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第二章

第62話:アーニャの隠し事3

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 弱体化していることを告白したアーニャは、しょんぼりしながらジルと一緒に歩き進めていた。

「あんた、魔族って知ってる?」

「魔族? 魔物じゃなくって?」

「そうよ。強い魔物が人みたいに進化したら、異常に強くなって魔族っていう種族に変わるの」

 魔物から進化した存在と言われる、魔族。それは知性を持った魔物とも呼ばれ、別次元の強さを持つ驚異的な存在になる。

 一体の魔族を討伐するには、二か国の軍事力を合わせないと勝てないと言われるほどで、魔族の存在が確認されると、冒険者ギルドを中心にして、各国で臨時協定が強制的に結ばされる。そして、魔族を討伐するために、惜しみない戦力で一気に討伐する方法が取られていた。

「もしかして、アーニャお姉ちゃんは魔族なの?」

「違うわよ、見たらわかるでしょう。魔族と同等レベルの強さではあるけど。おそらく、冒険者ギルドもそう思ってると思うわ」

 ジルが誤解するのも無理はなく、実際に冒険者ギルドは、アーニャが魔族ではないかと疑ったことがある。コソコソと調査していたギルドの調査員を、アーニャが敵だと思ってボコボコにしたことで大きく揉めたのだが、ルーナがうまいこと間に入り、魔族の疑いを晴らしていた。

 なお、魔族じゃないと判断された一番の理由は、とてもおいしそうにオムライスを食べるから、というものであったが。アーニャがオムライスを食べる姿は、一番女の子っぽく見えるのである。

「二年前、私とルーナは偶然出会った魔族と戦闘になって、何とか討伐したの。でも、死にぎわに放たれた攻撃でルーナは石化の呪いがかけられ、私は魔力が封印されたわ。先に倒れたルーナは、私が弱体化したことに気づいてないけどね」

 いったんアーニャは立ち止まり、自分の服をつまんで、チラッとへそが見えるようにめくった。そこには、へそを中心にしてアザのような魔法陣が描かれている。

 莫大な魔力を使用して身体強化するアーニャは、魔力がないと戦闘できない。死に際に放たれた呪いにより、戦う力を奪われていたのだ。

 そんなアーニャに刻まれた魔法陣を、ジルは純粋な目で見れない。アーニャのへそは、刺激的すぎる!

「ふあっ!? ア、アーニャお姉ちゃんの、えっちぃ……」

 目をバチーンッ! と勢いよくビンタでもするかのように、ジルは両手で視界をカット。コンロに火を付けるようにボッ! と顔が赤くなってしまい、しゃがみこむくらいには照れていた。

「あんた、面倒くさいわね。こっちまで恥ずかしくなるじゃないの。……もういいわよ、服を戻したから」

 さすがに小さな男の子に、えっちぃ、と二人きりで言われれば、アーニャは照れてしまう。戦闘で防具が破損したり、野外の水浴びで服を脱いだりしたこともあったけれど、自分から誰かにお腹を見せたのは、これが初めて。

 ましてや、いくら小さな男の子とはいえ、相手が異性であることに気づくと……アーニャはジル以上に顔が赤くなるのだった。

 いったん気を取り直して、二人は初々しい初デートのような雰囲気を出しながら、歩くことを再開する。ぎこちない関係になったのは間違いなく、さっきまで仲良く繋いでいた手が重なることはなかった。

「じゃあ、みんなにはずっと内緒にしてたの?」

「弱体化したことを冒険者ギルドに報告できないわ。自分でも言うのもなんだけど、問題を起こしてばかりだったで、恨まれていることも多いの。ルーナに無駄な心配をかけたくないし、今みたいに普通に生活できるうちは……」

 自分のお腹に手を当てても、封印が反応したり、痛んだりすることはない。戦闘しなければ、弱体化の影響は日常生活に支障をきたすことはなかった。幸か不幸か、【破壊神】という二つ名でみんなが恐れてくれるおかげで、ツンデレの性格を全開にしても、アーニャは普通に過ごせている。

 その影響もあって、アーニャは自分の魔力が封印されたと忘れることも多く、月光草の採取以外で苦労はしなかった。だからこそ、ルーナの治療薬を作ることに集中できている。

「この際、ハッキリと聞くわ。私のへその封印の魔力、どうなってるかわかる? あんた、しっかりと見えてるんでしょ?」

 純粋に自信の封印について知りたいアーニャに対して、ジルの頭はパンクする。脳内に焼き付いたアーニャのおへそを思い出してしまったのだ。

「ふえっ!? あ、あの、アーニャお姉ちゃんの魔力が集まってるだけにしか、見えないよ。流れずにずっと止まってるような感じ、かなぁ」

「何も変な感じはしないの? どす黒い魔力が混じってるとか、逆流してるとか。服の上からなんだし、もっとちゃんと見なさいよ」

「も、もう、やめてよぉ。アーニャお姉ちゃんは良くても、じっくりなんて見れないもん」

「だから、必要以上に恥ずかしがるのはやめなさい。別に変なことをやってるわけじゃないんだから」

 服の上からへそ付近を確認しろ、というのは、十分に変なことである。普通は、そんなお願いをしない。

「え、えーっと……、変な感じの魔力は見当たらないかな。でも、アーニャお姉ちゃんと出会ったときと比べて、ちょっとだけ魔力の雰囲気が変わった気がするの。本当に、ちょっとだけ」

 心情が変わることで魔力の質が変化するのは、よくあること。寝不足や心が不安定だと魔力が乱れやすいし、復讐に囚われると闇魔法を使えるようになることもある。

 何か大きな変化があったかしら、と最近の生活を思い出すアーニャは、エリスの言葉を思い出していた。

(そういえば、最近はエリスにも言われたわね。昔より雰囲気が良くなったって。私は別に普段と変わらないつもりだけど、可能性があるとしたら……、間違いなくこの子ね)

 ジルと関わり始めてから、アーニャの印象は大きく変化している。

 子供と手を繋いで出歩くお姉さんっぽい姿や、一緒に錬金術をするという師弟のように和やかな雰囲気が、今まではなかった。何より、ジルと一緒に過ごし始めてから、アーニャの表情が和らいでいる。ムスッとしてばかりだった表情が、子供を温かく見守るような笑みを浮かべるようになったのだ。

 当然、大人の女性であるアーニャは、自己分析も完璧。過去を振り返れば、こんなことくらいすぐに気づいて……。

(やっぱり、オムライスがおいしいもの。トマトソースのオムライスが絶品なのよね。あと、肉あんかけチャーハンのパンチ力。やっぱり人間の体は食べたもので作られてるから、おいしいものを食べてると魔力も変わっちゃうわよね)

 全然違う! カボチャコロッケの話を聞いた影響か、アーニャは食事のことしか思い出せない!

「変な干渉を受けてなければ、それでいいわ。今日の話は、ルーナとエリスに内緒にしといてよね」

 エリスはともかく、ルーナには絶対に内緒にしなければならない。ルーナの呪いを解いてからでないと、打ち明けることはできない。

「うん、内緒にするー」

「あんた、本当に返事だけはいいわね。まあ、そういうことだから、道中は静かにしてちょうだい。ジェムを頼りに戦うなら、少しでも節約していきたいのよ」

 静かにしてほしい、何気ないアーニャのお願いを聞いて、ジルは記憶を振り返る。

 街を出てから、ずっと話し続けてきた。カボチャトークを繰り広げた後、コロッケトークにまで派生しており、次はソースが染み込んだコロッケパンの話をしようと思っていたのに……それどころじゃない! 弱体化したアーニャと一緒に採取を終え、ルーナを助けるためには、魔物と出会ってはならないのだ!

 思わず、タタタッと駆け足で走り、歩くアーニャを妨害するように立ち止まる。両手を腰に当てて、ムッとした表情をジルは浮かべた。

「アーニャお姉ちゃん。そういう大事なことは、もっと早くに言わないとダメでしょ。ジェムがなくなってからじゃ、遅いんだよ?」

 とんでもないほどの正論を言い放つジルに、アーニャは……何も言い返せない。

 あんたとの関係を優先してこっちは付き合ってたのよ、という思いを心の奥底へ気合で押し込み、口を開く。

「……悪かったわね」

「次からは気を付けてよね。僕は助手なんだから」

 ジルはちょっと背伸びしてくるのだった。
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