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番外編⑥― リューライト

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※ 学園編途中から一切出てこなくなったリューライト王子。
なぜ?と思われている方(いないかもしれませんが)
実は、こんなことになっていました。

※ この物語は、57話、58話の後ぐらいと思ってください。(復習のため、もう1度読むことをおススメ。ちゃっかり宣伝)

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平穏な昼休み。
いつものように学食でクレアは昼食を食べていた。
メニューはいつもの通り“素うどん”だ。

レストランやカフェの無料お食事券を貰ったクレアだったが、それはもう手元にはない。
食い意地のはったクレアが一人で食べた……わけではない。
それどころか、クレアは食べれなかった。1食もだ。


クレアは今、ガーロ爺さんと文通をしている。
会うことの出来ないガーロ爺さんと手紙だけでもと思ってのことだ。
ただ、この世界、紙は高価だし、郵便料金も目が飛び出るくらいに高い。
ほぼ小遣いのないクレアにすれば、ガーロ爺さんに手紙を出せば、小遣いどころか昼食代すら無くなってしまうのだ。
1回手紙を出せば、2週間は素うどんさえも食べることができない。お昼ご飯は抜きになってしまう。

それでも文通を続けるクレアは、いつの間にか無意識ダイエットをしていた。
そんなクレアを見るにみかねたクラスメートの友人たちが昼食を奢ってくれていたのだ。
遠慮していたクレアだったが、皆がみんな『あら、私がお昼を一人で食べるのが嫌だから、クレア様に付きあってもらっているだけですわ』と、優しい心遣いをしてくれていたのだ。

そんな友人たちにクレアはやっと恩返しができたのだ。
レストランやカフェの無料お食事券をプレゼントしたのだ。
友人たちでさえ、なかなか行くことのできない高級店のものだったので、友人たちも喜んでくれた。
だから、クレアは素うどんを食べていても、ちょっぴり嬉しいのだ。



「なんで“素うどん”なんか食べているんだっ」
自分に向かって言われたらしい言葉に、クレアはうどんの器から顔を上げる。
そこには人に向かって、指を差す隣の国の王子様がいた。
行儀がなっていない。

「シーテイショクを奢ると言っているだろうがっ。何度言わせれば解るんだ」
その上なんだか怒っているし。

「また学食に来たんですか。
奢るって言われても、そんなにしょっちゅう奢ってもらったりしませんよ」
「お、お、俺と一緒に食事をすると言ったではないかっ」
「いやいや、奢ってくれなくたって食事くらい一緒に食べますよ」
「え…あ、いや。そ、そうか…」
なんだか王子様の歯切れが悪い。その上顔も赤いようだ。
自分が一緒に食べるといったくせに嫌なのだろうか?
めんどうくさい奴だ。

「…今日は、シーテイショクを食べてくれ」
いきなりクレアの前にC定食が置かれる。できる従者は健在のようだ。
どうしたのだろうか、なんだかいつものリューライトとは雰囲気が違う。

「前回の鍋は楽しかった……クレアのおかげだ」
リューライトはクレアの隣に腰を下ろすと、テーブルの上にあるクレアの手をそっと取る。
「へ?」
あのツンデレ気味のリューライトとは思えない態度と言葉だ。
テンションが低いというよりは、しんみりとしているような。そんな違和感のあるリューライトが気になって、手を取られているのに、そのままリューライトの顔を覗き込む。

「リューライトどうかしたの?」
一国の王子に向かって、敬称もなく呼びかけるなど、不敬の極みだが、リューライトがそれを望んだし、いまさらもういいやとクレアも思っている。
あの戦場のような場所で共に鍋を作ったのだ。色々と吹っ切れた。

クレアの問いにリューライトは、小さい笑みを作る。まるで何かを諦めたような、寂しい笑みを。
「俺は国に帰らなければならない」
「えつ!ど、どうして?」
リューライトの言葉にクレアは驚いてしまう。

リューライトには言ってはいないが、リューライトは乙女ゲームの攻略対象者だ。それも攻略対象者筆頭のライオネルのライバルポジションなのだ。
そのライバルがいなくなるなんて。
そんなシナリオ有っただろうか。

もしかして、ヒロインが恋愛対象者を決めた?
乙女ゲームでは、ヒロインの動きによって、攻略対象者たちの動きも変わる。
ヒロインの決めた攻略対象者にシナリオがズームアップされ、選ばれなかった攻略対象者たちは、ストーリーに出てこなくなる。
全く出てこないというわけではなく、端役モブになってしまうのだ。

それに、乙女ゲームとは別に、リューライトは、ジンギシャール国とワーカリッツ国の友好の証としての留学ではなかったのか。途中で帰国して、いいのだろうか。

「えっとぉ、大丈夫なの?」
色々な思いがあるが、どれをどう言っていいのか判らずクレアは言葉に詰まる。

「フフフ、ありがとう。
友好の証としての留学だったが、俺ごときが居なくなった所で、2国の友好が損なわれるわけではない。
ジンギシャールの国王陛下にも全てをお伝えしている。
逆に慰めていただいた。心の広い方だ」
リューライトは微笑む。何故か寂しそうに。

え、慰めて貰うって…?
急な帰国だし、もしかして、ワーカリッツ国で何か大きな問題が起ったのだろうか。
第3王子のリューライトが留学を中止してまで帰らなければならない何かが。
しかし、クレアの口からは聞くことは、はばかられる。
ただ心配そうにリューライトの顔を見ることしかできない。

「少し国が荒れている。兄上達が心惑わされているのだ」
リューライトのほぼ呟きのような言葉には、苦々しいものが含まれている。
心惑わされるって何に?
リューライトの言葉の意味が解らない。

「俺は将来、外交を担当し、兄上達の補佐をすると決まっている。そのための留学だった。
俺は留学を仕事だと思っていた。義務だと思って、何も期待もせずにやって来たんだ。
それなのにジンギシャールここで様々な人と出会うことが出来た…
王子ではなく俺を俺として見てくれる、お前たちに出会えることができた。本当に嬉しかった」
リューライトは寂しそうな、それでも笑顔を見せている。

クレアはライオネルとリューライトがどういう関係を築いたのかは知らない。しかし、ライオネルの側近たちとは、あの鍋以来、仲良く付き合っているようだった。

「本当は帰りたくない…」
リューライトの言葉は、ポロリと本音を漏らしたように、小さな声だった。
「ねえ、また来れる?また会えるよね」
クレアは思わず掴まれていた手を離し、今度は両手でリューライトの手を包み込む。

「勿論だ。兄上達は少し混乱されているだけだ…
異世界から少女が降ってくるなど考えられないし、王子ともあろう兄上達が先を競って、得体のしれない少女の寵を乞うなど、考えられないからな」
「ほえ?」
クレアに聞かせる気は無かったのだろう。ただ自分に言い聞かせるような、その言葉はクレアにしっかりと届いたし、おばちゃんが反応するには十分だった。

もしかして、そっちは転移もの?
ジンギシャールは乙女ゲームでワーカリッツそっちは異世界転移ものなの?
もしかして、神子召喚とかやっちゃった?
転移した少女は姫巫女とか呼ばれちゃって、そんでもって、逆ハーしちゃったりする系?

おばちゃんは乙女ゲームの知識はあったが、ラノベ系の知識は乏しかった。
そのうえ、ワーカリッツ国で何があっているのか詳しいことは分かっていない。
本当に異世界転移もののラノベだと断定はできない。

「兄上達が正気に戻ったら…
国の混乱が収まったら俺はまた、この国に来る。中途半端で終わらせたくはないからな。
それに…」
リューライトは、クレアに握られていた手をそっと離すと、クレアを正面から見据える。

「クレア…俺はお前が…」
何かを言おうとしていたリューライトは、クレアの左胸の少し下に付けてあるクマのワッペンに気づく。
ライオネルの親衛隊の証だ。

「クレア、お前はライオネルが好きなのか?あんな無表情の奴が」
「違うよ。無表情なんかじゃないよ。ライ……殿下は素晴らしい人だよ」
リューライトの物言いに思わずムキになって言い返すクレアに、微苦笑の表情をしたリューライトはポンポンとクレアの頭に手を乗せる。

「そうか…まあ、アイドル好きっていうやつだよな」
「アイドルじゃないわよ」
「いや。今は俺も動けないからな。まぁ許してやるさ」
「許すって何よ、偉そうにぃ」
不満そうな顔のクレアにリューライトは「早く食べないと冷えるぞ」と、話をはぐらかす。

「もしかしたら、国が落ち着くのに何年か、かかるかもしれない…
それでも俺は必ずジンギシャールここに戻って来る。
なぁ、クレア…」
「なに?」
肉にかぶりついていたクレアはリューライトへと視線を寄越す。
ただ、口はモグモグと肉を咀嚼しているが。

「フハッ。お前、口にタレが付いてるぞ。
いつもは上品に食べるくせに、肉になると駄目だな」
クレアの口元をリューライトは親指でそっと拭う。
「いーの。肉は特別なの。肉は正義だから、いーの」
リューライトに返事をすると、またクレアは肉にかぶりつき、リスよりも頬を膨らませる。

「お前は何でそんなに肉に必死なんだよ。令嬢の食べ方じゃないだろ。
……そんなんじゃ、嫁の貰い手がつかないぞ」
リューライトのお小言をクレアはスルーだ。
だって、今は肉を食べているのだから。

「ま、まあ。しょ、しょうがないからな。
どうせ、お前は売れ残るだろうから。売れ残ったら、可愛そうだからなっ。
お、俺がジンギシャールに戻ってきたら、よ、よ、よ、嫁に貰ってやるからなっ」
ガダンッ!!
いきなり席を立つと、リューライトは食堂から走って出て行ってしまった。
残った従者はクレアに綺麗な一礼をすると、リューライトの後を追っていった。

「ほーひはのはひは(どうしたのかしら)はんはにはわへへ(あんなに慌てて)」
リューライトは気づいていなかった。
肉に対するクレアの執着を。
肉はクレアを狂わせる。

肉を前に、クレアは全神経を肉に注いでいた。
だって、ずっと“素うどん”だったのだ。
ここのところ、ずーっと肉にお目にかかってなかったのだ。
C定食。それも、肉増量バージョンなのだ。
肉が
C定食を食べだしたクレアには肉が全て。肉が正義。肉がジャスティス。

そう。
聞いちゃいない。
リューライトの言葉をクレアは丸ッと聞いてはいなかったのだ。
ただただ、クレアはC定食を満喫していただけだった。



次にクレアとリューライトが会ったのは、ライオネル第2王子とクレア女侯爵の結婚式にリューライト第3王子が国賓として呼ばれた時だった。





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