ポラリス~導きの天使~

ラグーン黒波

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第五章・死にたがりの【天使】

【第十五節・最低な手段】

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 周囲を漂う光ごと隠すよう、辛うじて呼吸しているポーラへコートをかけ、月を背負い編隊行動をとる七色鳥の集団を睨む。まさかミーアの環境調査に付き合っている最中、この二人が連れ去られる場に居合わせるなんてね。サリーの方は意識があるが右腕は折り畳まれ、腹は七色鳥の爪が食い込んだのか穴が開いているのが見えた。幸い血は止まっているようだし、あとはこいつの生命力次第だねぇ。
 ただ、どうにも場所が悪い。街からも遠く、魔物達も活発になってる夜の時間帯。今はまだ遠くの林や岩場で様子を窺う奴がちらほらいる程度でも、一度戦いの騒ぎを聞きつければ死肉を漁りに次から次へ集まり始める。アダム達は確実に街方面から追ってくるだろうし、それまでミーアの言う通り時間稼ぎ……いや、七色鳥は全部落とす。ポーラ達に守られてばっかじゃいられないんだ。

「民草を脅かす不埒者っ、お聞きなさいっ!! 私は王都兵士隊所属・ミーア一等兵ですわっ!! あなたの目的が何であれ、狂暴で殺傷能力の高い魔物の不法所持及び傷害は立派な法律違反ですわよっ!! これ以上余罪を重ねる前に大人しく投降なさいっ!! 従うのであれば、この場では命までとりませんわっ!!」

 ミーアは手にした鎚を首領と思われる人物が乗った七色鳥へ向け、声高らかに警告する。ティルレットもレイピアを構えつつ、上空を飛び回る他の七色鳥を目で追っていた。他の個体は無人だが統率が執れていて、野生ではなく【訓練され飼いならされた個体】であることは明白。なんだかキナ臭いじゃないの。
 向こうは警告後も高度を下げる様子は無く、その場で翼をはためかせ滞空している。緑のローブと灰色の襤褸で全身を隠した首領が、七色鳥の首の横から顔を出す。嘴と頭部に固定された手綱を左手で握り、右手でこちらを指差して馴染みない高い声で話し始めた。

『黙れっ!! 森を棄て、人間の犬に成り下がった異端者めっ!! こちらもエルフ族の存続と同胞の命が懸かっているのだっ!! そちらの指図は受けんっ!! 魔物に醜く食い散らかされたくなくば、即刻背後の身柄を引き渡し立ち去れっ!! 僅かでも同胞としての自覚があるのならなぁっ!!』

「同胞? ……アレがエルフ族だってのかい?」

「否。あの者の身は生物に非ず。魔術による傀儡か使い魔、或いは魂を移す【禁術】の類やもしれませぬ」

「最近、似たような事をした【魔女】がいたねぇ。本人は関係はないだろうけど、野放しにしててもロクな事にならなさそうだ」

「………………」

 ティルレットは無言でアタシの顔を見つめる。なんだい、なんか失言でもしたかい?

「……なにさ?」

「失礼。ただ怒りに駆られ、足をすくわれぬようお気を付けを」

「……わかってる。でも、アタシも守られてばっかじゃいられないのさ」

「左様でございますか」

「と・も・か・くっ!! 投降拒否されたからには、こちらも相応の対応をさせてもらいますわよっ!! あなたの主張は王都裁定所で詳しくお伺いしますわっ!!」

 ミーアが宣戦すると首領は頭を左右へ振り、手綱を握り直して七色鳥の影へと隠れた。煽られても深くは話さない。なんでエルフ族の存続に二人が必要になるかは知らないが、向こうは喉から手が出るほど欲しくも、捕まるぐらいなら諦め逃げることを半ば視野に入れてる。まぁ、ミーアの扱う【風の魔術】なら空中戦に対応して、アタイも加われば互角の勝負もできるさ。
 だがアダムやアポロ、新人の増援が辿り着いちまえば、不利と判断して逃げる。こちとらまともに飛ぶ手段がないんだ。徘徊している魔物達へ吹っ掛けるだけで、時間稼ぎは充分さね。バックポシェットからフックを取り出し縄の端を腰へ回し、外れないよう結びながら首領の近場を飛ぶ七色鳥へ狙いをつける。

「ミーアちゃん。奴をしょっ引くなら、逃げられる前に確実に決めるよ。戦力差で不利だと分かれば、恐らくそのまま逃げられちまう。だからミーアちゃんが派手に動き回ってる間に、アタシが奴を拘束する。鉄仮面は地上で二人を頼むよ」

「了承」

「ペントラさんの言いたいことは理解しましたけど……そのフックで七色鳥へ取り付くおつもりで? いくら何でも無茶ですわ。フックが短すぎますし、人間のペントラさんでは……」

 ティルレットは手短な返事のみをしたがミーアは構えたまま、脇目でこちらを見て声を落として話す。

「アッハッハッハッ!! 馬から龍まで、飛び乗る無茶はし慣れてるから大丈夫大丈夫っ!! こう見えて一応、王都兵の大先輩なんだよ?」

「まぁっ、そうでしたのっ!? いえ、でも……ペントラさんはお若いですし、お名前は退役兵の記録には無かった筈ですわ」

「そりゃあ、正規兵じゃないからさ。戦争中は珍しくなかったし、アタシも人間じゃないからねぇ。……っと、この話は後でっ!! ミーアちゃんに続いて、アタシも別方向から攻めるよっ!!」

「わっ、わかりましたわっ!! 御武運をっ!!」

 ミーアは自身の足元へ魔力を集中させ、巻き起こした風で一気に真上へ吹き上がる。鎧や鎚の重さをものともせず、空中で跳ねて軌道修正をしながら一羽の七色鳥を打ち落としに向かった。奴と奴の乗る七色鳥の視線は、自分より高い位置にまで跳ね上がったミーアへと向いている。その後ろ、少し離れて飛ぶ一羽――――フックに繋がれた魔力で伸縮する縄を振り回し、遠心力で加速させて投げ――――七色鳥の左脚を数周して絡まり、固定された。
 引き延ばすのに使った魔力を一気に回収、自分自身を七色鳥へ引き寄せる。久し振りに感じる全身が風を切る感覚――――数秒で左脚の手前まで来ると、異変に気付いた七色鳥が脚をバタつかせ、振り落とそうと旋回し始めた。

「んにぃっ……なろぉ……っ!!」

 腰へ巻いた縄で振り落されはしないが、このままじゃ安定して背へ乗れない。左手を縄から離してバックポシェットへ突っ込み、鉄線を引き出しバタつかせる左右の足を纏め固定。速度が急激に落ちたところで縄を更に短くしながら、振り子の要領で背へ乗る。
 七色鳥のつるつるとした極彩色の羽毛は、力任せに掴むと簡単に抜ける。首の根元へ両腕を回して一度体勢を落ち着かせ、腕の力で身体を引き上げ両足も回す。興奮し暴れ、滅茶苦茶に飛び回るが、半端な長さと柔軟性の無さが仇となり、背へ乗りさえすれば抵抗できないのは知っている。耳を劈く奇声に耐えつつ、ミーアと首領、地上のティルレット様子を確認した。
 ミーアは無人の七色鳥と首領の乗る二羽を同時に相手しながら、変則的に跳ねて両脚の爪や嘴の攻撃を躱す。足元の【風の魔術】へ意識が集中しているのか、回避に精一杯で攻撃まで手が回らない。首領はちょろちょろと跳ね回る彼女へ意識が向き、アタシにはまだ気付いていないか、鎚の一撃が怖くてそれどころじゃないか。
 ティルレットは……ポーラとサリーの周囲へ厚い氷壁を築き、本人はそれを背にする形で集まり始めた魔物を次々と火達磨にし蹴散らしていた。ただ、一羽の七色鳥が氷壁を壊そうと蹴りにくるので、そちらの相手もしながらだ。現状対処に手こずってはないが魔物と七色鳥、どちらか一方を相手し続けるのは難しく、特に七色鳥は間合いの外から様子を伺い一撃離脱で攻めてくるので、ティルレットは反撃まで手が回せない。
 どちらも膠着しているけど、特にミーアの魔力がどこまで持つかわからないねぇ。急いで助けに入りたいのは山々――――

「――――なんだけどっ……落ち着けってのぉっ!!」

 ミーア達から離れたり近付いたり、フラフラと徐々に高度が下がっていく。飛び乗るにしても距離が遠すぎるし手は離せない。殺してもいいならナイフを使う手段もあるけど、本人か七色鳥のどっちを狙っても【生かして捕らえる】次へ繋げるのが難しくなるし。……自前の魔力はそこそこ。戦時中並は無理でも、奴を地上へ引きずり降ろすくらいは出来るか。

 足で七色鳥の首を固く絞め、両手をバックポシェットへ突っ込み、【黒包帯】を取り出し右腕へぐるぐると巻き付ける。巻き終えた【黒包帯】へ魔力を込め、伸びた包帯は乾いた音をたてて右腕、背中を伝い――――左腕の肌を覆う。上半身の胴体が巻かれ、服の背を突き破り、枯れ枝のような細く黒い羽根が出来上がった。右腕で縄を引いてフックを回収し、左腕一本で七色鳥を絞め殺す。ミーア達は――――あそこか。
 動くのを止め、重力のままに落下し始めた七色鳥を足場に飛び上がり、首領が乗る七色鳥目掛け滑空する。手は……僅かに届かないね。包帯の両腕を伸ばし、後ろへ伸ばした状態の七色鳥の両脚へ掴まった。首領が振り返る。ローブの奥に光る黄色い二つの瞳が見え、驚いたように叫ぶ。問題ない、もうこっちの間合いさ。

『んん!? なぁ、なんだ貴様ぁっ!? その――――』

「――――黙って、着いてきなっ!!」

 更に伸ばした右腕の【黒包帯】を、七色鳥の脚から胴体へ巻き付け締めあげる。左腕も伸ばし、首領の胴体へ巻き付けアタシの足元へ引きずり降ろす。内臓を潰され小さくなる七色鳥の断末魔を聞き、右腕は切り離し首領を連れたまま滑空へと移る。地上まではギリギリ……いや、下から氷壁へちょっかい出してた奴が来てる。軌道修正――――駄目、向こうの方が速い。
 地上までの高さ的に危険――――でも、迎撃しかないさね。
 背の羽根を変形させ、巨大な龍の頭を作る。黒い龍の頭は大口を開け――――中に入った七色鳥の頭を噛み千切った。同時に魔力が切れ、巻き付けていた【黒包帯】がボロボロと塵になり、滑空が落下へと変わる。後方からは主の危機を察して急降下する七色鳥の奇声……ミーアちゃんは――――

「――――見事」

「――――ペントラさんっ!!」

 地上から跳ねてきたティルレットが横を通り過ぎ、追い着いたミーアがアタシの左手と首領のローブの端を掴む。地上へ激突する寸前、【風の魔術】による浮遊力で僅かに減速したが、地上へ叩きつけられそのまま長い距離を転がった気がした。全身の重い痛みを耐えつつ顔を――――眼前に、赤い複数の眼をこちらへ向ける、頭に植物を生やした小人型魔物の群れ。

「!? ま――」

「はああああああぁっ!!」

 頭上を飛び越え、煌々と光る二振りの【黄金の剣】を両手に握り、浮遊する八本の【黄金の剣】を群れへ飛ばして斬り込んでいく、水色のローブに三つ編みの後ろ姿。流石、絶好のタイミングで来てくれんじゃないの。

「新人っ、例の【ミミズク】で副司祭の奥にいる巨人を蹴散らせっ!! 俺は司祭達の周りの奴らを追い払うっ!!」

「はっ、はいっ!! お……お願いしますっ、【ミミズク】さんっ!!」

 後ろから追って来たアポロと新人【天使】の声の後、人間の子供程の大きな【白ミミズク】が上空から急降下し、奥にいた一体の一つ目巨人の頭部へ接触する。ふさふさの白い身体がめり込んだ部分は綺麗に消え、巨人はがくがくと全身を痙攣させて倒れた。なんだ、どうなって……。

「だだっ、大丈夫ですかっ!? ペントラさんっ、ミーアさんっ!?」

「へ? ああ……アタシは大丈夫。助かっ――――じゃないっ!! 奴はっ!?」

「……あ……あそこですわ……っ!!」

 泣きそうな顔の新人に駆け寄られ、ほっとすると同時に周囲に首領の姿がないか見回すと、鎚を支えに片足を跪けていたミーアが指を差す。氷壁からポーラとサリーを抱え出てくる緑ローブ。何もない空間へ飛び乗る動作をすると、ポーラが不自然に宙へ浮き、そのまま動き始めた。姿の見えない魔物まで飼いならしてるのか。

「くっそ……ポーラっ!!」

 各々が自分らを取り囲む魔物の処理や救助で手が離せない状況だってのに、あの速さじゃ――――

「――――させねぇっ!!」

 氷壁の隣で、鉄の矢を添え弓を構えるアポロ。その頭上――――【信仰の力】で作られた両腕。それは光る巨大な緑の弓を構え、重々しい音と共に弦をひくと【バリスタ】並みに長く太い矢が何もない空間から添えられた。一拍――――アポロの矢が放たれると共に空気を震わせ、【発射】された両腕の矢も飛んでいく。鉄の矢は首領の頭へと刺さり、巨大な矢は宙に浮くポーラの少し下を捉え、姿を隠していた何かが大量の血を撒き散らして弾けた。
 ポーラは宙を舞って草原に落下し、サリーと首領は群がりつつある場所で草原に転げ落ちたのが見えた。ティルレットとアダムが向かっているが、ガゼル種の魔物の群れが邪魔をして処理に時間がかかってる。

「っ!! サリー神官っ、今行きますわっ!!」

「ミーアさん待ってくださいっ!! そんなボロボロじゃ……脚も――――」

「――――なら、肩を貸してくださいませ新人さんっ!! 片足だけなら……っ!!」

 着地の際に右足首を捻ったか、這いずるミーアはサリーの元へ向かっていた。アタシも地面へ腕を突いて上半身を起こすけど、魔力不足で力が入らず、そのまま地面へ倒れちまう。サリーは動けたとしても満身創痍か……クソ、ポーラだって安全なわけじゃないんだよ。動け、動けよ。あいつの守りたい奴も、助けたい奴も、アタシが守るんだろ。

「ホント……肝心な時に……っ!!」

「おいっ、腕っ!! 俺を――――」

***

 例の姿が見えない龍から、アタイとローブ野郎は転がり落ちた。腹の傷は塞がり骨折も治ったが血が足りない。ふらつきつつも、不安定な両膝でどうにか立ち上がる。アタイとポラリスを攫ったローブ野郎は頭に矢が刺さったまま、【機神】がよく使う剣状の武器を手に、こちらへ歩み寄っていた。

「……大体、繋がってきた。テメェは……エルフ族でも、人間でもない。……【機神】だな?」

『………………』

「いや、【機神】は外見だけで……中身はエルフ族ってところか。竜人族の家畜を奪い……元の身体を棄て、森を棄て……それが誇り高きエルフ族の選択か? ご立派な――――」

『――――黙れっ!! 貴族に囚われた女子供の命すらも救えぬ冷徹神官めっ!! 貴族・教会・腐り切った人の都……貴様らに搾取されるだけの我々ではないっ!! 長寿にて聡明なエルフ族が、森を追われ惨たらしく殺され辱められるなど間違っているっ!! 何故救わなかったっ!? 何故見殺しにしたっ!? 我々は貴様と人間の犬となった同族の姿を見ていたぞっ!!』

「!? まさか……」

『そのまさかよっ!!』

 ローブの【機神】は足を速め、距離を詰める。脳裏を過る、あの日の記憶――――人間を相手に斬ることを恐れ、逆に首を深く切られた。立ち眩み、後ろへ倒れて尻もちをつくと、目の前を剣が通過する。目と鼻の先で剣を突きつけられ、吐きそうな程の恐怖が湧きあがった……動けない。

「ひ…………う……っ!?」

『自身が逆の立場へと陥らねば学ぼうとすらしない、【地上界】で最も愚かな劣等種めっ!! 神々の言葉を鵜呑みに幾度となく侵略し、森を焼き、未だ多くの命を奪い続ける貴様らに未来などないわぁっ!! あの日、囚われた同族の救出を行った我らの目は全てを捉えていたともっ!! 我らの鉄の頭脳は砕かれる直前の光景や音までも、別の場所の同族へ鮮明に伝えるっ!! 踵を返し、逃げていく姿もなぁっ!!』

「ち……ちが……」

 違う。救おうとはした。だが、女は既に限界寸前の精神状態。更にミーアの介入で刺激してしまい、発狂した。あの状況で、胸を刺されなかった子供だけを救出するのも……不可能だったんだ。決して、命を軽く見ていたわけじゃ――――

『――――何も違わないっ!! お前も、向こうで倒れている男もだっ!! 生きながらゆっくりと心の臓を抉り、魔物共の餌にしてやるっ!!』


 心臓へ迫る剣。ゆっくりと流れ始めた時間。手足を動かすことも叶わず、この距離と体勢では避けることも無理だ。赤く目を光らせた【機神】の剣先から、目が離せない。嫌だ。怖い。逃げたい。刺さり抉られ、全身へ走る【痛み】を想像し、歯を強く食いしばる。
 死にかけたあの日から【痛み】が分からなくなったアタイは、自分が不要な感情と弱さを棄て、強くなったのだと勘違いしていた。どれだけ怪我や致命傷を負おうとも、強い【信仰の力】と並外れた自然治癒力を持つ【上級天使】の階級が、臆病だったアタイを後押しした。より暗く、闇の深い方へ。
 全てを失ったあの日のことは、眩しかった日々を送っていた罰だと、無意識に考えていたせいもあったんだと思う。変わり果てたセルとウールが殺され、ゼインが全身を切り刻まれて倒れた後、ようやく助けに駆け付けたルシの慰めの言葉は、空っぽのアタイには何も響かなかった。寧ろ、皆と一緒に死ねなかったのが悔しくて、寂しくて、過去や他人の幸せを恨み、嫉んで捻くれちまった。
 ミーアが倒れた時、気付くべきだったんだよ。なんであんなに必死になって生かそうとしたのか。なんで泣きじゃくるあいつを背負ってやって、街の病院まで運んだか。アタイを庇ったウールと何ら変わらない。嫌だったんだよ。どうしようもない自分へ付き合ってくれる奴が、こんな所で死ぬのが。今は泥まみれでも希望を持つミーアには、幸せな未来を生きて欲しかったんだ。
 ……これがもし皆の想いを踏みにじり、過去から目を背けたアタイへの罰なのだとしたら、当然の報いか。因果応報、受け入れるべき罰。納得……納得したい。できない。受け入れることを拒絶する。

 死ねない――――……生きたい。セル、ウール、ゼインの為にも。アタイを救おうと世話を焼いて、ミーアを変えたあいつらの為にも。

 生きたい。どうしようもないくらい、アタイは生きたいんだ。


 剣先が肌へ食い込んだ瞬間、ローブの【機神】は真横へ吹き飛んだ。アタイの前に現れたのは、セル――――じゃなくて、額から血を流し、拳を突き出したアポロ。素手で殴りつけて庇った?

「あ……あんた――――」

「――――もう、十分だろぉがっ!!」

「!?」

 草原を転がりながら受け身を取り、起き上がったローブの【機神】へアポロは叫ぶ。

『な、ん……だとっ!? エルフ族への今日まで行われている非道の数々を、貴様は赦せと言うのか愚かな人間よっ!! ならばこの胸に湧きあがる憎悪と屈辱的な感情をどうすればよいっ!? 復讐を成し遂げ、我らエルフ族が【地上界】を統べる以外無いだろうっ!?』

「うるせぇ知るか馬鹿がっ!! だからって助けられなくて後悔してる奴や、あんたらと共存を望んで未来を生きたいって奴らまでぶっ殺すのはいいわけねぇだろぉっ!! 恨むなら一生恨めっ!! 憎むんだったら未来永劫憎んでくれてもいいっ!! だがなぁっ、ただの憎しみは争いしか生まねぇっ!! どっちかが完全に折れるか過去へ納得して手を取り合わない限り、憎悪は何処までも連鎖するんだっ!!」

『だから堪えろとっ!? 戯言も大概にしろっ!! 我々エルフ族は――――』

「――――堪えろっつってねぇだろっ!! その賢い頭でもっとやり方考えろっつってんだよっ!!」

 鬼気迫る表情。空になった矢筒や折れた弓を棄て、ローブの【機神】へと足早に近付くアポロ。駄目だよ、いくらなんでも怪力だけで武装した【機神】相手なんて。

「この世界はどこまでも歪んでいて、どいつもこいつも憎み合って殺し合うようにできてんだっ!! そんな中で救えなかったことに後悔して涙を流す奴や、ご先祖さんのがやっちまったことに心を痛めながらも、向き合って共存を望む奴はごまんといるっ!! そんな奴らや同族の戦いたくない奴らの気持ちを考えたことが、テメェにはあんのかよ鉄頭っ!?」

『はっ、何を言うかっ!! エルフ族は運命共同体っ!! 個の意志は種族全体の意志を表すっ!! 聡明な種族が世界を統べるのは自然の摂理よっ!! 搾取されるべき愚かな他種族と共存するなど片腹痛いわぁっ!! 搾取した技術や英知を利用し、生命として更なる高みへ昇り詰めるっ!! それ以外の感情や思想を持ち、団結を乱す輩など同族であろうと死んで当然だろうっ!?』

「よくわかったっ!! 結局テメェは他人を踏みにじって、感謝するどころか弱い者いじめしかできねぇ頭のいかれたクソ野郎だってことがなぁっ!!」

 アポロは走り出し、ローブの【機神】へと殴りかかる。しかし、ローブの下から飛び出した翼で飛び立たれ、真上へ躱されながら背を切りつけられる。鮮血が噴き出る――――が、姿を目で追えていたのか即座に反応し、組んだ両腕を振り下ろし力任せに叩き落す。ローブの【機神】は左肩へまともに受けたが地面すれすれで体勢を整え、再び上昇していく。逃げる気か。

『覚えておけっ!! 愚かな――――』

「――――テメェみてぇな馬鹿を、いちいち覚えてられるかクソ野郎がぁっ!!」

 アポロが右腕を地面へ向け振り下ろすと、遥か上空から拳を固めた右腕がローブの【機神】を殴りつけ、胴体を吹っ飛ばし、手・足・頭部……細かな部品の破片が、花火のように弾けた。
 その内、矢の刺さった頭部がアタイの目の前へと落下する。バチバチと音を出し、特徴的な装甲の下で光る二つの赤い目も色は薄らいでいたが、まだ意識があるのか掠れた声で叫ぶ。

『お……のれっ!! おのれおのれ……れっ!! 赦さ……ぞっ!! 教会……貴族、人……も、エルフ族以外の劣等種、あの人間も……貴様もだっ!! いずれ愚かな貴様らは、同じ過ちを繰り返すっ!! 罪無き者を見殺しにし……再び争いの戦火を撒き散らすのだっ!! 震えて、待つがいい、いずれ我々の同……ががが、貴様や人間の犬になった異端者を――――』

「――――【心の痛み】が理解できなければ、僕があなたへ与えましょう」

『!?』

 紫の【十字架】が、音も無く目の前の頭部へ突き刺さる。アポロに支えられたポラリスが、ローブの【機神】の後ろへ立っていた。理解されない怒りや憎悪ではなく、理解してもらえないことを哀しんでいる表情で。周りを漂う光も続くようにして、刺さった頭部へ降り積もる。

「あなたは憎むあまりに周りが見えなくなり、救おうとした者にまで剣を向けた。彼女のやり方は、あなたにとって消極的だったかもしれない。ですが、後悔している彼女を咎め、過去や罪へ更に縛り付けるのは暴力に等しい行為です。【身体の痛み】と【心の痛み】は違います。そして……こういった強引な感情の伝え方は、僕自身が最も嫌悪し、最低な手段だと自覚しています」

『あ、あ……あっ!? よっ、よせせせせせ――――や、やめてくれぇっ!! ああああああたまあたまあああああああがががががが――――』

「――――名前も知らないエルフさん。できれば二度と同じ過ちを犯さず、穏やかな生を送られることを願います」

 【十字架】を握るポラリスの右手の上へアポロが左手を重ね、目を閉じて告げる。

 ――――汝に、【天使】の導きがあらんことを。


 半透明に戻った【十字架】をポラリスが引き抜くと、役目を終えたのか、細かな光となって彼とアタイの周囲の光と共に夜空へ浮かび上がる。元居た夜空へ帰っていくように、輝く星達の中へ溶け込み、消えていった。

「……サリーさん。辛い思いをさせて、すみませんでした」

 ぽつりと呟き、ポラリスは頭を深く下げる。
 どっちがだよ。他人の辛さや痛みまで【共感・理解できてしまう】。それがどれだけ辛く、痛く、苦しいかだなんて、アタイにはわからないのに。そんなの……ズルいじゃないですか、先輩。
 言葉に出そうになり、口を開くと太い腕でポラリスごと抱きしめられる。緊張が解け感極まったのか、アポロがボロボロと涙を流しながら叫ぶ。

「あああああああああ二人ども生ぎででよがっだああああああああああぁっ!!」

「い……っ!? 痛いってマッチョ君っ!? アタイも先輩も一応怪我人だってのっ!!」

「苦しいです……アポロ……それに、のんびりしてる場合じゃ――――」

「――――――!!」

 雄叫びに反応し、アポロはアタイ達を脇と肩に抱えて前へと跳ぶ。直後、振り下ろされる茨のような棘の尾と地響き。尾へ植物を寄生させる中型リザード種の魔物。六、七……十以上はいる。真ん前からは……ガゼル種の魔物を蹴散らし終えたアダムとティルレットが来てる。でも――――

「――――弓無し煙幕催涙閃光無しっ!! 全力で逃げますっ!! しっかり掴まっててくださいねっ!!」

 アポロは言い終える前に加速し始め、言葉通り全速力でその場から逃げ出した。魔物達も反応し、負けじとこちらを追いかけ始める。

「だ、大丈夫なんですっ!?」

「ええっ!! あれだけ目の前に飯が転がってるんですっ!! 食い易い方へ食い付いた方がいいって、魔物達も分かってますんでっ!! 不要な争いは極力避けますっ!! 副司祭とティルレットさんも引き返してくださーいっ!! 怪我人回収して帰りますよーっ!!」


 額と背中からの出血や痛みを感じさせない笑顔で叫ぶ彼は、ゼインに叱られた時のセルそっくりで、教会を駆け回る二人を見てウールと大笑いしたのを思い出し、久し振りに息が苦しくなるくらい笑った。
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