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第四十四話・見合い話(柊人ver.)
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営業部の社員を立ち会わせての午後の商談はヴェルクパートナーズの創業当時からの付き合いがある企業が相手。ここは以前の勤務先だった会計事務所から引き継いだ案件で、当時は親族経営の小さな会社だった。代替わりしたばかりの二代目である村田社長はとても意欲的な人で、あっという間に企業規模は拡大した。穏やかな物言いと風貌の割に意外と強かで、とても尊敬に値する人だ。
「いやー、うちが新たに関西へ支社を出すことになるとは、亡くなった先代社長も驚いていることでしょう。これも全て高坂先生のおかげです」
気を使ってくれているのか同席している社員達へ向けて、村田社長が俺の過去のコンサルについて語る。部下達は相槌を打ちながら目を輝かせてそれを聞いていたが、俺は素知らぬフリをしながら、昨晩に出張先のホテルでまとめた資料を社長の前へ提示してから話をぶった切るように説明を始める。仕事上での無駄話はあまり好きじゃない。
「御社の業界内での知名度では向こうで安定するのには少なくとも三年は見ておくべきですが、今の業績なら何ら問題はないかと判断しております。ただ、本社機能の一部を支社に移行するというのは――」
俺が口を開き始めると、部下達の表情が少しばかり引き締まるのを感じた。陰でいろいろネタにされているのは知っているが、業務との判別はちゃんと付けているらしい。俺はプレゼンを続けながら右二つ隣に座っている営業部の野原へと一瞬だけ視線を送る。かなり若手で、たしかまだ入社三年くらいだったはずだ。そして彼はあのパーティーの時にどさくさに紛れて咲良に話し掛けに行っていた男でもある。忘れ物のUSBメモリを受け取って貰ったこともあったから、彼女とは唯一直接面識がある社員だ。
「柊人さんのこと、モテて大変だねって喋ってただけだよ」
後日、咲良に聞いたらあっけらかんと答えていたけれど、彼女をあの場で一人にしたことは悔やむばかり。遠目から彼女が野原と笑顔で話しているのを見て、心底焦ってしまった。部下に横からかっさらわれるなんて、情けなさ過ぎて想像すらしたくない。
商談を終えて顧客を見送るために一同がエレベーターホールで箱の到着を待っている際、社長が俺の方に近寄ってから声を潜めた。
「先生もいつまでも独り身というわけにもいかないでしょう。どうです、今度うちの末娘と会ってやってもらえないだろうか?」
「村田社長のお嬢さんと、ですか……?」
「ええ、以前に先生がうちに来てくださった時に、どうやら一目惚れしたらしくてですね。なんでも廊下ですれ違ったとかで。今日こちらに伺うことを話したら、是非お願いしてきて欲しいと頼まれまして」
あまりにいきなりの話に、俺は「はぁ……」という返事ともつかない声を出した。二人いる娘とはどちらとも顔を合わせたことはあった気がするが、興味がなさすぎてはっきり覚えてもいない。真後ろで耳をそばだてていた部下達は「村田社長の娘さんと⁉」「お見合いってことか?」と騒めき出す。
そして、俺が断りの言葉を口にするより前にエレベーターが到着を知らせ、村田社長は開いたドアを潜り抜けながら「では、そういうことで」と何に対してか判断できないことを口にしながら笑顔で去って行った。
――見合いなんて、するわけが……
これまでも顧客や親族などから結婚を勧められたことは何度もある。その大半は軽く断るだけで済んだが、強引な相手からは会食と偽られて見合いの場を無理やりセッティングされたこともあった。もちろん、その先に至ることはなかったけれど。ただ立場的に断り辛くしばらくは交際一歩手前の関係を続けざるを得なかった相手もいないわけじゃない。あくまでもこちらは依頼を貰って仕事をしているという立ち位置なのだから。
でも今は正当な断る理由がちゃんと存在する。他の相手を探そうとは思わないし、咲良を手放すつもりもない。ふっと小さな笑みが口の端から漏れ出たのに気付き、俺は慌てて誤魔化すように咳払いする。部下達がそんな俺のことを怪訝な顔をしてみていたが大した問題じゃない。
七階の社長室へ戻るつもりで、エレベーターの上行きのボタンを押した俺の後ろではまだ野原達は騒ぎ続けていた。
「村田社長の娘かぁ、案件としてはかなりデカいよな」
「うちも便乗して関西進出とかか?」
「その話、結構前から出てるよなー、高坂社長のお父さんの会社が向こうにもあるから即実現は可能だって言われてたはず」
「じゃあ、これがキッカケになっていよいよ、か……⁉」
耳に届くそれらには好き勝手な噂話だと相手にもせず、俺は到着したエレベーターに乗り込む。周囲は深く考えもせずに不確かなことばかり言ってくる。いちいち気にしていたら頭が持たない。
そう、この時に俺が何も気にせずすぐに対処しなかったせいで、後で咲良を傷付けることになるなんて思いもしなかった。単なる噂話だったとしても、それが火種になって襲い掛かってくるなんて誰が想像できただろうか。
「いやー、うちが新たに関西へ支社を出すことになるとは、亡くなった先代社長も驚いていることでしょう。これも全て高坂先生のおかげです」
気を使ってくれているのか同席している社員達へ向けて、村田社長が俺の過去のコンサルについて語る。部下達は相槌を打ちながら目を輝かせてそれを聞いていたが、俺は素知らぬフリをしながら、昨晩に出張先のホテルでまとめた資料を社長の前へ提示してから話をぶった切るように説明を始める。仕事上での無駄話はあまり好きじゃない。
「御社の業界内での知名度では向こうで安定するのには少なくとも三年は見ておくべきですが、今の業績なら何ら問題はないかと判断しております。ただ、本社機能の一部を支社に移行するというのは――」
俺が口を開き始めると、部下達の表情が少しばかり引き締まるのを感じた。陰でいろいろネタにされているのは知っているが、業務との判別はちゃんと付けているらしい。俺はプレゼンを続けながら右二つ隣に座っている営業部の野原へと一瞬だけ視線を送る。かなり若手で、たしかまだ入社三年くらいだったはずだ。そして彼はあのパーティーの時にどさくさに紛れて咲良に話し掛けに行っていた男でもある。忘れ物のUSBメモリを受け取って貰ったこともあったから、彼女とは唯一直接面識がある社員だ。
「柊人さんのこと、モテて大変だねって喋ってただけだよ」
後日、咲良に聞いたらあっけらかんと答えていたけれど、彼女をあの場で一人にしたことは悔やむばかり。遠目から彼女が野原と笑顔で話しているのを見て、心底焦ってしまった。部下に横からかっさらわれるなんて、情けなさ過ぎて想像すらしたくない。
商談を終えて顧客を見送るために一同がエレベーターホールで箱の到着を待っている際、社長が俺の方に近寄ってから声を潜めた。
「先生もいつまでも独り身というわけにもいかないでしょう。どうです、今度うちの末娘と会ってやってもらえないだろうか?」
「村田社長のお嬢さんと、ですか……?」
「ええ、以前に先生がうちに来てくださった時に、どうやら一目惚れしたらしくてですね。なんでも廊下ですれ違ったとかで。今日こちらに伺うことを話したら、是非お願いしてきて欲しいと頼まれまして」
あまりにいきなりの話に、俺は「はぁ……」という返事ともつかない声を出した。二人いる娘とはどちらとも顔を合わせたことはあった気がするが、興味がなさすぎてはっきり覚えてもいない。真後ろで耳をそばだてていた部下達は「村田社長の娘さんと⁉」「お見合いってことか?」と騒めき出す。
そして、俺が断りの言葉を口にするより前にエレベーターが到着を知らせ、村田社長は開いたドアを潜り抜けながら「では、そういうことで」と何に対してか判断できないことを口にしながら笑顔で去って行った。
――見合いなんて、するわけが……
これまでも顧客や親族などから結婚を勧められたことは何度もある。その大半は軽く断るだけで済んだが、強引な相手からは会食と偽られて見合いの場を無理やりセッティングされたこともあった。もちろん、その先に至ることはなかったけれど。ただ立場的に断り辛くしばらくは交際一歩手前の関係を続けざるを得なかった相手もいないわけじゃない。あくまでもこちらは依頼を貰って仕事をしているという立ち位置なのだから。
でも今は正当な断る理由がちゃんと存在する。他の相手を探そうとは思わないし、咲良を手放すつもりもない。ふっと小さな笑みが口の端から漏れ出たのに気付き、俺は慌てて誤魔化すように咳払いする。部下達がそんな俺のことを怪訝な顔をしてみていたが大した問題じゃない。
七階の社長室へ戻るつもりで、エレベーターの上行きのボタンを押した俺の後ろではまだ野原達は騒ぎ続けていた。
「村田社長の娘かぁ、案件としてはかなりデカいよな」
「うちも便乗して関西進出とかか?」
「その話、結構前から出てるよなー、高坂社長のお父さんの会社が向こうにもあるから即実現は可能だって言われてたはず」
「じゃあ、これがキッカケになっていよいよ、か……⁉」
耳に届くそれらには好き勝手な噂話だと相手にもせず、俺は到着したエレベーターに乗り込む。周囲は深く考えもせずに不確かなことばかり言ってくる。いちいち気にしていたら頭が持たない。
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