刃先に触れる恋 —君が短くなるたび、僕は惹かれていく—

S.H.L

文字の大きさ
17 / 35
第1部

第16章:食事に誘われる夜、心の温度が一段上がる

しおりを挟む
第16章:食事に誘われる夜、心の温度が一段上がる

1|翌日の仕事は落ち着かない――理由はひとつ

 翌日。

 澪は仕事に集中しようとしていたが、
 何度も無意識に頭を撫でてしまう。

 ざら……ざら……

 (昨日、圭介さん……少し触れた……
  あの感触、まだ残ってる気がする)

 メールチェックも、資料作成も、
 なぜか意識が上の空になる。

 同僚が声をかけた。

 「澪さん、今日なんか顔色いいですよね?
  昨日、いいことありました?」

 「え、べ、別に……!」

 顔が熱くなる。

 (別に……じゃない……
  本当は、ぜんぜん別じゃない)



2|仕事終わり、店へ行こうと思うが……迷う

 定時後。
 澪は駅のホームで迷っていた。

 (今日は……行く?
  行かない?
  昨日は弱さを見せすぎたし……)

 行きたい。
 でも、昨日泣いたばかり。

 (会いたい……だけど、会う理由がない)

 髪はまだ1mmのまま綺麗で、
 整える必要もない。

 ただ“会いたい”という理由だけで、
 行っていいのか迷う。

 その時だった。

 スマホが震えた。



3|圭介:『駅前にいる。今、どこ?』

 開くと――
 圭介からのメッセージが一行。

 圭介:
  駅前にいる。今、どこ?

 (……え)

 心臓が跳ねた。

 “店で待ってる”じゃない。
 “駅前にいる”。

 つまり――
 迎えに来ている のと同じ意味だった。

 澪は震える指で返信する。

 澪:
  今、改札を出たところです

 すぐに返ってくる。

 圭介:
  じゃあ動くな。今行く。

 胸が爆発しそうになった。



4|夕暮れの駅前、圭介が“私服”で現れる

 改札の横で立っていると、
 人混みの中で圭介がこちらに気づいた。

 黒いシャツの襟を少し開け、
 カーキのパンツ。
 店の白衣とは違う、
 “大人の男”の雰囲気。

 心臓が痛いほど鳴る。

 「待たせた」

 「い、いえ……!」

 声が裏返る。

 圭介は、
 昨日と同じ柔らかい目をして言った。

 「腹減ってないか?
  何か食いに行くか」

 (……え……これって……)

 誘い方はさらっとしているのに、
 どう見ても“特別扱い”だった。



5|居酒屋でもレストランでもなく、“小さな定食屋”

 圭介が連れて行ったのは、
 駅前の古い定食屋だった。

 暖簾が揺れ、
 昭和の香りが残っている。

 「ここ、子どものころから知ってる店。
  落ち着くぞ」

 店の中は小さく、
 カウンターが6席だけ。

 圭介が席を引いてくれた。

 (え……椅子……引かれた……)

 胸が跳ねる。

 圭介は味噌カツ定食、
 澪は焼き魚定食を頼んだ。

 ご飯を待つ間、
 圭介が言った。

 「昨日、電話で……声が震えてたな」

 「……っ、そんなにわかりました……?」

 「澪の声は、わかる」

 その言い方が、
 あまりにもさりげなくて心臓に悪い。



6|「俺に言っていい。弱いのも、強いのも」

 料理が運ばれ、
 二人は箸をつける。

 圭介は言った。

 「昨日の話、もっと聞かせろ」

 澪は小さく息を吸って、
 ゆっくり話し始めた。

 トラブルのこと。
 プレッシャー。
 保留の不安。
 そして昨日、店に行けなかった理由。

 全部、素直に話せた。

 圭介は何も遮らず、
 黙って聞いてくれた。

 話し終えたとき、
 圭介は低い声で言った。

 「澪。
  弱いのも強いのも、どっちも“澪”だ。
  どっちも俺は……嫌じゃない」

 (……嫌じゃない……?)

 鼓動が止まらない。



7|1mm坊主を見つめる目が、前より少し長い

 圭介の視線が、
 ふと澪の頭に向く。

 以前より長く、
 じっと見ている。

 澪は恥ずかしくなり、
 思わず頭に手を当てた。

 「そんなに見ないでください……」

 圭介はわずかに目を逸らし、
 咳払いをした。

 「いや……
  坊主が似合う女は、珍しいんだよ」

 「に、似合ってるんですか……?」

 圭介は、
 少し照れたような声で言った。

 「……似合ってる。すごく」

 その瞬間、
 澪の胸に熱が走る。



8|帰り道、歩幅が自然に合う

 食事を終え、
 二人で駅に向かって歩く。

 足取りはゆっくりで、
 なぜか自然に歩調が合った。

 (なんでだろう……心地いい)

 沈黙も苦しくない。
 むしろ、
 沈黙の中に優しさがあった。

 途中で圭介が言った。

 「今度は……店じゃない場所でもいいな」

 「え……?」

 「店じゃないとこで、話すのも悪くない」

 心臓がまた跳ねる。



9|別れ際、圭介が少し迷ってから言った言葉

 改札の前。

 圭介はしばらく澪を見つめ、
 迷うように視線をそらし――
 口を開いた。

 「……澪」

 「はい」

 「また……飯、行こうな」

 (……“行こうな”って……)

 今日は“店に来い”ではない。

 それは――
 客としてではなく、
 ひとりの女として誘われている
 という意味だった。

 澪は顔を赤くしながら、
 小さく頷いた。

 「……はい。ぜひ」

 圭介は少し笑った。
 静かで、大人で、優しい笑い方だった。



10|家に帰り、頭を撫でながら気づく

 家につき、
 シャワーを浴びた後。

 澪は鏡の前で、
 濡れた1mm坊主をそっと撫でた。

 ざら……ざら……

 (……私、もう……
  圭介さんのこと……)

 言葉にしようとして、
 喉の奥で衝動が止まる。

 でも――
 はっきり気づいた。

 (たぶん……好きだ)

 1mmの髪が、
 胸の奥の鼓動と一緒に
 微かに揺れた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

野球部の女の子

S.H.L
青春
中学に入り野球部に入ることを決意した美咲、それと同時に坊主になった。

坊主という選択

S.H.L
恋愛
髪を剃り、自分自身と向き合う決意をした優奈。性別の枠や社会の期待に縛られた日々を乗り越え、本当の自分を探す旅が始まる。坊主頭になったことで出会った陽介と沙耶との交流を通じて、彼女は不安や迷いを抱えながらも、少しずつ自分を受け入れていく。 友情、愛情、そして自己発見――坊主という選択が織りなす、ひとりの女性の再生と成長の物語。

刈り上げの向こう側

S.H.L
恋愛
大きな失敗をきっかけに、胸まで伸ばした髪を思い切ってショートヘアにした美咲。大胆な刈り上げスタイルへの挑戦は、自己改革のつもりだったが、次第に恋人・翔太の髪への興味を引き出し、二人の関係を微妙に変えていく。戸惑いと不安を抱えながらも、自分らしさを探し続ける美咲。そして、翔太が手にした一台のバリカンが、二人の絆をさらに深めるきっかけとなる――。髪型を通して変化していく自己と愛の物語。

25歳の決意

S.H.L
恋愛
「25歳の決意」 ――別れたいのに別れられない。愛と依存の境界で、自分を取り戻すために髪を落とした女性の物語。

刈り上げの教室

S.H.L
大衆娯楽
地方の中学校で国語を教える田辺陽菜は、生徒たちに校則を守らせる厳格な教師だった。しかし、家庭訪問先で思いがけず自分の髪を刈り上げられたことをきっかけに、彼女の人生は少しずつ変化していく。生徒たちの視線、冷やかし、そして自分自身の内面に生まれた奇妙な感覚――短くなった髪とともに、揺らぎ始める「教師」としての立場や、隠されていた新たな自分。 襟足の風を感じながら、彼女は次第に変わりゆく自分と向き合っていく。地方の閉鎖的な学校生活の中で起こる権威の逆転劇と、女性としての自己発見を描く異色の物語。 ――「切る」ことで変わるのは、髪だけではなかった。

坊主女子:女子野球短編集【短編集】

S.H.L
青春
野球をやっている女の子が坊主になるストーリーを集めた短編集ですり

坊主女子:スポーツ女子短編集[短編集]

S.H.L
青春
野球部以外の部活の女の子が坊主にする話をまとめました

坊主女子:友情短編集

S.H.L
青春
短編集です

処理中です...