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連載
番外編④― 肖像画
しおりを挟むライオネル第2王子とクレア女侯爵の婚約が整い、記念として肖像画を作成することになった。
この肖像画を元に大勢の画家たちがレプリカを作成し、市井で販売するのだ。
庶民たちは、ここで初めて王子の婚約者の顔を知ることとなる。
肖像画の作成にあたり、宮廷画家の中でも、一番の写実主義と評判のミュルリが選ばれた。
できるだけ本物に近い肖像画を描いてほしいというライオネルの希望だった。
ライオネルの隣で、クレアは微妙な顔をしていたが、異を唱えることは無かった。
ミュルリは宮廷画家の中では一番若い画家で、第2王子の婚約祝いの肖像画を任されるという大抜擢に、いたく感動していた。
そして、写実主義だからこそ選ばれたということをコロリと忘れてしまった。
ミュルリは気に入られたかったのだ。
これからも指名してもらいたいし、今回の仕事を褒めてもらいたかったのだ。
ミュルリがやったことは、ライオネルの姿はありのままに描く。
そして、クレアには、チョットだけ手心を加えたのだ。
クレアの奥二重の瞳をややパッチリとした二重に。そこそこの高さの鼻をやや高く。
特徴の薄い唇を、気持ち官能的に。
お肌の艶もちょっぴり透明感を加えて。
もちろん胸はボリュームを2割増し。ウエストは2割減で収支を合わせた。
全てが良かれと思ってのことだ。
今までの肖像画では、ありのままに描くと、ご婦人方にひどく不評だった。
小さなシワ1つですら、写実家のプライドを賭け、ミュルリはありのままに描いてきた。
そのミュルリが、浮かれすぎて、自分のポリシーを曲げてしまったのだ。
頼まれもしていないのに。
出来上がった肖像画には、美男美女の見目麗しい二人が描かれていた。
椅子に座ったクレア女侯爵と、その肩に手をかけ、やや後方に立つライオネル第2王子。
今にも動き出しそうな生き生きとした筆使いは、若くして大抜擢されたことを頷かせる力量があった。
「なんだこれは、こんなのはクレアではない」
肖像画を一目見たライオネルはバッサリと切り捨てる。
ライオネルの隣で共に肖像画を見せてもらったいたクレアは、目をキラキラと煌めかせていた。
(やだ、すっごい美人になってる。これってばプリクラじゃん。
そうかぁ、気を使わせちゃったんだぁ。ていうか、宮廷画家の人って、如何に依頼人を気持ちよくさせるのも仕事のうちかぁ)
おばちゃんは懐かしく思い出す。
プリクラをやったのは、記憶もおぼろげな学生時代だが、美白機能だとか、書き込み機能だとか、様々な機能があり、元が自分とは判らない程の美化ができた。
やりすぎると他人のシールを貼っているみたいで、テンションは下がるのだが。
「写実主義としての評判が良かったので頼んでみたが。正直がっかりだ」
ライオネルの言葉は容赦がない。
二人の前で頭を垂れたミュルリの顔はだんだんと青ざめていく。
「凄い美人に描いてもらっているから、恥ずかしいわ。本物を見たときに、皆にガッカリされたら、どうしましょう」
取りなすようにクレアが冗談めかしてミュルリへ話しかける。
「はぁ、何を言っているの。こんなブサイクに描かれて、クレアも怒っていいよ」
「「へ?」」
ライオネルの言葉に、クレアはもちろん、頭を垂れたままだったミュルリも声を出してしまった。
「クレアの美貌をわざわざ曲げて描くなんて、もしかしてお前はクレアに対して、悪意を持っているのか」
ギロリとライオネルはミュルリを睨み付ける。
「待って。ライ、ちょっと待って」
クレアは、今にも肖像画をけり倒そうとしているライオネルを慌てて止める。
「ちょっと聞きたいのだけど、この肖像画の私と、本物の私はどっちが綺麗だと思う?」
質問をしながら、クレアはちょっと恥ずかしくなってしまった。
自分の容姿は嫌というほど知っている。
この容姿のせいで、小さい時から幾度となく母親や周りの者たちから虐げられてきたのだから。
そんな自分と、このキラキラに描かれた美化3割増しの肖像画のクレアを比べるなど、聞かなくたって、判り切ったことだった。
ただ、ライオネルの言葉が変だから、思わず聞いてしまったのだ。
「何を聞いてるんだよ。本物のクレアが何倍も綺麗に決まっているじゃないか」
どキッパリ。
胸を張ってライオネルは答える。
答えるまでに要した時間は、コンマ1秒にも満たなかった。
「ふえっ」
思わずクレアの口から情けない声が漏れる。
「ライ、ごめんなさい。気を使わせちゃったわね。
そうね、判り切ったことを聞いちゃったわ。肖像画の方が綺麗だって決まっているのに」
クレアは反省する。
聞き方が悪くてライオネルが気を使ってしまった。
ライオネルが怒っているのは、余りにも本物のクレアと似ていないから、この肖像画は使えないのだろう。
「さっきからクレアはおかしいよ。こんなブサイクに描かれた肖像画が綺麗とか、何でそんなことを言うの?」
首を傾げるライオネル。
本気で不思議がっているようだ。
まさか、まさか。
「ね、ねえライオネル。ちょっと変なことを聞くわよ。
あ、気なんか使わなくてもいいからね。私はどんなことを言われたって、怒ったりしないし。本気で答えてね。
えっとぉ…ジュリエッタ様と私だったら、どっちが綺麗だと思う」
クレアは恥ずかしさに身を捩りそうになるのを堪えて、敢えて聞いてみる。
ジュリエッタは社交界では、1.2を争う美女だ。比べるのでさえ、おこがましい。
「そんなのクレアに決まっているじゃないか。
僕はクレアほど綺麗な人を他に知らないよ」
エッヘン。そんな擬音が聞こえてきそうな胸の張り方をして、ライオネルは答える。
クレアと顔を上げる許可をまだ貰っていないミュルリは、ともに目玉が落ちそうな程に目を見開いてライオネルを見つめる。
「ほ、本気で?」
「当り前じゃないか。僕はクレアに嘘なんかつかないよ」
本気だ。
ライオネルは本気でクレアのことを美人だと思っているのだ。
クレアは思う。
もしや、クレアを美女と言い切るライオネルの美的感覚は狂っているのではないだろうか。
小さいとき、栄養が足りなくて、目の神経がおかしくなってしまったのか。
それとも、小さい時、クレアとガーロ爺さん以外に近しい人がいなかったから、クレアを美人だと誤った情報を思い込んでしまったのでは。
「ごめんなさいライオネル。もう少し気を付けてあげていれば、まともな美的感覚になれたはずなのに……私が悪いんだわ」
クレアはがっくりと膝をつく。
「何を言ってるんだよ、失礼だなぁ。僕の美的感覚は狂ってなんかいないよ。
クレアが美人なのは当たり前のことじゃないか」
ライオネルは世の中の摂理を述べる。
天地がひっくり返ろうとも、真理は変わらないのだから。
「ミュルリと言ったな、クレアの超越した美しさを表現するのは難しいということは判る。だが、それを画家として描くことができるのか、お前の力量が試されるのだ。
クレアのありのままの美しさを表現するがいい」
「私が間違っておりました。目先の美しさに惑わされるなど、なんと愚かだったことか。
クレア様の心から溢れ出る美しさを、ぜひとも描かせていただきとうございます。どうか、もう一度チャンスをください。お願いいたします」
ライオネルの前で土下座をして、もう一度描かせてくれと願うミュルリ。
鷹揚に頷くライオネル。
何だか嫌な予感がするクレア。
それから暫くして新しい二人の肖像画が出来上がった。
額の端にあり、そっと隠していたニキビの痕までしっかりと描かれたクレアが、涙を堪えていたことを、絵の出来上がりにご満悦のライオネルは気づかないのだった。
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皆さま、現ナマです。
いつも、応援、励まし、感想をありがとうございます。
次回の番外編は、23日(土),24日(日)を予定しております。
よろしくお願いいたします。
応援ありがとうございます!
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