上 下
41 / 74
連載

66. 目覚めたクレア

しおりを挟む



「あーん」
にっこりと笑いながらライオネルがスプーンをクレアへと差し出す。
スプーンには、適温にされた美味しそうなスープが入っている。

「いやいやいや、自分で飲めるし。大丈夫だし」
「えー、だってクレイ右手使えないでしょう。はい、あーん」
ライオネルの笑顔は絶対に引かないし、絶対に譲らない。そんな確固たる笑顔だ。

クレアの怪我はそれほど酷いものでは無かったが、症状が残った。
神経毒だったらしく、受けた場所が右肩だったこともあり、右手に力が入らず、うまく動かせないのだ。

だが、それほど酷い状態でもないし、左手は健常のままだ。
不便と言ったら不便だが、自分の身の回りのことは自分でできる。

それなのに、クレアの状態にフィーバーになった者が一人いた。
言わずと知れたライオネルだ。
クレアの世話を全部自分がやるのだと言い張って今に至る。

侍女長のナナカを筆頭に周りの者たちが何を言おうと、ライオネルの耳には入らない。
もともとがクレアベッタリのライオネルだ。それこそトイレ介助までしそうな勢いになってしまった。

ナナカがお風呂やトイレは、それこそ頑張って死守してくれてはいるが、そろそろクレアに泣きが入ってきている。
今も食事介護といって“あーん”攻撃を受けているのだ。
せっかくの王宮の高級料理なのに味もあったものではない。


毒を受けてから、初めて目を覚ましたとき驚いたが、クレアは何と王宮に運び込まれていた。
ライオネルがクレアを離さなかったということもあるが、王宮にいる医師に診せるのが一番いいと判断されたからだ。
王宮にいる医師たちは王族が受けがちな毒による攻撃に対して、一番対処方法を熟知しているといっていいからだ。

目が覚めたクレアが驚きすぎて、また目を瞑ってみたが、“夢オチ”にはならず、今もまだ王宮生活は続いている。


「こらぁっ、何をする、放せっ」
「僕とクレイが離れていると食べにくいと思うんだよねぇ」
半分諦めの気持ちでスプーンをくわえたクレアだったが、ライオネルがクレアを抱き寄せようとする動きに身を捩って抵抗する。

「絶対しないっ。
絶対やだっ。膝抱っことか恥ずかしくて死んでしまう。食事するのに膝抱っこは必要ないっ!!」
「えー、抱っこしていいってクレイ言ったし」
「言ってない!」
「言った。言ったたら言った」
クレアが毒にやられて、夢うつつで意識が混濁していた時、ライオネルは色々なことをクレアと話したらしい。
クレアも何となく覚えている。
夢だと思っていたクレアは素直に思ったまま返事をした覚えもちゃんとある。

だが、それを逆手にとって、ライオネルは突っ走るのだ。
クレアが承諾したと、言質を取ったといっては、クレアに迫ってくるのだ。

おかげでクレアは、目覚めてからこっち、恥ずかしくて恥ずかしくて、どうにかなってしまいそうなのだ。

今は食事中で、ライオネルと共に昼食を頂いているのだが、ライオネルは王子様だから、食事内容は豪華だ。
その上、たった二人の食事だというのに、大勢の従者たちが周りを取り囲むように控えている。
そんな衆人環視の中、膝抱っこをしようなどど、クレアの羞恥心は焼き切れてしまいそうだ。

周りの目が、目が気になる。
自分は男爵令嬢と身分が低い。たぶん、ここの侍従や侍女たちの方がクレアよりも、よっぽど身分は高いはずだ。
そんなクレアを手元に置いて離そうとしないライオネルのことを皆はどう思っているのだろうか。

違うか。
ライオネルがクレアを離そうとしないのではなく、クレアが図々しくも王子に纏わりついていると思われているのだろう。

クレアはそっと辺りを窺いみる。
ん?
何だろう。クレアが思っている視線と違うような気がする。
視線というか、表情が違う。
何故か皆が皆、嬉しそうというか、微笑ましいというか、喜んでいる表情をしているのだ。
クレアは戸惑う、なぜ?

クレアが頭を捻っていると、それを隙と捉えたのか、ライオネルがいきなり膝の上にクレアを乗せてしまったのだ。
「やだっ、止めてっ。
やだって言っているのにっ!」
クレアがライオネルの胸をポカスカ叩くが効果は無いらしく、ライオネルは、ただただ嬉しそうに笑顔を浮かべている。



楽しそうにイチャイチャしている二人を見て、ナナカはポケットからハンカチを取り出して、そっと目元を拭う。
嬉しい。
その感情が抑えられない。

ライオネル殿下がこの宮殿に連れてこられたときは、まだまだお小さい頃だった。
10歳になったばかりだとお聞きしたが、それよりも幼く感じられた。
体格も華奢で、過酷な生活をされていたと聞かされ、出来る限りのお世話をしようと思ったのだ。
敬愛する国王陛下に瓜二つの殿下を宮殿の皆は、それはそれは歓迎した。

でも…
殿下は違っていた。
泣いて、泣いて、泣いて。
暴れて、暴れて、暴れて。
返せ、戻せと、全ての者に訴えられた。

それでも、陛下は殿下を慈しまれていた。
周りの者全てが判るほどに。
殿下が慕っているという者たちを見つけ出そうと手を尽くされていたし、どうにか王宮生活に馴染めるようにと、様々な気配りをされていた。

そんな中、時が経つにつれ、殿下は変わっていかれた。
子どもらしさが抜け落ち、感情も抜け落ち、まるで人形のようになっていかれたのだ。
実情を知らない周りの者たちは『完全無欠の王子』などと呼んでいるが、違う。
違うのだ。
殿下は全てを器用にこなされてはいるが、そこに感情は伴っていない。
ただ、やらなければならないことを、機械のようにやっているだけなのだ。
傍に仕えている者たちは、何もして差し上げることのできない悔しさと、殿下の憂いを取り除くことのできない無力感を痛いほど感じていた。


ナナカは視線を向ける。
幸せそうに微笑むライオネルへ。
膝の上に乗せたクレアに殴られながら、それは幸せそうに笑っている。
人形といわれていたライオネルが、笑っているのだ。

クレアの身分が低いと苦情をいうものは、この王宮にはいない。
クレアがライオネルに不相応などと言うものも、この王宮にはいない。
このライオネルの表情を見てしまったならば、言えるはずが無いのだ。

もし、クレアをライオネルから引き離そうとする者が現れたならば、持てる力の全てをもって潰してやろうと本気で思っているナナカだった。



しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

騎士団長の溺愛計画。

BL / 連載中 24h.ポイント:106pt お気に入り:2,801

甘い婚約~王子様は婚約者を甘やかしたい~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:520pt お気に入り:387

【完結】転生後も愛し愛される

恋愛 / 完結 24h.ポイント:740pt お気に入り:859

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,172pt お気に入り:33

異世界迷宮のスナイパー《転生弓士》アルファ版

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:113pt お気に入り:584

処理中です...
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。

このユーザをミュートしますか?

※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。