いつかは君を

ゆきだるま

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第六話

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人にはそれぞれあった生き方がある。なんてよく言うが、本当にそうだ。どんくさい人間に生まれた奴が「レーサーになる!」とかいってスピードを追い求めれば不幸どころか死んでしまうし、勉強が嫌いで仕方ないやつが親から「学者になれ!」と言われ続ければ間違いなくグレるだろう。 

 けれど思春期において、そんな適材適所的な自己評価を下せない原因となる一番の強敵は自分だ。 

“ないものねだり” 

 未熟な俺達はいつだって憧れる。 

 それはもう様々なものに。 



1 
 今日も平井と木村は俺の部屋に入り浸っていた。テレビではやたらと人数の多いアイドルグループが先輩に向ける淡い恋心を歌っている。ネットで見たことがあるがアイドルというのは恋愛禁止らしい。メディアに私生活まで支配されてしまう彼女たちの心情は俺の理解するところではない。 

 それに比べて俺はなんと自由なことか。恋愛し放題だし、ちょっとくらいなら悪いことをしても親に怒られるだけで済む。 

 テレビの前には缶チューハイの空き缶が3つほど転がっている。こいつらなんで毎回俺のかーちゃんの酒を飲むんだ?その酒の料金だけ俺の小遣い減るんだぜ?自分で買ってこいよ…… 

 ていうか高校生は酒を飲んではいけない。こいつらアイドルとかゼッタイなれないだろうな。 

「いいなあ……」 

 惚けた瞳をしながら平井が呟いた。こいつはレズなのだろうか。舐め回したのだろうかアイドルを…… 

 そうか、レズだからいつまでたっても俺を男として意識しないのか……それなら仕方ない、俺がかっこ悪いとかじゃないわけだ。 
 ……違うんだろうな。 

「何が?」 

「え?口に出してた?恥ずかしい!」 

平井は慌てるように答えながら、手のひらをぶんぶんと振り回している。 

 こいつ……恥ずかしいとかいう感情あったんだな。ちょっと可愛いじゃないか……。 

「出てたよ、もしかしてあれか?この子達を舐め回したいのか?……やべえな」 

「違う違う!……いや、あの、何ていうかさ、アイドルいいなーって。なってみたいかも……」 

 顔を赤くしてうつむきながら答える平井の姿からは、本当にちょっと憧れてしまっている感じが見て取れた。こいつまじか…… 

「ア……イ……ドル……お前が?高校生のくせに毎日酒のんで男の前でも気にせず腹かいてるお前が……?なんで?またなんで?」 

 こいつ、この態度で男にちやほやされたかったのか?なんて図々しい……なまじ顔はいいだけに妙なリアル感が腹立つな…… 

「そんなおどろかなくてもいーじゃん!だってさ、沢山の人がー、私を可愛いって言ってさー、元気になるの!私が歌って踊ったらもっと元気になるの!よくない?」 

 もじもじと身体を揺らしながら語る平井は確かに可愛いが、お気に入りのアイドルが裏で酒に酔っ払いながらこんなに調子乗ってるとことか見たらファンは自殺してしまうんじゃないだろうか……こいつがアイドルになるのは犯罪的に迷惑だ。 
……まあ、どうせなれないから大丈夫か。 

「……そうか。……いや、はは、まあ、いい、んじゃないか?夢があって。夢って素晴らしいよな?未来に寄せる希望っていうか、輝きっていうか」 

「なによー、私の顔じゃなれないとか思ってるんでしょ?いーよ、別に」 

 唇を尖らせながら言う平井を見て思う。こんなにも自然に感情を顔から出せるこいつには、アイドルなんかよりも、こいつのことを本当に好きな奴らに囲まれて、誰にも操作なんてされずに、思うがままに泣いたり笑ったりして欲しいって。 

 よくわかんないけど、多分そのほうがいいんじゃないかな。いや、俺がそうあって欲しいだけなのか? 押し付けがましい感情なのだろうか?そういや俺はこいつが何を望んでいるのかまるで知らない。 

「もう、なんか言ってよ!」 

「え?ああ、あー、うん、平井かわいいからなれるよアイドル」 

 やっぱよくないよな、人の憧れているものを勝手に批判するのは。 

 俺は優しげさを演出しながら平井に微笑みかけた。 


2 

 本気かどうかはわからないけれど、平井に憧れがあるように、俺にだってそういうのはある。 

 だからわかる、俺にもわかる。傷つけちゃダメなんだ。それがこちら側からどんなに馬鹿らしく見えていたって、嘘っぱちに見えていたって、それがどれだけ本気なのか、どれだけ素敵なのかを俺たちは知らない。 

 それは流れ行く景色の中に、通り過ぎていく人々の中に巧妙に隠されていて、見つけようとしなければなかったことになる。見つけてもらえなかった誰かに傷跡だけを残して。 

 モーニン本町商店街、なんというダサい名前だろう。それでもその命名にはきっと商売人たちの希望が詰まっているのだろう。今日も元気に薬局のおばちゃんがダンボールを運び、喫茶店のマスターらしきおっちゃんは楽しそうにカウンター越しの客と談笑している。 

 そんな素敵な日常の中を歩いていると、楽しげながらもどこか不快感をもつ声が聞こえてきた。 

「ハハハ、いいじゃんそれ、お前に似合うようになったね。ありがとうは?」 

 路地の隅の方、数人の少年が、おとなしそうな少年を囲みあざ笑っていた。 
囲まれている少年は周りの少年たちにやられたのだろうか、ネックの折れたギターを抱えている。見たとこと年の頃は中学生くらいだろうか。 

 ホント気分悪いな。こいつら自分たちが踏みにじっていることの大きさとかわかってんのかな。たかが暇つぶし程度の娯楽のための傲慢。その残酷性は当たり前の用に存在する。 

「え、あ、や、ひ、ひど……うっ、うう……」 

「おい!ひど?ありがとうは?!」 

「ひっ……あ、あり、あ……うっ、うう……」 

「ハッハハ、なにビビってんだよ、きもー」 

 取り囲んでいる少年の一人がおとなしそうな少年の太ももにケリを入れた。その隣にいた背の高い少年も便乗するように唾を吐きかけている。 

 やられたことあるけど、唾かけられるのって殴られたりするより辛いんだよね。どうしよう、大したことなさそうな奴らだし、しばいてしまおうか? 
 けどなあ、そんな偽善者みたいなことするのも恥ずかしいし、『助けました!』みたいに恩義せがましく……いや、そんなことは関係ない!俺は俺の信じた…… 

「ちょっと!なんでそんなひどいことしてんのよ!」 

 俺がためらいをはねのけている間にさっきまで隣にいた平井がいつの間にか少年の前に立ち、加害者の少年達を睨みつけていた。 

 ……だよなあ、平井気ぃ強いもんな。 

しかし、人がやってるの見ると、やっぱそれは不自然でもなんでもない行動だな。胸糞悪いことしてるやつを見て腹が立つ。だから怒る。 

それに比べて俺は、目の前に傷ついているやつがいるのに、一瞬といえど自分の見え方を心配して、それの方を優先して、何をしているんだろう。 

「見てよお姉さん、こいつこんな顔のくせに学校にギター持ってくんだぜ?ミュージシャン気取りだ!カッコイイとか思ってんだよ。迷惑じゃない?」 

「迷惑じゃない。この子が自分でそう思ってるって言ったの?俺ってミュージシャンみたいじゃない?とか言ったの?決めつけてるんじゃないの?大体、この子の顔変じゃないよ、君の顔が気持ち悪いよ」 

 おお、平井すげえ。こりゃ本当に怒ってるな。怖え。けど、そうだよね。そんな事決めつけたり、わざと傷つけるような言葉を選んで、さも自分が世界の基準かのように自分より弱い立場のやつを断罪する。それは搾取よりも、暴力よりも、許されざる行為。 

「はあ?そんなんみりゃあわかんじゃん?っていうか気持ち悪いとか、なにムカつくこといってんだよ!」 

 少しずつ平井ににじり寄る大柄な少年。その表情は怒りに染まり、今にも飛びかかっていきそうな勢いを感じる。 

 ……ちょっとやばいかな。 


 そうだな、俺も変に照れていないで、恐れていないでしたいようにするべきだ。俺は平井と少年の間に割り込むと、挑発的に睨みつけた。 

「まあまあ、やめとこう、俺から見ても腹立つよお前」 
  
流石に高校生の男に睨まれれば迂闊には動けないだろう。俺達の年代ってのは歳が1つ違えばそれはもう、異世界の住人のように恐ろしい。自分の経験してきていな貫禄が刻み込まれたそのさまは、本能的に恐ろしい。 

俺も先輩とかすごい苦手。 

「誰だお前?ちびじゃん?なぐんぞ?タメ口聞いてんじゃねえよ」 

 え、ええ?ち、ちび?た、タメ口?俺って中学生より年下に見えんの?人生経験による貫禄は?本能的恐怖は? 

 しかし、それどころじゃないな、大柄な少年はなだれ込むように俺に掴みかかってきた。 

 小さいやつを相手にする時、とりあえず掴んでしまうのはとても有効な手段。しっかりとホールドしてしまえば相手は基本的に逃げられない。そのまま殴り続けてしまえばいい。 

 しかし、身体が小さく、幼少の頃から抑えつけられてきた俺は知っている。身体の大きなやつってのは、相手をつかむと慢心する。普通に考えればあとは、逃げようとするそいつを離さなければいいだけなのだから。 

 ……やっぱりな。少年は嗜虐的にニヤリと俺と目を合わせた。自分の方に俺を引き寄せようと力を込めている。 

「っらぁ!」 

 ゴン!という鈍い音を立てながら少年はのけぞった。俺は彼の引られながら、俺自信も彼の胸ぐらを引っ張り、自慢の石頭を少年の頬骨に叩きつけた。鼻狙って折れたら気まずいからね。 

「あだぁっ!」 

 少年が痛がっているチャンスを逃さず、俺はもう一度頭突きを叩き込んだ。 
 しかし、彼は身をよじるとそれを躱し、代わりに俺のみぞおちにパンチを入れていた。 

「おふっ!」 

 い、息ができない。けどここで怯んだらやられてしまうので、とりあえず左腕を乱雑に振り回し、肘を相手の顔の何処かにヒットさせた。 


 ……それから何発かパンチをもらいながらも、相手の顎と頬を執拗に狙い、少年は膝をつかせることが出来た。 
 まだこちらを睨んで入るが、もう襲い掛かってくる気配はない。 

 というか、他の少年が乱入してこなかった。なんという仲間を大切にしない奴らだ。友達がやられるのを怖いからって黙ってみているなんて……俺が言えたことじゃないか。 

 あたりを見回すと、残りの少年は全員地面に倒れていた。 

「やったー、やっつけたね!いえーい」 

 満面の笑みを顔面に張り付かせた平井がハイタッチを求めてきた。俺はそれにこたえると、 

「なあ、こいつらなんで全員倒れてんの?」 

「私がやっつけといたよー。すごいでしょ?」 

 ……無傷で笑顔の平井と満身創痍でところどころ出血している自分を見比べて俺は…… 


「……すごいな」 

 うつむいて歩き出した。 

「ちょ、ちょ、ちょっと待ってよ!」 

 あ、そうだ、この大人しい少年ギターおられてるんだ。 

 俺は立ち止まり、少年に話しかけた。
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