お嬢様と執事のありふれた吸血鬼生活

結城鹿島

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執事の消えた日5

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月はもうずいぶん高い。今日は雲もなく、全天に星が瞬いている。
先ほどからジェフリーが後ろから、おろおろと様子を窺っている気配がうるさい。
けれど、ヴィオラは黙殺した。延々と黙りこくって歩いた。

(ちょっとは思い知ればいいわ。わたしがどれだけ心配したと思ってるの……!)

時計塔の影が見えてきた。そろそろ街が近い。
そこで、いよいよ耐えきれなくなったらしいジェフリーが大声を上げた。

「お嬢様……勝手をしたことは謝ります。その、どうか、お許し下さい!!」

ヴィオラは足を止め、ちらりと振り返った。
ジェフリーが頭を下げている。

「……ジェフリー、わたしお腹が減ったわ」
ヴィオラは言った。

「あの、お嬢様……? こんな所で、ですか?」

街道沿いには、広大な麦畑が広がっている。時間は真夜中。どうせ誰も見てやしない。

「いいから、来なさいよ」
ヴィオラはジェフリーの腕を取り、麦畑へ引きずっていく。そして、問答無用で畑の中へ押し倒した。

「お、じょう、っ――!?」

ジェフリーに馬乗りになって、乱暴に首筋を露わにする。いつもの燕尾服と違ってネクタイを外す手間も無い。すんなり剥き出しになった肌に、ヴィオラは躊躇なく犬歯を突き立てた。

「っ、う……」

ジェフリーが顔を歪めるのも無視して、いつもよりも深く穿ち、思うさま血を貪っていく。ヴィオラは喉を流れる甘やかな潤いに、喜悦で我を失いかけた。子供から少量ずつとはいえ、一晩で五人から血を吸ったから、喉は乾いてなんていなかったのに、漸く飢えが満たされた気分だ。
満足するまで血を飲んでさえ、首筋から離れるために、凄まじい忍耐力を必要とした。
ぷは、と一息吐けば、胸やけめいた想いが一気に湧き上がってくる。


「あ、あっっっま!!!! 甘すぎるわ!」


「ひ、酷いです! こんなに吸っておいて……! はしたない……!」

戦慄くジェフリーに乗っかったまま、ヴィオラは膨れてみせた。
「勝手に居なくなった罰よ」

「ぐ……」
冷静な執事の仮面は木っ端みじんで、ジェフリー泣き出しそうな情けない顔をしている。眉間のの皺も過去最高の深さ。
険しい視線で「早くどいて下さい」と言わんばかりだが、ヴィオラはおかしくて、胸がくすぐったくて、それどころではない。
もう少し、怒ったフリをしたいのに、口元が緩んでいく。
だって、何故、ジェフリーが姿を消していたか分かったから。

血を吸うのは、魂そのものへアクセスするようなもの。ヴィオラは初めから、事情を話させようとは思っていなかった。血を飲めばジェフリーのことはわかるのだ。

「んふ」

何をしていたのか、考えていたのか。
全てがわかった。

――ジェフリーも、誤解して釣られたのだ。

黒髪の少女の吸血鬼を探しているというハンターを見つけたから、ヴィオラのために一人で排除しようとした。ところが、弱いので返り内にあいかけた。
そこを、アレグリアに助けられ、作戦だから邪魔をするなと言われた。なのに、作戦が終わるのを見届けるまで、行動をともにさせてほしいだなんて――

「馬鹿ね、ジェフリー。まかせておけばよかったのにアレグリアたちに」

「か、彼らが失敗することだって、可能性としてはありました。ハンター達の企みを知ってしまったのだから、放置はできませんでした。もし、もしも――お嬢様の身に害が及ぶようなことがあれば……」

――生きていられない。

言葉にしない感情も、喉を通った血と共にヴィオラの物になった。
これはヴィオラだけのものだ。
だれにも渡さない。

「んふふ……ふふっ、くふ、わたしより弱いくせに。馬鹿ね、本当に……。んふ、ふ、ふ」

そのまま、困った犬みたいな情けない顔をしているジェフリーを、胸焼けしそうな血の甘さに酔いながらヴィオラは暫く眺めた。押し倒して上から見れば、こんなにもよく見える。
昔は、顔を隠されたものだった。
今は、真っ赤な顔で必至に目を逸らしているけれど、ヴィオラに見せてくれる。
吸血鬼にならなければ絶対に見れなかったものだ。
どうしようもなく、笑いが込みあげる。

「……ふふ、んふ、ふ、ふ」

「――お嬢様、どうかもう御許しを」

ヴィオラは、いたずらが成功したような、ジェフリーの新たな弱点を見つけたような、そんな気分になった。
つまり、――非常に幸せだ。

「……しょうがないわねえ。もう職務怠慢は許してあげる」

最後に一つ、確認だ。

「だから、忘れるんじゃないわよ?ジェフリー、あなたが誰の執事なのかを」

勿論ですとも、という返事はほとんど音のない囁きだったけれど、ヴィオラはジェフリーを許してあげることにしたのだった。

                   ●

引っ越したばかりだった家を引き払い、ヴィオラとジェフリーは新しい落ち着き先を探して暫くの間、気ままに旅をすることにした。
「冬ですから暖かい地方へ行きましょうか……それとも、北の方が教会の数が少ないようですから、敢えて北へ向かうというのもいいかもしれません」
「そうねえ、武闘派の『計画』の片がつくまであちこち見て回ることにしましょ」

                   ●
ひと月後、教会の力の弱い北国の田舎町。
雪を見ようと思ったのに、まだ時期ではなかったので空振りした。
宿に逗留して何日か目、情報集めも終わり、もうそろそろ次の土地へ出かけようかという時、
「お嬢様、手紙が届きましたよ」
ジェフリーが一通の手紙が持って部屋へ入ってきた。

「宿に手紙って、どなた? トト?」
特に行き先を告げてはないが、トトなら何処へでも手紙を持ってくるだろう。自分で。

「差出人は――、アレグリアさんからですよ」
「あら」

手紙には改めてジェフリーのお茶への礼と、短い近況が記されていた。几帳面な字を追っていく。
「『作戦』が首尾よくいって、ハンターにはしばらく悩まされることはないそうよ」
「それはよう御座いました」

更に、手紙と一緒に贈り物――品の良いリボン――が同封されていた。
「このリボン、お礼だそうよ。エルガーと一緒に選んだんですって。可愛いわね。似合うかしら?」
青いリボンは、趣味が良く、ヴィオラも一目で気に入った。
「それは勿論似合うと思いますが、お礼というのは……?」
怪訝な顔のジェフリー。

「ジェフリー、貴方が美味しいお茶を淹れてくれたことに対してですって」
「なぜ、私が紅茶を淹れたことへの礼として、お嬢様へ贈り物に?」
「あら、不服なの? 執事の働きは主のものだもの、当然のことよ」

ヴィオラは髪にリボンをあててみた。青い色のリボンは持っていないので、新鮮な気分だ。

「つけてみようかしら」

「やはり似合ってらっしゃいます。――ですが、今日は身に着けるのは控えて頂けませんか?」

「あら、どうして?」

「私が見たてた物の方が、お嬢様には似合いますので」

ヴィオラはなんだか、急に渇きを覚えた。
まずは口直しに思い切り濃い紅茶を用意させよう、そう思った。

だって、ジェフリーの血は、多分砂糖よりも甘いだろうから。

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