刃先に触れる恋 —君が短くなるたび、僕は惹かれていく—

S.H.L

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第1部

第19章:風の休日、近づく影と近づけない指先

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第19章:風の休日、近づく影と近づけない指先

1|圭介からの「明日、空いてるか?」のメッセージ

 仕事の決着から三日後。

 澪が帰宅して夕食を準備していたとき、
 スマホが震えた。

 見た瞬間、心臓が跳ねた。

 圭介:
  明日、空いてるか?

 (……っ)

 昨日までの疲れが一瞬で吹き飛んだ。

 指が震えながら返信する。

 澪:
  空いてます。

 すぐ返事が来る。

 圭介:
  じゃあ、昼からちょっと散歩でもするか。
  気分転換に。

 (……散歩……?
  え、デート……?
  いや、散歩……でも二人きり……)

 鼓動が止まらない。



2|鏡の前で、2mmになった坊主にそっと触れる

 翌朝。
 澪は鏡の前で、自分の頭を撫でた。

 ざら……ざら……

 2mmになった髪は、1mmとは違い
 柔らかさと強さが混じった感触だった。

 (今日……圭介さんと歩くんだ)

 スキンヘッドのときとは違う。
 初回坊主のときとも違う。

 “変わった私”で初めて迎える休日。

 澪は白いシャツに薄手のカーディガンを羽織り、
 髪の短さが際立つようなシンプルな服を選んだ。

 (よし……行こう)



3|駅前で会う圭介は、店とは全然違う表情だった

 駅前に到着すると、
 圭介がすでに立っていた。

 黒の無地Tシャツ。
 少し細身のデニム。
 そして腕時計。

 理容師の白衣ではない。
 こんなに普通の服なのに、
 どうしてこんなにカッコいいんだろう。

 「来たな」

 圭介は目元だけで笑った。

 澪は思わず息を呑む。

 (店で見るより……大人っぽい)



4|並んで歩くだけで、なぜか距離が近い

 二人は並んで歩く。

 街路樹の影が揺れ、
 休日のゆったりした風が頬に触れる。

 圭介の横顔がちらりと見えるたび、
 胸が熱くなる。

 (なんで今日、こんなに距離が近いんだろう)

 腕と腕の間。
 10cmもない。
 歩幅まで自然に合う。

 圭介が言った。

 「最近、仕事どうだ」

 「順調です。あの日から……なんか、怖くなくて」

 「そうかよ」

 圭介は嬉しそうに笑った。

 心が、ふわりと浮く。



5|公園のベンチで、風が坊主頭をなでた

 少し歩いたあと、
 小さな公園に入った。

 圭介はベンチを指す。

 「座るか」

 澪は隣に座った。

 距離は近い。
 少し肩が触れそう。

 風が澪の2mm坊主をなでると、
 圭介がふと視線を向けた。

 「……やっぱり、坊主似合うよな」

 「えっ……」

 急に言われて心臓が跳ねる。

 「髪伸ばす気は、今のところないのか?」

 「……正直、まだ伸ばしたいと思わなくて」

 「そっか。
  じゃあそのままでいい。
  澪は短いほうがいい」

 (こんなの……反則……)

 瞼が熱くなる。



6|「触ってもいい?」と聞こうとして、聞けない

 風がふっと吹く。

 澪は自分の坊主を撫でた。

 ざら……ざら……

 圭介がそれを横目で見ているのがわかる。

 (触ってほしい……
  でも、自分から言うなんてできない……)

 沈黙が落ちる。

 でも、苦しくない。

 夕焼けの光が、
 二人の影を長く伸ばした。



7|圭介の“聞きたかった言葉”

 圭介が、ぽつりと呟くように言った。

 「……澪」

 「はい」

 「お前といると……落ち着くな」

 (……っ)

 胸がぎゅっと締めつけられた。

 圭介は続ける。

 「店じゃ言えないけど……
  こうやって外で話すの、悪くない」

 「わ、私も……」

 声が震える。

 「圭介さんと話すの、すごく……好きです」

 言ってから、頬が熱くなる。

 圭介の目が少しだけ見開かれた。



8|触れない指先が、触れそうになる瞬間

 圭介が、
 何を考えているのかわからない表情で
 澪のほうに視線を戻した。

 手が――
 ほんの少し動いた。

 指先が、澪の手の上に
 触れそうな距離まで来る。

 1cm。
 5mm。
 3mm。

 触れる――

 と思った瞬間。

 圭介は、ふっと笑って
 指先を引っ込めた。

 「……まだやめとく」

 (え……)

 「焦るとろくなことにならん。
  ゆっくりでいいだろ」

 その言い方が、
 澪を一気に熱くさせた。



9|帰り道、“次の約束”が自然に生まれる

 夕暮れが深まり、
 二人は駅へと戻る。

 別れ際、圭介が言った。

 「また、こうやって歩こう」

 「……はい」

 圭介は少し照れているような、
 でも自信を持った声で続けた。

「次は……飯でも映画でも、お前が行きたいとこでいい」

 (……デートって言われてないけど……
  これ、デートの誘いだよね?)

 澪はうまく言葉にできず、
 それでもはっきり頷いた。

 「行きたいです。また一緒に」

 圭介は優しく笑った。



10|夜、自室で頭を撫でながら思う

 家に帰り、
 鏡の前で2mm坊主を撫でる。

 ざら…ざら…

 (今日の風……
  圭介さんの近さ……
  全部まだ残ってる)

 胸がきゅっとなる。

 (私……本当に……
  圭介さんのこと……)

 言葉にはしない。
 でも心はすでに答えを知っていた。

 ――好き。
 そう思った瞬間、
 短い髪が微かに震えた気がした。
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