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第二章
第67話:月の洞窟1
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周囲を警戒しながら、足早に登り進めた二人は、日が暮れる前に山の中腹に到着。休憩場所のように整地された広場を抜けた先に、小さい洞穴が見えてくる。
「あそこの洞穴が目的の場所になる、月の洞窟よ。この辺りは比較的安全だし、月光草を採取したら、朝までここで休むわ」
「うん。頑張っていっぱい掘るね」
「手当たり次第には掘らないわよ。ここにしか生えない貴重な薬草なんだから、必要最低限に抑えるために、私が採取するわ」
「えーっ! じゃあ、僕は月光草の魔力を見るだけ? ホリホリしないの?」
「なんで落ち込んでるのよ。ここの地面は固すぎて、あんたじゃ掘れないわ。ルーナのためにも、ちゃんと魔力を見てくれればいいの」
「わかってるけど、思ってたの違う。ルーナお姉ちゃんにいっぱいお土産を取って行きたかったのに」
颯爽と駆け付ける王子様をイメージするジルは、山盛りになるくらいの月光草を持って帰りたかった。こんなにいっぱい取ってきてくれたの、ありがとー! と、ルーナにギュッと抱き締めてもらうことを想定していたのだ。
恋に優柔不断なジルは、ルーナとアーニャを行ったり来たりしている。
「別にルーナは欲しがってないし、私しか月光草は見ないわよ」
嫉妬したわけではないのだが、アーニャの冷静な言葉でジルの夢は潰えるのだった。
***
小さな入り口を通って、月の洞窟に入ると、目の前の景色が一変した。
馬車が通れないくらいの小さな通路ができていて、火やランタンなどがなくても、ぼんやりと明るい。地面の土砂をジャリジャリと歩き進める音だけが反響し、奥に進むほど気温が下がっているだけでなく、壁の石がポワァ……とぼんやり白く光っていた。
口をポカーンと開けて歩くジルを見て、アーニャは懐かしい気持ちになる。ここへ初めてきた時、アーニャも呆気に取られてしまったから。
「月の洞窟は、神聖な領域なんだと思うわ。魔物も近寄ろうとはしないし、私でもマナの雰囲気が違うってわかるの」
「すごいね。石が光ってるところなんて、初めてみたよ」
「これは月光石って言ってね、月の魔力を石が吸収して光ってるんじゃないか、って言われているわ。天候や月の満ち欠けによっても、石の光り方が変わるの」
アーニャはここに来ると、心が穏やかになるのを感じている。綺麗な光に包まれた神秘的な空間は、ルーナの治療薬を作るというプレッシャーから解放してくれ、また頑張ろうかな、と前向きな気分にさせてくれるのだ。
当然、アーニャよりもマナの認識能力に長けているジルは、より詳しく見えている。
「壁から魔力が漏れ出てて、空気中のマナと混ざり合ってる。きれい……。あれ? マナと魔力って、勝手に混ざらないよね?」
錬金術ギルドの低級ポーションを作る試験で、ジルはマナと魔力が混ざらなくて、苦労したことを思い出す。
何度も薬草スープから魔力を追い出してポーション作りに失敗していたし、一度見せてもらったアーニャの魔法は、マナと魔力が混ぜっていなかった。それをヒントに魔力とマナを融合させる努力をしていたのだが……、ジルが見ている月光石の光景は、マナと魔力が仲良く溶け込み、共存しているように見えた。
「人間の考えが本当に正しいかなんて、実際にはわからないわ。自分たちの経験や知識で判断するだけであって、世界の理から反れているかもしれないもの。当たり前だと思っていることが、十年後には大きく間違っていることもある。でもね、そこを仮定しないと前に進めないのよ」
そもそも、人によってやり方や言うことが変わる錬金術に、正解なんてないのかもしれない。どうして薬草の魔力とマナを融合させただけで、傷を癒すポーションが作れるのか、未だに解明されていない。
しかし、こういった現象が起こると人類が受け入れてきたため、錬金術という文明は発達することができた。
だからこそアーニャは、わからないものはわからなくてもいい、そう思っている。錬金術を正しく使い、人の道に反する行為をしないように気をつけ、真っ当に生きるべきだと。
「アーニャお姉ちゃん……」
「わかってるわよ、言ってることが難しくてわからないんでしょ。あんたが何気なく聞いたその質問は、それだけ難しいことってことよ。もし気になるなら、大人になってからもう一度考えなさい」
「えーっ! いま気になるのに?」
幻想的な空間ということもあるのだろう。少しムスッとした顔で歩くジルがおかしくて、笑い声で洞窟内を響かせてしまう。ぼんやりと光る月光石もおかしいと感じたのか、共鳴するように光を強くしていた。
今日は満月でもないのに、月光石がきらびやかに光りを放つ光景を見て、アーニャは胸を撫で下ろす。
(錬金術の神様は、この子にこの光景を見せるために、私と出会わせたのかもしれないわね。いつもより、ずっと綺麗に見えるんだもの。まるで、この場所が迎え入れてくれてるみたいだわ)
月光草でエリクサー(微小)を作ってから、アーニャは錬金術を行う度に強く感じることがあった。今日ここに来て、それが確信に変わった。
私だけでは、エリクサーを作れない、と。
数日前、確かに自分の手でエリクサー(微小)を作ることには成功した。ジルに手伝ってもらったのは、素材を選んでもらっただけ。それでも、錬金術をする度に思ってしまう。
エリクサーを作るために素材が導いてくれたみたいで、普通の感覚ではなかった。真剣に錬金術を二年も続けてきたからこそ、あの時のイレギュラーな出来事が、自分の力ではないと断言することができる。
きっと錬金術の神様が手伝ってくれて、エリクサー(微小)が作れたに違いない。そして、錬金術の神様が見ているのは……、私じゃない。
「あんたが月光草の魔力をどう見えているかの方が、よっぽど気になるわ」
この子の見える景色を、錬金術の神様は見ているだけなんだろう。もしかしたら、この子がその神様……なわけはないか。
「あのね、この洞窟の魔力が照らしているように、月光草が光ってるんだよ」
「いま思えば、月光石も二種類の白色が混ざったように光ってるわね。魔力の量で輝き方が違うとしか思っていなかったわ」
「奥に進むと、もっと魔力が濃くなるね。そっちの方がきれいなんじゃないかなー」
「そうね、そこに生える月光草を採取に行くんだもの。魔力酔いだけは気を付けなさい」
「はーい」
仲良く手を繋いで、二人はさらに洞窟の奥へと歩んでいくのだった。
「あそこの洞穴が目的の場所になる、月の洞窟よ。この辺りは比較的安全だし、月光草を採取したら、朝までここで休むわ」
「うん。頑張っていっぱい掘るね」
「手当たり次第には掘らないわよ。ここにしか生えない貴重な薬草なんだから、必要最低限に抑えるために、私が採取するわ」
「えーっ! じゃあ、僕は月光草の魔力を見るだけ? ホリホリしないの?」
「なんで落ち込んでるのよ。ここの地面は固すぎて、あんたじゃ掘れないわ。ルーナのためにも、ちゃんと魔力を見てくれればいいの」
「わかってるけど、思ってたの違う。ルーナお姉ちゃんにいっぱいお土産を取って行きたかったのに」
颯爽と駆け付ける王子様をイメージするジルは、山盛りになるくらいの月光草を持って帰りたかった。こんなにいっぱい取ってきてくれたの、ありがとー! と、ルーナにギュッと抱き締めてもらうことを想定していたのだ。
恋に優柔不断なジルは、ルーナとアーニャを行ったり来たりしている。
「別にルーナは欲しがってないし、私しか月光草は見ないわよ」
嫉妬したわけではないのだが、アーニャの冷静な言葉でジルの夢は潰えるのだった。
***
小さな入り口を通って、月の洞窟に入ると、目の前の景色が一変した。
馬車が通れないくらいの小さな通路ができていて、火やランタンなどがなくても、ぼんやりと明るい。地面の土砂をジャリジャリと歩き進める音だけが反響し、奥に進むほど気温が下がっているだけでなく、壁の石がポワァ……とぼんやり白く光っていた。
口をポカーンと開けて歩くジルを見て、アーニャは懐かしい気持ちになる。ここへ初めてきた時、アーニャも呆気に取られてしまったから。
「月の洞窟は、神聖な領域なんだと思うわ。魔物も近寄ろうとはしないし、私でもマナの雰囲気が違うってわかるの」
「すごいね。石が光ってるところなんて、初めてみたよ」
「これは月光石って言ってね、月の魔力を石が吸収して光ってるんじゃないか、って言われているわ。天候や月の満ち欠けによっても、石の光り方が変わるの」
アーニャはここに来ると、心が穏やかになるのを感じている。綺麗な光に包まれた神秘的な空間は、ルーナの治療薬を作るというプレッシャーから解放してくれ、また頑張ろうかな、と前向きな気分にさせてくれるのだ。
当然、アーニャよりもマナの認識能力に長けているジルは、より詳しく見えている。
「壁から魔力が漏れ出てて、空気中のマナと混ざり合ってる。きれい……。あれ? マナと魔力って、勝手に混ざらないよね?」
錬金術ギルドの低級ポーションを作る試験で、ジルはマナと魔力が混ざらなくて、苦労したことを思い出す。
何度も薬草スープから魔力を追い出してポーション作りに失敗していたし、一度見せてもらったアーニャの魔法は、マナと魔力が混ぜっていなかった。それをヒントに魔力とマナを融合させる努力をしていたのだが……、ジルが見ている月光石の光景は、マナと魔力が仲良く溶け込み、共存しているように見えた。
「人間の考えが本当に正しいかなんて、実際にはわからないわ。自分たちの経験や知識で判断するだけであって、世界の理から反れているかもしれないもの。当たり前だと思っていることが、十年後には大きく間違っていることもある。でもね、そこを仮定しないと前に進めないのよ」
そもそも、人によってやり方や言うことが変わる錬金術に、正解なんてないのかもしれない。どうして薬草の魔力とマナを融合させただけで、傷を癒すポーションが作れるのか、未だに解明されていない。
しかし、こういった現象が起こると人類が受け入れてきたため、錬金術という文明は発達することができた。
だからこそアーニャは、わからないものはわからなくてもいい、そう思っている。錬金術を正しく使い、人の道に反する行為をしないように気をつけ、真っ当に生きるべきだと。
「アーニャお姉ちゃん……」
「わかってるわよ、言ってることが難しくてわからないんでしょ。あんたが何気なく聞いたその質問は、それだけ難しいことってことよ。もし気になるなら、大人になってからもう一度考えなさい」
「えーっ! いま気になるのに?」
幻想的な空間ということもあるのだろう。少しムスッとした顔で歩くジルがおかしくて、笑い声で洞窟内を響かせてしまう。ぼんやりと光る月光石もおかしいと感じたのか、共鳴するように光を強くしていた。
今日は満月でもないのに、月光石がきらびやかに光りを放つ光景を見て、アーニャは胸を撫で下ろす。
(錬金術の神様は、この子にこの光景を見せるために、私と出会わせたのかもしれないわね。いつもより、ずっと綺麗に見えるんだもの。まるで、この場所が迎え入れてくれてるみたいだわ)
月光草でエリクサー(微小)を作ってから、アーニャは錬金術を行う度に強く感じることがあった。今日ここに来て、それが確信に変わった。
私だけでは、エリクサーを作れない、と。
数日前、確かに自分の手でエリクサー(微小)を作ることには成功した。ジルに手伝ってもらったのは、素材を選んでもらっただけ。それでも、錬金術をする度に思ってしまう。
エリクサーを作るために素材が導いてくれたみたいで、普通の感覚ではなかった。真剣に錬金術を二年も続けてきたからこそ、あの時のイレギュラーな出来事が、自分の力ではないと断言することができる。
きっと錬金術の神様が手伝ってくれて、エリクサー(微小)が作れたに違いない。そして、錬金術の神様が見ているのは……、私じゃない。
「あんたが月光草の魔力をどう見えているかの方が、よっぽど気になるわ」
この子の見える景色を、錬金術の神様は見ているだけなんだろう。もしかしたら、この子がその神様……なわけはないか。
「あのね、この洞窟の魔力が照らしているように、月光草が光ってるんだよ」
「いま思えば、月光石も二種類の白色が混ざったように光ってるわね。魔力の量で輝き方が違うとしか思っていなかったわ」
「奥に進むと、もっと魔力が濃くなるね。そっちの方がきれいなんじゃないかなー」
「そうね、そこに生える月光草を採取に行くんだもの。魔力酔いだけは気を付けなさい」
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仲良く手を繋いで、二人はさらに洞窟の奥へと歩んでいくのだった。
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