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第四十二話・風香との待ち合わせ
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普段は利用することがない駅で人の流れに従って改札を出る。仕事終わりのこの時間から大学通りに向かうのは夜間部の学生達だろうか。風香が通っている大学の最寄り駅で、私は自分よりも若い世代ばかりに若干の居心地悪さを感じつつ、ここで待ち合わせしている妹の姿を人混みの中に探す。
「お姉ちゃんっ!」
てっきり学校がある方向からやって来るのかと思っていたのに、風香は私の真後ろから声を掛けてきた。振り返ると黒の膝丈のタイトスカートとジャケットに黒のトートバッグ、髪は後ろで一つに束ねた妹が照れ笑いを浮かべて立っている。初めて見るスーツ姿は新鮮で、就活生の模範のようだと思いながら、私は以前よりも風香の表情が明るく感じられて安堵する。数か月前に会った時は、卒業後も母の弁当屋に振り回される生活かと絶望している風だったのに。
「ごめん、さっきまで事務所に行ってた」
「あれ、今日はバイト無いって言ってなかったっけ?」
「うん、そうだったんだけどね。パートさんが子供の発熱で休みになったらしくて、昼から少しだけ出てた」
妹は春から就職予定の弁護士事務所で卒業するまでもアルバイトとして働かせてもらっている。土日はコンビニで、平日は事務の仕事を掛け持ちだけど、もう大学は卒業に必要な単位は全て取っているから余裕で、今までは外で働くという自由がなかったから楽しくてしょうがないみたいだ。
「上手くやっていけそう?」
「まあね。お母さんの店を手伝ってるより、よっぽど有意義だしちゃんとお金も貰えるし」
風香に案内してもらって大学通りから一本中へ入った道を進んでいき、ちょっとレトロなレンガ張りの喫茶店に入る。夜ご飯を一緒に食べる約束をしてきたのに喫茶店? と思ったけれど、さすがに学生を相手にしている店は食事メニューが充実していた。店の外観と表の看板を見ずにメニューを差し出されていたら、洋食屋さんかなと思ってしまったはずだ。
「向こうの通りはボリュームのある店ばっかりなんだけど、ここは量は普通だけど値段が安いの」
食べる量によって通う店を使い分けているのだと、風香が得意げに鼻を膨らませる。妹に大食いの印象はないから、きっとこっちの通りがメインなんだろう。私達は顔を寄せ合ってメニューを眺め、散々迷いまくった後にどちらも日替わりセットを頼んだ。本日のセットはチーズハンバーグらしい。すぐに厨房からチーズとデミグラスソースの匂いが漂ってきた。
「それで、お姉ちゃんは彼氏との同棲は順調なの?」
風香がテーブルに肘をつけて、私の顔をニヤニヤ笑いを浮かべながら向かいから覗き込んでくる。
「お母さんは、何か頭固くて冷たそうな人だったって言ってたけど……」
いきなり店に来て赤字経営をズバズバと指摘された母からしたら、柊人さんの印象があまり良くないのは当然か。私は苦笑しながら首を横に振って否定してみせる。彼はとても優しい人だし、別に頭も固くはない。冷たいというよりは冷静なだけだ。
「出張で帰って来ない日が多いから、まだ一緒に住んでるって実感は薄いかなぁ」
「ええーっ、そんな感じなの?」
月の半分は一人暮らしみたいなものと言うと、風香はかなり驚いた顔をしていた。べったり一緒にいるというわけじゃないから、彼が家にいる日はまだ緊張してしまう。ほんの少しずつだけれど柊人さんのことを知って、私のことも知っていってもらっている最中だ。いろいろ順番はおかしいかもしれないけれど、それでも私達は上手くいっている方だという自信はある。
料理が運ばれてきて、セットでついていたコーンスープを啜る。ライスとパンと選べたところを私達は姉妹揃ってライスを頼んだ。そういう些細な好みが似ていたりするのは離れて生活していてもやっぱり私達が姉妹だからだろうか。ハンバーグはチーズが上に乗っかっているだけかと思っていたら、中にも入っていて見た目以上に濃厚だった。さすがに若い胃袋を相手にしている店だけある。アラサーの胃にはやや重めだ……
「あ、お姉ちゃんに言わなきゃいけないことあったんだった!」
ライスを口いっぱいに頬張っていたのをごくりと飲み込んでから、風香が急に思い出したと口を開く。私はナイフとフォークでハンバーグを切り分けていた手を止めて、向いの席の妹の顔を見る。
「私も今はバイト二つ掛け持ちしてて、自分の物は自分で買えるようになったから、もうお金は送ってくれなくて大丈夫だから。今までの分も、社員で働くようになった後、少しずつだけど返していくつもりだし」
気持ちばかり背筋を伸ばして私にそう言ってから、風香は照れたようににっと笑って見せる。私は一瞬だけ、えっと驚いたけれど、冷静に考えてみたら自分が逆の立場だったとしても同じことを言っていたはずだ。私は妹に向かって呆れ笑いを浮かべながら首を横に振ってみせる。
「学生のうちにかかったお金のことは気にしなくていいの。私だってお父さんから出してもらった分は返してもいないのに」
「でも……」
「親のどっちについてくかなんて、風香には選べなかったんだよ。姉妹なんだから同じように負担させてよ」
そう言ってから、私が奨学金の半分を請け負うつもりだと説明すると、風香の目に涙が溢れ始める。貯金もなく、社会に出ていきなり初任給から借金返済が始まることに、少なからず不安を抱いていたのだろう。鼻を啜りながら「おねえちゃん、ありがとう」と繰り返す妹のことを、私は静かに見守った。
「お姉ちゃんっ!」
てっきり学校がある方向からやって来るのかと思っていたのに、風香は私の真後ろから声を掛けてきた。振り返ると黒の膝丈のタイトスカートとジャケットに黒のトートバッグ、髪は後ろで一つに束ねた妹が照れ笑いを浮かべて立っている。初めて見るスーツ姿は新鮮で、就活生の模範のようだと思いながら、私は以前よりも風香の表情が明るく感じられて安堵する。数か月前に会った時は、卒業後も母の弁当屋に振り回される生活かと絶望している風だったのに。
「ごめん、さっきまで事務所に行ってた」
「あれ、今日はバイト無いって言ってなかったっけ?」
「うん、そうだったんだけどね。パートさんが子供の発熱で休みになったらしくて、昼から少しだけ出てた」
妹は春から就職予定の弁護士事務所で卒業するまでもアルバイトとして働かせてもらっている。土日はコンビニで、平日は事務の仕事を掛け持ちだけど、もう大学は卒業に必要な単位は全て取っているから余裕で、今までは外で働くという自由がなかったから楽しくてしょうがないみたいだ。
「上手くやっていけそう?」
「まあね。お母さんの店を手伝ってるより、よっぽど有意義だしちゃんとお金も貰えるし」
風香に案内してもらって大学通りから一本中へ入った道を進んでいき、ちょっとレトロなレンガ張りの喫茶店に入る。夜ご飯を一緒に食べる約束をしてきたのに喫茶店? と思ったけれど、さすがに学生を相手にしている店は食事メニューが充実していた。店の外観と表の看板を見ずにメニューを差し出されていたら、洋食屋さんかなと思ってしまったはずだ。
「向こうの通りはボリュームのある店ばっかりなんだけど、ここは量は普通だけど値段が安いの」
食べる量によって通う店を使い分けているのだと、風香が得意げに鼻を膨らませる。妹に大食いの印象はないから、きっとこっちの通りがメインなんだろう。私達は顔を寄せ合ってメニューを眺め、散々迷いまくった後にどちらも日替わりセットを頼んだ。本日のセットはチーズハンバーグらしい。すぐに厨房からチーズとデミグラスソースの匂いが漂ってきた。
「それで、お姉ちゃんは彼氏との同棲は順調なの?」
風香がテーブルに肘をつけて、私の顔をニヤニヤ笑いを浮かべながら向かいから覗き込んでくる。
「お母さんは、何か頭固くて冷たそうな人だったって言ってたけど……」
いきなり店に来て赤字経営をズバズバと指摘された母からしたら、柊人さんの印象があまり良くないのは当然か。私は苦笑しながら首を横に振って否定してみせる。彼はとても優しい人だし、別に頭も固くはない。冷たいというよりは冷静なだけだ。
「出張で帰って来ない日が多いから、まだ一緒に住んでるって実感は薄いかなぁ」
「ええーっ、そんな感じなの?」
月の半分は一人暮らしみたいなものと言うと、風香はかなり驚いた顔をしていた。べったり一緒にいるというわけじゃないから、彼が家にいる日はまだ緊張してしまう。ほんの少しずつだけれど柊人さんのことを知って、私のことも知っていってもらっている最中だ。いろいろ順番はおかしいかもしれないけれど、それでも私達は上手くいっている方だという自信はある。
料理が運ばれてきて、セットでついていたコーンスープを啜る。ライスとパンと選べたところを私達は姉妹揃ってライスを頼んだ。そういう些細な好みが似ていたりするのは離れて生活していてもやっぱり私達が姉妹だからだろうか。ハンバーグはチーズが上に乗っかっているだけかと思っていたら、中にも入っていて見た目以上に濃厚だった。さすがに若い胃袋を相手にしている店だけある。アラサーの胃にはやや重めだ……
「あ、お姉ちゃんに言わなきゃいけないことあったんだった!」
ライスを口いっぱいに頬張っていたのをごくりと飲み込んでから、風香が急に思い出したと口を開く。私はナイフとフォークでハンバーグを切り分けていた手を止めて、向いの席の妹の顔を見る。
「私も今はバイト二つ掛け持ちしてて、自分の物は自分で買えるようになったから、もうお金は送ってくれなくて大丈夫だから。今までの分も、社員で働くようになった後、少しずつだけど返していくつもりだし」
気持ちばかり背筋を伸ばして私にそう言ってから、風香は照れたようににっと笑って見せる。私は一瞬だけ、えっと驚いたけれど、冷静に考えてみたら自分が逆の立場だったとしても同じことを言っていたはずだ。私は妹に向かって呆れ笑いを浮かべながら首を横に振ってみせる。
「学生のうちにかかったお金のことは気にしなくていいの。私だってお父さんから出してもらった分は返してもいないのに」
「でも……」
「親のどっちについてくかなんて、風香には選べなかったんだよ。姉妹なんだから同じように負担させてよ」
そう言ってから、私が奨学金の半分を請け負うつもりだと説明すると、風香の目に涙が溢れ始める。貯金もなく、社会に出ていきなり初任給から借金返済が始まることに、少なからず不安を抱いていたのだろう。鼻を啜りながら「おねえちゃん、ありがとう」と繰り返す妹のことを、私は静かに見守った。
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