クールな経営者は不器用に溺愛する 〜ツンデレ社長とWワーク女子〜

瀬崎由美

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第四十五話・営業の野原さん

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 円佳がジャンクな物が食べたいと急に言い出したのもあって、私はランチタイムで混み合うファストフード店の列に並んでいた。しばらくしてスマホが鳴り、先に席を確保しに行った同僚から二階の窓際のテーブルというメッセージが届く。背伸びして後何人と心の中で行列を数えていると、真後ろから「あれっ?」という驚いた風の声が聞こえて振り向く。

「あ……こんにちは」

 私の次に並んでいるのはスーツを着た男性だというのは気付いていたけれど、顔までは見ていなかった。「こんにちは、偶然ですね」と挨拶を返してきたのは、ヴェルクパートナーズの営業の野原さん――つまりは柊人さんの会社の人だ。

「珍しいところで会いますねー、今日は店はお休みなんですか?」

 野原さんは私のことはネットカフェの店員としか認識していなかったのだろう。スーツ姿の私のことを不思議そうに見ている。彼は見た感じだと、営業回りの途中なんだろうか?

「あ、いえ、あのバイトはもう辞めたんです。元々、この近くの会社に勤めているので」
「そうなんだ、本業は別だったんすね。ちなみに会社ってどこか聞いても?」

 前から思っていたけれど、彼はかなり人懐っこい。根っからの営業マンって感じだ。柊人さんの会社の人だからと私は特に警戒もせず、自分の勤めている社名を口にする。一瞬考え込んだ後、野原さんはハッとした表情になって大きく頷いていた。

「あー、俺、その隣のビルに担当してる会社があるんですよ。へー、あそこで働いてるんだ。何の仕事してるんすか?」
「営業事務ですよ」

 私がそう答えてすぐに列が前へと進み、私は同僚のと合わせて二人分の注文を店員へと伝えて会計する。キッチンも混み合っているのか番号札だけを受け取った後、私は順番を待つ野原さんへ「じゃあ、失礼します」と会釈してからレジカウンターを離れた。
 その偶然の野原さんとの再会は私にはそれほど重要じゃなかったから、私は柊人さんにも伝えようとは思わなかった。出会ったことすら、すっかり忘れてしまったくらいだ。

 それから二週間ほど経った頃だったか、また退勤時間ギリギリで課長から残業を強いられてしまい、平常より半時間くらい遅くに会社を出た。この微妙な時間差で電車の本数が大きく変わるのにと心の中で毒づきながら、駅へと続く道を歩き出す。と、外灯で逆光になっていて顔はよく見えなかったけれど、スーツ姿の男性三人がこちらへ向かってくるのに気付いた。三十代前半といった感じの人がかなり慎重に声を掛けて来る。

「すいません、少しお時間よろしいですか?」

 雰囲気的にナンパでも道を聞かれるという風でもなく、瞬時に勧誘かと身構えてから、私は彼らの一番後ろにいるのが野原さんだと気付いて足を止める。でも、残りの二人は完全な初対面だ。いくら見知った人がいたと言っても、薄暗い夜道で背の高い男の人達に囲まれる状況はちょっと怖い。私は同じ会社の人が誰か出て来てくれないかと自社ビルの方をチラチラ見る。あいにく、就業時間をかなり過ぎてしまっているから誰も通りそうもない。

「な、なんでしょう……?」
「あの、うちの社長とはどういうご関係なんですか?」

 野原さん以外の二人も柊人さんの会社の人だと名乗った後、私より少し年上っぽい男性が聞き辛そうに訊ねてくる。野原さんは先輩らしき二人の後ろで、困惑した表情でオロオロしていた。私がここに勤めていることを野原さんが話したのは明白で、私と目が合うと申し訳なさそうに謝ってくる。

「すいません、俺が社長の彼女がここに勤めてるって喋っちゃって……一応は止めたんですけど……」
「何言ってんだ、野原。今回の話は、うちの会社のチャンスなんだぞ!」
「そうだ、関西進出が決まってる村田社長との縁をないがしろにできるわけないだろ! 企業拡大の可能性を見逃すつもりか⁉」

 先輩らしき人達に次々の怒られながらも、野原さんは「いや、でも……」と言い返そうとはしていた。けれど後の二人は有無を言わさず、私へと詰め寄ってくる。

「今、高坂社長には社運を賭けたといってもいい縁談の話が来てるんです」
「俺ら社員とその家族のために、あなたの方から社長へ別れると言ってもらえませんか?」

 お願いします、と初対面の人達に公共の面前で頭を下げられて、私は目をぱちくりさせて言葉を失っていた。彼らが全員、柊人さんの会社の人だというのは分かったけれど、どうして私に柊人さんとの破局を促してくるのかが理解できない。否、何となく話の流れから彼にかなり条件のいい政略結婚の話か何かが持ち上がっているのだということは察したが、それは部下である彼らが口出すことではないのでは?

 そういえば何かの会話の中で「うちの従業員は野心の塊のようなやつが多い」と柊人さんが言っていたのを思い出す。創業年数も浅く、社長である柊人さんがまだ三十代でしかないし、若く暴走しやすい社員が集まっているのだなとその時は一緒になって笑っていたけれど……

「えっと、あの……」

 男性二人に詰め寄られ、困惑と同時に恐怖を感じて私は顔を強張らせる。他人から恋人と別れるように迫られたことなんて初めてで、どう対応していいか分からない。下手に「はい」と言ってしまって、実際に別れずに逆上されることも怖いし、かと言ってイヤだと言ったらいつまでも帰してもらえなさそうな気迫に満ちた雰囲気。

「ちょっと落ち着いて下さいって。そんなの俺らが口出ししていいことじゃないっすよ。自分らだって、奥さんと彼女に仕事のために別れてくれって平気で言えるんすか?」

 唯一冷静な野原さんが、男性二人の腕を掴んで引っ張って私から離れさせようとしてくれている。

「野原は黙ってろ! 今はそういう次元の話じゃねーんだよ」
「俺らと高坂社長とでは背負ってるものが違うんだよ、一緒にすんな!」
「いや、変わらないっすよ。大体あんた、社長と歳が一緒だろうが」
「なっ……!」

 上司と同級生だというのは彼にとって禁句だったらしく、力が抜けたようにヘナヘナと地面にしゃがんで項垂れ始める。もう一人もその様子を見て意気消沈とその場に立ち尽くしている。野原さんから「今の内に」という目配せをもらって、私は急いで駅に向かって駆け出した。

 ――な、な、な、何だったのっ、あの人達……⁉
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