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第七話・薬作り

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 教会の方に人が訪れてきたらしく、聖堂へと戻るアレックス神父と別れて、マリスは子供達が作業する調薬部屋へと顔を覗かせた。
 作業台に向かって真剣な眼差しで各々の担当作業を続けていた子供達は、辺境の魔女の姿に気付くと、破顔する子もいれば、照れたように俯く子もいて反応は様々だ。

 マリスは子供達の作業の様子を間近で見て回る。収穫したばかりの薬草を入れた壺に手を添え、風魔法を使って乾燥と粉砕を行う子。粉砕した物を鍋に入れて火魔法で煮ている子。煮出された成分を濾過した後、それを精製して仕上げていく子。それぞれの得意な魔法で分担して薬を作り上げていく。勿論、材料となる薬草は教会の裏の畑で皆で育てた物を使っている。

「マリス様、あのね」
「ん、何かしら?」

 この部屋にいる中では最年長のアンナが、少し言い辛そうにしながら話し掛けてきた。マリスは気持ちばかり腰をかがめると、少女に目の高さを合わせる。

「私、来年には院を出なくちゃダメでしょう?」
「そうね、次の誕生日が来たら、独り立ちすることになるわね」

 ここに居られるのは13歳まで。それ以降は仕事を見つけ、自立しなければならない。この辺境の地で伝手も後ろ盾もなく仕事を探すのは大変なことで、半年後に迫った日を思って不安になっているのだろうか。

「薬魔女って、どうやったらなれるか、マリス様はご存じですか?」

 薬魔女――薬作りを生業とする魔女になりたいと、少女はマリスの目を見上げた。ここで調薬を経験したことで、将来の仕事にしたいと考えるようになったという。薬草の乾燥や粉砕、精製などの作業では魔力を使う。どうせなら持って生まれた力を活用できる仕事がしたい。

「いいじゃない、薬魔女。薬魔女はね、弟子入りしてそれぞれの秘伝のレシピを受け継いでいくのよ」

 ここで子供達が作っているのは薬草で作れるような一般的な傷薬や解熱薬。さらに製法が複雑な薬となると、専門にしている薬師や薬魔女がそれぞれ独自のレシピで製造し販売している。それらは代々から引き継いで来た製法があり、師から弟子へと伝承される。

「弟子入りって、どうすれば……」
「紹介状を持って、弟子入りをお願いしに行くのが一般的ね」
「紹介状って、神父様は書いてくれるかな?」
「そうね、お願いしてみたらいいと思うわ」

 困ったように眉を寄せたアンナを不憫に思うが、マリスが手を出せるのはここまでだ。仕事を探し出すところから、独り立ちの準備は始まっている。とは言っても、本来のお節介気質は簡単には治せない。

 ――薬魔女なら確か、南東の町のルゼのところにはまだ弟子は居なかったはずよね。

 知り合いの魔女の顔を思い浮かべ、教会を出る前に神父へと事付けていく。
 魔力持ちを理由に親と離れることになった子が多い中、魔力を活かした仕事に就きたいというアンナの心意気は、マリスにとってはこの上なく嬉しかった。魔力持ちで生まれたことを、子供達に悔いては欲しくない。


 マリスが屋敷に戻った時、二階の一室からは使用人達の賑やかな笑い声が聞こえてきていた。マローネとギルバート、二人の赤子が来てからは屋敷の雰囲気はがらりと変わった。それまでは大人しか存在せず、いつもしんと静まり返っていた領主家別邸は、交互に泣く乳飲み子の声が響き渡り、裏庭の物干しには小さな肌着やドレスが並ぶようになった。

「おかえりなさいませ」

 門番からの連絡を受け、慌てて玄関扉を開いて迎えに出た侍女長は、二階の騒ぎの理由をマリスへと告げる。

「メリッサの子が初めての寝返りをしたようですわ。皆で見守って騒いでいるのです」
「まあ、もうそんなことができるの?」

 赤子の成長は早い。特にギルバートはマローネよりも3か月ほど早い生まれな上に、好奇心が旺盛な性格なのかとても活発だった。まだ首も座りきっていない女児とは比べ物にならない動き様だ。

「マローネの様子はどう?」

 黒猫が出入りしやすいよう拳一つ分開けられた扉から覗き込むと、マローネを抱いた乳母と一緒に侍女二人がギルバートのベビーベッドを囲んでいた。

「あ、マリス様、おかえりなさいませ。先程たっぷりと乳を飲まれたので、今お休みになられたところです」
「そう。今日は癇癪を起こしてないようで良かったわ。それより、ギルバートが寝返りしたって聞いたんだけど」
「そうなんです。上の娘達も早かったのでそろそろとは思っていたのですが、少し目を離した隙に」

 マローネをベッドに寝かしつけると、メリッサは赤子の前髪をそっと撫でていた。乳母が言うには、グッスリ眠れるようにというおまじないの様なものらしい。
 ベッドの片隅には、小さな三毛猫が丸くなっていた。
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