【完結】欲張りSubは欠陥Domに跪く

秋良

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番外編

やさしい味と安らぎの声 02

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「お待たせ」

 ベッドボードにもたれながらペットボトルの残りを飲んでいると、木のトレーに白い深皿を乗せた蓮哉が戻ってきた。

「ベッドで食べる? それともソファで?」
「ん、そっちで食べる。ベッドに零したら嫌だし。布団洗う体力ないしさ」
「食べさせようか?」
「あはは、いいよ。ちゃんと自分で食べられるって」

 水分をとったからか、それとも少しは睡眠をとれたからか、軽口を叩けるくらいには、だいぶ頭が回ってきた。
 いつもはダイニングキッチンに置いてある小さなダイニングテーブルで食事をするのだけれど、今日はさすがにそこまで行く体力がない。ソファの前に置いてあるカフェテーブルに置いてもらって、ソファを背もたれにして食べることにした。

 いそいそとベッドから這い出て、蓮哉が用意してくれた皿の前に座る。
 ふわふわと温かな白い湯気が出ていて、優しい卵の黄色と、その上に乗る三つ葉の緑がなんとも食欲をそそる光景だ。人に作ってもらったご飯はどうしてこうも美味しそうに見えるのだろう。

「いただきます」

 蓮哉が用意してくれたのは、綾春が想像していたとおりお粥だった。
 冷凍したご飯はあった気がするが、卵と三つ葉はなかったはずなので、蓮哉が自宅から持ってきたか、ここに来るまでの間に買ってきてくれたのかもしれない。壁にかかった時計を見れば、時刻はもう夜の十時を回っていた。

「夜遅いのに、来てくれたんだ。迷惑かけてごめん」

 レンゲで粥を掬って、ふぅーふぅーと吹き冷ましながら、綾春は蓮哉に詫びた。彼の自宅は数十分で来れるような距離ではない。それでも来てくれたことに、嬉しさと申し訳なさが綯い交ぜになる。

「迷惑なんかじゃないよ」
「ん。……じゃあ、心配かけてごめん」
「それは本当にな。でもいいよ。元気になってくれれば、それでいい」
「……ありがと」

 隣に座って微笑む蓮哉からのたしかな愛情を感じながら、たまご粥を一口食べる。あたたかく、優しい味が広がっていった。

「なんか、安心する」

 綾春は、蓮哉の手料理が好きだ。
 初めて食べたのは、腹を殴られて入院した翌日。あの煮込みうどんも美味しかった。

 蓮哉は「一人暮らしだからそれなりに」と言っているが、綾春から見ると料理の腕前は良いほうだと思う。一流料理人というほどではないし、そこらへんの主婦のほうがよっぽどレパートリーは多いかもしれないけれど、綾春よりもいろんなものが作れるし、そのどれもが美味しい。
 元々器が好きだったこともあり、少しずつ料理を覚えるようになったというのを、以前、何気ない会話の流れで聞いたことがある。

 綾春も仕事が仕事なので、器は好きだ。蓮哉のように自分で作れたりはしないけれど、自宅にある食器も男の一人暮らしにしては物が揃っているほうだし、気に入ったものを集めたい気持ちも強い。ただ、その器に乗せる食事となると、蓮哉ほどは多くのものは作れない。盛り付けにはこだわりたい派だけれど、料理自体は切って、炒めて、焼いてがせいぜい。味付けだって一辺倒になりがちだ。
 蓮哉の料理の腕前は、器や一人暮らしといった理由だけでなく、凝り性で職人気質な面を持つ蓮哉の性格が表れているのだと綾春は思っていた。

「美味しい? 味、薄くなかったか?」
「んーん、ちょうどいい。たぶん熱あるし、味覚がしっかりしてるかわかんないけど、すごく美味しいよ」
「そ? まあでも、食欲がありそうでよかった」

 一口一口、噛み締めながら、綾春はたまご粥を完食した。
 ご馳走さまと告げれば、蓮哉は安堵の表情を浮かべる。

「それで足りたか?」
「うん、十分。昼抜いてたからかなぁ。お腹空いてたみたい」
「抜いたって……綾春、きみなぁ……」
「ごめんごめん。でもほんと、今日は忙しくて時間なかったんだよ」

 呆れながら、蓮哉はため息をついた。それに綾春は苦い顔をする。
 綾春だって抜きたくて抜いたわけではないのだけれど……とにかく今日は忙しかったのだ。結果的に夕方にはへろへろになって、中井に怒られたのだから世話がないのだが。

「今日だけじゃなくて、これまでも何度か飯抜いてるだろ」
「う……バレた……?」
「少し痩せたみたいだしな」

 そう言って、蓮哉は綾春の頬をそっと撫でた。
 ここ最近体重計に乗っていないので痩せたかはわからないが、そういえば鏡を見るたびに少し頬がシャープになったかな、なんて思っていた。深刻にならないまでもプレイ不足ではあったので、それの影響かなとも考えていたのだけれど……蓮哉の言うとおり、少し体重を落としているのかもしれない。

「……蓮哉さんの手、安心する」

 そっと、蓮哉の手に擦り寄るようにして目を閉じた。
 発熱しているからか、いつも暖かいと感じる蓮哉の手が、ぬるく感じる。けれど、いつものように綾春が好きな、心地の良い大きな手だ。

「まだ熱が高いな……。腹にものも入ったことだし、薬も飲んでおけよ」
「うん。ありがと」

 離れていく手が名残惜しみつつ、綾春は大人しく蓮哉に渡された薬を手に取った。
 体温も測れと言われて、薬を水で煽ったあとに体温計を左脇へとさしこむ。綾春が満腹と発熱でぼーっとソファに座っている間に、蓮哉は皿を片付けてくれた。そして、ちょうど戻ってきた頃。

 ——ピピッ。

 体温計の音が鳴る。それを綾春が確認しようとする前に、蓮哉が搔っ攫っていってしまった。まったくもって、過保護な恋人だ。

「……三十八度六分。立派な風邪だな」
「ははは……」
「明日も明後日もいるから。熱が引かなかったら病院にも連れていくし」
「うん。……ふふっ」

 甲斐甲斐しく世話をする蓮哉に、綾春は小さく笑った。

「どうした?」
「んーん。ちょっと嬉しくて」

 今日が金曜日で良かった、としみじみと思う。
 いつもなら金曜日の夜に蓮哉が迎えに来てくれて、そのまま週末は葉山で過ごすことが多い。だが今日に関しては、仕事が遅くなる可能性もあったので、蓮哉の迎えは明日土曜の昼にお願いしていたのだ。まあ、こうして金曜日の夜に蓮哉に来てもらうことになってしまったのだけれど。

「蓮哉さんに会えるのは明日だと思ってたから、風邪ひいてよかったかも」
「はぁ……。馬鹿言ってないで、ちゃんと寝ろ」
「はーい」

 簡単に歯を磨いて、綾春は再びベッドへと潜り込んだ。
 お粥を食べて体が温まったのか、それとも薬が効いてきたのか、頭がぼんやりとしてくる。けれど、綾春はまだ眠りたくなくて、布団から手を出して蓮哉の服の裾を握った。

「ねぇ蓮哉さん。……ちょっとだけ、コマンドくれない?」

 怒られるだろうか、と思いながらも綾春は上目遣いで蓮哉を見上げる。
 予想通り、蓮哉は渋い顔をして綾春を見ていたけれど、綾春は熱で潤んだ瞳を向け続けていた。

「綾春……」
「だって、プレイも足りないから。蓮哉さんも、きつくない?」

 綾春がプレイ不足ということは、パートナーである蓮哉もプレイ不足なはずなのだ。
 誕生日に貰ったバングル型のカラーは、今も左手首に嵌めてある。だから、綾春の不安症はそれほど酷くなっていない。この三週間も、手首に嵌ったカラーをたびたび見ることで、落ちそうになる気持ちを何度も浮上させてきた。Subの綾春はそれでいい。どうにかなっている。

 でも、蓮哉はどうだろう。
 DomにはSubのような不安症はないけれど、プレイ不足からくる体調やメンタルの変化はあるのだ。不眠だったり、飢餓感だったり、凶暴性に歯止めが効きにくかったり。蓮哉は長い間、グレア不全症を抱えていたこともあって我慢には慣れている、とは聞いているけれど。
 でも、寛解したからこそ、我慢なんかせずに好きなだけプレイを楽しんでほしい、と綾春は思っている。

「軽いやつを、ちょっとだけでいいから。お願い」

 いくら熱があっても退かないぞ、という意志をこめて言った。
 と、蓮哉はうぅんと唸って。それから諦めたような声とともに、綾春の手を握り返した。

「……セックスはしないからな」
「それは、うん。俺もそこまで体力ないし」

 そりゃ、風邪なんか引かなければセックスだってしたかった。
 でも綾春だって、この体調じゃさすがに無理だ。今だって、熱でぼーっとしている。

「……わかったよ。綾春、まずはStayそのままで」
「ん……」

 すぐに降ってきたコマンドに、綾春の体がわずかに跳ねた。
 ベッドに横たわっている状態でのStayなんて、大した命令にはならない。けれど、グレアを混ぜたコマンドで言われれば、Subの体は素直に反応する。従うよろこびに細胞が打ち震える。

「グレア、きつくないか?」
「だいじょぶ。気持ちいいくらい」
「もう少し強くする?」
「うん。もうちょい強めの、欲しい」

 蓮哉のグレアは、一般的に見れば相当に強い。
 けれど、綾春にとってはどんなに強くされても心地の良いグレアでしかない。そこに甘さを帯びたコマンドがのれば、なおのこと。

 熱があるからか、それとも連日の仕事疲れのためか、少し舌足らずになりながら甘える綾春に、蓮哉は眦を緩めた。
 いつもスマートな立ち振る舞いで、明るく、嫌味のないイケメン。男女ともに人気があり、仕事も私生活も順風満帆な、まさに『デキる』Sub。憧憬の目が多々向けられるきれいな男を、骨の髄まで甘やかせる喜びを、蓮哉は噛み締めていた。

「こっち見れるか? きつくなければLook見て
「うん、だいじょぶ。ふふっ……蓮哉さんだ」

 瞳に収めた恋人の名を、綾春は嬉しそうに呼んだ。

Goodいいね。今の気分は? Say言ってみて

 蓮哉は優しい声色で、優しいコマンドを綾春に与え、従わせていく。

「ふわふわしてて、気持ちいい」
「熱もあるしな。気持ち悪くなってないか?」
「うん。……やっぱ、蓮哉さんのコマンドとグレアは心地いいよ。俺の、好きな感じ。ずっと欲しい……」

 いくらでもあげるよ、と微笑む蓮哉に綾春は満足そうに目を閉じた。
 心地よさと安心感もあって、徐々に眠気が強くなる。

 Sleepもう寝な。ゆっくりおやすみ、綾春」
「ん。……おやすみ、蓮哉さん。明日、また話をしたいな……」
「ああ、約束な」

 早く元気になって、もっと蓮哉のことを堪能したい。
 それは蓮哉だって、そうだろう。綾春も、自分のことを堪能してもらいたい。

「ありがとう、蓮哉さん」

 頬に降り落ちる唇の感覚に睫毛を揺らし、溢れるほどのあたたかな愛情に包まれながら、綾春はゆっくりと夢の中へと誘われていった。



 『やさしい味と安らぎの声』 End.


ー・ー・ー・ー

(あとがき)

最後までお読みいただきありがとうございます。
看病ネタ、書きたかったのでつい。
本編で殴られてつらい目に遭わせてるのに、ごめんな綾春…。


また新作を投稿したいのですが、なかなか執筆が終わらず。
何か投稿し始めたら、そのときはお付き合いいただけると嬉しいです。

それでは、また。
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