婚約破棄されましたが、おかげで聖女になりました

瀬崎由美

文字の大きさ
28 / 50

第二十八話・帰領2

しおりを挟む
 目の前のお皿が一瞬でも空になれば、すぐにあれやこれやとお菓子が盛られ、私のお腹がこれ以上はもう入らない悲鳴を上げる。私が食べている姿をニコニコしながら眺めている家族の視線に応えようと、ちょっと無理し過ぎたかもしれない。でも今日だけは体型を気にするのは忘れることにした。

「もうお腹いっぱい。やっぱりお母様のベリーパイが一番ね」

 甘ったるくなった口の中をお茶で宥めて、私はもう食べられないとお腹を擦ってみせる。ヴァルツが部屋中を歩き回った後に膝の上に乗ってきたが、今はお腹を圧迫されては堪らないと隣の空いている椅子に乗せ直した。猫に向かって「こっちに座ってて」と言い聞かせてから顔を上げると、嬉しそうだけれどどこか寂し気な眼をした家族に気付く。

「王都での生活にはもう慣れたのか?」
「神殿はちゃんとよくしてくださっているの?」

 せきを切ったように父と母が続けて確認してくる。神殿からも状況を説明するための使者と書簡が送られて来ているはずだから、私がどういった経緯で聖女に認定されてしまったのかは分かっているのだろう。ただ、娘自身が不便なく過ごせているかだけが気掛かりなようだった。

「ええ、朝夕の参拝以外はとても自由にさせていただてるわ。ナナも居てくれたし、教育係として歳の近い女性を付けて下さったから、その方にいろいろを教えていただいたり」
「その……第三王子殿下とは、上手くやっていけそうなのか? いろいろ噂がある方のようだけれど……」

 急に求婚の申し出の手紙が届いて、父はそれが本物かどうかの判断がつかず相当困惑したのだと言う。男爵家には来るはずのない物が届いたのだから当然だ。その後から遅れて神殿や私からも連絡があり、それでようやくある程度の状況を察して返事を送り返すことができたのだと。

「しかし、身を隠す為に訪れた神殿で何がどうすればこんなことに……」
「聖女というだけでも信じられないのに、王子殿下から求婚だなんてねぇ……」
「昔からアイラはタダじゃ起きないよね。こないだセドリックと偶然会ったけど、あいつは家督を弟に奪われることが決まって、遠い親戚の家に奉公へ出されるって話だよ」

 心配と呆れとがごちゃ混ぜになっている両親に反して、兄様は妹に降りかかった特異な境遇をちょっと面白がっているようだった。

「セドリックはミレーと婚約し直すんじゃないのね?」
「無い無い。あいつが男爵を継げないって分かったら、すぐに離れてったって話だよ。セドリック自身は家を追い出されても商家へ婿入りになると期待してたみたいだけどね」

 「そうなんだ」と呟きながら、私は複雑な感情に覆われる。別に皆が幸せになれたら、なんて聖人君子のようなことは思わないが、知り合いの不幸話を嘲笑う趣味もない。
 でも、今は自分のことで精一杯なことも確かだ。心配気な両親へ向かって私はパトリック様にお茶会に招待してもらった話をした。ちゃんと婚約者として扱ってもらっていることを伝えると、少しは安心させることができるだろうと。

「その時に、ジョセフ殿下もいらっしゃったのよ」
「ジョセフ殿下というと、第一王子のか? 療養中でずっと王都を離れておられると聞いたが」
「そうみたいだけど、ちょうど帰って来たところだっておっしゃってたわ」

 とても人当たりの良い聡明そうな方だったと語りながら、私はあの時に王子二人から沢山の情報を得たことに気付いた。あの時に宰相様には私と同じ歳の娘がいるという話を聞いていなければ、こうして家族の元へ帰る機会は与えられなかったかもしれないのだ。

 ——もしかして、ジョセフ殿下は私にあえて聞かせる為に出ていらっしゃったのかしら?

 兄弟の話の中にはこれから私が関わっていくであろう人物の話が沢山上がっていた。しばらく王宮に滞在する予定なら、わざわざ婚約者が訪れているところへ長々と邪魔をしに来なくても弟と喋る機会なんて今後いくらでもあったはずだ。
 そう考えるとやはりジョセフ殿下が王太子になる未来が無くなったことを心底残念に思えた。

 私は家族へ向けて出来るだけ楽しそうに王都での生活について語る。遠く離れて暮らす私のことを少しでも安心して送り出して欲しいから。だって、私が次に帰って来れる保証なんて今の時点では何も無いのだから……
 お父様もお母様もそのことが分かっているからか、目の前のカップには一度も口を付けず、私のお喋りを真剣にずっと聞いてくれていた。

 夕方になると、王都の街並みとは違って屋敷の周りは一気に真っ暗になる。夜になっても賑やかで大通りから人が消えることのない王都の光景が夢だったかのように、虫の声と風の騒めきだけの窓の外。幼い頃から見慣れているはずなのにとても珍しいとでもいうように、私は自室の窓枠に座ってそれらの音に耳を澄ませていた。

 ベッドではど真ん中を占拠するように黒猫が毛繕いをしている。通いの料理人が用意してくれたミルク粥が相当お気に召したようで、ヴァルツはお腹が真ん丸になるまで味わっていた。その証拠にさっきからずっと口周りばかり洗い続けている。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

運命に勝てない当て馬令嬢の幕引き。

ぽんぽこ狸
恋愛
 気高き公爵家令嬢オリヴィアの護衛騎士であるテオは、ある日、主に天啓を受けたと打ち明けられた。  その内容は運命の女神の聖女として召喚されたマイという少女と、オリヴィアの婚約者であるカルステンをめぐって死闘を繰り広げ命を失うというものだったらしい。  だからこそ、オリヴィアはもう何も望まない。テオは立場を失うオリヴィアの事は忘れて、自らの道を歩むようにと言われてしまう。  しかし、そんなことは出来るはずもなく、テオも将来の王妃をめぐる運命の争いの中に巻き込まれていくのだった。  五万文字いかない程度のお話です。さくっと終わりますので読者様の暇つぶしになればと思います。

二周目聖女は恋愛小説家! ~探されてますが、前世で断罪されたのでもう名乗り出ません~

今川幸乃
恋愛
下級貴族令嬢のイリスは聖女として国のために祈りを捧げていたが、陰謀により婚約者でもあった王子アレクセイに偽聖女であると断罪されて死んだ。 こんなことなら聖女に名乗り出なければ良かった、と思ったイリスは突如、聖女に名乗り出る直前に巻き戻ってしまう。 「絶対に名乗り出ない」と思うイリスは部屋に籠り、怪しまれないよう恋愛小説を書いているという嘘をついてしまう。 が、嘘をごまかすために仕方なく書き始めた恋愛小説はなぜかどんどん人気になっていく。 「恥ずかしいからむしろ誰にも読まれないで欲しいんだけど……」 一方そのころ、本物の聖女が現れないため王子アレクセイらは必死で聖女を探していた。 ※序盤の断罪以外はギャグ寄り。だいぶ前に書いたもののリメイク版です

奪われる人生とはお別れします 婚約破棄の後は幸せな日々が待っていました

水空 葵
恋愛
婚約者だった王太子殿下は、最近聖女様にかかりっきりで私には見向きもしない。 それなのに妃教育と称して仕事を押し付けてくる。 しまいには建国パーティーの時に婚約解消を突き付けられてしまった。 王太子殿下、それから私の両親。今まで尽くしてきたのに、裏切るなんて許せません。 でも、これ以上奪われるのは嫌なので、さっさとお別れしましょう。 ◇2024/2/5 HOTランキング1位に掲載されました。 ◇第17回 恋愛小説大賞で6位&奨励賞を頂きました。 ◇レジーナブックスより書籍発売中です! 本当にありがとうございます!

聖女は記憶と共に姿を消した~婚約破棄を告げられた時、王国の運命が決まった~

キョウキョウ
恋愛
ある日、婚約相手のエリック王子から呼び出された聖女ノエラ。 パーティーが行われている会場の中央、貴族たちが注目する場所に立たされたノエラは、エリック王子から突然、婚約を破棄されてしまう。 最近、冷たい態度が続いていたとはいえ、公の場での宣言にノエラは言葉を失った。 さらにエリック王子は、ノエラが聖女には相応しくないと告げた後、一緒に居た美しい女神官エリーゼを真の聖女にすると宣言してしまう。彼女こそが本当の聖女であると言って、ノエラのことを偽物扱いする。 その瞬間、ノエラの心に浮かんだのは、万が一の時のために準備していた計画だった。 王国から、聖女ノエラに関する記憶を全て消し去るという計画を、今こそ実行に移す時だと決意した。 こうして聖女ノエラは人々の記憶から消え去り、ただのノエラとして新たな一歩を踏み出すのだった。 ※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。 ※カクヨムにも掲載中です。

追放聖女ですが、辺境で愛されすぎて国ごと救ってしまいました』

鍛高譚
恋愛
婚約者である王太子から 「お前の力は不安定で使えない」と切り捨てられ、 聖女アニスは王都から追放された。 行き場を失った彼女を迎えたのは、 寡黙で誠実な辺境伯レオニール。 「ここでは、君の意思が最優先だ」 その一言に救われ、 アニスは初めて“自分のために生きる”日々を知っていく。 ──だがその頃、王都では魔力が暴走し、魔物が溢れ出す最悪の事態に。 「アニスさえ戻れば国は救われる!」 手のひらを返した王太子と新聖女リリィは土下座で懇願するが…… 「私はあなたがたの所有物ではありません」 アニスは冷静に突き放し、 自らの意思で国を救うために立ち上がる。 そして儀式の中で“真の聖女”として覚醒したアニスは、 暴走する魔力を鎮め、魔物を浄化し、国中に奇跡をもたらす。 暴走の原因を隠蔽していた王太子は失脚。 リリィは国外追放。 民衆はアニスを真の守護者として称える。 しかしアニスが選んだのは―― 王都ではなく、静かで温かい辺境の地。

婚約破棄されたので、とりあえず王太子のことは忘れます!

パリパリかぷちーの
恋愛
クライネルト公爵令嬢のリーチュは、王太子ジークフリートから卒業パーティーで大勢の前で婚約破棄を告げられる。しかし、王太子妃教育から解放されることを喜ぶリーチュは全く意に介さず、むしろ祝杯をあげる始末。彼女は領地の離宮に引きこもり、趣味である薬草園作りに没頭する自由な日々を謳歌し始める。

〘完結〛婚約破棄?まあ!御冗談がお上手なんですね!

桜井ことり
恋愛
「何度言ったら分かるのだ!アテルイ・アークライト!貴様との婚約は、正式に、完全に、破棄されたのだ!」 「……今、婚約破棄と、確かにおっしゃいましたな?王太子殿下」 その声には、念を押すような強い響きがあった。 「そうだ!婚約破棄だ!何か文句でもあるのか、バルフォア侯爵!」 アルフォンスは、自分に反抗的な貴族の筆頭からの問いかけに、苛立ちを隠さずに答える。 しかし、侯爵が返した言葉は、アルフォンスの予想を遥かに超えるものだった。 「いいえ、文句などございません。むしろ、感謝したいくらいでございます。――では、アテルイ嬢と、この私が婚約しても良い、とのことですかな?」 「なっ……!?」 アルフォンスが言葉を失う。 それだけではなかった。バルフォア侯爵の言葉を皮切りに、堰を切ったように他の貴族たちが次々と声を上げたのだ。 「お待ちください、侯爵!アテルイ様ほどの淑女を、貴方のような年寄りに任せてはおけませんな!」 「その通り!アテルイ様の隣に立つべきは、我が騎士団の誉れ、このグレイフォード伯爵である!」 「財力で言えば、我がオズワルド子爵家が一番です!アテルイ様、どうか私に清き一票を!」 あっという間に、会場はアテルイへの公開プロポーズの場へと変貌していた。

〖完結〗役立たずの聖女なので、あなた達を救うつもりはありません。

藍川みいな
恋愛
ある日私は、銀貨一枚でスコフィールド伯爵に買われた。母は私を、喜んで売り飛ばした。 伯爵は私を養子にし、仕えている公爵のご子息の治療をするように命じた。私には不思議な力があり、それは聖女の力だった。 セイバン公爵家のご子息であるオルガ様は、魔物に負わされた傷がもとでずっと寝たきり。 そんなオルガ様の傷の治療をしたことで、セイバン公爵に息子と結婚して欲しいと言われ、私は婚約者となったのだが……オルガ様は、他の令嬢に心を奪われ、婚約破棄をされてしまった。彼の傷は、完治していないのに…… 婚約破棄をされた私は、役立たずだと言われ、スコフィールド伯爵に邸を追い出される。 そんな私を、必要だと言ってくれる方に出会い、聖女の力がどんどん強くなって行く。 設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。

処理中です...