刃先に触れる恋 —君が短くなるたび、僕は惹かれていく—

S.H.L

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第2部

8

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1|日中、澪は仕事が手につかなかった

 午後、会社に戻った澪は
 パソコンの前に座ったまま手が止まっていた。

 頭の中にあるのは、
 さっきの圭介の声。

 ——「夜の続き、しよう」

 その言葉が
 胸の奥に熱を残し続けている。

 資料の文字がぼやける。

 キーボードの音も聞こえない。

 気づけば指先が、
 無意識に1mmの頭皮を触れていた。

 ざら……

 その感触が、
 朝の圭介の指の温度と重なってしまう。

 (……夜……また、あの距離に……)

 頬が熱くなる。



2|夕暮れ、圭介から短いメッセージが届く

 仕事が終わりかけた頃、
 スマホが震えた。

 画面を見ると——

  圭介:
  何時に来る?

 たったそれだけ。
 なのに胸が跳ねる。

 澪は指が震えながら返信した。

 澪:
  19時すぎには着きます

 すぐに返事が来た。

 圭介:
  店、閉めて待ってる。

 (……閉めて待つ……)

 その言葉だけで、
 昼間より強い熱が胸を満たした。



3|帰り道、澪は風に吹かれながら髪……ではなく頭を触れた

 会社を出た澪は、
 駅へ向かう道でふと風に吹かれた。

 髪が揺れない。

 1mmの頭皮だけに、
 風の温度が直接触れる。

 ざぁ……

 それは、
 心を撫でられるような感覚だった。

 澪はそっと指先を当てる。

 (……夜、また触られる……
  圭介さんの手で……)

 思い出すだけで、
 胸の奥がきゅうっと縮む。



4|理容店が見えてくる。灯りはついていない

 駅からの道を歩いていくと、
 巴理髪店の屋根が見えた。

 でも、灯りは落ちている。
 シャッターも半分閉まっている。

 (……本当に閉めて待ってる……)

 呼吸が浅くなる。

 近づくほどに、
 胸の鼓動が速くなる。

 この先には、
 朝でも昼でもない、
 夜だけの圭介 が待っている。



5|「来たな。」暗がりから響く低い声

 澪が店の前に立つと、
 店の奥から気配がして——

 「来たな。」

 暗がりの中から圭介が姿を見せた。

 夕方よりも低い声。
 昼よりも柔らかい目。

 澪は思わず息を呑む。

 圭介はシャッターを少しだけ開け、
 手で中に入るよう促した。

 「入れ。
  ……ここからは、二人だけだ。」

 その言葉の響きが、
 背筋を震わせる。



6|店内は明かりが一つだけ。影が深く、近さが強調される

 中に入ると、
 店内は明かりをひとつだけ灯していた。

 その薄い灯りが、
 二人の影を長く伸ばし、
 距離を曖昧にしている。

 澪が立ち尽くすと、
 圭介がゆっくり近づいてきた。

 靴音が近づくたび、
 胸が跳ねる。

 圭介が澪の前に立つ。

 ほんの30センチ。
 空気さえ触れ合う距離。

 「澪」

 名前を呼ばれただけで膝が震える。



7|圭介が手を伸ばす。触れられるのを待つ空気

 圭介の手が、
 澪の頬の横、
 空気の中に浮かんだ。

 触れていない。
 けれど、触れたのと同じ熱が伝わる距離。

 澪は喉を鳴らす。

 「……圭介さん……」

 圭介はゆっくり言った。

 「来てくれて、ありがとう。
  ……ずっと待ってた。」

 その一言で全身が熱くなる。



8|そして——触れる。ゆっくり、深く。

 圭介はついに、
 澪の首筋に指を添えた。

 す……

 その瞬間、
 澪の身体は軽く震えた。

 圭介はその反応を逃さず、
 頭皮へ指を滑らせる。

 ざら……ざら……

 1mmの髪に触れる音が、
 夜の静寂を切り裂いた。

 澪は息を詰めて言う。

 「圭介さん……
  今日の触れ方……朝より……」

 圭介は耳元で低く囁く。

 「朝は……我慢してたからな。
  夜は……我慢しない。」

 澪の心臓が、
 痛いほど跳ねた。
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