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第4幕 高校入学編
第17話 アヤカシの事情
しおりを挟むケット・シー校長は、オレが分かるように懇切丁寧に説明をしてくれた。なんだか先生みたいだ。──って校長だった。
閑話休題──。
それでケット・シー校長の話を要約するとこうだ。
《アヤカシ》が全世界の人間に見えるようになったのは、十二年前の隕石の影響からだということ。それによって、本来は第五次元または、四.五次元にあった天界、魔界、異界、冥界エトセトラが現世とごっちゃ混ぜになった。もう所縁の地とか関係ないランダムで。インド神話のガネーシャが四国の高知にいるぐらいだ。
その結果、《アヤカシ》は現世に肉体を持って顕現した。その際に容姿などは問題なかったのだが、味覚という感覚器官が機能しなかったのだ。
つまり《アヤカシ》は何を食べても味がしない。どんなに一流のシェフが腕によりをかけて作っても駄目だった。
《アヤカシ》たちは「食」に対しての楽しみを諦めた。だがその時、東洋の島国である神に「美味い」と言わせた男がいたという。
その男は一流のパティシエではあったが、他の料理人たちとの相違点は二つ。先祖返りした者ではなく、ただの人間だったこと。そして──《アヤカシ》に対して「美味しい」と言ってほしくて作ったことだった。
真心というのだろうか、それも対象となる《アヤカシ》を知り、その相手の為に作ることこそが大事だった。
「……あー、うーん」
「納得できないかニャ?」
話の途中でオレは唸り声を上げたので、ケット・シー校長は小首を傾げた。その仕草も可愛いなコンチクショウ。
「いや、《アヤカシ》を想う気持ちが大事ってのは分かったッス。でも、それならもっと早い段階で気づいたんじゃないッスか? それに作り手としては、美味しく食べて欲しいと大なり小なり思うと思うッス……です」
「それは時代というのもあったニャ。唐突に自分みたいな生き物が目の前に現れたらどう思うニャ?」
オレは改めてケット・シー校長へと視線を向けた。彼のアーモンドの目がやや鋭く光る。そう問われたオレは、姿勢を正して真剣に言葉を返す。
「猫の肉球をぷにぷにして、抱きしめてモフモフしていいか聞きます」
「……………ニャ?」
「え、コイツマジで言っているの?」みたいに眉間に皺を寄せて、オレを見つめるケット・シー校長。模範解答だとおもったけど、違うだろうか。
「あ! えっと、いきなり抱き着きかないッスよ? ちゃんと許可を取ってですね……」
「そうじゃないニャ。二メートルも巨大な猫だニャ。爪も牙も鋭い化物がいきなり人語もしゃべったら恐怖するニャ」
「そう言う事か」とオレはケット・シー校長の言いたいことを何となく察した。たしかに、人外の存在が唐突に現れたら恐怖を抱く人はいるだろう。
「……自分、味覚はないニャン。でも、この世界がごちゃまぜになる前から人の想いは温かくて好きだったニャ。そういう温かい気持ちは甘い。だから気持ちを込めて作った料理やスイーツは温かくて甘いニャ。でも、そこに恐怖や疑念、畏れが一ミリでもあると、駄目なんだニャ」
「一ミリでもッスか?」
「そうニャ。怖いって感情は強いニャ。そしてそれは想いを簡単に覆す。純粋に《アヤカシ》に対して不信感を持たずに、《アヤカシ》に食べてもらおうなんて酔狂な人間は稀なんだニャ」
「え? 世界各地に《アヤカシ》がいるじゃないですか。みんな食事とかどうしているッスか? ……です」
「味は感じなくても食べることは出来るし、神々なら人間からの祈りがあれば生きていけるニャ。別段食べなくても人間みたいに死なない。あ、もちろん、例外はあるニャ」
「…………」
「まあ、Eudaemonicsの各店舗は《アヤカシ》の為に作っている店としては有名だけどニャ」
──オレ、《アヤカシ》のことなんにも知らなかったんだな……。
今なら何となくガネーシャの言ったことがわかる。
***
「うん。でも、気持ちがこもっていてすっごく美味しかった。なにより温かかったよ」
「あたたかい?」と、オレは小首を傾げた。
「うん。ボクたち神様──《アヤカシ》って、作った人の想いが伝わってくるから、菓子が余計に美味しくて、こう、なんというか食べると胸の奥が温かくなるんだ」
「……む、胸やけとかじゃないよな」とオレは茶化すが──
「そんなんじゃないやい」とガネーシャは鼻を揺らした。
「だから、さ。旭が一生懸命つくる菓子は、すっごく美味しかった。きっと旭は世界一のパティシエになるよ。うん!」
***
──白蛇様も、木霊やクダラ師匠、ラーサさん、始さん、みんな美味しいって言ってくれた。それってすごいことだったんだ……。
オレは目頭が熱くなった。彼、彼女たちにとって「食」がどれだけ大事なものか──
「美味しかったニャ」
山盛りに作ったホットケーキが、あっという間になくなっていた。綺麗な空の皿がオレの目の前に映った。
「校長が完食しているのを確認。私の分が用意されていない確率は、九十九.九パーセント……。私は……悲しい」
食堂に戻って来た人型ゴーレムは、青い顔をして項垂れていた。心なしかツインテールもしょんぼりしているように見える。
「ごめんニャ」
「あ、ゴーレムさん。まだある材料でクレープなら作れますけど……」
「……!?」
ゴーレムさんの目が真っ赤に煌めいた。心なしかすさまじい覇気を感じるんですが……。
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