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第一章

第二話 アブゾルフ -2-

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 立ち上がった俺を真正面から見たあと、彼女は即座に下を向いてくれた。そして即座に俺に掛けてくれていた布を渡してくれた。
「あの……これ、君の荷物と武器」
 彼女は下を向いたまま俺が横たわっていた場所の近くに置いてくれていた武器と荷物を渡してくれた。
「ありがとう! あとごめんなさい!!」

 とりあえずは応急措置として先程まで俺を覆ってくれていた布に鞄から取り出した紐を通すことで簡素な服を作る。
「あー、いや、その、ね。言いにくんだけど君をここまで連れて来たのも介抱したのも僕だからさ。つまりは、その、ね。まあ見ちゃったんだよね、全部」
 最後の方は消え入りそうな声であったが、消えたいのはこちらも同じである。

「あー、そういえば、そうでしたもんね。はははっ、情けないというかなんと言うか」
「その、ね。情けなくはなかったと思うよ。僕はね」
 これ以上この話をしてはいけない。そう本能的に理解したので話を変える。

「そう、それです! 助けてくれて本当にありがとうございました」
「気にしないで。どうやら君が一人であの洞窟に居たし、死にそうだったからさ」
「おかげで助かりました。でも、なぜあそこが危ないとわかったんですか」

 この依頼は半ば裏の依頼とでもいうか、秘密裏に処理をしてくれということで依頼者であり俺が現在住んでいる町の町長から個人的に頼まれている仕事である。
 既に何人か挑戦をしているらしいが、誰も帰ってこないというので銀になりたての俺にお鉢が回ってきたわけだ。
 だから、通常の人間はこの依頼を知るはずがないのだ。

 そして洞窟自体も一見して普段と変わらないため、外からでは危険だとはわからないはずである。
 だからこそ、彼女があそこが危ないと言ったことが気に掛かっていたのだ。


「その……僕はあそこの洞窟から逃げてきたからさ。中がどうなってるかとかは知ってるんだ」
「なるほど、俺の前に依頼を受けた一人だったんでしたか。でしたら納得だ。毒を以て毒を制す。非常に理に適ってます」

 そもそも俺自身この依頼は何か危ないとは感じていて、だからこそ相当念入りに準備をして向かったのだ。もっとも、俺の実力は銅になりたてであり、念入りな準備をしてもなお返り討ちにされたのだが。
 毒蛇で満ちた洞窟、としか知らされなかったが、彼女が毒を用いるとしたらこの依頼には向いていたといえるだろう。
「そんな大層なもんじゃないんだけどなー」
 彼女は頭《かぶり》を振っているためフードからちらりと顔が覗く。といっても顎の輪郭くらいしか見えないのだが。


「ねえ、実はさ。僕お願いがあるんだけどいいかな」
 ちらりと覗いた小さな口に見惚れていたところ、彼女が控えめに切り出してきた。
「もちろんです、命の恩人のお頼みでしたら何でもお受けします」
「友達に、ううん。話し相手になってもらえるかな」
 凄く可愛らしい、控えめな願いだった。勿論快諾する。
「喜んで。友達からよろしくお願いします!」


 友達になるにあたり彼女からいくつか条件を提示された。
 まず1つ目。街などの旅の話をしてほしいということ。これは快諾した。俺自身生まれ育った街と、その隣町、そして依頼を受けた街の3つしか知らないがそれでもよいという。

 そして2つ目。あの洞窟にはもう近寄らないでほしいということ。これも納得だ。
 俺はあそこで死にかけ、彼女はあそこから逃げてきたのだ。二人ならなんとかなると思いもしたが、そもそも一人で何とかなるという甘い見積もりが俺を死なせかけたのだ。このことからして俺自身の状況把握能力を疑ってかかるべきだろう。

 最後に、ローブを外している姿を見てはいけないということ。
 彼女いわく火傷が酷いから見られたくないのだそうだ。全身を鱗鎧のようなもので覆っていることからして火傷は酷いのだろう。

 そして彼女は話を聞かせてもらう対価として住居を提供してくれるらしい。彼女いわく出せるものはそれくらいしかないというが、正直それだけでも十分だ。
 案内されたのは住居と言うよりは野営地というのがふさわしい場所であるが、それでも彼女といるのならそれでいい。若い男女、2人屋根の下。嫌でも期待に胸が膨らむのは男の性だ。
 そして共同生活の間、食事は互いに森で探すこととなった。彼女は武器もなく、そして非力なようなので、俺が持っているナイフで木の枝を切ったり、魚や小動物を捌いたり。
 新婚ってこんなもんなのかな、とか思いながら過ごした。

 だがそうして過ごした3日目に事件が起きた。
 採ってきた魚を俺が捌いていたときのことだ。突風がフードに覆われた彼女の顔を露わにしたのだ。彼女にとっては運悪く、俺は彼女の目の前に居た。当然彼女は顔をすぐに隠したが、彼女もわかっているのだろう。俺が顔を見てしまったことを。
「違うんだ!」
 彼女が手を付き頭を下げる。いや、正確には頭を地面に擦り付けている。

 彼女の顔は小さくつぶらな瞳が特徴的で鼻筋が通っていて、口は小さくて可愛らしい。
 だがその小さな口からは牙が覗いており、肌は緑色の小さな鱗で覆われていて、よくよく見ると布で身体に縛りつけて隠していても尻尾らしきものも生えていた。

 つまりは、人間ではないのだろう。

「あの、僕は人間じゃなくって! でも魔物でもなくって!」
 声がくぐもって聞こえるのは彼女が頭を下げているからというだけではないのだろう。涙声だ。そして彼女の小さな肩が小刻みに震えている。
「だから、だから! どうか僕を殺さないでください……」
 俺は持っていたナイフを持ったまま立ち上がり、力を込めやすいよう足を軽く開いた。その音を聴いた彼女の身体が小さく跳ねた。

 やることは1つ。とても単純なことだ。

 彼女の方に向かって一歩大きく踏み出す。そして、ナイフを手にした腕を大きく振りかぶった。
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