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第四章・ECサイトの中の人
第二話・公園で会った三毛猫
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丸い顔に真ん丸の瞳とピンクの小さな鼻。片耳に茶色のブチ模様があるが、それ以外は白い毛に覆われている猫の顔は、明らかにこちらを向いている。なぜ猫から凝視されているのかは分からず、花梨は黙って猫を見つめ返していた。
別に動物から好かれるタイプでもないし、猫を飼ったこともない。どうして興味を持たれているのかは不明だ。食べ物だって、今はもうカフェオレしか残ってない。バッグの中にあるガムは――猫が欲しがるとも思えない。
――もしかして、遊んで欲しいのかな?
その割には、近付いてくる素振りは全くない。赤い首輪を付けているから飼い猫なのだろうが、あまり人懐っこくはなさそうだ。
三毛猫からの熱い視線に、少しばかり困惑する。とりあえずスマホを取り出して、向かいに座っている猫を撮影してみた。
『公園にいたら、めっちゃ猫からガン見されてる』
短い呟きと共にSNSに上げかけたが、途中で中断してしまう。こういう何気ない写真で、簡単に場所が特定できてしまうことを思い出したのだ。池のある公園という背景もそうだし、ベンチのデザイン一つでも判る人には判るはずだ。
最近、必要以上にネットに対して臆病になった。それまでは気にしていなかった、画面の向こう側を意識し過ぎてしまう。個人情報を守るという意味では悪いことではないのかもしれないが、息苦しさを感じるようになっては、この時代は生き辛い。
今の店に入ったのはちょうど二年前。当初はショッピングモールにテナントとして入っている姉妹店でのバイト勤務だった。仕事を覚えて在庫管理も任せて貰えるようになった頃、オーナーがネットショップも始めると言い出した。
本店勤務とECサイト担当を兼任すれば正社員になれると聞いて、喜んで立候補した。安定した収入と休みが保障されるのなら、通勤時間が多少長くなるくらい平気だ。
――最初は、そう思ってたんだけどなぁ……
鞄にしまいかけたスマホの画面をちらりと見て、花梨は慌てた。休憩時間が残り五分しかない。のんびりしてる内に、ギリギリになってしまった。小走りで商店街を駆け抜けて店へと戻っていく。
「一番、戻りました」
「おかえりなさい」
店のドアを開いて、店頭に向かって一礼する。すぐに優里菜の声が返ってくる。店内には客の姿はない。相変わらず、暇な店だ。休日や夕方はそうでもないが、平日の昼間に商店街を歩く人と店の取り扱い商品の年齢層がまるで違うのだから仕方ない。
「あ、福澤さん、さっき着払いで荷物届いてましたよ。レジから出金してます」
「ありがとうございます……着払い、ですか?」
「返品商品って書いてましたよ、袋がありえないくらいボロボロだったんですけど」
優里菜に言われて、カウンターの上の荷物を確認する。皺くちゃになったショップ袋に着払い伝票が貼り付けてあるそれに、花梨は首を傾げた。一緒に置かれていた領収書兼控えの伝票には、送料千五百八十円と手書きで記入されている。
「返品の予定って、無かったはずなのに……」
「え、もしかして、受け取ったらダメだったやつですか?」
花梨の疑問の呟きに、優里菜が焦った声を出す。「受け取り拒否する訳にもいかないし、大丈夫大丈夫」と作り笑顔で答えてから「事務所で確認してきます」と階段を駆け上る。予想外のことに、鼓動がいつもより速く打ち始めている。
同じようなことが以前にも一度だけあった。購入者都合による返品は元払いでしか受け付けてはいないのに、堂々と着払いで送り返してくる客。クレジットカード決済だった為、送料の振り込み確認後でないと取引キャンセルできないと連絡したら、あの時は速攻で謝罪メールと振り込みがあったが、今回はどうだろうか。
「そもそも、返品の連絡すら来てないんだよね……」
一度開封した痕のある袋は、破れた箇所をテープで繋ぎ留めた継ぎはぎ状態で、商品のカットソーにはあったはずの商品タグが付いていない。しかも、入れていた透明のPP袋も無く、ダイレクトに紙のショップ袋に詰め込まれていた。ここまで酷い返品は初めてだ。
送り状に書かれていた名前から販売歴を割り出すと、一週間前に購入した人のようだった。この店での購入歴は今回が初めてで、取引履歴でも返品を希望する旨の連絡は届いていない。
連絡なしの返品。しかも着払いで。ネットで物を購入するのが初めてだったんだろうかと首を捻る。ショップページにはきちんと返品や返金についての手続き方法を記載しているのだが、購入時に詳細まで読む人はそこまで多くはないのだろう。花梨自身も、その辺りは返品を考えた時に初めて見るタイプだ。
「勘弁してよ……」
商品自体は特に汚れや破損は見当たらないので、タグを付け直せばすぐに店に戻せるだろう。あの皺くちゃの袋を見た瞬間、嫌な予想をしていたけれど、カットソーは無傷だ。
連絡なしに送り返してくるような人と送料返金の交渉をするのかと考えると、胃がキリキリと痛みだす。過去のやり取りを参考にメールの文章を作成すると、花梨は左の手で腹部を抑えながら、送信ボタンにカーソルを合わせた。
別に動物から好かれるタイプでもないし、猫を飼ったこともない。どうして興味を持たれているのかは不明だ。食べ物だって、今はもうカフェオレしか残ってない。バッグの中にあるガムは――猫が欲しがるとも思えない。
――もしかして、遊んで欲しいのかな?
その割には、近付いてくる素振りは全くない。赤い首輪を付けているから飼い猫なのだろうが、あまり人懐っこくはなさそうだ。
三毛猫からの熱い視線に、少しばかり困惑する。とりあえずスマホを取り出して、向かいに座っている猫を撮影してみた。
『公園にいたら、めっちゃ猫からガン見されてる』
短い呟きと共にSNSに上げかけたが、途中で中断してしまう。こういう何気ない写真で、簡単に場所が特定できてしまうことを思い出したのだ。池のある公園という背景もそうだし、ベンチのデザイン一つでも判る人には判るはずだ。
最近、必要以上にネットに対して臆病になった。それまでは気にしていなかった、画面の向こう側を意識し過ぎてしまう。個人情報を守るという意味では悪いことではないのかもしれないが、息苦しさを感じるようになっては、この時代は生き辛い。
今の店に入ったのはちょうど二年前。当初はショッピングモールにテナントとして入っている姉妹店でのバイト勤務だった。仕事を覚えて在庫管理も任せて貰えるようになった頃、オーナーがネットショップも始めると言い出した。
本店勤務とECサイト担当を兼任すれば正社員になれると聞いて、喜んで立候補した。安定した収入と休みが保障されるのなら、通勤時間が多少長くなるくらい平気だ。
――最初は、そう思ってたんだけどなぁ……
鞄にしまいかけたスマホの画面をちらりと見て、花梨は慌てた。休憩時間が残り五分しかない。のんびりしてる内に、ギリギリになってしまった。小走りで商店街を駆け抜けて店へと戻っていく。
「一番、戻りました」
「おかえりなさい」
店のドアを開いて、店頭に向かって一礼する。すぐに優里菜の声が返ってくる。店内には客の姿はない。相変わらず、暇な店だ。休日や夕方はそうでもないが、平日の昼間に商店街を歩く人と店の取り扱い商品の年齢層がまるで違うのだから仕方ない。
「あ、福澤さん、さっき着払いで荷物届いてましたよ。レジから出金してます」
「ありがとうございます……着払い、ですか?」
「返品商品って書いてましたよ、袋がありえないくらいボロボロだったんですけど」
優里菜に言われて、カウンターの上の荷物を確認する。皺くちゃになったショップ袋に着払い伝票が貼り付けてあるそれに、花梨は首を傾げた。一緒に置かれていた領収書兼控えの伝票には、送料千五百八十円と手書きで記入されている。
「返品の予定って、無かったはずなのに……」
「え、もしかして、受け取ったらダメだったやつですか?」
花梨の疑問の呟きに、優里菜が焦った声を出す。「受け取り拒否する訳にもいかないし、大丈夫大丈夫」と作り笑顔で答えてから「事務所で確認してきます」と階段を駆け上る。予想外のことに、鼓動がいつもより速く打ち始めている。
同じようなことが以前にも一度だけあった。購入者都合による返品は元払いでしか受け付けてはいないのに、堂々と着払いで送り返してくる客。クレジットカード決済だった為、送料の振り込み確認後でないと取引キャンセルできないと連絡したら、あの時は速攻で謝罪メールと振り込みがあったが、今回はどうだろうか。
「そもそも、返品の連絡すら来てないんだよね……」
一度開封した痕のある袋は、破れた箇所をテープで繋ぎ留めた継ぎはぎ状態で、商品のカットソーにはあったはずの商品タグが付いていない。しかも、入れていた透明のPP袋も無く、ダイレクトに紙のショップ袋に詰め込まれていた。ここまで酷い返品は初めてだ。
送り状に書かれていた名前から販売歴を割り出すと、一週間前に購入した人のようだった。この店での購入歴は今回が初めてで、取引履歴でも返品を希望する旨の連絡は届いていない。
連絡なしの返品。しかも着払いで。ネットで物を購入するのが初めてだったんだろうかと首を捻る。ショップページにはきちんと返品や返金についての手続き方法を記載しているのだが、購入時に詳細まで読む人はそこまで多くはないのだろう。花梨自身も、その辺りは返品を考えた時に初めて見るタイプだ。
「勘弁してよ……」
商品自体は特に汚れや破損は見当たらないので、タグを付け直せばすぐに店に戻せるだろう。あの皺くちゃの袋を見た瞬間、嫌な予想をしていたけれど、カットソーは無傷だ。
連絡なしに送り返してくるような人と送料返金の交渉をするのかと考えると、胃がキリキリと痛みだす。過去のやり取りを参考にメールの文章を作成すると、花梨は左の手で腹部を抑えながら、送信ボタンにカーソルを合わせた。
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