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連載
65. 目覚めるクレア
しおりを挟む賊の小刀には、ご丁寧に毒が塗ってあった。
クレアは一時、意識不明に陥った。
クレアを襲った小刀に付けられていた毒はとても強いものだったが、小刀がクレアを傷つけたのは、ほんの少しだったことから、クレアに付いた毒もほんの少しの量ですんだのだ。
クレアは意識不明に陥ったが、それは3日の間だけだった。
3日間クレアは少しの発熱と共に眠り続けたのだった。
その間クレアは夢を見ていた。
幸せな夢だ。
だって夢の中にライオネルが出てきているのだから。
いつもクレアが見る夢に出てくるライオネルは、10歳になる前日のライオネルだった。
クレアより体格も小さく、声も高い。
幼いライオネルの出てくる夢を見ていたのだ。
それなのに、今クレアの夢に出てきているライオネルは16歳に成長した、青年のライオネルだ。
クレアを胸の中に包み込めるほど逞しくなっているし、声も低い。
キラキラした笑顔から、トロリとした艶のある柔らかい笑顔へと変わっている。
きっと本物のライオネルに会ったからだ。
間近でライオネルを見たから。
クレアに会って、嬉しいと言ってもらえたから。
クレアに会いたかったと言ってもらえたから。
クレアは嬉しくて堪らなかったから、こんな夢をみているのだろう。
いつもは爵位が低いからとライオネルに近づくことも会うことも出来ずにいたけれど、今は夢の中だ。
素直な心のまま、ありのままで、ライオネルに甘えることができる。
だって夢なのだから。
夢は願望の現れだというではないか。
クレアは、夢の中ぐらい素直になることにしたのだった。
「クレイ、僕のこと好き?」
コテンと小首を傾げてライオネルが問うてくる。
もう大きくなったのに、ライオネルは昔のままだ。
仕草が幼い。
クレアは思わず微笑んでしまう。
「勿論よ。
もちろん大好き。一番好きよ」
ギュウとライオネルが抱き着いてくる。
幼いライオネルの夢と違い、力強く、包み込むように抱きしめられて、クレアも逞しくなった背中に手を回す。
「一緒にいてくれる?」
「うん。一緒にいたいわ。離れたくない」
素直なクレアの言葉にウフフとライオネルが笑う。
「ハグしていい?」
「いやだ、もうハグしているじゃない。
何時だって、何処でだってハグしていいって、言ったわよ」
抱き合っている身体を少し離して顔を覗き込む。
幸せそうなライオネルの顔を見て、クレアも嬉しさがフツフツと湧き上がる。
「キスしてもいい?」
「私がライオネルにキスしてもいいのならね」
「分かった。絶対クレイもしてね」
「約束ね。ほっぺや額にいっぱいキスするわ」
「うんっ」
それからも、いくつもいくつもライオネルの問いにクレアは答えていく。
幸せな、幸せな夢だ。
なんて幸せなんだろう。
微笑みながらクレアの意識はまた、沈んでいく。
「クレイ、やっと捕まえた。
もう、二度と放さない」
眠るクレアの頬をそっと撫でながらライオネルは微笑む。
それはそれはウットリと幸せそうに。
ポッカリと目が覚めた。
いきなり覚醒した。
ぐっすり眠ってスッキリした。そんな感覚だった。
「えーっと、ここ何処?」
クレアは辺りを見回す。
見たこともない部屋だ。
いや、それよりも、このベッドの周りに垂らされている“蚊帳”みたいなものは何?
ベッドは紗のような半透明の布で覆われており、布と布の隙間から辺りを窺う。
豪華な部屋だ。ゴージャスすぎて、目がチカチカしそうだ。
自分が寝ている布団も、そりゃあもうフカフカだ。
寮で貸与されているせんべい布団とは大違いだ。
うおっ、知らないうちに何だかテラテラした寝間着を着ている。淡い紫色で、絹?もしかして正絹?
一体何が自分に起こっているのだろうか?
混乱の極致に至ったクレアは、とりあえずベッドから起き上がることにした。
フワフワの上布団をめくり、動こうとしたが動けない。
「え、何なの?」
何かが自分に絡まって動けない。
お腹に何かが巻き付いている。
自分の背中側にある拘束の大元を見ると、ライオネル。
ライオネルが自分に腕を絡めて寝ているのだった。
「げぇ、ライ。
ど、ど、どうして。何で一緒に寝ているの?」
慌てふためくクレア。
整いすぎた白磁の貌を見つめていると、長い金の睫毛が震えて瞼がゆっくりと開かれた。アメジストの瞳が覘く。
「クレイ、起きたの?」
まだ聞きなれない低い声が柔らかくクレアに届く。
「フフフ。おはようクレイ、ぎゅ~」
「おわぁっ」
ベッドに上半身を起こしていたクレアは、ライオネルに抱きしめられ、またベッドに沈み込む。
「ラ、ライ。ちょっと、ちょっと」
「よかった。クレイは刺客の毒にやられて寝込んでいたんだよ。目覚めて良かった」
ぎゅうぎゅうと抱きしめてくるライオネルにクレアはどう対応していいか判らず、パニックに陥る。
「嬉しい。嬉しい。嬉しい。
やっとクレイに会えた。こうやってハグできる」
クレアの戸惑いなど少しも感じ取ることなく、ライオネルは上機嫌でクレアを抱きしめ続ける。
「ライ、ちょっと離して」
「え、やだ~。
いつでも、どこでもハグしていいって、クレイ言ったしぃ」
「いや言った。言ったのは覚えいてる。ちゃんと覚えてますけど、今は放して」
ジタバタともがくクレア。
「いーやー」
抱きしめて、ウットリと微笑んでいるライオネル。
「ぎょわっ!ちょっ、ちょっ、ちょっ、ちょっとライっ。
駄目ッ、だめだよっ。ぎゃわっ。きゃあっ!!」
ライオネルはクレアを抱きしめ、クレアの身動きを封じたまま、顔をスリスリと擦り付ける。
その動きがだんだんと怪しいものになっていき、あろうことかクレアの胸に顔を擦り付けだしたのだ。
「ウフフ、クレイ抱き心地がよくなった。柔らかい」
「ぎゃわーっ」
クレアは渾身の力で抵抗しているが、力及ばず、ライオネルのなすがままだ。
ライオネルはクレアの胸元に顔を寄せウットリとしている。
ガスッ!
「痛っ」
いきなりクレアの拘束が解かれた。
「ホホホ、殿下におかれましては、朝っぱらから嫌がる婦女子に対して、何みだらな行為をしてやがるのですか。
早くベッドからどきやがれでございますわ」
いつの間に来たのか、お仕着せを着た中年の女性がベッドの脇に立っていた。
どうやら、その女性がライオネルの頭をグーで殴ったらしい。
いまだ手はこぶしを固め、上に振りかざされたままだ。
「ナナカ、不敬であろう」
「不敬も何も助けを求める女性を助けるのは当たり前のことでございます」
「クレイは嫌がったりしていない!」
「ホホホ、屁理屈をおっしゃらないで早くお退きくださいな。クレイ様のお支度ができませんわ」
ブーたれていたライオネルは、ナナカの顔に怒りマークが浮かんでいるのに気付いたのか、しぶしぶベッドから降りる。
「クレイ様、お初にお目にかかります。
クレイ様のお世話をさせていただきます、ナナカと申します。
何かと至らない点はあるかもしれませんが、よろしくお願いいたします」
にっこりと笑顔をクレアに向け、きれいな礼をする。
「あの、あの」
怒涛の展開に付いていけないクレアはただ口をパクパクとさせているだけだ。
クレアは考える。
また眠れば“夢オチ”で片が付くのでは?
そっと目を瞑るクレアだった。
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