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第四章・ECサイトの中の人
第五話・助言
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遊歩道の脇に植樹された桜の葉が、緩やかな風に吹かれてサワサワと揺れている。もう少し暑い季節になれば、ここで休憩時間を過ごすのは辛くなりそうだ。木陰とはいえ、真昼間の公園は蒸し暑い。
長袖シャツの腕を面倒そうに捲り上げると、湯崎はその左腕に視線を送った。意外と骨太な腕に嵌めているのは、とてもシンプルな普通の腕時計。白色の文字盤に黒色の針のアナログ時計はシチズン製のようだが、そこまで高そうには見えない。時計屋だからと、特別変わった物を付けているのかと横目で覗いた花梨には拍子抜けだ。花梨の考えていることが分かったのか、湯崎は苦笑しながら説明する。
「日常使いするなら、こういうのが一番使い易いんだよね。すぐ傷だらけになるし。うちの常連さん達も、コレクションする時計と普段使いする物は別で買ってくよ。観賞用ってやつかな」
高級時計や限定ウォッチ、そういった類いの取り扱いもあるけれど、それらは購入した後も専用ケースに入れて飾っておくだけという客は多い。実際に、店舗で一番数が出ているのは一万円前後の実用的な商品だ。
ああ、でも――と湯崎は半笑い気味で思い出し笑いを浮かべた。
「瑠美ちゃんは、去年うちで買ってったイルクジを平気で鞄に付けてるけどね。一応あれ、結構な倍率だったんだけどなぁ……」
カシオの限定Gショック、イルカクジラ。通称イルクジ。毎年のように新デザインが限定発売されているが、コレクターも多い為にほぼ抽選販売でしか手に入らない。鯨をモチーフにしたGショック版は特に高倍率だ。それを去年、オーナーの瑠美は持ち前の強運で勝ち取って帰って来た。イルカがモチーフのBaby-G版ではないから腕に嵌めるには大きいと、普段愛用している鞄の持ち手に付けっぱなしにしている。当然だが、ベルトも液晶もすでに傷だらけだ。
「うちのオーナー、いつも別の腕時計をされてますけどね」
昨日もチェーンベルトのお洒落な時計を身に付けていたのを思い出し、花梨も釣られて笑う。細かいことを気にしないオーナーの豪快さは、呆れを通り越して清々しいことが多い。
「そうなんだよな。抽選に外れて買えなかったお客さんが浮かばれないよ……」
笑い続けている花梨の顔を湯崎は優しい瞳を向ける。「もう平気そうかな」と声にならない声で呟くと、ベンチから腰を上げた。ずっと撫でられていた手が離れたのを、三毛猫は薄目でちらりと見上げたが、すぐに目を閉じて素知らぬ顔で昼寝を続けている。
「休憩してるとこ、邪魔して悪かったね」
小さく片手をあげて立ち去ろうとしてから、思い出して立ち止まる。
「そうだ、うちのサイト見たことあったっけ?」
「はい。かなり前に一度だけですが」
「最近、バナー作るの上手い子が入ったから、良かったら見てみて。今月のイベントのは特によく出来てるから」
それじゃあと、商店街の方に歩き去っていく湯崎の背を見送りながら、花梨は鞄からスマホを取り出した。
ルーチェのショップサイトは業者に委託して作って貰った物を加工も編集もせずにそのまま使っていた。トップページのお知らせメッセージは割と頻繁に書き換えてはいたし、リンクしているインスタではお勧め商品の紹介をマメにアップするようにはしていた。でも、サイトのデザインやレイアウト自体は手付かずだった。
湯崎の言葉を聞いて、彼の店を検索してみた花梨は、そのトップページに表示されたイベントの告知バナーに目を奪われた。夏向けにサーフブランドの商品を特集しているページへと誘導するそれからは、ファッション誌の一部を切り抜いたようなお洒落さとワクワク感が伝わってくる。
「すごい……」
ウェブデザイナーでなくても、こんな物が作れるのかという驚きと同時に、自分もやってみたいという気持ちが沸き上がる。実店舗でもレイアウトを考えるのは好きだったし、店頭向けのディスプレイには拘りがあった。ECでも自分の思い通りに表現できれば、きっと楽しい。作り様によっては実店舗まで足を運んでくれるお客様だって出てくるかもしれない。
――そうだ、ショップで配って貰うようにECの案内チラシを作ってみてもいいかも。
「オーナー、早く帰って来られないかなぁ」
店へと戻る花梨の足取りは軽い。新しいことに挑戦するのは決して嫌いじゃない。
これまでECの仕事を事務的な作業ばかりだと感じていたのは、業者が作った環境で最低限の決まり切ったことしかしてこなかったからだ。少しずつでもいいから、花梨の好きなルーチェらしい雰囲気をECでも出していけたなら、これからはきっと違うだろう。
――今度、時計屋さんに見学へ行かせて貰えないか、頼んでみようっと。
直接に顔を見ることはないが、画面の向こうには商品を買い求めに来る顧客は存在するし、勿論こちら側――ECサイトの中にも人はちゃんといるのだ。
長袖シャツの腕を面倒そうに捲り上げると、湯崎はその左腕に視線を送った。意外と骨太な腕に嵌めているのは、とてもシンプルな普通の腕時計。白色の文字盤に黒色の針のアナログ時計はシチズン製のようだが、そこまで高そうには見えない。時計屋だからと、特別変わった物を付けているのかと横目で覗いた花梨には拍子抜けだ。花梨の考えていることが分かったのか、湯崎は苦笑しながら説明する。
「日常使いするなら、こういうのが一番使い易いんだよね。すぐ傷だらけになるし。うちの常連さん達も、コレクションする時計と普段使いする物は別で買ってくよ。観賞用ってやつかな」
高級時計や限定ウォッチ、そういった類いの取り扱いもあるけれど、それらは購入した後も専用ケースに入れて飾っておくだけという客は多い。実際に、店舗で一番数が出ているのは一万円前後の実用的な商品だ。
ああ、でも――と湯崎は半笑い気味で思い出し笑いを浮かべた。
「瑠美ちゃんは、去年うちで買ってったイルクジを平気で鞄に付けてるけどね。一応あれ、結構な倍率だったんだけどなぁ……」
カシオの限定Gショック、イルカクジラ。通称イルクジ。毎年のように新デザインが限定発売されているが、コレクターも多い為にほぼ抽選販売でしか手に入らない。鯨をモチーフにしたGショック版は特に高倍率だ。それを去年、オーナーの瑠美は持ち前の強運で勝ち取って帰って来た。イルカがモチーフのBaby-G版ではないから腕に嵌めるには大きいと、普段愛用している鞄の持ち手に付けっぱなしにしている。当然だが、ベルトも液晶もすでに傷だらけだ。
「うちのオーナー、いつも別の腕時計をされてますけどね」
昨日もチェーンベルトのお洒落な時計を身に付けていたのを思い出し、花梨も釣られて笑う。細かいことを気にしないオーナーの豪快さは、呆れを通り越して清々しいことが多い。
「そうなんだよな。抽選に外れて買えなかったお客さんが浮かばれないよ……」
笑い続けている花梨の顔を湯崎は優しい瞳を向ける。「もう平気そうかな」と声にならない声で呟くと、ベンチから腰を上げた。ずっと撫でられていた手が離れたのを、三毛猫は薄目でちらりと見上げたが、すぐに目を閉じて素知らぬ顔で昼寝を続けている。
「休憩してるとこ、邪魔して悪かったね」
小さく片手をあげて立ち去ろうとしてから、思い出して立ち止まる。
「そうだ、うちのサイト見たことあったっけ?」
「はい。かなり前に一度だけですが」
「最近、バナー作るの上手い子が入ったから、良かったら見てみて。今月のイベントのは特によく出来てるから」
それじゃあと、商店街の方に歩き去っていく湯崎の背を見送りながら、花梨は鞄からスマホを取り出した。
ルーチェのショップサイトは業者に委託して作って貰った物を加工も編集もせずにそのまま使っていた。トップページのお知らせメッセージは割と頻繁に書き換えてはいたし、リンクしているインスタではお勧め商品の紹介をマメにアップするようにはしていた。でも、サイトのデザインやレイアウト自体は手付かずだった。
湯崎の言葉を聞いて、彼の店を検索してみた花梨は、そのトップページに表示されたイベントの告知バナーに目を奪われた。夏向けにサーフブランドの商品を特集しているページへと誘導するそれからは、ファッション誌の一部を切り抜いたようなお洒落さとワクワク感が伝わってくる。
「すごい……」
ウェブデザイナーでなくても、こんな物が作れるのかという驚きと同時に、自分もやってみたいという気持ちが沸き上がる。実店舗でもレイアウトを考えるのは好きだったし、店頭向けのディスプレイには拘りがあった。ECでも自分の思い通りに表現できれば、きっと楽しい。作り様によっては実店舗まで足を運んでくれるお客様だって出てくるかもしれない。
――そうだ、ショップで配って貰うようにECの案内チラシを作ってみてもいいかも。
「オーナー、早く帰って来られないかなぁ」
店へと戻る花梨の足取りは軽い。新しいことに挑戦するのは決して嫌いじゃない。
これまでECの仕事を事務的な作業ばかりだと感じていたのは、業者が作った環境で最低限の決まり切ったことしかしてこなかったからだ。少しずつでもいいから、花梨の好きなルーチェらしい雰囲気をECでも出していけたなら、これからはきっと違うだろう。
――今度、時計屋さんに見学へ行かせて貰えないか、頼んでみようっと。
直接に顔を見ることはないが、画面の向こうには商品を買い求めに来る顧客は存在するし、勿論こちら側――ECサイトの中にも人はちゃんといるのだ。
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