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第五話・最初の入院

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 駅から寄り道もせずに戻って来た自宅は、人の気配も無く静まり返っていて、何だか落ち着かない。
 昼を過ぎた頃、自宅の電話が鳴った。猫達とリビングのコタツに入って、少し遅めのご飯を食べていた有希は慌てて受話器を取る。父に付き添って病院へ向かった母からだった。

「無事に着いて、今、お父さんは検査してもらってるところやわ」

 有希が心配してるだろうと、到着の連絡をしてくれたらしい。最寄り駅に着いてからはタクシーを使うように言っておいたので迷うことはないだろうと思っていたけれど、実際に母の元気そうな声を聞くと安心する。

「迷わなかったの?」
「駅のすぐ目の前だったから、迷いようが無かったわー」
「あ、そうなんだ」
「個室がいっぱいで空いてなくて6人部屋になるって言われたんやけど、大部屋なんて寝れる訳が無いってお父さんが嫌がるから、特別室にして貰ったわ。だから私は大丈夫よ、付き添い用のベッドもお風呂もあったから」

 初めての入院でいきなり大部屋と言われて父がゴネたらしく、唯一空いていた1泊2万4千円の特別室に代えて貰ったという。

「その値段ならホテルだともっとマシな部屋用意して貰えるわ、って文句言ってはるよ」
「まあ、病院やしね……」
「付き添い用に毛布も貸して貰えたし、私はちょっとした旅行だと思って過ごすわ」

 長期の入院という訳ではないので、多少高くても二人が快適に過ごせるならそれでいい。一番心配していた、母の寝場所とお風呂問題は解決したようなので、あとは治療が上手くいくことを祈るだけだ。

 夕方、リビングのコタツにノートパソコンを持ち込んで作業をしていると、また母から経過報告の電話がかかってきた。コタツでのぼせた猫達は三匹ともが外に出て、掛け布団の上で伸びきっている。

「お父さん、頭に水が溜まってるから、明日は朝から水を抜く手術をすることになったわ」
「え、水が?」
「そう、今日の診察で言われたわ」

 頭に水が溜まっている。これまでの病院ではそんなことは一度も言われたことが無かった。分かっていたけれど黙っていたのか、それとも今日の診察で初めて発覚したのかは分からない。ただ、母の話では水を抜く手術自体はとても簡単な物らしい。

 そう思って軽く考えていたけれど、翌朝の母からの電話ではまた状況は変わった。本来なら少し切るだけで、頭部に溜まっている水は簡単に流れ出るものらしいのだが、父の頭に溜まっていたのはドロッとしていて、頭部を切ってもほとんど出すことが出来なかった。
 父の身体は、有希達が思っている以上に病気に蝕まれていた。

 病院ではすることも無いからだろう、母は父が検査や診察に連れていかれるごとに家に電話を掛けてきた。母から電話がある度に、有希はその内容をまとめて姉にメールで報告する。

『頭に溜まってた水は抜けなかったけど、明日の午前中にガンマナイフを受けることになったらしい』
『えー、水抜かずに受けても大丈夫なん? その部分の腫瘍には何もできないってことなんかな?』

 有希達姉妹は母親から又聞きする情報だけが頼りで、毎度の母のあやふやな説明に悶々とするしかなかった。元来の説明下手に加えて、初めての入院付き添いでテンションがとち狂っている貴美子から正確な情報を聞き出すのはかなり難しい。
 辛うじて、その日の母からの連絡で分かったのは、頭部の水抜きが失敗に終わったことと、ガンマナイフ治療の時に頭部を固定する為の父専用のヘルメットを作って貰ったことだった。

 いつもは両親の寝室で眠っているクロとナッチも、二晩続けて有希の部屋へ寝に訪れた。猫達の為に寝室のドアは開け放しておいたのだが、誰も居ない部屋では寝たくないらしい。三匹の猫に狭いシングルベッドを占拠された上、夜中には順番に部屋を出入りされたせいで、有希はすっかり寝不足だ。熟睡はできなかったが、不安な気分は十分に紛れた。

 翌日は夕方まで母からの電話は無かった。こちらから連絡しようにも、向こうは病院。携帯の電源は切られたままだろう。待つことしか出来ない。
 ようやく自宅の電話が鳴り、慌てて家電に駆け寄った有希は、すでに両親がいつもの病院まで戻って来ていることを知って愕然とした。相変わらず、肝心な連絡が抜けきっている。

「手術後の経過観察はこっちでしてくれるらしくて、病院の車で送って貰ってきたから、私だけ先に迎えに来てくれる?」

 ガンマナイフ治療が終わってすぐ、向こうの病院からいつもの病院まで搬送して貰ったらしく、母は有希に自分の迎えを頼んだ。普段の病院なら付き添いも必要ないと、母だけは一旦帰宅することにする。

 母を迎えがてらに父の病室を覗くと、大部屋の窓際のベッドで身体を起き上げて木下医師と話している父の姿があった。水抜き手術の痕らしく後頭部には大きなガーゼを貼っていたが、ニコニコと笑顔で話している様子に安堵する。

「切って貰ったところが少し傷むくらいで、眩暈も無くなりました」
「それは良かったです。さすが大島先生だ」

 敬愛する大島医師の治療成果に木下医師は満足気に頷いている。さらなる経過観察と、頭部の抜糸が終われば退院ということなので、有希は母と共に自宅へ戻った。

「お母さんのご飯はどうしてたん?」
「病院の前にコンビニがあったから、そこで買ってたわ」

 母の歳で三食コンビニ飯というのは何ともやるせない。さすがに慣れない病院での二泊に疲れたのか、自宅までの20分間を母は助手席でウトウトと居眠りしていた。
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