心を惑わす紅い華、気持ちを静める蒼い華

niyuta

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第2章 女性の悩み

消したい恋心

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「惚れ薬?」

翔子は惚れ薬という言葉に微かに反応する。

「そう、惚れ薬です。好きな相手に飲ませれば相手もあなたを好きになってしまうというアレです」

「……」

反応はしたものの、いきなり惚れ薬と言われても、翔子には実感が湧かない。

「これを使えば今までずっと我慢してきた、あなたから彼への苦しい片思いに終止符を打つ事が出来ますよ。どうですか?」

「……その、彼と言うのは田上先輩のことですか?なぜ私が田上先輩を好きなことを知っているんですか?」

「そんなことは今はどうでもよろしい」

禍々(マガマガ)しいそれは面倒くさそうに一言で言った。

「……」

翔子は考えた。その惚れ薬を使えば田上先輩は自分を好きになってくれるのだろうか?

田上を想い一晩中泣き続けた翔子にとって惚れ薬は魅力的な話だった。

「さあ、悩むことでもないでしょう?」

「……そ、その惚れ薬を田上先輩に飲んでもらうと田上先輩は私の事を……」

「私の事を?」

悪魔はニンマリと笑う。

「……すっ、好きになって、つまり私と田上先輩が相思相愛になれるということですか?」

翔子は顔を真っ赤にしながら俯き加減に、それはそれはか細い声で言った。

悪魔はそれに対して嬉しそうに答える。

「田上君はあなた、翔子さんの事を好きで好きでたまらなくなりますよ」

そして悪魔は『相思相愛』の部分については肯定も否定もしなかった……

「……」

翔子は俯いていた為、気付かなかったがペンギンは傷ついた獲物を目の前にぶら下げられた肉食獣のような表情で言う。

「あなたの気持ち次第では相思相愛にもなれるのです……」

翔子は悪魔の『あなたの気持ち次第で』という言葉を『行動を起こす勇気があれば』つまり『田上に惚れ薬を飲ませる勇気があれば』という意味に捕えた……

「……」

「そう、相思相愛……」

悪魔は嬉しそうに『相思相愛』を強調する。翔子は真っ赤な顔を更に真っ赤にして俯いている。

動揺している翔子は悪魔が小声でさらに言葉を付け加えたことに気付かなかった。

「……その時、あなたが、まだあの男を好きならね……」

悪魔はそう言い放った後、それが悪魔に特有の笑い声なのか「ギャ、ギャ、ギャ」と不気味に咽(ノド)を鳴らした。

翔子は悩んだ。しばらく時が止まったかのような沈黙が続き、悪魔がしびれを切らし何かを言おうとした時、翔子は意を決したように言った。

「好きという気持ちを無くすことは出来ますか?」

「はぁ!?」

「そういう薬は出来ますか?」

翔子のこの突拍子もない質問に、悪魔は少し返答が遅れた。

「……もちろん出来ますよ。私は嘘を言いません。嘘は嫌いですからね」

「では、そういう薬を下さい」

「……」

今まで流暢に喋っていた悪魔だったが、いきなり人間の言葉を忘れてしまったかのようにその返事は遅かった。

「惚れ薬でなくて良いんですか?」

「……」

悪魔は薄目を開けて翔子をしばらく観察していたが、翔子の固く真剣な面持ちを見て諦めたかのように言う。

「……分かりました。明日あなたの通っている学校のサークル、テニスサークルに行きなさい。そして裏庭に出てみるのです……そこの花壇に華が咲いているはずです」

ここで悪魔は一度大きく息を吸い込むと続けて言った。

「……本当は紅い華と蒼い華が一本ずつしか咲かないのですが、特別にもう一本だけ蒼い華を咲かせます」

「?」

悪魔の言葉に翔子は訳が分からないというような顔をする。

悪魔は多少イライラした口調で言った。

「蒼い華には先約があったのですよ。だからもう一本咲かせます。その蒼い華の蜜が恋心を無くす薬です」

「華の蜜が?」

翔子が少しビックリして言う。

「そうです。それを飲んで下さい。たちまちのうちに誰かに対する恋心は無かった事になるでしょう」

「紅い華が1本に蒼い華が2本?そのうちの蒼い華の蜜を飲めばいいのね?」

悪魔はちょっと疲れた感じで続けた。


「いえ、あなたが行った時には、やはり紅い華が1本と青い華が1本になってるはずです」

翔子はますます訳が分からないといった顔をした。

「2本の蒼い華のうち1本は先約があると言ったでしょう?だからあなたが花壇を訪れた時には……いえ、そんなことはどうだっていいのです」

翔子もただの夢と思っているので深くは考えない。

「とにかく蒼い華が好きという気持ちを無くす薬なのね」

「そう、蒼い華はもともと解毒剤、大事なのは紅い華です。紅い華が惚れ薬なのですよ」

「!?」

自分のつらい片思いに終止符を打とうとする翔子だが『惚れ薬』という言葉にはやはり反応してしまうようだ。

「そうです。惚れ薬です」

悪魔は翔子が少し興味をもったのが嬉しかったのか早口で続けた。

「この華の蜜を飲むと、飲んだ瞬間に見た相手を好きになります。それはもう、これ以上無いほどにね」

「そう……」

「……」

悪魔ははカードでポーカーでもやっているかのように、翔子の表情を窺うと難しい顔で言った。

「あなたが欲しいのは蒼い華でいいんですね?」

翔子は首を横に振りもしなければ、縦に振りもしない。

悪魔は少し考えてから言った。


「……それでは紅い華は違う人にあげてしまいますよ……」

「ちょっと待って!!」

翔子が慌てて言うと、ペンギンは翔子に分からないように心の中でニヤリと笑う。

「どうしました?」

「いや、なんでも無いです……薬で田上先輩の気持ちをどうにかしようなんて……」

語尾は自問自答のように尻すぼみに小さくなり悪魔には聞こえなかった。

悪魔は小さくため息をつくと言う。

「では、あなたにあげるのは蒼い華です」

それでも悪魔は諦め切れないのか付け加えた。

「そういえば、これは違う人がした質問ですが、間違えて違う色の華を持って行った場合は何か罰を受けるのか?と。間違えて持っていってしまうのは仕方の無いことです。全然かまいません……」

「……」

もう一度悪魔は翔子の様子を窺うと、まるで翔子には興味が無くなってしまったかのように言う。

「では、私は去りますので……」

「……」

「本当はもっとゆっくりしたいところですが、あなたのおかげで少々忙しくなりそうです。では、さようなら」

「……さようなら」

何かひどく考えこみ始めた翔子は無機的に答えた。

悪魔は消える直前に捨て台詞のように言う。

「あなたには私の言う意味が分からないでしょうが、蒼い華はもともと解毒剤です。一度目は恋心を無くします。しかし、もし青い華の蜜を二度飲むと一度目に飲んだ華の蜜の効果を失わせます……つまりは蒼い華の蜜を二度飲んでしまえば、最初と何も変わらない。そう、何も変わらないのです。あなたが気を変えて、紅い華を使ってくれることに期待するしか無いですね」

しかし悪魔の最後の捨て台詞はほとんど独り言だったので、朝に目を覚ました翔子の記憶には残っていなかった。

翔子はただの夢と思いつつも、自分の田上先輩に対する恋心が消えてしまうというその考え……この2年間の想いが無くなってしまうと言う気持ちに、なぜか涙が止まらなくなってしまい、しばらくベッドから出ることが出来なくなってしまった……
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