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3話
しおりを挟む第3話「天ノ宮駅前ダンジョンへ」
天ノ宮駅へ向かう途中、胸の奥でずっとスマホのバイブのような震えが続いていた。
実際にはスマホは鳴っていない。これは――ダンジョンからの“誘導”だ。
「神代くん、落ち着いて。初回は精神に干渉があるの。抵抗はできないけど、飲まれなければ大丈夫」
「言われてもな……鼓動が勝手に加速してるんだけど」
「正常よ。誘導反応が強いほど、適性が高いってことだから」
朱音の言葉は意味がわからないはずなのに、不思議と安心感があった。
(成長補正×10……本当に俺がそんなスキル持ってるのか?)
足を踏みしめるたびに、身体の奥で何かが熱く煌めく。
生まれて初めて“力が溢れる”という感覚がわかった気がした。
駅前ロータリーに差し掛かった瞬間、空気が変わった。
車も人の流れもあるのに、中心だけが妙に静かだ。
地面の一角がぼんやりと揺らぎ、薄い青色の膜がゆらゆらと波打っている。
「……あれが、ダンジョンゲートか」
「ええ。でも見えてるのは私たちだけ。他の人にはただの空気の揺れにしか見えない」
ゲートの表面は水面のように揺れ、触れたら吸い込まれそうだった。
緊張で喉がひりつく。
「……入るのか?」
「入らないとスキル成長しないし、あなたの特異枠が暴走するかもしれない。だから早いほうがいい」
朱音の真剣な瞳が、逃げ道を塞ぐ。
(逃げられないか……でも)
昨夜、俺は決めた。
平凡なままで終わるつもりはない。
「わかった。行こう」
俺が一歩踏み出し、ゲートへ手を伸ばした瞬間――
世界が、裏返るように沈んだ。
***
気づけば、湿った土の匂いが鼻を刺していた。
薄暗い通路。天井は岩で覆われ、ぼんやりとした緑の光が壁に埋まった鉱石から漏れている。
現実離れしているのに、妙に“本物の危険”として肌が反応した。
【ダンジョン:天ノ宮駅前地下迷宮(初級)】
【初入場ボーナス:ステータス微増・経験値倍率↑】
「……本当に、ゲームみたいだな」
思わず声が漏れた。
だが朱音は笑わない。むしろ張り詰めた空気のままだ。
「気を抜かないで。ここは“本物の敵”が出る場所よ。死ねば普通に死ぬ」
「冗談だろ」
「冗談に聞こえるほうが危ないわ」
朱音はポケットから短いナイフを取り出した。
反射的に聞き返す。
「なんでそんなもの持ってるんだ?」
「昨日の時点で、ダンジョンの出現は予測されてたの。私は……そういう立場の人間だから」
言いかけて、朱音は口をつぐむ。
秘密は多い。でも、今は詮索している場合じゃなかった。
そのとき、耳が微かな物音を拾った。
カサ……カサ……
「前方、来るわよ。神代くん、身構えて」
通路の奥から現れたのは、2足歩行の小柄な影。
顔は歪んだ仮面のようで、手には錆びた短剣を握っている。
「ゴ、ゴル……?」
「ゴブリン。ダンジョン定番の雑魚だけど……油断すると普通に刺されるわよ」
最初の敵。
喉が乾き、手足が震える。
けど、逃げる気は不思議と起きなかった。
(ここで負けたら、俺は一生“何も変われない奴”のままだ)
ゴブリンが奇声を上げ、突っ込んでくる。
「来るッ!」
だが本能が叫んだ瞬間、視界がわずかに速くなった。
反応速度が上がった? いや、違う――
(スキル補正……!)
飛び込んできた短剣の軌道が、まるでスロー再生のように見えた。
「うおおおッ!」
避け切れない――と思った瞬間、身体は勝手に横へ跳び、距離を取っていた。
そして、
グシャッ。
拳がゴブリンの顔面にめり込んだ。
想像以上の衝撃。骨が砕ける感触が拳越しに伝わる。
ゴブリンが痙攣しながら崩れ落ちた。
【ゴブリンを討伐しました】
【経験値獲得:×10補正適用】
【レベル1 → レベル4】
「レベル……三つ上がった……?」
朱音が驚愕する。
「普通は1匹でレベル上がらないのよ!? 10倍……そんなバケモノみたいな補正、初めて見た……!」
胸が熱くなる。
本当に、俺は“強くなれる”らしい。
「神代くん……あなた、思ってた以上に危険よ。嬉しい意味でも、怖い意味でも」
朱音の声には、恐れと期待が混ざっていた。
(なら――ここからだ)
俺は拳を握り直し、ダンジョンの奥を見つめた。
「進もう。もっと強くならなきゃ」
―――第3話 了―――
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