ゆとりある生活を異世界で

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北の地にて

厄介者と言われてきた者達

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ワイナール皇国暦286年、8の月



~~~~~約20日ほど前~~~~~

「では今日も行ってくるよロレンス」

「またスタイナー商館に行かれるのですか?ドミノ様」
ロレンスが渋い顔になる

「あゝ、散歩がてら行ってくるよ
ロレンス?そんな顔をしないでくれないかな
これはモンタギュン家にとっても利益になるんだよ?」

「それは…理解しております…
このワイナール皇国では絶対に禁止されている亜人種の奴隷売買
それが、あろうことか北辺境領府のヌークで行われているという秘密
これが皇都に知られれば大変な騒動になるでしょう
ですが、モンタギュン家が政治的に優位に立つ為とはいえ…」
ロレンスが不安そうにドミノを見る
「ガードナー公爵家には到底どうにもなりませんが、ガードナー北辺境伯家は侯爵家と同位爵
ならば弱みを握っておけば将来的なモンタギュン家の為になる
その通りです…その通りなのですが…
なにもドミノ様が自らスタイナー商館へ足を運ぶのは危険ではありませんか?
こういった事は、私のような《いつでも切り捨てられる使用人》に任せるべきでは?
でなければ、事が露見した時にモンタギュン侯爵家の家名に傷が付きましょう」

「ふふっ…モンタギュン侯爵家にとって《いつでも切り捨てられる者》は私もじゃないかロレンス
その為のモンタギュン准伯爵であり、ヌークのモンタギュン外邸だろう?」

「それは…そうなのでしょうが…」

「私は、しがない侯爵家の三男だからね
いつまでもモンタギュンの厄介者でいる訳にもいかないだろう?
将来のモンタギュン侯爵である長兄、その補佐…いや、モンタギュンの摂政になるであろう次兄
その兄上方を外から助けなければ、私は死ぬまで厄介者でしかないからね」

「ドミノ様…」

「厄介者という立場もなにかと気苦労が多いからね
家の事を思えば奴隷を買うなど絶対にありえないが
家の事を考えればバカヅラを貼り付けて、あの女妖から話を引き出す事は必要だろう?」

「はぁ…ドミノ様、くれぐれも言動にはお気を付けください

あ⁉︎行ってらっしゃいませ」
溜め息を吐きつつ頭を振ったロレンスが慌てて頭を下げる

「ふふっ…あゝ承知している
では、見せ金持って馬鹿な侯爵家三男坊の顔で行ってくるよ」
ドミノが歩きながら
「誰か?馬車の用意をしてくれるかい」

「「はい」」






~~~~~スタイナー商館2階応接室~~~~~


「あらあらまぁまぁ、本日もようこそ御出でくださいました
ドミノ=モンタギュン准伯爵様」
サロメが応接室に入ってきて、ソファで茶を喫していたドミノに丁寧な挨拶をする

「やあ、寛がせてもらっているよ
そして、その呼び方はやめてくれないか?サロメ商館長」
心内は定かではないがドミノがフワリとした笑顔を作る

「あら?これは失礼致しましたドミノ様」
サロメがゆるゆると頭下げた
「本日も玩具の品定めを?」

「あゝそうだね、とはいえ昨日の今日では変わり映えもないかな?」

「それはどうでしょうか?」
サロメが妖艶に微笑む

「ん?何か変わったのかい?」

「ええ…うふふ……昨夜の事なのですが、とても珍しいモノが入荷いたしましたの
少しお高いですが御覧になられますか?」

「ほう?珍しいと?それは興味深い、是非とも拝見したいものだね」

「かしこまりました、では…誰か!」
「はい」
「昨夜入った例のモノを持ってきてくれるかしら」
「はい商館長。ですが、まだ左肩と右足には布を充てていますが、そのままで?」
「あゝ、そうだったわね…でも、かまわないわ
大事な御客様がみえてらっしゃるから、あまりに見窄みすぼらしくなければそのままで
急いでちょうだい?」
「はい。ではすぐに」
少し慌てて店員が出て行く

「おほほほほ…ドミノ様、少々お待ちくださいね」

「あゝ、楽しみを待つのは苦にならないなぁ
サロメ商館長の様子からも自信があるようだしね?」

「それはもう。この商品を取り扱いはじめて、まだまだ浅い期間しか経ちませんが
これほどの珍種は初めてですのよ」

「へえ?それほどにかい?」

「えぇえぇ、聞くところによると
その種族でも生まれるのは本当に稀で、この数百年は全く生まれなかったそうですよ?」

「ほお~、それはまた…
しかし、そんな珍しい者をよくも手放したものだね?
そんなに稀なら大切にされていただろうに」

「えぇ、事情があったようですの」

「事情…ふむ?聞いても?」

「えぇ、かまいませんわ?
ですが、まずは御覧になっていただくのが早いかもしれませんわね?」

「なるほど、見ればわかると?」

「さあ?どうでしょうか…うふふ…」
サロメが意味ありげに嗤った





15分ぐらい経つと扉をノックして店員が入ってくる
その後ろに少々ガラが悪い男が2人、まだ少女と言ってもいいような娘を両側から雑に抱えて入ってきた
「商館長、お待たせしました」

「来たわね、そっちへ立たせて」
と、ドミノとサロメが対面で座るソファの横から3mぐらい離れた場所を指差し
「お待たせしましたドミノ様
これが珍種になります」
サロメが妖艶に微笑む

「いやいや、そんなに待たされてはいないよ
しかし…蒼みがかった黒髪に褐色の肌の珍種?……これは、何種のなんだい?」
ドミノが、ボサボサ頭で俯く少女をマジマジと見る

「うふふ…これでもエルフなんですのよドミノ様」

「黒髪褐色のエルフだって⁉︎確かに耳は尖っているようだが…」

「えぇ、そうなんですの
なんでも数百年おきに突然生まれる希少なモノらしいんですが
その見た目からエルフの中では災いの種になる存在として忌み嫌われていたのだそうですよ
名前もハンカーラと名付けられていて、厄介者という意味らしいんです
ですから厄介払いで手放したようですね」

「ハンカーラ…厄介者……そして厄介払い………」
ドミノの顔は笑顔のままだが、拳をギュッと固く握りしめる

「ハンカーラ、顔をお上げなさい!」

「………」

サロメの目がキツくなり
「あなたたち」
とアゴをしゃくる

「「はい」」
片側の男が無雑作にハンカーラの髪を掴み無理矢理顔を上げさせると一瞬だがハンカーラとドミノの視線が交錯した

「如何ですか?ドミノ様
顔立ちはエルフらしく整ってございましょう?」

「あ、あぁ…そうだね。可憐な少女だね」
なにもかもを諦めた表情のハンカーラを見つめ
「ところで、先程サロメ商館長は少し高いと言っていたが?
まさか、白金貨が必要になる。とは言わないだろうね?」

「うふふ…本来なら白金貨1枚ほど、と言いたいのですが
ドミノ様には足繁く通って頂いているのに御目に適う商品がなく、私どもも面目がございませんでした
お買い上げくださるのなら特別にお安くさせていただきますわ?」

「本来なら白金貨1枚か…それは少々安くしてもらっても怖いね?
ちなみに、私が買わなかったらこの娘はどうなるんだい?」

「ドミノ様にお買い上げいただかなかったら、ですか?
そうですわね、その場合は金に糸目をつけずに珍しい亜人種を買っていかれる好事家こうずかの某伯爵様が買われるかと
まぁ、その場合は直ぐに剥製はくせいにされましょうが」

「剥製だって⁉︎」
ドミノが思わず目を剥き驚きの声をあげると、ハンカーラの表情も微かに動いた
それをドミノは見逃さなかった

「えぇ、その御方は珍しい生き物を剥製にして飾り、でる御趣味ですから」

「…………いくらだ?」

「はい?」

「このハンカーラはいくらだ。と聞いている」
既にドミノの顔には取り繕った笑顔は無い

「え?お代でございますか?お買い上げくださいますの?」

「そう聞こえなかったか?」
ドミノが言葉を飾ることもしなくなっていた

「そうですわねぇ…ドミノ様の特別価格として即金で金貨10枚では如何でしょう?
さすがにこれ以上お安くは出来ませんし、即金でいただけないことにはお安くした意味も御座いません」

ドミノが無言で懐に手を入れ革袋を出すとテーブルに放り投げた
「ちょうど金貨が10枚入っているはずだ」

「はい。では少し失礼して」
サロメが革袋を持ち上げ、少し揺らしてチャリっと音をさせニンマリする
そして、おもむろに革袋をひっくり返しテーブルに金貨を広げた
「はい。確かに金貨10枚頂戴いたします」

「おい、そこのお前、その頭の手を放せ
そのエルフは私が買ったのだ、丁寧に扱え」

「チッ…へいへい…」
ムッとした男がぶっきらぼうな返事をして投げるように髪を放した





~~~~~モンタギュン侯爵家外邸~~~~~


「すまないロレンス!」
ドミノがロレンスに対して深々と頭を下げた
しかし、ロレンスはハンカーラを見つめて険しい表情を崩さない

「ドミノ様…聡明な貴方様が一体全体如何なされたのですか」
静かに問うロレンスだが声には怒気が含まれている

「事情が…あったんだ」

「それは事情があってしかるべきです
そうでなければドミノ様が何と仰られようとも執事たる私が、このむすめを叩き出します
重々御承知のはずですが、この件はモンタギュン侯爵家最大の危機
いえ、最悪の事案になりかねません
ここに連れて来ているという意味は、奴隷を買ったという事実
その金額がいかほどだったか承知しませんし、知る必要もありませんが
金銭を支払って奴隷を買ったという事実は確実にスタイナー商館に残っているでしょう
いえ、あの女妖のサロメが残さないはずがありません
これは、あの女に最高の武器を渡した事と同義です
なにしろ皇国にとって、公爵家に次ぐ家格の侯爵家に奴隷を売ったのですから
北辺境領府ヌークで奴隷売買が行われ、皇国北部の侯爵家が奴隷を買った
これは深読みすれば皇国北部はワイナール皇国に従わない
つまりワイナール皇国に叛旗を翻した、と受け取られたとしてもおかしくはありません
この事実を私に納得させうる事がドミノ様にお出来になりますか?」

「うん、まぁ頑張って説得してみようか
その前に、誰か?」
ドミノがロレンスの後ろに数人立つメイドを見て
「この娘…名はハンカーラと言うんだが、湯浴みをさせてきてくれ
刻をかけても構わないから、しっかりと仕上げてくれ
私はロレンスを説得するので刻を必要とするのでね」

「「はい。かしこまりました」」
メイド達がハンカーラを両脇から抱えるようにして連れて行った



「さて、ロレンス。
まぁ、君も座ってくれ。そのように居丈高なロレンスを納得させる自信はないからね?」

“はぁ…”と溜め息ひとつ吐き、ロレンスが無言でソファに姿勢良く浅く腰掛けた

「さて…あの娘、黒髪で褐色の肌だがエルフだそうだ」

「エルフ⁉︎確かに耳は尖っていたようですが、黒髪で褐色のエルフ?
私は初めて見ました」
ロレンスが驚きに目を見開く

「そうだろうね?なんでも数百年おきで稀に生まれるらしい」

「エルフの中での特異種だと仰る?」

「そうだね…そして、エルフの中では災いを呼び込むとして忌み嫌われていたそうだ」

「災いを…確かにモンタギュン家の災いになりそうですね」
ロレンスが苦虫を噛み潰した

「…そうそう、名前のハンカーラ。あの名前の意味は厄介者だそうだよ」

「厄介者?」
ロレンスが幾分か腑に落ちた顔をした
「あゝ…御同情なさいましたか?」

「それもある…」

「ふむ?他にも理由が御ありですか?」

「あゝ、あの女妖めが!
私が買わなかったら、珍種を剥製にして愉しむ高尚な趣味をもった貴族に売るとほざきやがった!」
ドミノの声が怒りのあまり高くなり、その剣幕にロレンスの顔は驚きと嫌悪感で歪む
その顔を見たドミノが
「いや…すまない……ロレンスに当たっても仕方がないな」

ゆるゆるとロレンスは頭を振り
「いえ…ドミノ様が謝る必要はございません」

「ふう…一族の中で厄介者として疎まれて育ち、奴隷として連れ出されたからと言って剥製にされ飾られる謂れは無い
そうじゃないかな?ロレンス」

「ごもっとも。でございます」
ロレンスが言いながらソファに深く腰掛け直して背もたれに背を預ける
「しかし…私を納得させるには、もう少し足りません
ドミノ様、少し酷いことを言いますよ?」

「うん…」

「では…」
ロレンスが前屈みになり、ドミノも倣って顔を突き合わせる
「私もあの娘の境遇には同情を禁じ得ません
ですが、やはりエルフは他種なのです。
どんなに人間種に似ていようとも。です
あの娘は、いくら我々が同情しようとも運命を受け入れていたかもしれません
自然と共に在るエルフですから可能性はあります
そうなると、ドミノ様は余計なお世話をした。とも言えます」
ロレンスが淡々と語る言葉にドミノの顔が歪む

「しかし…ワイナール皇国では人種平等だ」

「なるほど、確かに私達が住まう皇国は人種平等ではあります。法でも定まっています
皇国に従うモンタギュン侯爵家としてはしたがわなくてはならない法です
ですが、亜人種であるエルフはどうでしょうか?
彼らは亜人種と言えども庶民なのです、庶民も法には遵わなくてなりませんが庶民には庶民の道理があります
ましてや長寿のエルフ種なのです、短命の人間種とは全く別物の道理があってもおかしくはありません
名誉や家名を背負って遵守しなければならない人間種の貴族とは違うのです
私はドミノ様に問いたいのです」
ロレンスがグッと顔を寄せる
「今回の件…いえ、あの娘。皇国から、本家から、隠しおおせる覚悟はございますか?
同情心だけならば忠心から申し上げます
あの娘を諦めなされませ
元より他人なのです、当家に関わりがあるわけではありません
ドミノ様はワイナール皇国とモンタギュン侯爵家を敵に回して軍を起こす覚悟が御ありになりますか?」

「ぐっ…」
ドミノが背もたれに凭れ掛かり、天を見上げて“ふう…”っと息を吐く
「ロレンス…覚悟はあるよ……」
ドミノが一言吐き出すとロレンスに向き直し
「実はね?私はあの娘…いや、ハンカーラに惚れたようなんだ
少々幼く感じるが、それは長命なエルフだから本当の歳は解らない
しかし、初めて目が合った時から何故か目が離せなくてね
そして、私が買わなかった時の事を考えたら無性に怒りが沸いてハンカーラが欲しくなった
そうしたら無意識の内に金を支払っていた
私は世の全てを敵に回そうともハンカーラを守ろうと思う
それはロレンスを敵に回してもだよ
事が露見し、心不成こころならずも戦になろうともハンカーラと共に死すことも厭わない」

「…ん、その御覚悟や良しとしましょう」
ロレンスの顔が引き締まると立ち上がり
「私はドミノ様に従います」
右手を胸に手を充て深々と頭を下げると、ロレンスの後ろで控えていたメイド達も頭を下げた
そして、おもむろに頭を上げ
「では早速ですが、あの娘…いえ、ハンカーラを奥方候補として遇します
しかし、まだ本人には教えません
そして、名を改めさせましょう
本人はハンカーラという名に思い入れもあるかもしれませんが、意味が悪うございます
それに、これからは新たな人生を歩むことになります
相応ふさわしい名を付けて貰わなければ…」

態度が一変したロレンスが事務的に話しを進めるのをドミノが眺めて
「さすがは頼りになる私の執事だ、頼もしいな」

「人の恋路を邪魔する者はなんとやら…とも申しますから」
ロレンスが澄まし顔で返す

「龍に睨まれ死んでしまえ。かな?」




“コンコン”と扉がノックされ
「失礼致します」
「湯浴みをさせ、衣服以外は整えて参りました」
メイドが2人で両脇からハンカーラを抱えて戻ってきた

「うん、ありがとう。しかし、これはまた……」
「ご苦労様でしたね。ですが、これはまた…」
ドミノとロレンスがハンカーラを見て、そして顔を見合わせる

ハンカーラは、まだ髪も濡れて大きな布を身体に巻いた状態だが
その蒼みがかった黒髪は、まさに烏の濡れ羽色で艶めき
布から出た素肌は潤い、褐色に艶めく
世に諦めた目、以外は

「なんとも美しいじゃないか。なぁロレンス」
「ええ真に…」
「しかし、肌の色以外は普通のエルフとは特徴も違わないじゃないか
厄介者などと不思議なことだ」
「エルフ独自の伝統や伝承があるのかもしれませんね?
では、ハンカーラ」

「………」

「ふう…まだ怯えか警戒かは私には解りませんが
貴女あなたは、これからモンタギュン侯爵家ヌーク外邸にて私達と一緒に生活することになります
でしたら、最低限の返事や挨拶をすべきだとは思いませんか?」

「……は、はい……」
蚊の鳴くような声の如き…しかしロレンスは気にもしない

「よろしい、ハンカーラ。
まずは私達の主人しゅじん、こちらにいらっしゃるのがモンタギュン侯爵家の第三子
モンタギュン侯爵ヌーク外邸の主人あるじであるドミノ=モンタギュン准伯爵様です」

「……はい…よ、よろしく…おねがいいたします……」
ハンカーラが伏せ目がちに返事をする

「うん。よろしく頼むよハンカーラ」

「そして私はモンタギュン侯爵家副執事アンダーバトラーのロレンス。と申します
まだ子供だった頃からドミノ様と共に育ち、仕えて参りました」

「……はい……」

「ハンカーラ?ロレンスは何かと頼りになる男だ、分からない事や困った事があれば頼りなさい」

「……はい……」

「ふむ…では先ずは貴女が暮らす部屋を造りましょう
その間にメイド達に衣類を調達してもらいましょうか
よろしいですか?」
ロレンスがハンカーラを見、そしてメイド達を見る

「「はい」」
「…はい……あ、ありがとうございます……」





~~~~~スタイナー商館、商館長執務室~~~~~

「お~っほっほっほっほっ…なんて美味しいのかしら
あの頭の弱そうなお坊ちゃんが言い値で金貨10枚払っていったわよ?」

「まったくですね商館長、あっさりと出しましたね」

「最初に白金貨と言ったのが良かったわね?
吹っ掛けすぎかと思って少しヒヤヒヤしたわよ」

「くくくっ…それにしても、さすがですよ商館長」

「うふふ…あゝしっかりと例の帳簿に書いておいてね?
アレが私達の命綱になるわね」

「はい。承知しております」






~~~~~3日前~~~~~


「どうだいロレンス?」

「難しゅうございます…」
ロレンスが頭を振った
「ヌークに入ってくるのはウワサばかりです」

「そうか……やはり、せめて東辺境領までは行かなければならないかな?」

「そうですね…しかし悩ましいことです
ハンカーラを普通の使用人に見えるようにする為には片手片足を治さなければなりません
ですが、そう簡単に治せるような傷ではない
そこで薬師を探して聞いてみれば魔法薬という物があり、その薬ならば直ぐにでも治ると言う
ならば手に入れてくれと言えば、東辺境領府のコウトーまで行かなければ確実に手に入れることは難しかろうと言われる
しかしコウトーまでは遠く、ハンカーラの手足がまともに動かなければ行けない…
仮に行けたとしても長旅になり、その間ハンカーラを誰にも見せず、知られずというのは途方もない試練になります
はっきり言って、打つ手がありません
使用人や兵を街中にやり探させてはいますが、ヌークまで来るのを待つしかないでしょう
もどかしくはありますが…」

「ふぅ…本当にもどかしいな…
しかし、その魔法薬とは薬師には作れない物なのかな?
薬ではあるんだろう?」

「えぇ、聞いた薬師によりますと未だ作製した薬師はいないとのことですね」

「??ん?しかし、誰かが作った物なのだろう?
ん?あゝ、そうか…魔法薬か
ならば薬師ではなく魔術士が作ったのか
東辺境領といえば魔導家のコロージュン公か」

「はい。私もそうなのではないかと思います」

「では、コロージュン辺境伯に遣いでも出したほうが早いのかな?」

「それも難しいのではないかと」

「なにが難しいんだい?」

「まず魔法薬が必要な理由です
モンタギュン侯爵家の縁者が魔法薬が必要な理由は、同位爵である東辺境伯は必ず知りたがるでしょう」

「それは上手く誤魔化せば…」

「誰が、ですか?」

「それはロレンス…あっ…」

「そうなのです。私は行けません
私はモンタギュン外邸で手一杯です」

「う~ん…」

ドミノとロレンスが頭を抱えていると“コンコン”と扉がノックされた

「ハンカーラですか?入ってきなさい」
とロレンスが扉に向かって言うとメイドに支えられたハンカーラが入ってきた

「し、失礼いたしますロレンス副執事様
お、お呼びと聞きました…」

「はい。呼びましたよハンカーラ
ドミノ様と貴女の名前の事で少し話しをしましたが
やはり名前の意味が悪いので、名を変えてもらおうかと思います
貴女にはハンカーラという名に思い入れもあるかもしれませんが…」

ハンカーラが微かに頭を振った
「思い入れは…ありません」

「そうですか、それは良かった
では、何か新しく名乗りたい名前はありますか?」



「…シュリ……」

「ほう?」
「シュリ?ですか?その名は?」

再びハンカーラが頭を少し振り
「意味とか…は、わかりません…
でも…古き友が……そう呼んできます」

「古き友?」
「エルフの古き友とは、ひょっとして精霊ですか?」

ハンカーラがコクリと頷く

「なるほど、精霊付きでしたか…さすがはエルフですね
精霊はエルフに対する悪意は無いと聞き及びます
ならば、精霊が呼ぶ名前はハンカーラにとっては良い名前なのでしょう
では本日より貴女はシュリ。ですね
慣れるまで数日はかかるでしょうが馴染んでいきましょう」
「うんうん。シュリか、良い名前だね」

「はい…ありがとうございます」








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