身代わり妃は後宮で失せ物の夢を見る

瀬崎由美

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第二十二話・疑惑2

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 寝台の上に座ったまま、木蘭は天窓から月を眺める。白く寒々しい月明りを浴びながら、遥か遠くにある故郷のことを思い出していた。
 村の人達は誰も怪我せず過ごせているだろうか。木蘭が家を出る時にはまだお腹は目立ってはなかった二軒隣のお嫁さんは無事に子を産むことができただろうか。

 ――父様と母様は、変わらず元気にしているかしら……

 実父からの文はあれ以来ない。父ではなく叔父という名目で頻繁に連絡を寄越すのは難しいのだろうし、姜妃である自分が家を通さずただの分家に文を送りつけるのも不自然だ。
 体裁を保とうとすればするほど、故郷との距離が遠のいていく。
 時折、何のために我慢を強いられているのか分からなくなることがある。
 どうして自分だけこんな思いをしなくてはいけないのか。未央姐様は私を身代りにしたことをどう考えているのだろうか。
 伯父にとって、自分は都合の良いただの捨て駒だった。

 考えれば考えるほど胸が締め付けられ、自分自身を見失いそうになる。
 未央様と呼ばれて躊躇いなく返事するようになった自分の中から姜木蘭が徐々に消えていっている気がしてならない。

 朱雀宮らしき広い殿舎の一室。収納の為の調度品が多く、個人に与えられた部屋ではなさそうだ。そこでは年嵩のいった侍女が一人、蝋燭を灯して机に向かい何か書き物をしていた。
 その明かりを頼りに、木蘭は自分を夢の中で呼び寄せた物を探す。
 心の中に感じる焦りと悲しみの気持ちはこれを探している者の感情か。
 宦官の周啓がこの部屋へと運び込んだ後、一部の行方が分からなくなったというそれは、部屋の隅に置かれた褐色の厨子の裏にひっそりと存在していた。
 壁と調度との隙間はほんの僅か。その薄い空間に見失われた物はあった。

 ――これじゃあ、なかなか見つからないわね……

 まるで壁に備え付けられた物のようにぴたりと置かれた厨子。
 きっとこれが動かせることを知らない者がいたとしても不思議ではない。妃が持ち込んだものではなく、元から置いてあったものなのだろうか?
 人の目には隙間なんて確認できないも同然に壁に沿って置かれている。まさかそんなところにはと探すことはなかったのだろう。
 上質で絹織物のように薄い紙は、風か何かに飛ばされた拍子にするりと滑るようにその僅かしかない隙間に一枚ずつ落ちてしまったらしい。
 埃を被った麻紙が狭い中で重なり合いながら、人に見つけてもらえるのを静かに待っていた。

 目が覚めた後、孝公宛の文に麻紙が隠れている場所を記し、信頼のおける宦官へと託した。
 以前に朱妃の衣を預けたのと同じ男で、青龍宮内の雑務を嫌な顔一つせずにこなしてくれるまだ若い物静かな宦官だ。
 確か、孫信そんしんと名乗っていたような気はするが、直接呼ぶことはほとんどない。

 木蘭からの報告がどのように伝えられたのかは分からないが、その日の昼過ぎには厨子の裏から埃まみれになった麻紙が見つかったようだった。
 ただのその場限りの誤魔化しで口走ったとでも考えていたのか、木蘭を前に孝公は困惑の表情を浮かべていた。本当にあるとは思わなかったという本心が、はっきりと顔に書いてあるようだった。

 机を間に向かい合いながら、木蘭は皇弟の顔色を不安そうな目で伺う。
 「探していた物は確かに姜妃様が連絡してくださった場所で見つけることができました」そう報告した後、孝公はどう反応していいか分からないといった風に黙り込んだ。
 気を利かせた春麗に茶の席を設けてもらい、今はこうして中庭の見える景観の良い部屋で対面しているが、不可思議なことを目の当たりにして孝公は次の言葉を考えあぐねているようだ。
 かと言って、木蘭から言うことなんて何もない。

「姜妃様は、あれを夢で見られたのでしたか……」

 問いかけるというよりは、どちらかというと独り言に近い。言葉にして頭の中を必死で整理しようとしているのだろう。

「失せ物が夢に現れる、でしたか」
「はい。無くされた方の必死な思いに引き寄せられるように、それがある場所が見えることがあります」
「それは占術の類いでしょうか?」

 孝公の疑問に、木蘭は首を傾げる。
 これまで深く考えたことはなかったけれど、物心が付いた時には見ることがあった。
 この後宮ほど物探しをする機会はなかったし、家族に話しても偶然の一言で片付けられていたから。

「どうなんでしょう? これまで詳しく調べたこともございませんし……」

 力の分類としては占術なのかもしれない。そう考えてしまうと府に落ちることは多いがいつも無意識に見ていたので何とも言えない。
 ただ、木蘭が意識して見ようと思ったのは今回の麻紙が初めてだった。自分から見たいと思って夢を見たことはなかったから、本当に朱雀宮の夢が現れたことに心底驚いていたくらいだ。
 木蘭の答えに、孝公はしばらく考えを巡らせていたようだったが「なるほど」と呟いた後、茶器を口元に持っていった。占術ということにしてしまえば彼も幾分かは納得ができるのだろう。

「今回のことで周啓は姜妃様にとても感謝しておりました。ただ、探していた物が出てきたところで朱雀宮では仕事がし辛い状況は変わらないようで……」

 誤解だったと分かったところで、一度入ってしまった亀裂が綺麗に元へ戻るのは難しい。周啓を別の宮へ移動させようと孝公は考えているらしかった。
 そこまで丁寧に面倒をみているところを見ると、あの宦官は皇弟からかなり目を置かれている者のようだ。

「本人に希望を聞いたところ、可能であれば恩人である姜妃様の元で仕えたいと申しておりまして――」

 孝公の言葉に、木蘭はギョッと目を見開く。下級妃である自分に専属の宦官なんて不相応なこと。今出入りしてくれている者達だって、青龍宮内の妃をまとめて世話してくれている状態なのだから。
 木蘭の戸惑いは十分に理解しているようで、孝公は茶器を机に戻してから、少しばかり声を潜める。

「あなたの力は、この後宮ではとても危険です。周啓は小柄な男ですが、それなりに武術の心得があります」

 夢見の力はこの陰謀巡る後宮という場所では、とても危なっかしい。誰かにとっては露見されたくないことでも木蘭は夢で見てしまうからだ。
 思い返してみると、端妃の侍女や呂籍が罪を暴いた木蘭のことを逆恨みしてくる可能性だってあった。
 今までそんなことまで考えたことが無かったから、木蘭は背筋に冷たいものを感じて顔を青ざめさせた。
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