去の恋人やパートナーと比べて俺はどう? 足りないところはない?」
「……え。ぁ……ぅ、ッ」
「俺と会う前の……忘れられない人はいる?」

 放たれるグレアが増えて、綾春は体を震わせた。
 まるで背中にナイフを突き付けられているような、冷たいグレア。お遊びの嫉妬プレイの様相が、本気のお仕置きに変わったことを綾春は感じ取った。

 蓮哉のグレアは通常、パートナーの綾春にとって心地が良く、快感を引き上げるものだ。重くて、甘くて、あたたかくて……綾春のすべてを蕩かしてくれる、愛しいもの。
 けれど、蓮哉が本気で苛立ったときのお仕置きに使われるグレアは、いつもと少しだけ雰囲気が違う。きちんと綾春を躾けてやろうという、威圧的な雰囲気を僅かに滲ませる。そのヒヤリとした冷たさに体が竦む。なのに、この状況を愛しいとも思う。
 Subの体と本能は、矛盾だらけだ。

 それにしても——まさか、蓮哉が過去にまで嫉妬するなんて。

 たしかにあれは失言だったけれど、ここまで蓮哉が本気で苛立っているとは思ってなかった。

「そんなの……! 蓮哉さんのことが一番だよ。今までも、これからも。俺にとって蓮哉さんは特別なんだ。それは蓮哉さんだって知ってるだろ……」
「でも、俺が初めてではないよな?」

 またグレアが重くなる。

「ぁ、う……た、たしかに、今まで、蓮哉さん以外の人と付き合ったことはあるけどっ。でも、その人たちのことは、本当に何とも思ってないよ。連絡先だって、知らない……! そんなの、比べるまでもないのに……っ、ぁ……」

 誰とも付き合ったことがないと、でまかせを言うのは簡単だ。でも蓮哉には、恋仲になる前にそれまで恋愛やプレイパートナー関係が上手くいかない悩みを告白しているし、かつてのパートナーとのプレイの不一致も話をしている。
 なにより、蓮哉に嘘をつきたくない。

 だから、正直な心のうちを伝えることでしか、信頼を返せない。

「綾春、俺が怒ってるの、わかる?」

 珍しく苛立たしげな様子が収まらない蓮哉に頷く。

「……ごめん、言い方が悪かったです。ごめんなさい。蓮哉さんを嫌な気分にさせて、ごめんなさい……っ。俺が好きなのは、蓮哉さんだけだから……大好きだから、っ。ずっと、ずっと好きだから……!」

 綾春は、誠意をこめて謝罪の言葉を口にした。

 過去にあったことは変えられないけれど、今この瞬間、蓮哉のことをどれほど思っているかは伝えられる。

「はぁ……っ、は……蓮哉さ、ん」

 冷たいグレアが苦しい。
 蓮哉のグレアはどんなものでも大好きだけれど、長い時間晒されると、気持ち良さよりも不安が押し上げてきてしまう。息苦しさを僅かに覚え、綾春は眉を顰めた。

「もうこれ、嫌だ。蓮哉さんの顔が見たい……お願い。お願いだから……優しいコマンドが、欲しいです……」
「綾春……」

 後半は涙声になっていたかもしれない。
 お仕置きされるのは嬉しいけれど、愛した相手と離れていることが耐えられなくなってしまった。今すぐ蓮哉の顔が見たい。触れたい。だから、どうか——。

「……ちょっと苛めすぎたか。ごめんな。お仕置きは終わりにしよう。Comeこっちにおいで

 放たれたコマンドにふっと肩の力が抜けた。綾春は安堵して、大きな窓から離れて蓮哉へと近づく。

Kneel足元でお座り

 すっ、と彼の足元に座った。
 太ももに頭を預けて、蓮哉を見上げれば、造形のきれいな手が降りてきて、綾春の髪を優しく梳いてくれる。

Goodいい子。綾春、可愛いな」
「ん……もっと、撫でて。お願い」

 男の手の感覚に、うっとりとしながら蓮哉を見つめた。
 彼は、綾春を愛おしむように頭を撫でながら口を開く。

「——本当は、誰にも見せないように一生閉じ込めておきたいくらいなんだ。でも、仕事を楽しんで、頑張ってる綾春も好きだ。綺麗なものを作って、心地の良い空間を作って、他人ひとのことを思う綾春はかっこいいし、美しいと思う。そんなきみだから、俺を救ってくれたんだと思う。綾春を閉じ込たら、きみが手掛ける綺麗なものがこの世からなくなる。見れなくなる。それは、俺も寂しい。……だから、閉じ込めるのは我慢してる」
「うん……。蓮哉さん、ありがとう」

 付き合い始めて気づいたけれど、蓮哉は独占欲がかなり強い。
 閉じ込めたい、離したくないという言葉をこれまでも、たくさん聞いた。

「ごめんな。全部、俺の醜い嫉妬だよ。綾春が見ている世界は綺麗で、そこに少し前までは俺がいなかったことに、どうしようもない憤りを覚えた。過去は、変えられないのにな」

 過去にまで嫉妬するなんて、本当にどうしようもないと思うけど。
 でも、綾春はそうやって縛りつけてくれる彼が好きだから。

「ううん……いいんだ。蓮哉さんになら、何されたっていい……。だから、過去の俺を叱って、今の俺を躾けて、これからもずっと愛してよ。変えられない過去だって、蓮哉さんに支配してもらいたい」
「ああ、もちろん。——綾春は、俺だけのSub。俺だけのものだ」

 身を屈めた蓮哉に伸び上がるようにして、唇を重ねる。上から押し潰されそうなキスは、唇から口内を通して蓮哉を流し込まれているような錯覚に陥って、ひどく気持ちがいい。

「ん……は、ぁ……んっ」
「はぁ……あやはる、っ……」

 息つく間もないキスは、思考も体も溶かしていく。
 座っているのにもかかわらず、貪られるようなキスに腰が抜けそうになった頃、二人の唇は惜しむように離れた。

「ベッドへ行こうか」

 綾春が目だけで頷けば、逞しい腕で体を掬い上げられる。キスの余韻に浸っているうちに、綾春は蓮哉とともにベッドルームの大きなベッドへと沈んだ。

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