刃先に触れる恋 —君が短くなるたび、僕は惹かれていく—

S.H.L

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第1部

第14章:波のように押し寄せるトラブルと、1mmの静かな強さ

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第14章:波のように押し寄せるトラブルと、1mmの静かな強さ

1|成功の翌週、“予兆のメール”が届く

 交渉成功から一週間。

 澪の仕事ぶりは安定していた。
 1mm坊主にも慣れ、
 朝は軽い手触りを楽しむ余裕すらあった。

 しかし、
 その平穏は長く続かなかった。

 昼休み前。
 パソコンの画面に“予兆”が届く。

 件名:至急/先日の提案について

 (え……?)

 胸がざわつく。

 メールを開くと――

「先方内部でトラブルが発生し、
先日の提案内容の一部を再検討したい」

 (嘘……せっかく通ったのに……)

 これまでの努力が
 一瞬で宙に浮くような感覚。

 でも、
 胸のどこかが落ち着いていた。

 (大丈夫……大丈夫。前の私じゃない)



2|会議室での“厳しい視線”と、揺れない心

 午後、緊急会議が開かれる。

 部長、市村が腕を組んで言う。

 「三枝。またお前が行くしかない」

 「はい」

 周囲から囁きが聞こえる。

 「え? また三枝さん?」
 「このタイミングで1mm坊主って……強すぎるだろ」
 「いや、強いから任されてんだよ」

 小さなさざ波のように聞こえる。

 (前なら、震えてた)

 でも今は――
 1mm坊主の頭皮を指先でそっと触ると
 ざらり、と強さが返ってくる。

 (私なら、いける)



3|会議に向かう途中、圭介からの一行メッセージ

 会社を出て、
 取引先に向かう電車に乗る。

 緊張して喉がからからになるが、
 スマホが震えた。

 圭介からだった。

 圭介:
  澪、大丈夫だ。
  今日も“刈り上げた女”の勝ちだよ。

 澪はスマホを握りしめ、
 深く息を吸った。

 (……大丈夫だ。私ならできる)

 圭介の“たった一行”が
 胸の奥に火をつける。



4|提案は“保留”、しかしその理由が予想外だった

 取引先の会議室。

 担当者が沈んだ顔で言う。

 「今回は……三枝さんの提案に問題があるわけではないんです」

 (じゃあ……?)

 「実は……うちの内部の異動で、
  担当部署の方針が大きく変わりまして」

 (……内部事情……)

 澪は、小さく頷いた。

 「ですが――
  三枝さんの資料は非常に伝わりやすい。
  別の形で進めたいという声もあります」

 (別の形……?)

 この状況は不安でしかない。
 でも、以前の澪とは違う。

 「御社にとって一番良い形を探します。
  こちらも、提案を柔軟に修正します」

 落ち着いた声が出た。

 1mm坊主は、
 髪の余白がないぶん――
 言葉の余白に自信が生まれる。

 担当者の表情が変わった。

 「……三枝さん。
  私、あなたに任せたいと思っています」

 その一言に、
 胸が震えた。



5|帰り道のホームで、ようやく“怖さ”が出てくる

 会議は終わったが、
 結果は未確定のまま。

 電車を待つホームで、
 澪はようやく胸を押さえた。

 (……怖い……)

 強くあろうとしたぶん、
 反動がゆっくり込み上げてくる。

 頭を撫でる。

 ざらざら……
 ひんやりした風が、短い毛を通り抜ける。

 (この髪にしてなかったら、
  たぶん今日、途中で折れてた)

 そんな確信があった。



6|その夜、圭介の店に寄る勇気が出なかった

 会社の最寄駅まで帰ってきたが、
 澪は路地の入り口で立ち止まった。

 (……圭介さんに、会いたい)

 会いたい。
 店に入りたい。
 頭を撫でられたい。
 刈り込む音を聞きたい。

 でも――

 (今日の私は……ちょっと弱い)

 弱い自分を見せるのが怖いわけじゃない。
 ただ、今は胸が締め付けられすぎて、
 うまく言葉にできそうになかった。

 (今日は……やめとこう)

 澪は、そっと踵を返した。

 でも、その判断は――
 本当は“正解”ではなかった。



7|家に着く直前、圭介から電話が鳴る

 マンションのエントランスの前で、
 スマホが鳴った。

 圭介からだった。

 「……え?」

 恐る恐る出る。

 「澪?」

 「……はい」

 圭介は、
 いつもの落ち着いた声で言った。

 「今日、来ると思った」

 胸がぎゅっとなる。

 「来れなかったか」

 「……はい。ちょっと……勇気が出なくて」

 圭介は、数秒黙ってから言った。

 「澪。
  弱い日は、来ていいんだぞ」

 (……だめだ……泣く……)

 目が熱くなる。

 圭介は続けた。

 「明日。来い。
  髪は伸びてないだろうけど……
  刈らなくてもいい。話すだけでいい」

 胸が震えた。

 「……はい。行きます」



8|電話を切った後、澪の中で何かが決まる

 家に入り、
 1mm坊主の頭を撫でながら、
 澪は静かに息を吸った。

 ざらり……
 その感触が心を整える。

 (明日……行こう)

 どんな顔をしても、
 どんな心でも――
 圭介は受け止めてくれる。

 そして、
 この髪型なら、
 自分も逃げずに向き合える。

 明日、
 澪はまた一つ進む。
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