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番外編
熱帯夜は熱く、長く 01
しおりを挟む(2024.8.3 前書き)
足を運んでいただき、ありがとうございます。
前回の番外編から少し時間が空きましたが、夏の番外編を書きました。
喧嘩ネタ(最後にはちゃんと仲直り)で、元カレ話がちょろっと出てきますので、地雷の方はご注意ください。えっちとプレイはハードめ(?)にお送りしております。
よろしければ、真夏の夜のお供にぜひ。
・ーー・ーー・ーー・
「いやさ、俺だって少し配慮に欠けてたかなとは思うけど。でも仕事だよ? しかも、相手はお得意様。いきなり帰るなんて失礼な真似できないだろ」
ぐいっと白ワインを煽った綾春は、勢いそのままにガーリックトーストに手を伸ばして噛みちぎった。
いつもは、酒も料理も目で舌でと味わいながら、ゆったりと食事の時間を楽しむタイプなのに、今は真逆とは言わないまでも随分と余裕のない態度だ。
それなりの値段の白ワインをボトルからグラスへ豪快に注いだと思えば、水のごとく飲み干していく。
昼間の陽射しは厳しく、その陽が落ちても二十五度を下回らない熱帯夜には、たしかにしっかり冷えた辛口の白ワインはよく合うけれど。ヤケ酒そのものという様子に、綾春と酒の席をともにしている男——中井は苦笑しながら答えた。
「まあまあ、落ち着けって」
「いいやっ、落ち着いてられないね! 中井はどっちの味方なんだよ?」
管を巻く綾春に「あーあ、荒れてるなぁ」と小さく笑う。
今夜、同じインテリアデザイン会社で働く中井と綾春の二人が、オフィスから少し足を運んだ表参道の路地裏にあるイタリアンで夕食をとっているのは、中井が綾春を誘ったからだ。
週の終わりの金曜日。
いつもの夜なら綾春のところには、彼の恋人でありD/Sパートナーでもある東雲蓮哉が甲斐甲斐しく迎えに来て、その車に乗り込む時間だ。しかし、今日は蓮哉に用事があるとかで会うのは明日の夕方なのだと言っていた綾春を中井が急遽、飲みに誘ったのだった。
給料日までは日のある月前半の金曜とはいえ、いつもなら予約なしでは入れない行きつけの店に直前の電話だけで入れたのは、二人とも残業をしていて夜九時近くになっていたのと、ちょうど前の客が帰ったところでタイミングが良かったからだろう。
表参道の裏路地にある隠れ家風のイタリアンは、二人とも気に入っている。現地風に言うのなら、リストランテやトラットリアというよりは大衆食堂や居酒屋を意味するタベルナに店の雰囲気が近く、肩肘張らずに過ごせる良い店だ。
「それで、なんだっけ? 相手の名前」
タコとブロッコリーのガーリック炒めを口に放りながら、中井は訊ねた。
「須藤。須藤直樹」
「そうそう、須藤さんな。その須藤さんこと元カレくんに東雲さんが嫉妬して、大喧嘩になったって? いやー、愛されてるねぇ、お前」
「なんだよー、俺は真剣に話してるのに」
拗ねた様子で綾春は、手にしていた残りのガーリックトーストを頬張る。
綾春が荒れているのは、先日蓮哉と喧嘩をしたからだ。
原因は今しがた中井に話していたとおり、ちょっとした痴情のもつれ。
もう少し具体的に話すのなら、仕事の取引先と行った会食の場に綾春の元カレがいて、それを不満に思った蓮哉との間で痴話喧嘩になったのだ。
「俺だって、別に好きで会いに行ったわけじゃないし、なんだったらその場で二人きりってわけじゃないんだからな? こっちだって織田さんと辻がいたし、向こうだって須藤のほかに二人いたんだから」
「お前が意図せず、元カレと二人きりになったとかは?」
「ないない。相手がDomだってわかってて不用意な真似はしないよ。そもそも、もう終わった関係だしさ」
蓮哉と綾春が言い合いになってしまったのは、綾春が大学時代に付き合っていた同い年の男、須藤に関係はするのだが、別に疚しいことをしたわけじゃない。
今週の前半——火曜の夜に行われた会食で「久しぶり」と互いに言葉を交わしたけれど、それだけだ。
その場の二次性保有者は綾春と須藤の二人だけで、過去に恋人関係でもあった相手ではあったけれど、だからと言って浮気に発展したわけじゃない。なんなら不埒な雰囲気にすらなっていない。本当に、純粋にビジネスとしての会食の席。こちらからすれば大切な取引相手であって、それは相手からしても同じだろう。
だから、綾春は会食から帰ってきた夜、特に気にもせずに蓮哉に電話をかけたのだ。
平日のやりとりはメッセージアプリと電話が大体半々ずつ。いや、メッセージアプリのほうが多少多いかもしれない。互いに仕事もあるし、いい大人なので電話が良ければ電話を、メッセージアプリが良ければそちらを……という具合だ。
その夜、綾春は酒が入っていたのもあって、気分も少し高揚していた。それで恋人の声が聴きたくなって、彼へとコールした。
おそらく、そこまでは良かったのだ。
会食に行くことは事前に蓮哉にも伝えていたし、時間が合えば遅くても帰宅後にメッセージなり電話なりをしたいとは思っていた。その前の週末で翌週の予定をなんとは無しに話したときのやりとりだと、それは相手も同じだったようだったから綾春は少し夜遅くはあったが、蓮哉に電話をしたのだ。出なければ出ないでメッセージを送るつもりで蓮哉の名前をタップすると、彼は「おかえり。飲みすぎてないか?」と電話に出てくれた。
綾春は、そこでさらに気分が良くなって、会食のお店が美味しかったことや、社外秘の情報は言えないけれど仕事が上手くいきそうなこと、週の半分を過ぎて週末が待ち遠しいことなど楽しく話をしていた。
そこまでは、本当に微塵ほどの険悪さもなかった。けれど——。
「お前が余計なこと言わなけりゃ、東雲さんも要らん気持ちにならずに済んだんじゃないのか? 元カレがいましたーなんて、わざわざ言わんでもいいのに」
「後ろ暗いことがあるわけじゃないのに、隠し事するほうが良くないだろ」
「まあ、そりゃそうだが」
お前は真面目というか、馬鹿正直というか……と、中井が苦笑しながら言う。
「俺は東雲さんの気持ち、少しわかるよ」
「ええー……」
てっきり飲みに誘ってくれたのだから、自分の味方をしてくれると思っていたのに、意外にも中井は蓮哉の心情に寄り添った。釈然としない気持ちで中井を見れば、悪友は「いいか?」と生徒を指導するように言葉を続けた。
「お前は見てくれもいいし、性格だって悪くない。後輩の面倒見だっていいし、仕事もできる。欠点らしい欠点って言ったら——まあ俺は欠点だとは思わないけど、やたら家具インテリア馬鹿すぎるのと、二次性と切り離せない『好み』くらいなもんか。まあ、それだって別に誰かに迷惑かけるもんじゃない」
「なんだよ、家具インテリア馬鹿って」
確かにその通りではあるのだけれど、馬鹿呼ばわりはないだろうと綾春が口を尖らせるが、中井は意に返さず話を続けた。
「まあ聞け。言うなれば、お前はかなり『イイ男』なわけだ。んで、そんなイイ男を狙うやつは男女問わず多い。さらに加えて、お前は男女どっちでもいける……となりゃ、彼氏としては『他のやつに口説かれてないか。いや、むしろ靡いてないか』って心配するに決まってる。そんくらい、わかんだろ?」
「そ……れは、まあ……」
十年来の悪友に褒めそやされるのはむず痒いけれど、この容姿で「いや、普通だから」と謙遜するのは嫌味なのを知っているし、せっかくなら見目の良い容姿を上手く活かして生きている自覚もある。
性格についてはよくわからないが、仕事に関して言えば力を入れているし、真摯に実直に向き合ってきたから一定の評価をもらえているのは事実だ。外見や、Subという二次性で馬鹿にされないようにと必死にやってきたからこそ、仕事の成果を出せている自負もあった。
「で、その激烈イケメンの綾春クンが、優しーい彼氏相手に『元カレと久しぶりに会っちゃった! きゃぴっ♪』とか言ったんだろ? いやー、やっぱ俺はお前より東雲さんに同情するわ」
「なんだよ、それ。別に『きゃぴっ♪』とは言ってないからな? まあ……、ちょっとテンション高めに話したとは思うけどさ……」
白ワインを煽り、ボトルの残りをグラスに注いで空にした中井はライトボディの赤をデキャンタでオーダーする。ここに辻でもいればボトルを一本追加したのだけれど、さすがに二人だと空けきれない。この店のデキャンタはハーフボトルサイズなので、もう少し飲むにはちょうどよかった。
メインのタリアータもサーブされ、赤のデキャンタが届くのを待ちながら、綾春は残っていたカプレーゼに手を伸ばす。
「別に浮気やプレイをしたわけじゃないのに、そんなに怒らなくても良くないか? 『俺のことどう思ってるんだ?』なんて不機嫌そうに疑われたら、俺だってイラッてするし、言い方ってもんがあると思うんだよね」
あの夜、元カレの話をテンション高めにしてしまった綾春に、蓮哉は電話越しで不機嫌さを隠さずに苦言を呈した。
冷静になって考えてみれば、そのくらいは恋人として当然の反応で、綾春の配慮が足りなかったことは自分でもわかってはいる。まして、蓮哉と綾春はちょくちょく『嫉妬プレイ』のような遊びをして、二人にしかわからない感覚を楽しんでいるところもあった。強い独占欲を露わにしたい蓮哉と、その独占欲を感じたい綾春との間は、強い愛情でしっかりと繋がっていた。
だから、蓮哉の嫉妬はいつもの延長のようなもので、気持ちを確かめ合うための行為。——それはわかってはいたのだけれど、なぜかあの夜は「なんで誤解されるんだろう?」と綾春もつい心が狭くなってしまったのだ。酒が入っていたのが、悪いほうに働いた……というのは言い訳だけれど、とにかく何だか心の振れ幅がおかしくなってしまった。
それからは、売り言葉に買い言葉。
心にも思っていないことをぶつけてしまった。
「『言い方』って言うなら、それこそ綾春もそうだろ」
「う……」
墓穴を掘ったなと、綾春はグラスに残る白ワインをちびちびと飲んだ。
「俺は、お前からちゃんと謝ったほうがいいと思うけど?」
「うー、ん……いや、でも……」
小さく唸りながら、綾春は思案する。
思い描くのは、目下喧嘩中の恋人の姿だ。
ほぼ毎週のように週末は葉山にある蓮哉の自宅で過ごして、時にはドライブを兼ねて日帰りや泊まりを問わずに出掛ける。つまり、仲はかなり良いほうだろう。それになんと言っても、彼と自分はカラーまで贈られたパートナーでもある。
長年、騙し騙し付き合いつつも見て見ぬふりをしてきた自分の、本能的な面も含めた欲深さや恋愛観のこだわりを十分に満たしてくれた唯一の相手が蓮哉だ。そして、それはある意味では彼も同じ。そのことは、自分たちが何よりも理解し合っていると——そう、思っていた。
仲の睦まじさは自覚もしているのに、おそらく恋人という関係になってから初めて、こんなに大きな喧嘩をしてる。互いに大人なのだから、自らの非を認めてすぐに謝ってしまえばいいのに、綾春はなかなかそれができずにいた。
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