クールな経営者は不器用に溺愛する 〜ツンデレ社長とWワーク女子〜

瀬崎由美

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第四十六話・報告の電話

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 珍しく私より先に帰宅していた柊人さんは、リビングのソファーに座ったまま難しい顔で誰かと電話で話していた。音を立てないよう、そうっと口パクで「ただいま」と言うと黙って小さく頷き返してくれる。部屋着に着替えて戻って来てもまだ通話中だったから、私は極力静かにしながら夜ご飯を作り始める。時間がある時に作り置きしておいたものがほとんどで、温めたり焼くだけだったけれど全てを作ってダイニングテーブルの上に並べ終えた時もまだ電話は続いているみたいだった。

「……それで、君はどういうつもりで彼女の社名を教えたんだ、野原?」

 柊人さんの凍てつくような冷たい声。怒りを押し殺しているような、静かな口調で話すのは初めて聞いた。最後に耳に届いた名前に驚いて彼のことを見る。電話の相手はあの野原さん? ということは、つい先程のことの報告を受けているんだろうか?
 気になるけれど通話の邪魔をするわけにもいかず、私は椅子に座って静かに彼の電話が終わるのを待つ。はっきりとは聞こえないけれどスピーカーから少し漏れてくる声で、電話の相手が必死で何かを説明しているのは分かった。それに対し、柊人さんは相槌も打たずに黙って聞いているだけだ。返事がない分、逆に相手はとてつもない威圧を感じているはずだ。

「分かった。今後、村田社長との取引は中止する。社長には他のコンサル会社を紹介するつもりだから引き継ぎの為に必要なデータをまとめておくよう伝えてくれ」

 柊人さんの言葉に、電話の向こうが慌て出したのが何となくわかる。複数の声が聞こえているから、野原さんらしき人は会社に戻ってから電話しているのだろうか? 村田社長っていうのが、あの人達が言っていた縁談話を持ち掛けてきた人? 横から聞いているだけではいまいち内容まではよく分からなかったけれど、終始静かな口調の柊人さんがものすごく怒っているのだけは理解できた。

「取引先を一つ失うくらい、彼女がいなくなることに比べたら何でもない」

 それだけを言って柊人さんは一方的に通話を切り、スマホをソファーの上に乱雑に置く。そして、ダイニングにいる私に視線を送ってから、呼び寄せるように私の名前を口にする。

「咲良」

 呼ばれるがままにソファーの彼の隣に座り込んでから、私は柊人さんの横顔を見上げる。まだ怒りは収まってないみたいで目元に強く力が入ってヒクついていたが、私の方を見返してきた時には少し緩んだように見えた。

「すまない、うちの奴等が咲良のところに押しかけたって聞いた」
「うん、会社の前で待ち伏せされた。でも、野原さんが止めてくれたし、すぐ逃げれたから平気」
「……」

 柊人さんは私が彼らに何を言われたのかも聞いているのだろう。呆れたように深い溜め息を吐いてから、もう一度「ごめん」と謝り直す。
 帰ってくる電車の中で、もし彼も会社のために私とは別れた方がいいと考えていたらと、少し思い悩んだ。私には彼に何も与えてあげることはできないから、潔く身を引いた方がいいんだろうか、と。
 でもさっきの彼の言葉が頭の中で繰り返していた。

『取引先を一つ失うくらい、彼女がいなくなることに比べたら何でもない』

 それは何よりも心強く胸に響いたけれど、私には理解できない言葉でもあった。だって、自分にそこまでしてもらえる価値があるとは思えなかったから……

「どうして、そこまで……?」

 聞き返した私の顔を真正面から見据えて、柊人さんはとても穏やかな瞳ではっきりと言ってくれた。

「咲良の価値は俺が一番よく理解してるって、前にも言ったはずだ。だから、そう簡単に逃すわけがない」

 そう言ってから私の身体へ腕を伸ばす。柊人さんの胸に抱かれて彼の鼓動に耳を澄ませながら、私はようやくさっきまで感じていた不安が完全に消えた気がした。優しく背を撫でてくれる柊人さんの手は大きくて、もう大丈夫だと訴え続けてくれているようだった。

「君がいなくなることの方が、俺にとっては損失が大きい。取引先なんていくらでも新しいのを見つけられるけど、咲良は唯一だから」

 ギュッと強く抱き締めてから、耳元に顔を近付けて囁いてくる。その声がいつもに増して甘くて私は自分の耳が真っ赤に染まっているのが分かった。耳だけじゃなく顔全体が熱を持っているように火照る。柊人さんは私の横髪を指に取ってから耳へと掛け、赤味を帯びたそれに唇を触れさせてくる。すぐ近くから聞こえてくる唇の音に、私は恥ずかしさで彼の胸に顔を埋めて隠す。

「もし君が離れたいって言っても、もう無理だから」

 柊人さんの余裕なさげな言い方に、私はそっと上目遣いで彼のことを見る。

「そんなこと、言うわけないよ……」
「それなら良かった。咲良がやっぱり一人でやってくって、ここを出てってしまうんじゃないかって、いつも不安でしょがない」

 柊人さんの瞳は熱いけれどどこか不安気に揺れていて、私は彼の頬に手を伸ばしてから言い聞かせるように伝える。

「柊人さんは私のこと、守ってくれるんでしょう? だったら、どこにもいかない」
「ああ、ずっと守る。だから、ずっと俺の傍にいて欲しい」

 ホッとしたように安堵の笑みを漏らす柊人さんに向かって、私は微笑みながら大きく頷き返した。
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