【完結】ちびっこ錬金術師は愛される

あろえ

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第二章

第61話:アーニャの隠し事2

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「うぅ……思ってたよりニオイがキツいね」

 歩き始めてしばらくすると、魔除けのポプリから何とも言えない独特の香りがして、慣れないジルは苦しんでいた。

「魔力を流すと反応して、魔物の嫌がるニオイが出る仕組みなのよ」

「えーっ。じゃあ、僕も魔物の仲間なの?」

「人間でも好きな人はいないわ。香りのキツイポプリは効果が高いんだし、文句は言わないの」

「はーい」

 ジルは少し不機嫌そうな顔をするものの、アーニャと手を繋いで歩くことができて、気分はいい。新しくブーツも買ってもらって、天候にも恵まれている。ちょっとニオイを我慢すれば、ジルにとっては楽しいピクニックなのだ。

 一方、左手でジルと手を繋いでいるアーニャは、険しい表情していた。いつでも魔物と戦闘ができるように、右手はマジックポーチの中に入れて、ジルが作ったジェムを使う準備をしている。

 無闇にキョロキョロと見回すこともなく、風上を中心に警戒して歩いていく。

(魔除けのポプリの弱いところは、風でニオイが分散されることなのよね。今日は風が緩やかでいいけど、風上の魔物には効果がないわ。この子を守るためにも、私が気を引き締めないと)

 いつも一人で月光草を取りに行くときとは違い、シビア過ぎるくらいにアーニャは目を光らせていた。

「買ってもらったブーツ、すごい快適だよー。足が軽いし、全然疲れないの」

「風属性を付与したおかげよ。今まで履いていた靴は、そんなことなかったでしょ」

「うんうん。だからね、ビックリしちゃったー」

 本当はこんな会話をしていれば、音に敏感な魔物に気づかれやすい。しかし、ジルに冷たい態度を取れば、今までの関係が崩れるかもしれない。それだけは避けないと、月光草の採取どころではなくなってしまう。

 もっと静かに歩きなさいよ、と言いたいところを我慢して、ジルの呑気な話に付き合っているのだ。

(私と会話することなんて、どうせそんなに多くないわ。すぐにネタが尽きて、そのうち静かに歩くようになるわよ)

 この時、アーニャは知らなかった。前世の記憶を夢だと思う込むジルは、料理の話を無限にしてしまう、料理マニアだということを。

 ***

「それでね、カボチャにバターを入れてコロッケを作ると、すっごいおいしいの」

「あんた、今日はカボチャを持って来てないの?」

「うん。だって、アーニャお姉ちゃんがオムライスを作る材料だけでいいって言ったから」

「なんで昨日の私はそんなことを言ったのよ! カボチャさえあれば、カボチャのコロッケが食べられたかもしれないのに! どんな味がするのか気になるわ」

 一際大きな声を出してしまうほどには、話が盛り上がっていた。

 ジルは前世の料理知識からカボチャトークを続け、永遠とアーニャに語っている。別にカボチャの話なんて興味ないけど、仕方なく聞いてあげるわ、程度にしか思っていなかったアーニャなのだが、気がつけば、大好きな揚げ物の話に食いついていた。

 カボチャで作るという一風変わったコロッケの話に、衝撃を受けている。

 今までアーニャが食べたコロッケは、イモと挽き肉で作られたものしかない。それなのに、カボチャで作られた甘~いホクホクコロッケとは……うぐぐっ、気になって仕方がない。

(オムライスと一緒にカボチャコロッケを食べてみたいわ。きっと相性は抜群よ。でも、揚げ物のカロリーは高いのよね。ルーナみたいに食べても太らない体質だったら、遠慮なく食べるのに。少なくとも、冒険者活動を休んでいるうちは我慢しないと)

 破壊神と呼ばれていても、色恋沙汰に縁がなかったとしても、アーニャは女の子である。冒険者時代は平気だったのに、錬金術師になって運動不足になり、体重の増加が気になっていた。

 錬金術を始めた頃は、繊細で慣れない作業にイライラして、オムライスを食べることが多かった。夜にしか触れない月光草で徹夜続きになり、夜食にオムライスを食べることが多くなった。ルーナの治療薬を作るというプレッシャーから逃げるため、別腹にオムライスを流し込んでいた。

 完全にオムライスの食べすぎである。なぜか別腹に入る大好きなオムライスは、カロリーゼロだと信じてやまない。その結果、太り……いや、体重の維持に苦労していた。

 しかし、ジルの話は止まらない。カボチャトークからコロッケトークにシフトチェンジしようとしている。

「柔らかくておいしいよ。でも、僕は一番クリームコロッケが好きだなぁ」

「ちょ、ちょっと待ちなさい。なによ、そのクリームコロッケって。カボチャコロッケ以外にも、違う種類のコロッケがあるの?」

 食い気味で質問しちゃうくらいには、アーニャは気になった。だって、すでにネーミングがおいしそう。

「中身がトローッとしてるコロッケで……、あっ、魔物が来たよ」

 料理の話に夢中のアーニャが気づかず、偶然視界に映ったジルが魔物の存在に気づいた。緊張感はまるでない。

 しかし、腐ってもアーニャは破壊神と呼ばれるほどの冒険者である。ジルの手をいったん離し、キリッと身を引き締めて魔物と向き合う。

 対峙したのは、大きな角の生えたイノシシの魔物、ファングボア。体調三メートルはあるCランクの魔物で、街に近づくと大きな被害を出すことが多い。

(厄介な相手ね。威力の小さい魔法だと、ダメージが浅くて突っ込んでくるわ。もったいないけど、ジェムを三つ割って、確実にケリをつけた方がいいわね)

 ドドドッと勢いよく走り始めたファングボアに、アーニャはマジックポーチに入れていた手を抜き、ジェムを三つ握り締めた。すると、巨大な一本の炎の剣が形成され、ファングボアに放たれる。

 通常、ジェムは一つずつしか使わないが、複数のジェムを同時に使用することで、より強い魔法を生み出すことができるのだ。

 そして、アーニャの作り出した巨大な炎の剣は、まっすぐ突っ込んでくるファングボアと相性がいい。ウルフのように逃げ回らないため、大きな攻撃で一気に仕留めることが可能である。

 ズシュッ! と炎の剣がファングボアを貫通すると、ブモォォォ! と断末魔を上げて、地面へ倒れた。

 無事に討伐できて肩に入っていた力をフゥーと抜いたアーニャは、今の戦闘音で魔物が近寄って来ないか周囲を警戒する。その時、ジーッと見つめてくるジルと目があった。

「アーニャお姉ちゃんって、武器とか魔法を使って戦わないの?」

「はえっ!?」

 ジルの質問に、アーニャは動揺する。破壊神と呼ばれるほどのアーニャが、攻撃アイテムに頼るのはあまりにも不自然な行動だった。

「だって、ジェムは非常時に使うアイテムって、作るときに言ってたでしょ?」

「な、なに言ってんのよ。力配分って言うのは、冒険者にとって一番大切なの。まだ温存しておいた方がいいと思って、わざわざジェムを使っているのよ」

「でも、ルーナお姉ちゃんが言ってたよ? アーニャお姉ちゃんは、素手で軍団長さんを倒すくらいに強くって、武器を使わなくてもアッサリ勝っちゃうって」

 ギクッ! とわかりやすく慌てるアーニャはいま、必死に言い訳を探している。

(私だって、戦えるなら戦ってるわよ! 本当なら、こんな魔物程度は拳だけで余裕だし、出会って二秒で討伐できるわ。ジェムもポプリもポーションも使わずに、余裕で勝てる相手なのよ。でも、仕方ないじゃない。……いまはしてるんだから)

 冒険者業から離れた二年の間に、アーニャが弱くなったわけではない。魔物からルーナが呪いを受けたように、アーニャも……。

「もしかして、アーニャお姉ちゃんのお腹に集まってる魔力って、自分で使えないの?」

 ずっごーーーーーーーん!

 アタフタと動揺するアーニャの心に、核心という大砲がぶち込まれた。恋とはまったく違う意味でドキドキして、手から冷や汗が止まらない。

(忘れてたわ、この子はマナや魔力の認識能力に長けている。それは錬金術の素材や魔法だけじゃなくて、人の魔力も認識することになる。それなら、私のお腹のは……隠しようがないじゃないの!)

 キョトンとした無邪気な顔を浮かべるジルは、どうなんだろうと疑問に思い、上目遣いで見つめる。それは単純な疑問であり、アーニャを追い詰めたいわけではない。

 しかし、今まで妹のルーナにも親友のエリスにも隠し続けてきたアーニャにとっては、本当のことを言ってね? と言われたように感じていた。もうわかっているんだよ、アーニャお姉ちゃん、と、全てを見通すようなジルのあどけない上目遣いに……、アーニャは弱い。

 ああ、もうダメだ、と膝から崩れ落ちたアーニャは、二年もの長い間隠し続けてきたことを、アッサリと自白してしまう。

「私の魔力は封印されてるのよ……。ジェムがないと戦えないほどには、弱体化しているの。今は低ランク冒険者くらいの戦いしかできないわ」
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