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第十九話・客室にて
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特別に用意してもらったというケーキスタンドに乗った料理は明らかに二人分もあって、これを一人で食べるようにと置いていこうとしたのは非情だと私が冗談めかして訴えると、高坂さんは肩を震わせて笑っていた。さすがに私もこの量を一人では無理だ。
「よく知らなかったんですが、甘い物ばかりって訳じゃないんですね」
お皿の上を覗き込んで、高坂さんがホッとしたように言った。一番下のお皿には二種類のサンドイッチが並んでいて、私は取り皿に取って彼へと差し出す。コーヒーもブラックで飲む彼のことだから甘い物は得意ではないのだろう。
「お店によってはスープが出てきたりして、もっと食事っぽかったりしますし、いろいろですね」
「なるほど……」
「あ、デザート類は私に任せて下さい。高坂さんは苦手じゃないものだけ食べてもらえたら」
ティーポットから紅茶をカップに注ぎながら私がそう言うと、彼は卵サンドを二口で食べ切った後、私のことをじっと見つめてくる。
「きっと、あなたのそういうところに惹かれてしまうんだと思います」
「へっ⁉」
「荒川さんは他人のことをとても細かく気遣える人ですから」
「ただ、お節介な性格なだけです……」
「いいえ、誰でもできることではないです。でも、時々それが痛々しくも感じて、守ってあげたくなる」
彼の不意打ちの言葉に、思わず紅茶を零しかけて慌てる。必死で平静を保ちながらそれを彼の前に置いて、私は自分の分のカップを持ち上げて紅茶に口をつけた。部屋に入った時にはすでに用意されていたから少しぬるくなっていたが、熱を持ったままずっと引かない頬にはこれくらいが丁度いい。男の人から守ってあげたくなる、なんて言われたのは生まれて初めてでどう反応していいか分からない。
会場では何も口にしていないみたいだったから空腹だったのか、高坂さんは私の分のサンドイッチもぺろりと食べた後、二段目のお皿のスコーンをクリームもジャムも無しに齧ってから、喉が渇くと紅茶で流し込んでいた。そして、二人分のスイーツを順に頬張っていく私のことを、上機嫌に頬を緩めて眺めている。
「さっきも散々ケーキを食べてたのにって、呆れてますか?」
「いえ、荒川さんが美味しそうに食べてくれてるから、今日はお誘いして良かったなって考えてただけです」
そんなことを優しい目をして真横から言われたら、正直言ってめちゃくちゃ食べ辛い。私は高坂さんとは反対側に身体を傾けながら、ベリーのクリームが入ったマカロンを口の中へ放り込む。口に入れた瞬間にほろりと崩れた生地の中から甘酸っぱいクリームがとろけ出して、思わずが顔がにんまり緩んでしまう。すると、そんな完全に気が抜けた顔をした私のハーフアップの後ろ髪を、高坂さんが背後から指先でふわっと持ち上げてくる。
――っ⁉
驚いて咄嗟に振り向いた私は、すぐ目の前にある彼の熱を帯びた瞳にドキッとする。いつも冷静な高坂さんがこんなにも感情を目で訴えてくることなんて初めてだ。何かを言いかけようとして唇を少し動かした後、ふっと視線を横に逸らしたのは戸惑いか照れ隠しか。五つも年上だと聞いているのに、その一瞬だけ見せてくれた幼い表情は私の脳裏に濃く焼きつけられる。気が付いたら私は、片手を伸ばして彼のその頬に触れていた。彼は少し驚いた目をしていたが、すぐに私の手へ自分の手を重ねて上から優しく握って返す。さっきまで冷たいデザート類を食べていたせいか、彼の手の方がほんのりと温かいような気がした。
「お茶のお代わりを頼みますか?」
テーブルの上の完全に冷めきったティーポットを一瞥してから、高坂さんが聞いてくる。手はそのままで離してくれる気はないらしい。
「高坂さんは、コーヒーの方がいいんじゃないですか?」
「そうですね、でも俺は今日はもういいです」
いつの間にか彼の一人称が俺へと替わっているのは、私との距離を少し縮めてくれたからと思っていいんだろうか? ずっと手を握りながら一度も視線を外そうとしない彼に、先に仕掛けたはずの私の方が照れて俯いてしまう。
「私ももうお腹いっぱいです」と視線を下したまま返事すると、高坂さんは「そうですか」と言いながら私の手を頬から外し、反対の手で私の肩を抱き寄せる。彼の胸に引き寄せられた私は、自分の耳が真っ赤に染まっているのを鏡を見なくても分かった。両耳を出した髪型にしていたから、きっと高坂さんにもバレバレなはずだ。あまりに余裕がなさすぎて恥ずかしい。握られていない方の手で片耳を押さえて隠すと、隠れていない耳のすぐそばで高坂さんが穏やかな声で囁いてくる。
「咲良さん」
初めて下の名前で呼ばれて、私は思わず顔を上げた。最初にこちらからショートメールを送った時にフルネームを伝えてはいたけれど、彼が覚えてくれているとは思ってもみなかった。返事をするつもりで私は唇を小さく開く。けれどそこから何か言葉が漏れ出る前に、高坂さんの唇が近付いてきて優しく塞がれてしまった。柔らかな感触と温かさを感じつつ、ずっと重ねられたままの手がキュッと強く握られるのを黙って受け入れる。一度離れたと思った唇が、愛おしいとでも伝えるかのように私の頬や目元へと順に口付けながら移動していく。私は潤んだ瞳をただ静かに伏せることしかできなかった。
「よく知らなかったんですが、甘い物ばかりって訳じゃないんですね」
お皿の上を覗き込んで、高坂さんがホッとしたように言った。一番下のお皿には二種類のサンドイッチが並んでいて、私は取り皿に取って彼へと差し出す。コーヒーもブラックで飲む彼のことだから甘い物は得意ではないのだろう。
「お店によってはスープが出てきたりして、もっと食事っぽかったりしますし、いろいろですね」
「なるほど……」
「あ、デザート類は私に任せて下さい。高坂さんは苦手じゃないものだけ食べてもらえたら」
ティーポットから紅茶をカップに注ぎながら私がそう言うと、彼は卵サンドを二口で食べ切った後、私のことをじっと見つめてくる。
「きっと、あなたのそういうところに惹かれてしまうんだと思います」
「へっ⁉」
「荒川さんは他人のことをとても細かく気遣える人ですから」
「ただ、お節介な性格なだけです……」
「いいえ、誰でもできることではないです。でも、時々それが痛々しくも感じて、守ってあげたくなる」
彼の不意打ちの言葉に、思わず紅茶を零しかけて慌てる。必死で平静を保ちながらそれを彼の前に置いて、私は自分の分のカップを持ち上げて紅茶に口をつけた。部屋に入った時にはすでに用意されていたから少しぬるくなっていたが、熱を持ったままずっと引かない頬にはこれくらいが丁度いい。男の人から守ってあげたくなる、なんて言われたのは生まれて初めてでどう反応していいか分からない。
会場では何も口にしていないみたいだったから空腹だったのか、高坂さんは私の分のサンドイッチもぺろりと食べた後、二段目のお皿のスコーンをクリームもジャムも無しに齧ってから、喉が渇くと紅茶で流し込んでいた。そして、二人分のスイーツを順に頬張っていく私のことを、上機嫌に頬を緩めて眺めている。
「さっきも散々ケーキを食べてたのにって、呆れてますか?」
「いえ、荒川さんが美味しそうに食べてくれてるから、今日はお誘いして良かったなって考えてただけです」
そんなことを優しい目をして真横から言われたら、正直言ってめちゃくちゃ食べ辛い。私は高坂さんとは反対側に身体を傾けながら、ベリーのクリームが入ったマカロンを口の中へ放り込む。口に入れた瞬間にほろりと崩れた生地の中から甘酸っぱいクリームがとろけ出して、思わずが顔がにんまり緩んでしまう。すると、そんな完全に気が抜けた顔をした私のハーフアップの後ろ髪を、高坂さんが背後から指先でふわっと持ち上げてくる。
――っ⁉
驚いて咄嗟に振り向いた私は、すぐ目の前にある彼の熱を帯びた瞳にドキッとする。いつも冷静な高坂さんがこんなにも感情を目で訴えてくることなんて初めてだ。何かを言いかけようとして唇を少し動かした後、ふっと視線を横に逸らしたのは戸惑いか照れ隠しか。五つも年上だと聞いているのに、その一瞬だけ見せてくれた幼い表情は私の脳裏に濃く焼きつけられる。気が付いたら私は、片手を伸ばして彼のその頬に触れていた。彼は少し驚いた目をしていたが、すぐに私の手へ自分の手を重ねて上から優しく握って返す。さっきまで冷たいデザート類を食べていたせいか、彼の手の方がほんのりと温かいような気がした。
「お茶のお代わりを頼みますか?」
テーブルの上の完全に冷めきったティーポットを一瞥してから、高坂さんが聞いてくる。手はそのままで離してくれる気はないらしい。
「高坂さんは、コーヒーの方がいいんじゃないですか?」
「そうですね、でも俺は今日はもういいです」
いつの間にか彼の一人称が俺へと替わっているのは、私との距離を少し縮めてくれたからと思っていいんだろうか? ずっと手を握りながら一度も視線を外そうとしない彼に、先に仕掛けたはずの私の方が照れて俯いてしまう。
「私ももうお腹いっぱいです」と視線を下したまま返事すると、高坂さんは「そうですか」と言いながら私の手を頬から外し、反対の手で私の肩を抱き寄せる。彼の胸に引き寄せられた私は、自分の耳が真っ赤に染まっているのを鏡を見なくても分かった。両耳を出した髪型にしていたから、きっと高坂さんにもバレバレなはずだ。あまりに余裕がなさすぎて恥ずかしい。握られていない方の手で片耳を押さえて隠すと、隠れていない耳のすぐそばで高坂さんが穏やかな声で囁いてくる。
「咲良さん」
初めて下の名前で呼ばれて、私は思わず顔を上げた。最初にこちらからショートメールを送った時にフルネームを伝えてはいたけれど、彼が覚えてくれているとは思ってもみなかった。返事をするつもりで私は唇を小さく開く。けれどそこから何か言葉が漏れ出る前に、高坂さんの唇が近付いてきて優しく塞がれてしまった。柔らかな感触と温かさを感じつつ、ずっと重ねられたままの手がキュッと強く握られるのを黙って受け入れる。一度離れたと思った唇が、愛おしいとでも伝えるかのように私の頬や目元へと順に口付けながら移動していく。私は潤んだ瞳をただ静かに伏せることしかできなかった。
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